とはずがたり

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新型コロナウイルスに対するプロテアーゼ阻害薬開発

2020-04-12 08:49:55 | 新型コロナウイルス(治療)
新型コロナウイルスSARS-CoV-2の治療薬開発は急ピッチで進んでおり、その標的もspike proteinなど多岐にわたります。本論文はコロナウイルスのプロテアーゼに注目した治療薬開発についての研究です。コロナウイルスの複製およびmRNA転写に必要な機能はすべてレプリカーゼという遺伝子によって担われており、レプリカーゼはpp1aおよびpp1abという2つのoverlappingポリ蛋白から成り立ちます。これらのポリ蛋白はウイルスプロテアーゼによって11カ所以上で切断されることが活性に重要ですが、C端側の切断を担う主たるプロテアーゼが33.8 kDa main proteease(Mpro)です。この論文の著者らは、SARS-CoV-2のMproリコンビナント蛋白を大腸菌で作成し、基質であるプロテアーゼ自身のN端配列の分解能を検討するfluorescence resonance energy transfer (FRET)アッセイを構築し、このアッセイ系を用いて、Mproの酵素活性を抑制する分子をスクリーニングしました。コンピューター支援によるdrug desine(computer-aided drug design, CADD)によってSARS-CoVやMERS-CoVなど多種のCoV Mpro活性を抑制することが示されているMichael acceptor inhibitor(α,β-不飽和カルボニル化合物)のN3が、SARS-CoV-2のMproにの基質結合部位にフィットし、このプロテアーゼに対しても極めて強い不可逆的な阻害活性を有することを明らかにしました。結晶構造解析からもMproとN3(およびN1)の特異的な結合が示されました。N3をリード化合物としてin silicoでのスクリーニングを行い、セロトニン受容体遮断薬cinanserinがMproの結合ポケットにフィットすることが明らかになりました。さらにFRETアッセイを用いて、承認薬、治験薬、天然物などを含む約1万の化合物のhigh-throughputスクリーニングをおこなった結果、FDAが承認しているdisulfiram, carmofur、そして臨床治験が行われているebselen, shikonin, tideglusib, PX-12, TDZD-8がIC50で0.67―21.4 μMという阻害活性を有し、このうちebselenが最も高い阻害活性を有していました(IC50=0.67μM)。Ebselen, PX-12, carmofurはいずれもSARS-CoV-2 MproのC145触媒ダイアドに共有結合しましたが、ebselenはMproのcysteine proteaseの構造を部分的にしか変化させず、強い抑制活性を有していることを考えると、非共有結合によってもMproを抑制すると考えられました。最後にこれらの化合物のウイルス増殖に対する作用を検討したところ、ebselenとN3が最も強い抗ウイルス作用(EC50はそれぞれ4.67 μMおよび16.77 μM)を有することがわかりました。Ebselenは抗炎症作用、抗酸化作用、細胞保護作用などを有し、双極性障害や聴覚障害に対して研究が進んでいます。また細胞毒性が非常に低い(ラットでは経口でLD50>4600 mg/kg)ことも明らかになっています。プロテアーゼ阻害薬についてはHIV薬であるカレトラ®が有効な可能性が示唆されておりますが、コロナウイルスのプロテアーゼに特異的な阻害薬という意味で、今後このアッセイ法を用いたさらなる化合物のスクリーニング、そしてebselenについては実際の臨床研究が進むことが期待されます。 
Jin et al., Structure of Mpro from COVID-19 virus and discovery of its inhibitors.
Nature. 2020 Apr 9. doi: 10.1038/s41586-020-2223-y. [Epub ahead of print