とはずがたり

論文の紹介や日々感じたことをつづります

変形性膝関節症に対する理学療法とステロイド関節注射の比較

2020-04-10 15:41:43 | 変形性関節症・軟骨
New England Journal of Medicine(NEJM)は実にインパクトファクター70.670という驚異の値を誇るモンスタージャーナルです。臨床研究のトップジャーナルとして長年君臨し、多くの臨床エビデンスがこの雑誌から発信されているのはご存知の通りで、臨床家の間では"Publish NEJM and die(NEJMに論文を出してから死ね)"という諺もあるくらいです(嘘です)。しかしながら時々「??」という論文が掲載されることがあります。
 という失礼な前振りで紹介する論文は、米国のBrooke Army Medical Centerから発表された”Physical Therapy versus Glucocorticoid Injection for Osteoarthritis of the Knee"という論文です。変形性膝関節症(knee osteoarthritis, KOA)は運動器疾患の代表格であり、特に高齢者にとって大きな問題となっています。日本の疫学研究としては吉村典子先生たちのROAD研究が有名で、わが国には2500万人以上のKOA(KL grade 2以上)患者がいると推定されています。この論文では156名のMilitary Health System内のKOA患者をステロイド関節注射(ステロイド)群と理学療法(PT)群に分けて、1年後のWOMACスコアをprimary outcomeにしています。Secondary outcomeとしては1年後の15-point Global Rating of Change scale, Alternate Step Test, Timed Up and Go testなどを見ています。結果としては、1年後のWOMACスコアはステロイド群で55.8±53.8、PT群で37.0±30.7(平均群間差は18.8 points; 95% confidence interval [CI], 5.0 to 32.6; P=0.008)と理学療法群が有意に勝っていました。またsecondary outcomeにおいても理学療法群が勝っていました。終わり。え?
 かなりツッコミどころ満載の論文です。例えば患者背景において、年齢がステロイド群56.0歳、PT群が56.3歳とKOAとしては若い、男女比が男性の方が多い(普通は女性に多い)、KLグレードが1-4と幅広い、しかもPT群のほうが重症者(KL 3, 4)が多い、治療法としてはステロイド投与がtriamcinolone acetonide(ケナコルトⓇ)40 mgと多い(しかも3回まで許容されているところ、4回以上注射を受けた被験者も4名いる)、ステロイド群のうち18%はPTを受け、PT群の9%がステロイド関節注射を受けた、ステロイド群のうち4名は手術を受けた、等々、挙げだすときりがありません。比較的若年者のデータということで貴重なのかもしれませんが、軍に忖度したのか?などと勘繰ってしまいます。 
Gail et al.,
Physical Therapy versus Glucocorticoid Injection for Osteoarthritis of the Knee.
April 9, 2020
N Engl J Med 2020; 382:1420-1429
DOI: 10.1056/NEJMoa1905877


アレックスか!

2020-04-10 10:26:39 | 妊娠・出産
米国コネチカット州の医師で軍医であったWilliam Beaumont(ウィリアム・ボーモント 1785年11月21日 – 1853年4月25日)は1822年6月6日に散弾銃の暴発のために腹部に穴が開いてしまったAlexis St. Martin(アレックス・サン・マルタン)の治療にあたりました。アレックスは奇跡的に助かったのですが、その後も胃壁に穴が開いたままの状態であったため、ボーモント医師はアレックスの胃の内容物を食後経時的に採取して調べる等という、およそ現在では許されないであろう過激な研究を行い、消化の動態について大きな成果をあげたとのことです(Wikipediaより)。さて今回のHuangらによるScience論文は、マウスの子宮に窓を開けて経時的に胎児が発育していく様子をin vivo imagingで詳細に観察したというものですが、読んだときに思わず「アレックスかよ!」とツッコんでしまいました。 内容は・・・是非読んでください(笑)。写真がきれいですよ。
Huang et al., Intravital imaging of mouse embryos
Science  10 Apr 2020: Vol. 368, Issue 6487, pp. 181-186
DOI: 10.1126/science.aba0210
https://science.sciencemag.org/content/368/6487/181 


またまたマスク

2020-04-10 10:23:40 | 新型コロナウイルス(疫学他)
EBMの元祖である英国をはじめとして、様々なmedical practiceをしっかりとした臨床研究で検証して、確かなものだけを認めて政策にも反映させよう、というサイエンティフィックな態度は本当に尊敬しますし、科学者として正しいスタンスだと思います。でも巨額なコストがかかるのでなければ、「とりあえずやってみたらいいのでは?」という極めて日本的なストラテジーも私は良いと思っています。たとえば整形外科領域では、手術の後にイソジン入りの洗浄水で創を洗う、というようなことは日本では昔からよくやられていましたが、CDCガイドラインでは大規模な無作為化比較試験を経て2017年にようやく「推奨」となりました。それはそれでよかったのですが(しばしば慣習的なpracticeは「意味ない」と言われるので)、「イソジンなんか安いんだから害がなければやれば良いだろう」というのが日本のスタンスだったわけです。
さてこのBMJのANALYSISは感染予防のマスクをどう考えるかという論考です。これまでのマスクの有用性に関する研究の歴史が詳細に述べられており、大変勉強になります。でも頭のどこかで「損するわけやないねんから四の五の言わんでやったらええやん!」と(大阪弁で)思ってしまいます。まぁ結論は"should policy makers apply the precautionary principle now and encourage people to wear face masks on the grounds that we have little to lose and potentially something to gain from this measure? We believe they should."なんですが。。