背寒日誌

2019年7月12日より再開。日々感じたこと、観たこと、読んだことなどについて気ままに書いていきます。

『赤穂浪士』

2012年12月30日 02時12分03秒 | 日本映画
 新年1月4日から11日まで池袋の新文芸坐で「東映オールスター時代劇」の特集がある。
初日に『赤穂浪士 天の巻、地の巻』(昭和31年1月公開)が上映されるので、この大佛次郎原作の『赤穂浪士』について少しだけ書いてみたい。
 東映創立五周年記念作品。東映初のオールスター映画。イーストマン・カラーでは東映初の総天然色映画(『日輪』は国産のコニカラー作品)。前篇「天の巻」と後篇「地の巻」合わせて151分。プロデューサーのマキノ光雄が陣頭指揮をとり、父牧野省三が果たせなかった悲願をかなえた大作だった。監督松田定次、撮影川崎新太郎、と来れば、脚本は比佐芳武というゴールデントリオかと思いきや、そうではなく新藤兼人が脚本を書いた。(松田、川崎、比佐のトリオがオールスター映画で成立するのは、次の『仁侠清水港』から)。実は、新藤兼人の脚本があまり面白くなく、松田定次が助監督の松村昌治に指示してかなり書き直したという。音楽は深井史郎。美術は角井平吉と森幹男。色彩担当が画家の岩田専太郎で、タイトルバックは彼の絵である。『赤穂浪士』は、東映が総力を結集して製作しただけあって、戦後作られた数ある「忠臣蔵」映画の中でも指折りの一本だと思う。
 市川右太衛門の大石内蔵助、月形龍之介の吉良上野之介、東千代之介の浅野内匠頭がまさに適役だった。右太衛門の大石は、これっきりだったが、私は千恵蔵の大石より右太衛門の方が良かったと思っている。千恵蔵はなぜあんなに力むのか。怒りの演技が目立ちすぎる。大石は、泰然自若として華のある右太衛門の方がふさわしい。吉良はなんと言っても月形が一番だと思う。内匠頭は、いろいろな俳優がやっているが、千代之介の頼りないお殿様が大変良い。名君になろうと思って努力しているのだが、限界があって、ついに刃傷沙汰に及んでしまう。錦之助の内匠頭は名君すぎる。あれだけ家臣思いのお殿様が、短慮がゆえに松の廊下で吉良上野之介に切りつけたりするんだろうか。錦之助はうますぎる。
 大佛次郎の「赤穂浪士」は、講談や歌舞伎の「忠臣蔵」とは趣きが違う。大佛次郎の場合、「仇討」に比重がないのが特徴である。「忠臣蔵」というと、四十七士が切腹させられた主君の仇討を果たし忠義を尽くすというのがテーマで、それが日本人の情感に訴え、たえず感動を与え続けてきた。しかし、リベラリストの大佛次郎は、忠義や仇討には主眼を置かず、太平の世における浪人たちの生き方にスポットを当てた。文治政治によって武士が官僚化し、武士道が廃れ、金権主義がはびこる。そんな時勢で、赤穂浪士たちは、ご政道を正すという大石の掲げた大目標によって、集団の絆を強め、討ち入りに向かっていく。大佛次郎の「赤穂浪士」には、ニヒリストの浪人堀田隼人、怪盗蜘蛛の陣十郎、女間者お仙という大佛が創作した人物たちが登場する。そして、彼らが上杉家の家老千坂兵部の配下となって暗躍するというストーリーが片方にあって、大石以下赤穂浪士たちの集団行動のアンチテーゼになっている。また、集団内部の脱落者として小山田庄左衛門を大きく取り上げたのも大佛次郎の「赤穂浪士」の特色である。小山田は、愛する女さちのため、討ち入りを断念してしまう。
 映画では、大友柳太朗が堀田隼人、進藤英太郎が蜘蛛の陣十郎、お仙が高千穂ひづる、千坂兵部が小杉勇、小山田庄左衛門が錦之助、さちが田代百合子だった。
 千恵蔵は立花左近の役で登場するが、これは講談の「大石の東下り」に出てくる人物で、大佛次郎の原作にはない。わざわざ千恵蔵のために話を加えたのだが、ここだけが取ってつけたような大芝居で、違和感を感じる。立花左近なんか出さずに、千恵蔵は千坂兵部の役で良かったのではないかと思うが、今更そんなことを言っても始まるまい。


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