とはずがたり

論文の紹介や日々感じたことをつづります

Revision TKAにおけるLCCKの長期成績

2020-04-27 16:37:40 | 整形外科・手術
Legacy Constrained Condylar Knee prosthesis (LCCK; Zimmer)は内外反の制動性が強い人工膝関節で、よほど不安定性や破壊が強い膝でなければprimaryに使用することはないのですが、再置換の際には私も好んで使用しています。韓国のEwha Woman’s University Seoul Hospitalから人工膝関節再置換術(reTKA)例におけるLCCKの長期成績についての報告が出ましたので紹介します。
成績評価に用いたのはLCCKを用いてreTKAを行った中で、ある程度長期にフォローできた97患者(114膝)です。平均年齢は65歳で男女比は77:13で男性が86%でした。再置換の理由としてはaseptic loosening 56%, tibial polyethylene wear 21%, infection 11%, instability 7%などが主なものでした。結果は平均19.2年(16ー21年)のフォローアップでKnee Society scoreやWOMAC scoreなどもとても良くて、可動域はまぁまぁですが患者満足度は高いものでした。再々置換は全部で10例で、理由はaseptic loosening 5例、infection 4例(2例が早期、2例が晩期)などでした。Mechanical failureをエンドポイントにするとsurvival rateは96%(95% CI, 84ー100%)、再置換をエンドポイントにすると91%(95% CI, 87ー98%)と大変良好な結果でした。
再々置換になった症例の背景はどうであったか(どのような理由でreTKAになったか)?男性の比率が非常に高い理由はどうしてか?など疑問点はありますが、概ね自分の印象とも合致する結果です。



ヨーロッパ各国の超過死亡は?

2020-04-27 06:29:20 | 新型コロナウイルス(疫学他)
新型コロナウイルスの影響、そしてロックダウンを含めた政策の効果を判断するうえで、今後出てくるであろう超過死亡を見ていくことは重要です。ヨーロッパのデータベースであるEUROMOMOにはヨーロッパ各国の超過死亡が年代別に示されています。厳しい制限をしていないスウェーデンをはじめとして、ほとんどの国で超過死亡は減少傾向にあるにもかかわらず、UK(England)ではまだ減少傾向が見られません。これは当初集団免疫政策をとったためかもしれませんが、ロックダウンをスタートした段階ではそれほどひどくはなかったのですが。。またヨーロッパ全体で見ても14歳以下の超過死亡は実は減少しているというのも興味深いデータです。インフルエンザや他の感染症が低下していることを表しているのかもしれません。
このような一次データをにらみながら次の一手を考えていこうというヨーロッパの科学的な姿勢はすばらしいと思います。しかしこのような状況でもボリス・ジョンソン首相の人気が衰えていないとしたら(実情は知りませんが)、日本の首相とどこが違うのか一考の価値はありそうです。。

THAにおける大腿骨引き下げはどのくらいまで安全か?

2020-04-26 14:31:34 | 整形外科・手術
人工股関節全置換術(THA)において、特に骨頭が脱臼位にある場合には引き下げが必須ですが、どの程度引き下げて(延長して)良いのかについては迷うことも多いです。当施設でも神経刺激器などを用いて慎重に引き下げているのですが、なんとなく「30 mmくらいの延長は大丈夫ちゃうか?」というようなエビデンスのない基準を設けております(間違ってたらごめん)。
さてトルコのIstanbul大学から発表されたこの論文では、術中神経モニタリング(intraoperative neuro-monitoring, IONM)を用いてMEPおよびSEPを測定して、どの程度安全に引き下げが可能かを検討しています。モニターした神経は深腓骨神経(前脛骨筋)、脛骨神経(腓腹筋)、大腿神経(大腿四頭筋)のMEP、そして後脛骨神経のSEPです。アプローチはmodified Hardinge approachを用いています。骨頭摘出後、牽引装置を用いて下肢を牽引し、SEPあるいはMEP amplitudeの50%低下あるいはSEP latencyの10%以上の増加を神経障害と定義し、透視を用いて引き下げ(延長)量を測定しました。
(結果)16例のTHA症例(51.7±11.4歳, 25-66歳)を対象としました。身長は平均162.2 cm、体重は72.4 kgです。牽引によって最初に電位の変化が見られたのも、初めに危険域に達したのも深腓骨神経でした。深腓骨神経がリミットに達した際の脛骨神経の電位低下は27.4%±9.9%(11-46%)、大腿神経は12.6%±10.5%(0-35%)でした。脛骨神経のSEPに変化はありませんでした。最初にneurapraxiaの兆候を示したのは14.9±6.2 mm(大腿骨全長の3%、ASIS-MM距離[SMD]の1.7%)、危険域に達した延長量は22.4±5.6 mm(同5%, 2.6%)でした。延長量のリミットは大腿骨長およびASIS-MM距離と相関していました。
この結果を見ての感想は「えらい少ないなー!」でした。上述したように、なんとなくリミットは30 mm程度かと考えていましたが、やはり安全を期するためには20 mm以内に収めておいた方が良いのでしょうか。とはいえ日本の場合には臼蓋形成不全症例が多く、高位脱臼例では中々延長20 mm以内という訳にはいかないことも多いのですが。それにしても16例でJBJS Amというのはうらやましい感じがします。
Batram et al., "Critical Limit of Lower-Extremity Lengthening in Total Hip Arthroplasty: An Intraoperative Neuromonitorization Study."
J Bone Joint Surg Am. 2020 Apr 15;102(8):664-673.

SARS-CoV-2感染が示すユニークな遺伝子発現プロファイル

2020-04-26 09:40:11 | 新型コロナウイルス(疫学他)
SARS-CoV-2は極めてユニークな病態を形成しますが、この論文ではインフルエンザウイルス(IAV)などと比較して、SARS-CoV-2の誘導する遺伝子profileの違いを調べることで病態に迫ろうとしています。ヒト肺胞基底上皮腺癌細胞であるA549細胞(にACE2を発現させた細胞)やprimaryの気管支上皮(normal human bronchial epithelial, NHBE)細胞への感染系を用いて、SARS-CoV-2ではIAVと比較してinterferon(IFN)-I, III発現に関与するTBK1の活性化、STAT1, MX1, INF-1 stimulated genesの誘導が生じず、IFN-I, III誘導が極めて弱いことが明らかになりました。一方interferon stimulated genes(ISGs)の発現誘導はある程度検出され、またCCL20, CXCL1, IL-1B, IL-6, CXCL3, CXCL5, CXCL6, CXCL2, CXCL16, TNFなどの種々のケモカインやサイトカインの強い発現誘導が見られました。
フェレットを用いた動物モデルでも、ウイルス増殖が盛んな3日目から7日目にかけてCCL8, CCL9, CCL2などのケモカイン、サイトカインの誘導が見られ、様々な白血球の浸潤も見られました。
死亡例の肺を調べたところ、やはりIFN-I, IIIの誘導は見られず、ISGsの軽度上昇、CCL2, CCL8, CCL11などのケモカインの著明な上昇がみられ、またCOVID-19臨床例の血中でもIL-6, IL-1β, IL1RA, CCL2, CCL8 CXCL2, CXCL8, CXCL9, and CXCL16などの上昇が見られました。
この結果からSARS-CoV-2はIFN-I, IIIの誘導能が低く(従って細胞の抗ウイルス作用の誘導が低く)、一方で様々なケモカイン、サイトカインの誘導能が高い(従って著明な炎症反応やサイトカインストームを誘導する)というある程度ユニークな特徴が見えてきました。
この研究のclinical applicationとして、血中のケモカインやサイトカイン濃度をモニターすることで感染がどのような時期にあるかを検出し、抗ウイルス療法を行う時期であるのか、抗サイトカイン治療を行う時期であるのかを明らかにすることによって、より標的を絞った治療戦略を立てることが可能かもしれません。また動物モデルで血球系の前駆細胞に見られる遺伝子誘導が気管において見られることも示されており、造血系に対する作用メカニズム解明のヒントになるかもしれません。SARS-CoV-2の特徴として全身の様々な組織、細胞への感染が見られることも報告されており、今後このような組織、細胞におけるユニークな特徴も明らかになっていくかもしれません。 
Daniel Blanco-Mel et al., Imbalanced host response to SARS-CoV-2 drives development of COVID-19
Cell, Journal pre-proof
DOI: 10.1016/j.cell.2020.04.026

アメリカワシントン州の高度看護施設におけるCOVID-19アウトブレークについての報告-無症状、あるいは未発症者からの感染の問題

2020-04-25 13:03:48 | 新型コロナウイルス(疫学他)
アメリカはCOVID-19患者も関連死亡者も世界最多であり、その対策は焦眉の急となっています。トランプ大統領は、「完全な勝利になるだろう」というコメントを出していますが、言葉通りにとらえる人は多くないと思います。アメリカワシントン州の看護施設における集団感染についてのレポートが発表されました。重要な報告と思いますので、下記に概要をまとめてみます。この研究結果に対する私の意見は最後に述べたいと思います。長いので心して読んでください(笑)
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2020年3月1日にワシントン州King Countryの高度看護施設(skilled nursing facility)である”Facility A”の医療スタッフにおいてSARS-CoV-2感染が明らかになりました(このスタッフは2月26日から症状があったとのことです)。この施設におけるその後の経緯を時間軸で示すと
3月5日 このスタッフが勤務する看護ユニット(Unit 1)の入所者1人がCOVID-19と診断され(症状は3月2日にあった)、すべての来訪者や施設内の集まりが制限されました。
3月6日 Public Health–Seattle and King County (PHSKC) およびCDCによるアウトブレーク調査が始まり、感染防御の指導が行われました。
3月8日 CDCとPHSKCの指導で、感染者がでたUnit 1において13名に対してPCR検査が行われ、6人で陽性でした。うち4人には発熱、咳嗽、息切れ、咽頭痛などの症状がありましたが、2人は検査前14日間無症状でした。
3月9日 無症状者も含めてFacility A入所者すべてのPCR検査が施行されました。
入所者に陽性所見が初めて出た際に同じFacility Aに入所していたのは89人。医療スタッフについては症状があれば自分で検査を受けるように指導されました。なお無症状スタッフについては今回の調査ではテストは行われていません。
このサーベイでは入所者に対して2回のテストが施行されました。1回目は3月13日に全ての入所者に対して鼻咽頭swabのPCR検査が行われ、2回目は1回目に陰性だった者、陽性だったが非典型的な症状あるいは無症状だった入所者に対して1回目の検査の7日後に行われました。
(結果)Facility Aの入所者89人中57人(64%)が点有病調査、臨床評価、あるいは死後検査でSARS-CoV-2陽性と判断されました。1回目のサーベイに参加した76人のうち48人(63%)が1回目、あるいは2回目の検査で陽性でした。1回目調査時には48人のうち17人(35%)に典型的な症状があり、4人(8%)は非典型的な症状を呈し、27人(56%)には症状がありませんでした。無症状であった27人のうち15人は症状がなく、12人は以前からの症状が続いているとのことでした。そのうち15人は認知機能に問題がありました。検査結果が陽性であった無症状者27人のうち24人は7日以内に症状を呈したので、presymptomatic(未発症)と定義されました(症状としては発熱71%、咳嗽54%、悪心42%)。PCRで陽性だった検体においてウイルスのgrowthが検出されたのは有症状者の10/16、非典型的症状者の3/4、無症状者の17/24であり、このうち1人はその後も無症状でした。PCRのthreshold(cycle threshold [Ct] values)は概ねウイルス量を表すと考えて良いと思われますが、Ct valueと症状発現までの日数とは関連がなく、高いCt valueが見られたのは典型的な症状が発現する前、そして症状発現から7日が経過した入所者においてでした。これらの結果から入所者におけるdoubling timeは3.4日(95% CI, 2.5 to 5.3)、周囲のKing Countyにおけるdoubling timeは5.5日(95% CI 4.8 to 6.7)でした。
4月3日の時点でSARS-CoV-2感染が認められた57人のうち11人が入院し(うち3名はICU)、15名が死亡しました(死亡率26%)。初回の点有病調査の時点(3月13日)で、常勤スタッフ138人中11人(8%)でSARS-CoV-2が陽性であり、3月26日までには55名が症状をうったえ、51名が検査を受け、26人(19%)が陽性でした。陽性であった26人のうち17人は看護スタッフであり、9人はセラピスト、清掃員、給食員などで、入院が必要な人はいませんでした。入所者の34名についてウイルスゲノムの配列が解析され、すべてが同一、もしくはワシントン州でそれ以前に報告された配列を示しました。
 最初の感染が認められてから23日間で入所者の64%に感染が見られ、また早期に感染対策指導が行われたにもかかわらず感染者の26%が死亡したというのは恐るべきデータです。またスタッフの19%に感染が見られたという結果からは水平感染の存在を疑わせます。これらの報告は同じワシントン州でほぼ同時期に生じたアウトブレークと極めて類似しています(McMichael et al., N Engl J Med. DOI: 10.1056/NEJMoa2005412)。感染がどのように広がったかは不明ですが、Ct valueのデータは、無症状者、あるいは未発症患者からの感染も十分ありうることを示しています。高齢者で他に疾患を持っていたり、また認知機能に問題がある人の場合には典型的な症状をうったえないかもしれません。このことから著者らは症状に頼った診断には限界があるとし、検査によって不顕性感染者を見つけ出し、陽性者(入所者やスタッフ)を隔離することが必要であるとしています。同号のEditorialでもUniversity of CaliforniaのMonica Gandhiらはこの考え方を支持しており、このようなアプローチを刑務所(!)などにも広げるべきだとしています(DOI: 10.1056/NEJMe2009758)。
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さてここからは私の意見です。日本はアメリカにも増して高齢化率が高く、介護施設などでアウトブレークが発生した場合に大きな問題となることは容易に想像できますし、すでにそのような事例がいくつか報告されています。公衆衛生の方々の「感染拡大を防ぐためには診断と隔離が重要だ」という正論には同意するとしても、それでは施設に入所する全員(+スタッフ全員)に感染スクリーニングを定期的に行い、陽性であったらどこかに隔離するということが現実的なのか、という点は疑問に思ってしまいます。検査の費用は誰が負担するのか?隔離された人々のケアや医療は誰が行うのか?感染が確認された医療スタッフも隔離するのか?残った医療スタッフで現場の医療がまかなえるのか?またこれは異なるラインの話ですが、高齢者が重症化した際にはどこまで治療を行うべきなのか(この論文では死亡者にどの程度の治療が行われたかは記載されていません)。特に日本では超高齢者であっても最高レベルの医療提供が期待されていますので、もし患者が増えればその医療に必要な費用は莫大になるのは疑いありません。また感染の広がりを抑えるために現在多くの国でロックダウンなど接触を抑制する政策がとられていますが、もちろんこのような政策は長続きしません。世界全体の生産性が低下していく中で、益々医療費の負担が重くのしかかってしまいます。それではいつ政策を転換すればよいのか?
これは実は医療の問題でも公衆衛生の問題でもなく、高度に政治的な問題なのかもしれません。つまり「ある程度の感染拡大も、高リスク者の死亡さえも許容する」というハードランディングが必要になる可能性が高い。そのような政策を国民に納得してもらうように、政治家は政治生命をかけて説得してくれるでしょうか?
幸い今のところ日本では感染患者も死亡率も低いため、政治家にも緊迫感は少なく、"stay home"を繰り返すことで役目を果たしていると考えているのかもしれません。しかし今回の新型コロナウイルスの問題は、今後の医療のあり方や我々の生き方を考える上で重要な機会になっているように思います。 
Arons et al., Presymptomatic SARS-CoV-2 infections and transmission in a skilled nursing facility. N Engl J Med. DOI: 10.1056/NEJMoa2008457. https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2008457?query=featured_coronavirus