背寒日誌

2019年7月12日より再開。日々感じたこと、観たこと、読んだことなどについて気ままに書いていきます。

夏目漱石の「彼岸過迄」

2013年06月09日 02時08分28秒 | 
 漱石の「彼岸過迄」は、非常に変わった小説である。短篇が四つほど繋がり合った長編で、ミステリーと探偵小説と心境小説と告白小説が団子の串刺しのように並んで、まとまりもなければ、話の結末もはっきりせず、読み終わって煙にまかれたような印象しか残らなかった。
 最初の主人公は田川敬太郎という就職活動をしている大学卒業者であるが、一番最初の短篇「風呂の後」では、同じ下宿にいる森本という怪人物が出て来て、かなり面白く読める。
 二番目の短篇「停留所」は、主人公の敬太郎が親友の須永の叔父に就職口を頼みに行って、小川町の停留所で下車するある中年男の様子を探る任務を与えられ、待ち伏せする話である。敬太郎は空想癖のある男で、その空想内容が偏執的なほど詳しく描かれているが、漱石の思わせぶりな記述にややうんざりする。同じ停留所で待っている若い女がその後重要な人物になるのだが、これが親友の須永の幼馴染の千代子である。
 三番目の「報告」という短篇は、二番目に付随するもので、敬太郎が待ち伏せした謎の中年男と若い女の種明かしである。
 四番目の「雨の降る日」は、文体も描写も異質な短篇で、千代子が可愛がっていた小さな女の子が急死した経緯と葬式を出す様子を客観描写したものである。漱石の実子で小さな頃に亡くなった娘がモデルになっている。この短篇から、最初の主人公だった敬太郎が消えて、須永の従妹で幼い頃から許婚のように言われて成長した千代子がクローズアップされ、次の章で須永と千代子との現在の関係に移行していく。
 五番目の「須永の話」が最も長い話で、ここまで来てようやく漱石は自分が書きたかったことがはっきりして、書き始めたという感じを受ける。ただし、内容は須永の独りよがりの告白で、あまり面白いものではない。須永という男は、インテリで自意識過剰、考えすぎる傾向があって、女性に対し精神的インポなのである。好きな相手の千代子に対し、結婚を申し込む自信がないため、彼女の前に男性が現れると、嫉妬心にさいなまれ、その苦しみがえんえんと描かれる。