とはずがたり

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「甘いものは別腹」のメカニズム

2020-04-21 05:47:03 | 神経科学・脳科学
辛党の人間には「ケーキは別腹」などと話す女子は異星人に思えますが、動物にとって砂糖は基本的なエネルギーのソースであるため、ほとんどの種では砂糖を嗜好する脳回路があることが報告されています。ヒトでは栄養的な必要性からではなく、脳内報酬系が砂糖の消費を促すことが、砂糖の過消費、そして肥満につながっているとされています。甘味は舌や口蓋上皮に存在する特異的な甘味受容細胞によって検出されますが、この細胞からシグナルは脳に伝達されます。興味深いことに、甘味受容体を欠損していても、砂糖への嗜好は見られます。この論文で著者らは腸管から脳に伝わるシグナルが砂糖への嗜好性を制御していることを明らかにしました。
のどが渇いていないマウスに水と砂糖水を自由に選ばせると、マウスは例外なく砂糖水を選びます。面白いことに、人工甘味料入りの水と砂糖水の入ったボトルを用意すると、マウスは初めはどちらからも飲むのですが、24時間経つとやはり例外なく砂糖水のみを飲むようになります。これもまた甘味受容体非依存的に生じる行動であり、Trpm5-/-(TRMP5 KO)あるいはTas1r2-/-Tas1r3-/-(T1R2/3 KO)マウスでも同様の行動が見られます。このような砂糖水への嗜好性はカロリーとは関係なく、代謝されない甘味であるmethyl-α-d-glucopyranosideを使っても同様の現象が見られます。つまり腸管への砂糖曝露が直接関与した過程であることがわかります。砂糖摂取に伴って活性化される脳部位を調べたところ、孤束核の背側核(caudal nucleus of the solitary tract, cNST)が砂糖摂取とともに活性化され、水や人工甘味料では活性化されないことがわかりました。また砂糖による刺激の際にcNSTは迷走神経の下神経節からの単シナプス入力を受け、この経路を遮断すると砂糖に対する嗜好性が無くなることも明らかになりました。腸管から脳へのシグナルはsodium―glucose-linked transporter-1(SGLT1)を介し、SGLT1の基質である3-O-methyl-D-glucoseやgalactoseによっても砂糖と同様の嗜好誘導が見られました。cNST中のneuronの中ではproenkephalin(Penk)発現neuronが砂糖刺激に反応しており、このneuronが化学物質で活性化されるようにした遺伝子組換えマウスでは、化学物質刺激によって同様の砂糖嗜好性が見られるようになりました。
この研究から腸管の神経末端がSGLT1依存性に迷走神経の活性化を介してcNSTを活性化するというgut-to-brain circuit が砂糖の過剰摂取へとつながる嗜好性を誘導することが示されました。またこの経路を抑制することによって砂糖の過剰摂取を抑制できる可能性があります。しかしcNST活性化→砂糖嗜好性の経路は未だブラックボックスです。またこの経路の抑制経路が存在するか(そうでないとみんなデブになる)についても今後の解明が重要と考えられます。
Tan, H., Sisti, A.C., Jin, H. et al. The gut–brain axis mediates sugar preference. Nature (2020). https://doi.org/10.1038/s41586-020-2199-7