起きもせず寝もせで夜を明かしては春のものとてながめくらしつ
「起きもせず寝もせで」という状態は恋する男でなくとも身に覚えがあるであろうが、これは結構つらい。特に雨がしとしと降っているときなどは……、と思うのであるが、これは「伊勢物語」の第二段にある歌である。――昔、この第二段を読んだときには、作者は、歌から逆に設定までさかのぼって行ったのだろうと思った。鬱々とした男から雨の降る風景へ移り、「うち物語」った夜の情景にさかのぼり、人妻でもあるその女、その心の良さ、そこからみた彼女の容姿、更に女の住んでいるところは人が少ない西の京で――というのも、今の平安京にはまだ人家がまばらな頃で……、と言った具合に。
わたくしもその頃は思春期であったので、そんな世界が広がる感じを期待していたのであろうが、今思えば、広い都で雨音を聞きながら不眠に苦しむ男に同情させられ、周りはどうだっていいかな、とも思うのであった。