「息長氏は秋永氏である。」の顛末記

秋永氏探求から紐解く日本古代史

朝倉はやはり天孫族の本貫地。

2013-05-10 | 日記

わたくしのオーディオアンプは大宰府の町田和明氏から作って頂いております。

音を研究しますと、電気にてアンプ増幅してスピーカを鳴らす音と、針の振動からカンチレバーを介し直接振動盤を震わし、ホーンロードを架けて音を増幅する蓄音機の音は、明らかに違います。実体感は蓄音機に軍配が揚がります。しかし、周波数帯域が狭いのと大音量がでないのが欠点であります。電気増幅の方は、周波数帯域は広いのですが、いかにもステレオ装置のスピーカから聴こえる音と誰にでも判ります。此の電気臭さを失くすのが今までは出来ませんでしたが、夢を叶えられたのが町田和明氏であります。

 

創世期の日本のオーディオ界を牽引された日系フランス人で、現在パリ在住のジャン平賀氏も絶賛し、東のK氏、と西の町田和明氏を挙げられ、パリでのオーディオショーへの参加を依頼されているようです。

この町田和明氏は北九州小倉にある菅野製作所の創業者でカンノアンプを生み出した菅野省三氏の流れを受け継ぐ方で、工業高校出身ながら天才的な頭脳をもっておられ、渦電流での特許も取っておられ、世界中誰も成し得なかった偉業を果たされています。

出てくる音を聴けば判ります。電気臭さが無く蓄音機の音の延長で、一つ一つの楽器とパートが明瞭に聞き分けられ、余分な音が無く、演奏者の表現の幅が広く、諧調のニュアンスが多く、深く聞こえ音楽に浸れます。人類が成し得た最高の技術的成果と感心します。

町田氏のアンプは、音楽の友社『STEREO』誌、平成25年5月号(今月号)の中で青森県のクリーニング店を経営されて居られる方(松浦洋三さま)が紹介されていまして、カンノアンプと紹介されていますが、此れは、町田和明氏が作られたアンプです。全国では、ほんの少しの方しかその音を知って居られません

 

実は、この町田氏の出身は朝倉高木邑であります。町田氏によりますと、氏は子供の頃黒川小学校に通っておられ、近年の同窓会にて、招待した担任の先生が、在任期間の卒業児童の最終学歴追跡調査をした所、旧帝大(九州大・京大・東大等)に進んだ児童の比率が異常に高く他の学校の二倍以上であった由。不思議がっておられたとの事。

また、高木邑に在ります高木神社の祀り(宮座)『黒川くんち』は日本でも最も古い形式で執り行われていると謂われていて、神主の周りに地区代表の長が8人集り、榊の葉を口に含み黙して行うと謂う、現在では宮中でしか行っていない祭祀の方法(毎年10月29日に行われる)で、春分の日と秋分の日には高御産巣日神の娘婿、正勝吾勝勝速日天忍穂耳命を祀る彦山神社から毎回使者が来られるそうであります。

また、朝倉は、以前は、上座郡・下座郡・夜須郡の三つに分かれて居たそうで、高木邑は上座郡(じょうざぐん)であった由。

 

高木邑は町田氏・薙野氏(なぎの)・杷野氏(はの)の三氏が昔からの名士だそうで、町田氏は、以前は藤原を名乗っていたそうで、京都から来たとの事。前回のブログにて出た、『西家』は入地地区に多くあり、其処には、烏集院(うすのいん)『院』名の付いた地名や近くには久喜宮(くぐみや)の地名もあり、また、猿田比古神・大己貴命を表す佐田の地もあり、此処高木邑一帯は、『倭の大乱』前後の天孫族の本貫地であったと考えるべきでしょう。

 

 

 

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