★さちゅりこん――渡邊史郎と縦塗横抹

世界が矛盾的自己同一的形成として、現在において過去と未来とが一となるという時、我々は反省的である。(西田幾多郎)

感傷的な調子の尾鰭が、何時の間にか非常に多くなってしまった

2013-10-21 23:24:36 | 文学


けだし中世は、仏教的世界観の支配した時代で、現世は穢土であり、人情のまことは煩悩と見たから、聴衆の方は、子供を蹴とばすといった少々感情を虐げたような、芝居がかりのことをする人間にえらさを感じたし、伝説の方も、そうした感傷的な調子の尾鰭が、何時の間にか非常に多くなってしまった。謡曲などにも随分西行は出てくる。そうした話を拾ってくると、伝説化された西行は判るが、本当の西行の姿は埋れはてるのである。中世の感傷は西行を種にして一つの芝居を作ったのであって、いわば贔屓の引き仆しである。

――風巻敬次郎「中世の文学的伝統」