日本国家の歩み 


 外史氏曰

   すばらしき若者たち
 
   祖国日本の行く末

  

ものすごい先生たちー131   ( 土佐の南学-4 ・野中兼山一族の悲劇と 野中婉女 )

2009-07-26 13:52:45 | 幕末維新
【 吉田松陰 ・田中河内介 ・真木和泉守 】    先生とその門人たち-131   田中河内介・その130         (出島物語ー42)                                                         野中兼山の失脚と死去後の一族の悲劇を、野中婉女の物語を中心に述べます。 . . . 本文を読む

ものすごい先生たちー130   ( 土佐の南学-3 ・谷 時中と 野中兼山 )

2009-07-17 18:31:48 | 幕末維新
【 吉田松陰 ・田中河内介 ・真木和泉守 】    先生とその門人たち-130   田中河内介・その129                                          (出島物語ー41)                                                                        戦国武士を対象としてきた南学は、平和時代に対応した新しい内容を具えた学風へと転回する。 谷 時中(じちゅう) がその重要な役割を演じる。 谷 時中の門下の代表的人物は、学問の 山崎闇斎、土佐藩政 確立期の偉大なる政治家 野中兼山の二人です。 . . . 本文を読む

ものすごい先生たちー129   (土佐の南学-2  ・南村梅軒と その道義学風 )

2009-07-12 15:21:46 | 幕末維新
【 吉田松陰 ・田中河内介 ・真木和泉守 】    先生とその門人たち-129   田中河内介・その128                                                        (出島物語ー40)                                                                    土佐に多大の影響を与えた 「 南学 」 の話を続けます。 今回は 「 南村梅軒とその道義学風 」、「 弘岡城主の吉良宣経 」 の話です。 . . . 本文を読む

ものすごい先生たちー128   ( 土佐の南学-1  ・南村梅軒の土佐入国 )

2009-07-11 14:11:39 | 幕末維新
【 吉田松陰 ・田中河内介 ・真木和泉守 】    先生とその門人たち-128   田中河内介・その127                                                         (出島物語ー39)                                                                    薩摩に大きな影響を与えた 「 薩南学派 」 の話の続きとして、同じく土佐に多大の影響を与えた 「 南学 」 の話をして置きます。                                                                   【 大事業の前には必ず大理想あり、大理想の前には必ず学芸復興あり 】 . . . 本文を読む

ものすごい先生たちー127  ( 薩摩藩の歩みー3  ・「 薩南学派 」 と 桂庵玄樹 )

2009-07-09 13:40:23 | 幕末維新
【 吉田松陰 ・田中河内介 ・真木和泉守 】    先生とその門人たち-127   田中河内介・その126                                                         ( 出島物語ー38 )                                                                    応仁の乱後、京都から四散した学問は、それぞれの地方に影響を与えてきたが、特に薩摩と土佐は、その隔絶された地形故に、これを純粋に継ぎ伝え、三百年風土に影響され、一種の薩摩および土佐らしい個性を備えた 「 薩南学派 」、「 南学 」 を形成し、薩摩人、土佐人の大きな指導力となってきた。 まず薩摩に大きな影響を与えた 「 薩南学派 」 の話から始めよう。                                        . . . 本文を読む

ものすごい先生たちー126 ( 薩摩藩の歩みー2 ・日新公 「 いろは歌」 )。一息(増子金八ー5)

2009-07-04 01:25:01 | 幕末維新
【 吉田松陰 ・田中河内介 ・真木和泉守 】   先生とその門人たち-126   田中河内介・その125                                                        (出島物語ー37)                                                                    薩摩藩を天下の雄藩にした基礎には青少年教育がある。 その代表的なものに、島津忠良の「 いろは歌 」があります。 薩摩藩治教の聖典ともいうべき「 いろは歌 」は、公が選んだ当時の人生訓で、当時の人たちはもちろんのこと、後世薩摩の青少年の教育の軌範として、郷中教育や学舎鍛錬のすぐれた資料として用いられた。 若者は、日夜この歌を口誦して、心をととのえ、己を反省するように努めてきた。                                                  ●●〔ちょっと一息〕●●                                                                   桜田門外の変の生き残り、増子金八の墓に行ってきました―(その5) . . . 本文を読む