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まほろば俳句日記

毎日見たこと聞いたこと感じたことを俳句にします。JーPOP論にチャレンジ。その他評論・エッセー、学習ノート。競馬も。

【聖週間】快晴20度超の開花ウイーク・・幸福とは不幸の反意語に過ぎない!?/新俳句入門*特別編

2018-03-25 09:20:49 | 新俳句入門

ソドムにて首を打たれし春の夢   まほろば  旧作

人間の悪徳と残虐性には限りがない。それは獣性を遥かに凌駕するほどであろう。この世に幸福はあり得ず、死後に絶対的な幸福があるなどと心理誘導されて喜んで死んでゆく者には【絶対不幸】が待っている。東洋思想に深く刻まれた【輪廻転生】の理である。他のブログサイトで、とある首都圏の元県会議員(議長)が、かの従軍慰安婦たちをただの『売春婦』と断定した。この世に自ら進んで『売春婦』となった者は一人もいない。そのことを無視して、このような物言いにあるのは、人生の勝者の驕りである。仏教など東洋思想はよく出来たもので、このような場合、来世は正反対の人生が待っているという。つまり、この県会議員の来世は他でもない『売春婦』なのだ。・・・《続く》

「ソドムとゴモラ」の画像検索結果


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【聖週間】日本は地上天国だったか・・天国は死後にしかないという極限の欺瞞!/新俳句入門*特別編

2018-03-25 01:17:23 | 新俳句入門

 三の矢に希望はありや受難節   まほろば  最新作  即興

イエス・キリストが、エルサレムに入り、人々の頽廃やユダヤ教官僚(律法学者)に讒訴され、十二使徒にも裏切られてゴルゴダの丘の十字架に架けられるまでの一週間を【聖週間】【受難週】という。キリスト教徒はその間のキリストの苦難を我がものとし、処刑後の【復活】による永遠の《生》を信じることで、人間としての真実の生き方に目覚めることを【悔い改め】と呼んでいる。これは、俳句歳時記の受け売りではなく、教会の聖職者(牧師または神父)から直に聞いたことである。ところで、私たちが生を浮けた日本という国は果たして《天国》なのだろうか?知人のクリスチャンの中に、この世は限りあるもので《地獄》のようなものだから、信仰によって死後の永遠の生=天国に入りたいと本気で思っている者がいる。彼は、この世の幸福は諦め、財布さえ持っていない。私の考えは違っている。天国は、この地上にこそ顕現すべきもので、そのことを足場にしてこそ、永遠の生=天国の連続性が得られるということである。

この世には、実に多くの《地獄》が見出される。その一つに、女性の性の商品化とそれに伴う【性奴隷】の問題である。・・具体的に列記する前に、マタイ伝の中の【山上の垂訓】を取り上げてみたい。山上に集って来た人々は、不治の病を患った者、盗賊・殺人者、背徳者や奴隷、売春婦など、いずれも《救済》から排除された者ばかりであった。彼らが言う。『私のような者がどのように救われるのですか』という根底からする問いかけである。イエスが言うには『心の貧しい者は幸いである。天国は彼らのもの』であり、『悲しむ者は幸いである。必ず癒される』・・というものであった。神の栄光(=普遍的な人間の在り方)をただ信ずることが、永遠の生=天国へ到るただ一つの方法であるということであろう。すでに満たされた者は、飢えることを知らず、幸福を得るため神を信じるという契機が得られない。あたかも戦後の日本の情況を指して言っているように感じてしまう。それでは、そのような戦後そしてそれに先立つ戦前社会のどのような現実に、信仰に到る根源的な不幸が見出されるのだろうか。・・・《続く》

 

「赤線」の画像検索結果

戦後しばらく蔓延した私娼(立ちんぼ)たち。昭和33年の売春防止法の成立まで、全国津々浦々まで赤線(公娼)地帯の周辺に現われた。


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【聖週間】花見の場所取りは禁止すべき・・人肉を食べ《人間》の全てを捨てた大東亜戦争の残虐!/新俳句入門*特別編

2018-03-25 00:21:29 | 新俳句入門

この世の地獄すべて集めて聖週間   まほろば  最新作  即興

第二次世界大戦は1939年から欧州で始まった。日中戦および日米戦を指して、これらと区別する上でも太平洋戦争または【大東亜戦争】と呼びたい。戦後日本において、この戦争をわが国のアジア諸国に対する単なる侵略と見做す風潮が今日まで続いている。その原因は、勝者が敗者を一方的に裁く【極東軍事裁判】とそれに迎合した左翼陣営と偏向マスコミの戦後の【反対利権】による。大東亜戦争における残虐話は枚挙に暇が無いほどだが、中でも沖縄戦での米日双方の現地住民に対する残虐行為が目立つ。あの小さな島に数百万発の砲弾が降り注ぎ、唯一の避難場所であった洞窟(がま)に住民は逃げ込むしかなかった。しかし、大半が内地よりの派遣であった兵たちは、あろうことか住民たちを追い出し、外に出た住民たちはたちまち砲弾の餌食となった。また、生き残り米軍に捕われた彼らは、ゲリラ兵と見做され断崖に並ばされて一人々々銃殺されていった。断崖に並ばされた理由は、遺骸の処置を省略出来るからである。沖縄戦は、大本営にとって本土決戦の格好のシュミレーションであり、住民の生存はまるで眼中になかった。当時の軍部は、226事件で軍内の良識派(皇道派)は一掃され、おのれの面子や保身しか考えないエリート官僚で占められていた。フィリピン戦線やインパール作戦での【人肉供食】は、その極限の顕われであったろう。・・・《続く》

「沖縄戦 写真」の画像検索結果

 


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