わしやま

実験的に楽しく、まじめに書き込んでいるブログです!以上書き込み責任者:やましたじゅんいち

涙が枯れるその前に星を見上げる

2010-07-16 23:00:00 | わしやま音楽祭Vol9~.10
お届けするのは

NOKKO「人魚」

リリー・フランキー氏と同じ生年月日で、勝村政信氏とは高校のときの同級生である彼女ですが、レベッカ解散(1991年2月)後の1994年リリースし、オリコンシングルチャート最高2位、オリコン年間ヒットチャート(1994年度)では、第32位にランクインした。

作詞はNOKKO本人が手がけており、冒頭歌いだしの歌詞は、1960年代初頭に西田佐知子が歌った流行歌「アカシアの雨がやむとき」が下敷きになっている(カバーやサンプリングの類ではない)。

作曲は筒美京平によるもので、筒美が作曲を手がけた楽曲のごく一部がまとまった作曲家活動40周年記念CD-BOX『THE HIT MAKER -筒美京平の世界-』(2006年4月5日発売)にも収録されている。アレンジは、当時日本を拠点に活動を始めたテイ・トウワ。クラシカルで幻想的なサウンドが特徴のひとつとなっている

後に安室奈美恵、中孝介、柴咲コウ、BONNIE PINKなどがカバーしている。

NOKKO公式ページ(www.nokko.jp)によると、8月に、2000年永眠したボガンボスのどんとを捧げるライブイベント「Soul ofどんと2010」に、泉谷しげる、宮沢和史、岸田繁、浜崎貴司、ユースケ・サンタマリアらと出演する。

気まぐれで移る気

2010-07-16 22:48:00 | わしやま音楽祭Vol9~.10

お届けするのは

チューリップ「博多っ子純情」

1966年ビートルズ日本武道館ライブを観た財津和夫が、様々なバンドの腕利き達を引き抜き、結成、福岡のライブハウス「照和」で活躍した後、上京し、シングル「心の旅」が、オリコンチャートで1位獲得し、一躍人気バンドの仲間入りをし、影響受けたビートルズの要素を取り入れたポップスを確立した。また、メンバー全員がビートルズの影響からか、作詞作曲を行い、曲を残している。

この曲はその表れで、1977年アルバム「Welcome to my house」に収録されたもので、

作詞はほしのあきと同じ潜在能力の安部俊幸、

作曲は希志あいのと同じ潜在能力の姫野達也。

生まれ故郷福岡の街を描いた情緒的な歌詞とビートルズ「ミッシェル」とポール・マッカートニー「Another Day」の要素があるサウンドが一致し、博多祇園山笠の時期になると聴きたくなるナンバー。

では、

永井豪と同じ生年月日で同じ潜在能力の長谷川法世の同名の漫画をプチ紹介。

1976年から1983年まで、「漫画アクション」(双葉社)に連載された。

福岡・博多を舞台とし、郷六平と小柳類子の中学生から大学生になるまでの青春群像を縦軸に、博多祇園山笠などに代表される人情味あふれる古きよき時代の博多の風物を横軸にした作品である。六平の父は博多人形師で、彼らも登場する。連載開始当初は、西鉄福岡市内線(1979年廃止)の路面電車も作品内に度々登場した。

セリフは博多弁であり、「博多」を全国に広めた劇画である。サブタイトルにも、毎回博多弁が用いられた。

1978年には松竹配給で映画化。1995年には一部脚色の上、NHK連続テレビ小説『走らんか!』としてテレビで放映された。

第26回(昭和55年度)小学館漫画賞受賞。

ハウス食品の即席ラーメン『うまかっちゃん』のテレビCMキャラクターとしても有名。博多の菓子『博多通りもん』のCMでは、長谷川法世と郷六平、小柳類子が映像の合成により共演している。

この曲の歌詞も漫画に登場する。「取締役 島耕作」の博多赴任編でも山笠を舞台にした話で、この歌詞が登場した。 なお、同曲が収録されたアルバム「WELCOME TO MY HOUSE」の歌詞カードは長谷川法世による毛筆である。

7月15日に山笠が行われ、終われば、お祭り騒ぎも終わり、夏到来へと…




雨は見たかい

2010-07-16 22:36:00 | わしやま音楽祭Vol9~.10
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Creedence Clearwater Revival「Have You Ever Seen The Rain(雨は見たかい)」

1959年にメンバー3人で結成し、後に4人となり、1967年にデビューをし、活動期間は短いながらも、アメリカ南部特有の泥臭いサウンドをモチーフとした「サザンロック」を代表するバンドとなり、1993年にロックの殿堂入りを果たしている。

この曲は、

1971年シングルとして発売されビルボードで8位になった。 数々のアーティストにカバーされている。2006年にはロッド・スチュワートがアルバム『Still the Same... Great Rock Classics of Our Time』の中で、1993年にはラモーンズがアルバム『Acid Eaters』で、日本では1990年に田中一郎とスーパーノマッドによりエースコック「スーパーカップ」CMソングとして田中一郎自身が作詞した日本語詞でカバーされた。

俗にこの曲の歌詞が「ベトナム戦争の反戦歌で、「雨」は米軍によるナパーム弾絨毯爆撃の隠喩である」という説が広く信じられているが、作詞作曲者ジョン・フォガティ自身は、1997年に当時のオフィシャル・ウェブサイトで次のように発言している。

「このことは、ベイエリアでは他の地区よりもよく起こるんだ。陽が照っているのに雨が、虹と雨粒が降ってくることがある。風が吹くと、雨が金門橋を越えてサンフランシスコ湾に飛ばされて来るんだ。『雨を見たかい』はCCRの崩壊についての歌なんだ。"Have you ever seen the rain coming down, sunny day?" の部分は、sunny dayが黄金時代のクリーデンスを示唆している。しかし、ぼくたちに雨が降り掛かって来るのが見えたということを言っているんだ」Hank Bordowitz著 "Bad Moon Rising"




バッチェラー食う稲本潤一

2010-07-16 22:24:00 | わしやま音楽祭Vol9~.10
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稲垣潤一「バチェラー・ガール」

おかもとまりと同じ潜在能力で、趣味はボクシング観戦で、楽天ゴールデンイーグルスのオフィシャル会員であり、2010年南アフリカワールドカップ日本代表、川崎フロンターレ所属の稲本潤一と間違われる稲垣さんですが、

この曲は、1985年9枚目のシングルとしてリリースしたナンバー。

作詞は、作詞家生活40年を迎え、今も若手アーティストからの支持を得、書き続けている松本隆、

作曲は、福生の仙人こと大滝詠一、

編曲は、寺尾聰、泰葉、THE ALFEE、本田美奈子、浅香唯、福山雅治など手がけ、キーボディストとして井上陽水のライブに参加したことがある井上鑑

という

薬師丸ひろ子「探偵物語/すこしだけやさしく」と同じメンバーが行っている。



ありふれた言葉でもいい

2010-07-16 22:12:00 | わしやま音楽祭Vol9~.10
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水樹奈々「PHANTOM MINDS」

デンジャラスのっち(佐藤望)と同じ愛媛県新居浜市出身で、幼少のときから歌謡教室に通い地元ののど自慢大会では優勝を重ね地元では荒らしまくりをしていた時、スカウトされ、上京し、名門堀越高校の芸能コースに入り、同級生にキンキキッズ堂本剛、ともさかりえなどいて、並行で代々木アニメーション学院声優コースにも入り、「学業優秀」、「品行方正」の生徒に送られる賞「堀越賞」を、芸能コースではSMAP草?K剛に次いで二人目で受賞、高校卒業と同時に声優デビューをし、声優界では数々の記録を作り、同じ愛媛県出身の眞鍋かをりと顔と喋りが似てて、間違われたり、今はベッキー同様、男より「ハートキャッチプリキュア」の声優業など仕事のほうが好きな藤波辰爾と同じ潜在能力、ラッキーカラーはキレンジャーな彼女でありますが、

この曲は、21枚目のシングルで2010年にリリースし、自身初、声優として初のオリコンシングルチャート1位を獲得したナンバー。

人物像として

尊敬する人として美空ひばりを挙げている。好きな楽曲は「天城越え」など。

好きな食べ物はカレーライス、数の子、徳島製粉の金ちゃんヌードル。好きな飲み物はフルーツ紅茶。苦手な食べ物は刺身などの生もの、トマト、セロリ。レバ刺しは苦手だったが、克服できた(2005年頃)。また、好きな食べ物のカレーライスは普段は「欧風」で、ライブ前にはカツカレーを食べるという。

昔、時給800円のエステの受付のアルバイトをやっていたこともある(『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』にて発言)。

2007年頃、ヨガにはまっていた時期があり、柚木涼香や鈴木達央などの声優仲間や歌手のSuaraも勧誘したこともある。

BSアニメ劇場の中での対談で『アリソンとリリア』でのアリソンとの共通点は寝起きが悪い事とあげている。

本人のブログにはよく食べ物の写真が登場し、また女性でかつ小柄であるにも関わらず結構な大食いである。

「ケイ(愛称:けぇたん)」という名のチワワを飼っている。「NANA MIZUKI LIVE DIAMOND×FEVER」に出演。

名前にちなみ、数字の「7」にこだわりを持っている。

取得している運転免許は「オートマ限定」。

ライブ開催前に、成功祈願として鈴虫寺に必ず参拝するという。

七夕にアルバム「Impact Exciter」をリリース、7月24日、25日に西武ドームでライブを控えていますが、航空自衛隊の訓練飛行風景によるオリジナルPVをご堪能ください。


お前、平田だろby藤波辰爾

2010-07-16 22:00:00 | わしやま音楽祭Vol9~.10
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エリック・クラプトン「Behind The Mask」

ジミー・ペイジ、ジェフ・ベックとならび、三大ギタリストに数えられ、ギターレベルを日本の俳優に例えたら、木村拓哉、ハリウッド俳優ならロジャー・ムーアまたジョニー・デップ、監督だとジェームズ・キャメロン、お笑い界なら片岡鶴太郎級である。

この曲は1986年アルバム「August」に収録されたナンバーであるが、いうまでなく、1979年、細野晴臣、坂本龍一、高橋幸宏によるイエロー・マジック・オーケストラのアルバム「Sorid States Survivor」に収録されたもののカバーで、作詞はイギリス人詩人クリス・モスデル、作曲は坂本龍一、クラプトン用に補作詞にマイケル・ジャクソン、一部曲を足して出来上がった。アルバムプロデュースにはフィル・コリンズ、コーラスにティナ・ターナーが絡んでいる。

この曲のタイトルの意味は「仮面の正体」で、思い出すのが「アメトーーク」の「プロレス芸人」で紹介されたのですが、かつて藤波さんがスーパーストロングマシンというマスクマンと対決し、マイクで藤波さんが正体をばらす一面をタイトルにしました。




さあ、ダーツの旅、適当にどこ指すのかな?

2010-07-16 21:48:00 | わしやま音楽祭Vol9~.10
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寺尾聰「喜望峰」

2010FIFAワールドカップ南アフリカ大会、波乱や激闘を繰り広げていましたが、南アフリカといえば、「喜望峰」、単純にアップしました。

この曲は、1981年、ファーストアルバム「リフレクション」に収録されたもので、

作ったのは、名曲「ルビーの指環」のメンバーで、

作詞:松本隆、

作曲:寺尾聰、

編曲、プロデュース:井上鑑。

「ルビー…」大ヒットで、毎週の歌番組に必ず出演し、お茶の間に定着し、いかしたサングラスとレスポールで、男女問わず、カッコいい30代として支持を得ていた。また、俳優であり、冠番組「西部警察」にレギュラー出演し、ルパン三世級のホッソリ顔と足で犯人を追いかけていた。たまにロケ地から歌を歌ったこともあった。

1970年代にエリック・クラプトンがロックの世界にレゲエを取り入れ、そして世界中にレゲエが広がり、そして日本にもその波が押し寄せて、

この曲は、レゲエテイストの面で桑田佳祐、佐野元春よりいち早く取り入れた曲の決定版といえよう。




人それぞれの道

2010-07-16 21:36:00 | わしやま音楽祭Vol9~.10
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The Doobie Brothers「Takin' It To The Streets」

矢沢永吉に続き、矢沢のバックバンドを務めたことがある、西海岸ロックの大御所ドゥービーブラザーズのナンバーを紹介します。

エキサイトブログ「音楽の杜」(y240.exblog.jp)より一部抜粋。

初期ドゥービーのリーダーであったトム・ジョンストンが、健康上の理由でツアーを断念せざる負えなくなったのが1975年の夏。そこでメンバーのジェフ・バクスターがスティーリー・ダン時代に一緒だったマイケル・マクドナルドに代役として声を掛け、マイケルはそのツアーに参加。他のメンバーもマイケルの才能に惚れこみ、マイケルはドゥービーのメンバーに加わることになります。これが後のドゥービーを大きく、大きく変えることになります。

そして発表されたのがアルバム「Take it to the streets」。

アップしたものは、アルバムからのタイトルチューンでシングルカットされ、全米13位を記録したナンバー。


歌詞は

You don't know me but I'm your brother.
I was raised here in this living hell.
You don't know my kind in your world.
Fairly soon the time will tell.

You, telling me the things you're gonna do for me.
I ain't blind and I don't like what I think I see.
Takin' it to the streets,
takin' it to the streets, no more need for runnin',
takin' it to the streets.

Take this message to my brother.
You will find him everywhere.
Wherever people live together,
tied in poverty's despair.


Oh, you, telling me the things you're gonna do for me.
I ain't blind and I don't like what I think I see.
Takin' it to the streets,
takin' it to the streets, no more need for runnin',
takin' it to the streets.
Takin' it to the streets,
takin' it to the streets, no more need for hidin',
takin' it to the streets.
Takin' it to the streets, takin' it to the streets,
takin' it to the...

Oh, you, telling me the things you're gonna do for me.
I ain't blind and I don't like what I think I see.
Takin' it to the streets,
takin' it to the streets, no more need for runnin',
takin' it to the streets.
Takin' it to the streets,
takin' it to the streets,
takin' it to the streets.

Repeat and fade

この歌の解釈

多数の兄弟ばらばらになり、自分は貧乏に育ち、何もできない失望を味わい、ここまで生きてきて、もうこれ以上はごめんだけど、自分は正直に人生を送り、自分の主張を持ち、かけがえのない人に恵まれていることを他の兄弟へメッセージを伝えることを歌にしている。


ホームに待つあの娘にHello Good Bye

2010-07-16 21:24:00 | わしやま音楽祭Vol9~.10
NOBODYに続き、旧知の仲の関係の方です。

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矢沢永吉「恋の列車はリバプール発 ~ サブウェイ特急」


今年の矢沢は昨年と同じスタイルでアルバムを出し、夏に行われるイベントに出て、10月から全国ツアーが始まる。

で、キャロルを解散し、全くの空っぽで、身の回りのことから自分でやりだし、アルバム「I Love You,O.K.」、シングル同名で矢沢としてデビュー、ノリでファンをつかんだキャロルとは違い、バラードという常識外なサウンドで、ファンに衝撃を与え、ドン引きしてしまい、ソロライブでは失敗に終わり、その反省から、マイクスタントスタイルでボーカルを取り、マイクを振り回すパフォーマンスを取り入れ、バックバンドにはギターに高中正義、ドラムに高橋幸宏などバンドサディスチックスという腕利きの若者をつけて、キャロル解散ライブを行った日比谷野外音楽堂でリベンジマッチを行い、多くのファンをつかんだもの、更なる問題が・・・

そのファンの大体が社会に反抗的な不良連中で、コンサートになれば、爆音を鳴らし不正改造車で現れ、特攻服を身につけ、周りに迷惑がかかり、コンサート運営者は「矢沢お断り」と拒否を受けたこともあったりと、音楽的にはすごいメンツを固め、いい音源はできるもの、ファンのマナーの悪さには悩みを抱えつつ、1977年、念願かなってビートルズがコンサートをした場所である日本武道館でのコンサートを行う形となる。

その記念すべき第一回の模様をアップしました。

ギターにはキャロル以前のバンド「ヤマト」のメンバーだった相沢行夫、木原敏雄が友情出演でバックバンドとして参加している。

現在のところ、日本武道館コンサート107回行っていて、音楽ミュージシャンとしては歴代1位。

日本武道館をプロのミュージシャンたちの「あこがれの聖地」にし、筋道を整えたのは、「矢沢永吉」に間違いない。

あなたたげに…今日はノーブラよ∵

2010-07-16 21:12:00 | わしやま音楽祭Vol9~.10
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Nobody「For Only You」

NOBODYは、音楽界の藤子不二雄と言われ、

メンバーは、

米岡誠一(猪DJ)と同じ潜在能力の相沢行夫



綾瀬はるか(蓼丸綾)と同じ潜在能力の木原敏雄からなるユニットである。

1969年、広島から上浜した矢沢永吉らと「イーセット」、「ヤマト」を結成するも、相沢、木原は大学生であり、学業に専念する理由で脱退し、グループは解散、その後、矢沢は1972年「キャロル」を結成し、1975年解散し、同年ソロになった時に、相沢が矢沢バンドに加入、その後木原も相沢の誘いで加入、残りの1970年代の矢沢を陰で支え、1981年に矢沢が、日本からロサンゼルスに拠点を移したため、矢沢バンドは解散、翌年にユニットを結成し、ユニットでの活動でなく、ハウンド・ドッグ、アン・ルイス、吉川晃司、小泉今日子、浅香唯などの楽譜提供をしている。

2006年、矢沢ファン70人限定のシークレットで、矢沢、相沢、木原が久々に揃い、アコースティックライブを行い、2007年、矢沢永吉日本武道館ライブ101回目にゲストで相沢、木原がバックにつき、1977年から始まった恒例の日本武道館ライブの一回目の一曲目「カモン・ベイビー」を披露した。

この曲は1983年アルバム「Pop Gear」に収録している。



生きる伝説、虹伝説

2010-07-16 21:00:00 | わしやま音楽祭Vol9~.10
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高中正義「THUNDER STORM」

ミスタープロレス天龍源一郎のテーマ曲である。

アルバム「虹伝説」に収録。

このアルバムについて、

1981年、イタリアの画家ウル・デ・リコの絵本から得たインスピレーションによって制作したコンセプトアルバム「虹伝説」を発表。日本武道館を皮切りに全国ツアーをおこない、アルバム、ライブは、ともに大反響で、「時」のTAKANAKAブームを巻き起こした代表作となった。また、第23回日本レコード大賞企画賞を受賞した。 翌年は横浜スタジアムを皮切りに、サンタナとのジョイントライブを敢行、リハ不足の中、真夏の熱狂ライブを彩った。 翌々年「ギターファンタジアツアー」を大阪・横浜で行い、ツアーメンバーにアメリカのスーパー音楽プロデューサーのナラダ・マイケル・ウォルデンがドラムとして参加した(パーカションはシーラ・E)。なお、海外ミュージシャンとの交流は過去にもアルバムでリー・リトナーやリトル・リチャードで果たしている。この他にも、13キャッツやデイヴ・コーズ、マイアミ・サウンド・マシーン等様々な海外アーティストがアルバムやライブに参加している。

アップしたものは

バンドメンバー全員がお面かぶって演奏している模様です。 (Rainbow Goblins Story)

それでもメンバーは腕は超一流。

高中正義 40周年 前年祭 ツアー決定 チケット発売中

2010年9月22日(水)中野サンプラザホール
2010年9月23日(木)大阪森ノ宮ピロティホール
2010年9月26日(日)愛知Zepp Nagoya

オリジナルNew Album "軽井沢白昼夢" 2010.7.21発売

詳しくはブログ(www.takanaka.com)にて



希望が生まれるかも

2010-07-16 20:48:00 | わしやま音楽祭Vol9~.10
さきほどの青山操のポーズが左なら、こちらは右のポーズ。(写真にて)

おそらく意識しているかも・・・

お届けするのは

涼宮ハルヒ(平野綾)「Lost my music」

小野武彦と同じ潜在能力であり、同じ年、同じ潜在能力、芸能活動同時期の長澤まさみと肩並べ活動しているフジテレビ中野美奈子アナウンサーに若干似ていると思う彼女ですが、

「わしやま音楽祭VOL.8」にて「God knows」を取り上げましたが、この曲とともに収録しているこの曲をアップしました。

彼女が参加したアニメ版「涼宮ハルヒの憂鬱」のエピソード。

原作では文中でほのめかされている程度で明確には示されていないが、アニメ版では兵庫県を舞台にしていることが明かされている。

作中での背景は実際の風景が再現されており、主人公達が通う「県立北高等学校(北高)」のモデルは、原作者・谷川流の出身校である兵庫県立西宮北高等学校で、話の舞台は西宮市となっている。これに合わせて、第2話の席替えのくじ引きシーンに使用された空き缶は、関西ではなじみの薄い鳩サブレーからゴーフル(神戸風月堂)のものに変更された。なお、アニメでの登場人物の会話は首都圏方言のみで行われている。これは原作に従ったもので、作品内での地理描写が実際の兵庫県内の地理条件と完全に一致していないためである。原作でも、会話はほぼ総て首都圏方言である。

この他、尼崎市の中央商店街や三和本通商店街が祝川商店街(西宮市には「夙川」が実在する)として、大阪府大阪市の梅田駅周辺が閉鎖空間の入口として、西宮市高木東町にあるSports Domeかわらぎがハルヒ達が遊びに行くバッティングセンターとして、乗車する車両に阪急神戸線で運用されている6000系車両がそれぞれ撮影の舞台になっているなど多くの箇所でロケハンが行われた。

なお、兵庫県は、これら舞台として使われた実在の施設を、観光コースとして整備することを表明している



ぐるぐるぐる

2010-07-16 20:36:00 | わしやま音楽祭Vol9~.10
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パチスロ「押忍!操」より 「華毒」

全国のパチンコ店で導入稼働中のパチスロ「押忍!操」のビッグボーナス時に流れる(選択で聴くことができる)ナンバーで、パンクロック風な仕上がりとなっている。

この機種を打ちましたが、演出場面で、元ネタとなっているものが満載で打っていて、もう一度その元ネタを振り返りたくなったものである。

元ネタになったもの

「とんねるずのみなさんのおかげでした」内の「細すぎてわからないモノマネ選手権」

「BECK」

「NANA」

「涼宮ハルヒの憂鬱」

「死亡遊戯」

「ボボボーボ・ボーボボ」など


ほかに元ネタを見つけた方、ご一報を。

歌詞

(作られた未来には何も期待できない)
(毒に刻まれた姿を晒しなさい)
(???の中で堕ちていく)
(華毒)

切り取られた台詞が飛び交うご時世
操られたピエロは思考も出来ない
オマエノコト

闇夜に舞う 蝶の群れ
ただ流されて ぐるぐるぐる
廻り続ける

刹那に遊ぶ 
それが 何を残し何を生み出すのか?
見えやしない

鮮やかすぎる
毒に深く深く刻まれ
いつかは堕ちていく

日替わりの仮面つけ馴染んでみせてる
ツギハギなパズルたち 騒げば共感
不毛なパーティ

飾り立てたマボロシで
黒く交わる 白んでいく
朝が来るまで

ココロニフカク
閉ざす ありのままを全て晒したけりゃ
飾らないで

不埒な夢を
壊し時を欺くほどの呼吸を
奏でて

捨てアドみたく軽く生きてゆく
涙さえ仕組まれたマヤカシ

自分の弱さ
隠し 腐る程の嘘を重ねてくの?
空虚じゃない!

刹那に遊ぶ 
それが 何を残し何を生み出すのか?
見えやしない

鮮やかすぎる
毒に深く深く刻まれ
いつかは堕ちていく



幻想とじゃれ合って

2010-07-16 20:24:00 | わしやま音楽祭Vol9~.10
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ポルノグラフィティ「Mugen」

2002年日本と韓国の共同開催になったサッカーワールドカップの国営放送での中継のテーマ曲になったナンバーである。

で、今年はワールドカップ開催年ということで、南アフリカで開催されたが、概要として

史上初のアフリカ大陸開催となったこの大会では、強豪国が新興国相手に苦戦したりこれまで言われてきたジンクスが破られたりする事態が次々と起こり、全体を通して波乱続きの大会となった。
有名だったジンクスとしては、「欧州以外で開催される大会は全て南米勢が優勝し、欧州勢は優勝できない」が挙げられる。南米で開催された1930年の第1回大会(ウルグアイ)以降、80年間破られなかったこのジンクスは、欧州勢であるスペインが初優勝を果たしたことによって破られた。またスペインはグループリーグ初戦でスイスに敗れたにも関わらず優勝したため、「グループリーグ初戦に負けたチームは優勝できない」というジンクスも破ることになった。
また「開催国はグループリーグを必ず突破する」というジンクスは、南アフリカがグループリーグを敗退した事によって破られたが、開幕戦でメキシコと引き分けたため、「開幕戦での敗北はない」というジンクスは守られることとなった。
ベスト16のうち、南米勢からは5チーム全てが進出し、アジア勢からは日本と韓国の2チームが自国開催以外初の進出を果たした。その一方で、アフリカ勢からはガーナのみの進出となり、南アフリカは史上初の開催国グループステージ敗退となった。欧州勢からは8チームが進出したが、グループステージでは強豪国の苦戦が目立つ結果となった。特に、前大会で決勝を戦ったイタリアとフランスは、どちらも全く勝利を挙げられず、グループリーグ最下位で敗退した。

一からやりだし、予選通過し、本大会では2勝1敗でトーナメント進出し、一回戦でPK戦負けした日本代表のみなさん、お疲れ様です。そしていい試合ありがとう。



カクトウギのテーマ

2010-07-16 20:12:00 | わしやま音楽祭Vol9~.10
お届けすうのは

坂本龍一「カクトウギのテーマ」

YouTubeよりお届けする映像を編集と解説を行った投稿者phonographjpさんの文章を一部抜粋。

この曲は

坂本龍一, Fender Rhodes, acoustic piano, Oberheim 8 voice, Poly-Moog, Mini-Moog; 小原礼, bass; 高橋ユキヒロ, drums; 鈴木茂, guitar; 浜口茂外也, percussion; 数原晋, 岸義和, 中川喜弘, trumpet; 新井英治, 平内保夫, 三田治美, trombone; 岡田澄雄, 杉本勝行, bass trombone; イブ, background vocals; 多グループ, strings; 松原正樹, guitar solo

加護亜衣と同じ潜在能力の教授ですが、

東京芸術大学音楽学部作曲科を経て、1977年(昭和52)同大学院音楽研究科修士課程修了。ダルビッシュ紗栄子と同じ潜在能力の松本民之助に作曲を師事。在学中に弦楽四重奏曲(1972)、『オーケストラのためのコンポジション』(1973)などを作曲。78年、初のソロアルバム『千のナイフ』を発表。同年、市井紗耶香と同じ潜在能力の細野晴臣、新垣理沙と同じ潜在能力の高橋幸宏とともにイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)を結成しキーボード、作曲、作詞を担当。シンセサイザーを駆使したデビュー・アルバム『イエロー・マジック・オーケストラ』(1978)でセンセーションを起こした。アルバム第2作『ソリッド・ステート・サヴァイヴァー』(1979)も大ヒットし、国際的にも注目を集める。 YMOの活動の一方で、ピアノ曲『僕自身のために』(1981)、合唱曲『小説』(1982)などの作品を作曲。YMO名義のアルバム『BGM』『テクノデリック』(1981)発表ののちYMOを解散、以後さまざまなメディアで多彩な活動を展開している。1983年(昭和58)には上原さくらと同じ潜在能力の大島渚監督の映画『戦場のメリークリスマス』に主演するとともに音楽を担当し、英国アカデミー最優秀映画音楽賞を受賞。堀雅哉と同じ潜在能力のベルナルド・ベルトルッチ監督の映画『ラストエンペラー』に出演、音楽を担当して88年にアカデミー作曲賞を受賞した。このほかイギリス映画『嵐が丘』(1992)、アメリカ映画『スネーク・アイズ』(1998)などの音楽を担当。現代音楽の技法とテクノロジーをポップ・ミュージックに取り入れた活動に功績がある。

この曲は1979年アルバム「サマーナーバス」に収録されている。

長州力・谷津義章×ラッシャー木村・阿修羅原の試合とセットでお届けします。

ラッシャー木村永遠なれ!!