宝治三年銘の慈光寺式三尊の発見
比企郡菅谷村【嵐山町】大字大蔵の遺る鎌倉時代館阯調査の為め、柴田顧問【柴田常恵】、稲村監事【稲村坦元】には四月二十四日同地へ出張調査せられる所あったが、其の際同地向徳寺(こうとくじ)に於て計らずも、鋳銅の善光寺式阿弥陀三尊を発見した。これは本堂の阿弥陀座像の胎内に蔵られていたもので、中の尊丈け一尺九寸、両脇の二尊丈け一尺三寸五分であって、阿弥陀の台座に「武州小代奉治鋳檀那、父栄尊、母西阿、息西文、宝治三乙酉(1249)二月八日」の銘文を刻し、此の種善光寺式三尊として既に知られたものの中ではもっとも古き銘記を有するものであって、軈(やが)ては国宝に列せらるべき名品である。
『埼玉史談』2巻5号 1931年(昭和6)5月
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