獅子風蓮のつぶやきブログ

日記風に、日々感じたこと、思ったことを不定期につぶやいていきます。

対話ブログ・ステージⅡ:にゃんこ丸さん登場(1)

2022-03-05 01:55:59 | 対話ブログ

■の文章は、シニフィエさんの対話ブログからの引用です。

●の文章は、それについたコメントの引用です。


■私はこれで創価やめました           投稿日: 2015年5月13日

しかしまあ、人の話を聞く気などないくせに「対話をしたい」などと、はじめからウソをついて入り込んでくる活動家さんの多いこと多いこと。結局は創価の悪口を言われてスイッチが入っただけの話ですよ。自分の言いたいことだけで、こちらの質問は完全にスルーするか、見当違いの反論するかしかできない。みんなこのワンパターンですよね。さすがに疲れました(笑)
人を騙すんなら、もうちょっとうまく騙してみて欲しいものです。たとえばアンチのふりして、徹底して創価の悪口を言うことで、私たちを油断させて、じわりじわりと「意外と創価も悪くはないな」とか「もしかして改革すれば創価もよくなるんじゃないか」などと誘導していくような、巧妙な知能犯がいても良さそうなものなんですが、みんな揃いも揃って創価スイッチ全開でバカまるだしなことしか言えないんですよね。まあ、そんな悪知恵の働く人なら、そもそもアンチブログに殴り込んだりしないでしょうけどね。
ただ、ものわかりのよさそうなフリをして「対話をさせてください」などと言ってくると、頭からシャットアウトするわけにもいかないので、管理者としてはその無駄だとわかっていてもやらなきゃいけない対応で消耗させられるんですよ。
そこで学会員さんにあらためてお知らせします。創価は100%正しいんだと言いたい人は、ここに来て何を言っても無駄ですから来ないでください。あなた方が100%正しいと思っているのと同じくらい、私たちは100%間違っていると思っているんです。あなたがたが創価は正しい宗教だという確信があるのと同じように、私たちは創価は詐欺団体だという確信があるんです。ね、自分のことを考えれば、私たちの確信がどれだけ強いかわかるでしょ。だから、ここで学会員さんと創価の是非について話す気はさらさらありませんって何度も何度も何度も何度も言い続けてるんです。ここを読んで、ただ頭にきたから、なんか言ってやらなきゃ気がすまないといった感情だけでコメントするのはやめてください。私はそれでなくても忙しいんです。創価は正しいと思ってるなら、それでいいじゃないですか。そんな人と議論なんかしたくありません。わざわざ詐欺団体だと明言しているどこの誰かもわからない私たちにまで言いに来なくても、その信心とやらをしているものだけが幸せになればいいという信仰を貫いてくださいな。私たちにとっては余計なお世話ですよ。わかりましたか~(笑)
ということで今回のテーマは、「私はこれで創価やめました」とします。
これは前にも出したテーマですが、ここに新たに来られた方もずいぶん増えてきましたし、近頃は脱会の報告があいつぎましたので、ここであらためて「何がきっかけで創価がおかしいと思い始めたのか」あるいは「創価がおかしいとわかった瞬間」つまり「覚醒の瞬間」…これも以前テーマとしてとりあげましたが、これも人それぞれいろんなパターンがある思います。これをたくさんの皆さんからお話しいただければ、創価のおかしさに気づくきっかけがどのあたりにあるのかということが、おおよそわかってくるのではないかと思います。上に書いたように「創価は正しい」から「創価は間違いだ」との間に、いったい何があったのか、みなさんの体験をお話しいただけると嬉しいです。そうすると、まだなんとなくしか創価のまちがいに気づけないでモヤモヤしている方にとっては「あ、そうなんだ!やっぱち自分が感じていたのはほんとだったんだ!」と、疑うことに妙な罪悪感をもって、なんとなく問題を避けていた人にとっても、すごく勇気づけられると思うんですよ。
なので、以前ここに「覚醒の瞬間」を書かれた方も、もう一度思い出してもらって書いていただけないでしょうか。どこのどのタイミングで創価のまちがいに気づくかは十人十色です。たくさんの「覚醒の瞬間」のお話が、一人でも多くの覚醒する人につながると思います。よろしくお願いします。


■私はこれで創価やめました 2       投稿日: 2015年5月15日

このごろ皆さんのコメント数が凄いです。もう承認するだけでアップアップ状態ですので、挨拶やお祝いの言葉がなくても怒らないでくださいね(笑)
やっとゴキブリ退治もできたので(笑)、ここからはまた気持ちを切り替えて、ガンガンやっていきたいと思います。
考えてみれば、アクセス数をを増やしたいということと、創価の矛盾をわかりやすく、なおかつ絶大な説得力をつくるには、活動家とのスッタモンダがいちばん手っ取り早いかもと思った私のスケベゴコロが災いしました。ほんとうに申し訳ありません。
これから心を入れ替えて「おかしな活動家は最初から相手にしないでシャットアウトする」ということを徹底したいと思います。これからは「オニのシニフィエ」と読んでください。魔ではありません(笑)。
ということで、引き続きテーマは「私はこれで創価やめました2」で行きます!
みなさんの覚醒になったきっかけのお話を、どしどしお願いします。
また、「新聞やめました」「脱会届出しました」「パートナーが脱会することになりました」などの嬉しい報告も常に募集しています。あなたのそんなひとことが、創価問題で悩んでいる全国の多くの方に、たいへんな希望と勇気を与えます。
また、「脱会したいのはやまやまなんだけど、これがあってどうしてもできないので、どうしたらいいでしょうか?」などの誰にも言えない創価の悩みも、どんどん出してください。みんなで考えて解決していきましょう!創価問題には限りませんが、一人で悩むのがいちばんいけないことです。とくに創価問題は、なかなか人に言えない。そんなこと思うだけでも罰が当たるんじゃないか、なにか悪いことが怒るんじゃないか、といい知れぬ恐怖感に悩まされます。みんなそうだったんです。でも悩む必要なんて、まったくありません。人生、いいこともあれば悪いことがあって当然です。コピー用紙にナンミョーしていいことづくめの学会員を見たことがありますか?ああ、あんな学会員さんになれたらいいなという人がどれだけいますか?私は一人もいませんでした。創価以外にはたくさんいます。やはり創価、とくに末端の活動家はどう考えても洗脳されたキ◯ガイ集団です。本人だけが気づいていないんです。気づいたあなたが正常なんです。安心してください。そして罰なんか絶対絶対ありません。そんな洗脳から一日もはやく抜け出すために、ここのみなさんとともに頑張りましょう。私も一日も早くうつの症状から抜け出して、何の疑問もない新たな生活を始めたいです。それまではこのブログをしっかりと維持して、みなさんの声を集め、日本中に発信していきたいと考えています。みなさま、今後ともよろしくお願いします!!


●にゃんこ丸 (2015年5月25日 09:39 )
はじめまして。
こちらの記事を読ませていただき、自分の気持ちのいくつかを整理することが出来ました。
今もまだ整理中の段階ではありますが、私は私の知っている事実を伝えさせていただくことで、さらに整理が進むのではと思って投稿させていただきました。
私は学会二世で両親ともに学会員です。特に母はものすごい熱心です。
物心ついたころから勤行や会合参加を母親に強制されていました。
母親は精神の病で、毎日のようにヒステリーを繰り返し、父はそんな家に安らぎもなく浮気を繰り返すという子供時代でした。
母に対する婦人部の方のイジメを目の当たりにしたり、母の悪口を子供のときに耳にしたりもしていましたが、それを咎めると罰が当たるんじゃないかという恐怖心もあり、心の中にしまいこんだまま、未来部の活動に出たりしていました。
女子部になると、地区リーダーになり後に副部長になり、教学も青年教学一級にも合格するほどの活動家になりました。
でも、友達と遊ぶときも何をするときも、頭の中は選挙や折伏や新聞啓蒙のことばかり考えて、とても打算的な友人関係を何年も続けてきました。
人のためにとか、幸せのためにと口では言うけれども、頭の中は次の選挙のためとかそんな感じでした。
活動家の間は本当にいろんな泥沼を見ました。
彼女を作っては入会させ、入会すると別れてまた別の彼女と付き合い入会させるということを繰り返す男子部員がいて、地区の部員の半数がそういうメンバーだったこともありました(二十数名中十数名がそういう折伏のメンバー)。
明らかにおかしな折伏であるにも関わらず、組織では万歳、万歳です。
その後、当然のように女子部のメンバーは未活動になりますが、女子部に入ったんだから女子部でちゃんと面倒見て。未活動なのは女子部の責任、と男子部から言われました。そういう折伏はずっと続けられました。
メンバーからは「折伏のためだけやったんかなぁ」と泣く子もいて、「そうじゃないよ」と言うのが精一杯でした。すごくかわいそうでした。
ちなみにその彼女を折伏しては別れてた男子部は、後に本当に好きになった子(折伏済み)にふられ、逆上してその子の家に押しかけ、包丁で脅すという暴挙に出ましたが、それを報告しても、誰も警察に言おうとは言いませんでした。
その後、その男子部はそっとカードを自分の住所の場所に移されました。
折伏されて一年間は紹介者のところで活動するという決まりがあったようですが、その男子部は一年を超えても、良く折伏をするのでカードを移されてなかったのです。
それがその件があり、まるで厄介者払いのように移されました。
婦人部の方は「カード移したったわ」と吐き捨てるように言いましたが、その男子部の人が折伏を決めるたびにその人は嬉々として万歳していたのです。
それ以降、そういう変な折伏の数は減りましたが、ゼロにはなりませんでした。
ある男子部はとても丁寧に友人を折伏していました。ある日、幹部が集まっていよいよ今日絶対決めるという状態のとき、その友人はやはり迷いがあるようでした。その時にその男子部は「お前がやりたくなったときでいいよ」と一言言いました。それでその友人は入会するのをやめました。
翌日、婦人部の人が「昨日はあんなに遅くまでかかったのに、結局できひんかったわ!」と忌々しげに言っていました。それを見て私が思ったのは「こんなふうに自分は言われたくない」という恐怖でした。
今考えると、その男子部の方の対応は本当に立派だったと思います。でも、恐怖と依存心だけで信心をしていた私は、ああ言われないようにがんばろうと思ってしまいました。
そういう泥沼を見ても、女子部の先輩からは「組織も娑婆世界。学会員も皆凡夫で成長するために頑張っている」と諭され、そうなのかなと思いながら頑張っていました。
でも、だんだん選挙のノルマとか新聞のノルマとかが辛くなってきました。
友達と会うのも選挙のため……会話をしていても、いつどこで学会の話をしよう……そればかり考えていました。友人と一緒に食べたご飯の味だって覚えてない。罪悪感も大きくなり、だけどやらないと罰が怖い。やらなければ良いことも起こらない。
これって一種の依存症だなと今になれば分かります。
依存心と恐怖心だけで信仰を続けていましたが、とうとう心のバランスを崩して活動が出来なくなりました。それを機に活動から遠のいて数年になります。
他にもいろんなことがありましたが、今は何のノルマに縛られることもなく、会いたい人に会い、会いたくない人には会わず、ようやく自分の意思で人生を生きるということが出来るようになりました。
打算なしで友人と会うことが、こんなにも清清しいものだと、初めて知りました。
ここに来るまで四十数年かかりました。
入会していようがいまいが、いろんな問題は起こるし、解決するのはすべて自分自身です。
これからは自分自身の責任でもってすべてを決め、自分自身の責任で自分の人生を歩んでいくつもりです。
四十数年かかって、やっと自分の人生が始まったという気持ちです。
聖教新聞と脱会に関しては、母が亡くなってから手続きをするつもりです。まだ精神を煩っている母にとって脱会は相当のショックになるだろうと予想がつきます。私なりのせめてもの親孝行のつもりです。


●にゃんこ丸 (2015年5月26日 08:51 )
ラザリスさん、モニカさん、お返事ありがとうございます。
そうですね……もう両親ともに70代ですし、二人とも精神科のお世話になっておりますので、与えるショックのことを考えると、自分がすでに創価学会に信仰心がなく脱会を考えていることや、創価学会の真実について語って説得するのは得策ではないなと思いました。
理性的な話し合いが出来ればよいのですが、それはできそうにないですし……。
私が生まれて四十数年……それでまだ当時から抱えている精神疾患が治らず、さらに酷くなるって、本当におかしい話ですよね。何のための信仰だって思います。
父がかわいそうです。母が創価学会に貢ぐために使われれるお金を朝から晩まで年に一日程度しか休まずに働き続けて稼いで、現在はアルコール依存症で治療中です。
アルコール依存症は数年程度で発症する病気じゃありません。二十年とか三十年かけて進行していく病気です。
父は創価学会へのお布施のためにアルコール依存症になったといっても過言ではないと思います。
でも、私が一年ほど前に「もう創価学会には頼らない」と決めてから、不思議と二人の精神疾患が急速に回復の方向に向かい始めました。
以前は婦人部の人に相談たほうがいいか迷ったり、未活動になった罰だろうかともやもやしたり、話しやすい幹部の何人かに相談したりもしていたのですが、誰も彼もがすべてノルマのために動いていて、精神疾患に必要なデリケートな対応にまったく(本当にまったく、です)応じてくれませんでした。
それによって両親の症状が悪化したことさえありました。
個々の事情よりも、数が大事、ということがはっきりと分かり、聖教新聞の集金を断って振り込みにしてもらったり、電話にも一切出ないなど、距離を置きました。
そのときになってやっと、自分がしっかりしないと、と思えたんです。二人を入院させる病院も自分で根気よく探して、実際に赴いて話を聞いたりして決めました。
信仰をしている間は何かに頼る気持ちがあったので、勧められた病院とかに何の疑いもなく入院させていたかもしれません。
両親のそれぞれの病気のことも必死に勉強しました。何もかも自分の責任だと決めると、必死にならざるを得ませんでした。
現在、両親共に病院のスタッフの方々が驚くほどの回復を見せています。
四十年以上も治らなかったものが、私が学会から離れると決めて初めて、回復の兆しを見せるって本当に皮肉なものだなと思います。
また、家の借金も、実家にいる妹(未活動)が家のお金を管理するようになり、ほとんど返済することが出来ました。妹のお金の管理能力が素晴らしかったのもありますが、今まで母はいったいどんな管理の仕方をしていたのか……という話を妹といつもしています。
私自身の借金も、学会活動をやめてから完済し、現在は貯金が出来るほどに回復しました。学会活動してたらたぶん財務やら何やらでもっていかれていただろうし、仕事にも今ほど時間を費やすことが出来なかったと思うので、まだ借金が残っていたと思います。
ちなみに母は精神科の閉鎖病棟に入院していたのですが、そこには創価学会の人が多く入院しているそうです。時々他の病室から「南無妙法蓮華経!」という叫び声が聞こえていました。きっと信心強情な方だったんだろうと想像がつきますが、信心強情でここにきてしまうのって、どうなんだろう……と強く疑問に思ってしまいました。
現在は両親ともに退院し、それぞれ病院のデイケアや施設のデイサービスに通いながら、療養しています。
父はご本尊に向かってお題目をあげることだけをしています。でもそれでデイケアへの通所にいく気力を出しているみたいなので、それはそれでいいかなと思っています。
母は体の自由が以前に比べてきかないので、無理のない範囲で活動しているみたいです。お金はすべて妹が管理しており、以前のように学会にお金を貢ぐようなことは出来ませんので、それはそれでいいのかなと思っています。
私もまだ気持ちの整理の途中です。
池田名誉会長についてはまだ正しい人であって欲しいという気持ちがありますが、そこは冷静に、このサイトに書かれてあること、他のサイトに書かれてあることを見たり、名誉会長の書籍をもう一度読み直すなどして、自分の中できっちり決着をつけていきたいと思います。
それが間違いだったと理解したときには、またかなり自分もショックを受けると思います。
今はこのサイトで書かれてあることにかなり納得する部分があり、いずれ自分は間違いを認めることになりそうだという予感がしています。
でも、恐れずに目を背けずに、自分の気持ちにしっかりとけじめをつけていきたいと思います。
ただのアンチサイトではなく、こうしたサイトがあってくれたことに、今はとても感謝しています。ありがとうございます!

 


解説
にゃんこ丸さん、登場です。
実は、私が対話ブログを知るきっかけになったのが、にゃんこ丸さんのブログだったのです。
2019年に創価高校の同期生にむけて自身のホームページを立ち上げることにした際、参考にしようと思い、ネットでいくつかのブログを参照しました。
「創価 卒業 ブログ」と検索をかけると、にゃんこ丸さんのブログ「創価学会を卒業します!」が引っかかったのです。
このブログは、私がごく初期に出会ったアンチブログでした。
興味深く、最初の記事から読ませていただきました。
そのうち、にゃんこ丸さんがこの対話ブログに影響されていることを知り、そこから対話ブログにたどり着いたわけです。
その意味で、対話ブログでにゃんこ丸さんのコメントを読んだときは、懐かしかったです。

ちなみに、にゃんこ丸さんのこのブログは現在「お天道様は見てござる」という名前に変わっており、主に反ワクチンの記事が掲載されています。
どうして、アンチの人は、反ワクチンやあやしげな陰謀論にはまりやすいのでしょう。
シニフィエさんの影響もあるのでしょうか。

獅子風蓮



最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。