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セレンディピティ ダイアリー

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暗幕のゲルニカ

2017年07月30日 | 

反戦のシンボルといわれるピカソの傑作「ゲルニカ」をめぐり、9.11以降のニューヨークと、「ゲルニカ」が描かれた大戦前のパリという2つの舞台で繰り広げられる壮大なアートサスペンス。2016年出版で、直木賞や本屋大賞にノミネートされました。

原田マハ「暗幕のゲルニカ」

原田マハさんの作品を読むのは「楽園のカンヴァス」「ジヴェルニーの食卓」に続いて3冊目です。初めて読んだ「楽園~」で時空を超えた壮大なアートのロマンに魅了されましたが、本作も「楽園~」と同じく、20世紀のパリと21世紀のニューヨーク(+スペイン)、2つの舞台を交互して物語が展開しています。

かつてMoMA(ニューヨーク近代美術館)でキュレーターを務め、美術への造詣が深い原田マハさんが紡ぐ物語。ゲルニカ誕生のエピソードや、美術館・展覧会の裏側も興味深く、史実に基づくイマジネーションの世界を堪能しました。

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私は1986年にマドリッドのプラド美術館で「ゲルニカ」を見ていますが、それは幸福な偶然だったのだと本作を読んで思いました。というのも「ゲルニカ」は、純粋なアートとしてでなく、政治的な作品とみなされたため、ファシストの手に渡ることを恐れたピカソの希望でヨーロッパを離れ、長らくアメリカに亡命していたからです。

そしてスペインの政治が安定した後、ようやく1981年にスペインに返還されたのでした。今はマドリッドのソフィア王妃芸術センターにありますが、(ゲルニカのある)バスク地方が政治的理由から所有を主張するなど、小説では今あるスペイン国内の問題にも触れられています。

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「ゲルニカ」は、ピカソがドイツ軍によるゲルニカ爆撃に抗議して描いた作品ですが、今は広く反戦のシンボルととらえられています。小説の21世紀のパートでは、ピカソ研究の第一人者である瑤子が、9.11後のアメリカがイラク侵攻を決めたことに抗議して、「ゲルニカ」をMoMAの企画展で公開しようと奮闘する姿が描かれます。

一方、20世紀のパートでは、ピカソが「ゲルニカ」を描くに至った経緯が、恋人ドラの目を通してドラマティックに描かれています。

瑤子がテロリストに拉致されるくだりは、少々唐突に感じられましたが、瑤子とドラ、2人のヒロインをつなげるために必要なプロセスだったと理解しました。「ゲルニカ」のほかにも、ドラをモデルに描かれた「泣く女」そして2枚の「鳩」の絵が、物語の名脇役を務めています。


海の見える理髪店

2017年06月26日 | 

荻原浩さんの短編集。第155回(2016年上期)直木賞受賞作です。

荻原浩「海の見える理髪店」

荻原浩さんを存じ上げなかったのですが、渡辺謙さん主演の若年性アルツハイマーを題材にした映画「明日の記憶」の原作者の方と知り、作風になるほど...と納得しました。何度も直木賞にノミネートされ、5回目にして受賞されたベテランの作家さんです。

本作は6編からなる短編集。それぞれの関連性はありませんが、どれも穏やかな筆致ながら、現代を生きる私たちにとって身近な問題や生きづらさがさりげなく織り込まれていて、読んでいて胸の苦しさを覚える作品もありました。

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6編の中で白眉だったのは、トップバッターを飾り、表題作でもある「海の見える理髪店」。海が目の前に見える高台の小さな家で、おやじさんがひとりひっそりとやっている床屋さん。かつて、ある大物俳優も彼の腕に惚れ込み、通っていたという伝説の理髪店です。

いつもは美容院に通っているデザイナーの僕は、ひょんなことからその店に行ってみようと思い立ち、予約を入れます。初めて訪れる床屋。熟練したおやじさんの腕にただ身を任せる僕に、おやじさんは自分の身の上をぽつりぽつりと話しはじめます...。

はじめは少々たいくつだな...と思いながら読んでいたのですが、ラストまで読んでがつんときました。登場人物はおやじさんと僕の2人で、しかもほとんどがおやじさんのひとり語りですが、短編らしい効果が生きていて、舞台劇にぴったりの作品だと思いました。脳内キャスティングで、吉田鋼太郎さんと妻夫木聡さんが思い浮かびました。^^


地球を「売り物」にする人たち

2017年03月28日 | 

最近読んだ本から、簡単に感想を残しておきます。

マッケンジー・ファンク
地球を「売り物」にする人たち 異常気象がもたらす不都合な「現実」

アメリカのジャーナリストが24か国訪れて書き上げたルポルタージュ。センセーショナルなタイトルですが、原題はWindfallで”棚ぼた”という意味です。地球規模の問題として認識されている気象変動ですが、それをビジネスチャンスと捉えている人たちがいるという現実に衝撃を受けました。

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例えば、北極圏の氷の下には豊富な地下資源が眠っていると考えられ、周辺諸国はひそかに期待を寄せています。やがて資源大国となるグリーンランドでは、デンマークからの独立が議論されています。また、北極圏の氷が解けると、太平洋・大西洋間が北極圏を通って行き来できるようになり、新たな航路としてカナダとアメリカが注目しています。

このほか、古代より干ばつに悩まされてきたイスラエルによる淡水化ビジネスや降雪ビジネス、山火事に悩まされているカルフォルニアの保険会社による顧客向け民間消防サービス、海抜0mのオランダがノウハウをもつ防波壁ビジネス、将来を見据えて高緯度の農地を買いあさっているウォール街のファンドなど。

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ピンチをチャンスに変える人間のたくましさに圧倒されますが、こうした恩恵にあずかれるのは、温暖化を引き起こした張本人である先進国で、温暖化に関与したわけではない、いわば被害者ともいえる途上国は、なすすべもなく、ますます厳しい状況に追いやられていくという現実に胸を衝かれます。

日本は先進国として温暖化ガスを排出している”加害者”の側ではありますが、一方で毎年のように、大雨、洪水、大雪...とさまざまな異常気象の被害も受けています。自国の環境・エネルギー問題を解決することが、ひいてはビジネスチャンスにつながり、他国への支援にも貢献できる。そんなウィンウィンなシナリオが描けたら理想的ですが...。


コンビニ人間/マチネのあとに/光/永遠とは違う一日 他

2017年03月05日 | 

最近読んだ小説から、感想をまとめて書き残しておきます。

村田沙耶香「コンビニ人間」

昨年の芥川賞受賞作。作者自身が現役のコンビニ店員さんというだけあって、生き生きとした仕事の描写にまず引き込まれました。本人が幸せで、誰に迷惑かけているわけでもないのに、こうあるべきという勝手な理想像へと矯正しようとする周囲の人々。日常に潜む同調圧力の暴力性がみごとに描かれている作品でした。

途中、最低男の白羽さんが登場してからは、物語はどんどんシュールな世界へと引きずり込まれ、どうなることかと思いましたが^^; 最後は落ち着くべきところに着地してほっとしました。

平野啓一郎「マチネの終わりに」

天才クラシックギタリストの蒔野と、国際ジャーナリストの洋子の静かに情熱的なすれ違いラブストーリー。それぞれにモデルとなる人物がいるとプロローグにありましたが、2人の思考のプロセスや行動には(勝手な想像ですが)作者の平野さん自身が大事にしているものが反映されているように感じました。

相手を大切に思うがあまり、情熱に走らずに身を引く2人にやきもきしつつ、知的で洗練された会話や、2人にそれぞれおそいかかる苦難、ライバルの存在など、ドラマティックな展開を楽しみました。脳内キャスティングで、ダニエル・ブリュールとメラニー・ロランを思い浮かべながら読みました。^^

三浦しをん「光」

映画化されると聞いて読んでみたくなりました。三浦さんらしからぬドロドロしたサスペンスですが、おもしろくてぐいぐいと引き込まれました。ある離島が津波に襲われ、すべてを失った美花、信之、輔の3人の少年少女。彼らはある秘密を抱えたまま離ればなれに成長しますが、20年後、輔が信之を探し出したことで、再び歯車が動き始めます...。

信之にとって、恋人を守るために邪魔者を消すのも愛ならば、そのことを封印して平然と生きていくこともまた、家族を守るための愛なのでしょう。そして妻も恋人も、真実に目を背けて生きていくことが、自分を守る最良の方法だと知っている。いつかそのバランスが崩れることを予感しながら、心がひやりとするのを感じました。

押切もえ「永遠とは違う一日」

モデルさんの書く小説なんてと思っていましたが、なかなかすてきな作品でした。6編からなる短編集ですが、それぞれ少しずつお話が関わりあっているので、順番に読むと、途中で「え?」と意表を突かれる場面があります。私が気に入ったのは「バラードと月色のネイル」。少女漫画のひとコマみたいですが心揺さぶられる場面がありました。

フィクションですが、モデルやミュージシャン、絵の先生など、作者を取巻く世界がみずみずしい筆致で描かれています。悪人の登場しないハッピーエンディングなので、人によっては物足りなく思うかもしれませんが、作者のまっすぐな眼差しが伝わってきて好感がもてました。

佐藤泰志「黄金の服」

昨年映画化された「オーバーフェンス」と表題作、他1編が収められています。作者は何度も芥川賞候補になりながら41歳で生涯を閉じた不遇の作家ですが、近年続けて作品が映画化されたことで改めて評価が高まっています。作品に共通しているのは何者でもない自分の未来への漠とした不安で、それが今の不穏な時代の空気にマッチしているのかもしれません。

「オーバーフェンス」は東京で傷ついた主人公が、故郷の函館にもどってきて新しい一歩を踏み出そうとするまでが描かれていて、未来への一条の光が感じられるラストにほっと救われました。「黄金の服」は東京多摩地区を舞台にした若者の群像劇で、虚無的に生きる彼らの姿になんとなく(石原慎太郎さんの)「太陽の季節」を思い出しました。