⑤中島岳志『パール判事』(白水社)
東京裁判でA級戦争犯罪人を無罪としたことで、右派言論人にもてはやされ、靖国神社にも顕彰碑が建てられ、前首相が辞任する前の外遊の折にインドで遺族に会ったなど、最近は「パル判事」の名をよく聞くようになった。筆者は75年生れでヒンドゥ語を専攻し、現在は北海道大学公共政策大学院の準教授である新進気鋭の学者で、この本はラーダービノード・パールという人物の生い立ち経歴を詳しく紹介し、東京裁判での彼の反対意見書を詳細に引用しながら解説している。これを読むとインドでは著名の極めて優れた法学者であり、絶対平和主義者であったパールの「戦犯無罪論」の意味が理解できるし、日本の軍国主義と日中戦争や太平洋戦争での日本軍の残虐行為を厳しく批判していたこと、戦後アメリカに追随することの危険性、平和憲法の重視などを説いていたことが分かる。著者はこの本の序章で、最近右派言論人として知られる某漫画家の作品を取り上げて、「『パール判決書』の一部分を都合よく切り取り、『大東亜戦争肯定論』の主張につなげることには大きな問題がある」と指摘し、終章では、「近年、パールの言説を利用する右派論壇は、このようなパールの思想を一切無視している。彼が日本に対して発した渾身のメッセージから目を逸らし、都合のいい部分だけを切り取って流用している」と厳しく批判している。
⑥上杉隆『官邸崩壊』(新潮社)
前首相が突然内閣を投げ出して日ならずして出されたこの本は、前内閣の成立から参議院選挙の惨敗までを述べているので、この本の帯には「脱『お友達内閣』で再チャレンジを試みる首相官邸。だが・・・・・・、」とある。「だが・・・・」の通り内閣は崩壊したが、この本を読むと崩壊するべくして崩壊した内閣だったと言う読後感を持った。筆者はNHK報道局勤務、衆議院議員公設秘書、ニューヨークタイムズ東京支局取材記者などの経歴を持つフリーランスのジャーナリスト。それだけに取材対象は広く、得た情報の分析は緻密である。前首相の資質もさることながら、熱狂的な支持者である一部議員や首席補佐官などの側近達や右派言論人、学者に囲まれた危うさ、前政権の「特務機関」とも呼ばれていたという、ある大きなマスメディアのグループやその中の新聞の「リベラルな政治家を蛇蝎のごとく嫌う」政治記者たちの政権への影響力など、嫌悪感と寒気、虚しさを覚えながら、買った翌日には読み終えた。
⑦小林英夫『日中戦争』(講談社現代新書)
帯に「日本軍はなぜ間違えたか」とあるように、日本にとっては泥沼化した日中戦争での、日本軍と中国軍(主として国民党の蒋介石の軍)の戦略、戦術の違いに焦点を当てて日中戦争を分析している。戦後日本にいた中国人の子どもが日本の悪童達に、日本はお前たちに負けたんじゃない。アメリカに負けたんだと言われていじめられたという話を聞いたことがあるが、実際、中国での日本軍の実態を正しく知らされず、戦果ばかり聞かされていて急に敗戦を迎えた日本人が、そのように思うのも無理はないだろう。著者は、日本軍は殲滅戦略のもとで短期的に戦果を出そうとしたが、迎え撃つ中国軍は消耗戦略をとって持久戦に持ち込んだという、2つの戦争類型とパワーの激突が日中戦争の本質であったと説く。読んでいるうちに、私の乏しい経験でも僅かに知ることができた広大な中国大陸で、補給線が長く延び切って点の確保かしかできず、ゲリラ戦的な中国軍の攻勢に悩まされながら、終には敗れた経過がよく分かる。著者は「昭和史」の著者の半藤一利氏と同じように、南京事件は、規模はともかくとして、あったと言う。各地を転戦した挙句、さらに過酷な戦いを強いられた日本軍の兵士達が、終には南京で暴発したことも理解できた。著者は43年生れの早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授で、日中戦争、太平洋戦争の時代に関する著書を多く出しているようだ。
⑧佐藤忠男『草の根の軍国主義』(平凡社)
著者は30年生まれと言うから私より3歳年長で、最年少の日本兵として14歳で敗戦を迎え、その後国鉄職員や電電公社員、『映画評論』、『思想の科学』を経て、62年から映画評論家として独立した経歴を持つ。本書は国のあり方には何の疑問も持たなかった「軍国少年」としての自分を振り返り、あの軍国主義最盛の時代に、それに操られ、踊らされていた一般の民衆もまたその「軍国主義」を支えていたという側面を、1体験者として考察したものである。その微妙な面のあるあの時代についての反省を怠ると、またどのようなことが起こるかわからないという危惧の念から著者はいくつかの論書を著し、それらを基にして本書を書き下ろしたと言っている。文章は非常に読みやすくて淀みがなく、説得力があり、この本も2、3日で読み終えた。
東京裁判でA級戦争犯罪人を無罪としたことで、右派言論人にもてはやされ、靖国神社にも顕彰碑が建てられ、前首相が辞任する前の外遊の折にインドで遺族に会ったなど、最近は「パル判事」の名をよく聞くようになった。筆者は75年生れでヒンドゥ語を専攻し、現在は北海道大学公共政策大学院の準教授である新進気鋭の学者で、この本はラーダービノード・パールという人物の生い立ち経歴を詳しく紹介し、東京裁判での彼の反対意見書を詳細に引用しながら解説している。これを読むとインドでは著名の極めて優れた法学者であり、絶対平和主義者であったパールの「戦犯無罪論」の意味が理解できるし、日本の軍国主義と日中戦争や太平洋戦争での日本軍の残虐行為を厳しく批判していたこと、戦後アメリカに追随することの危険性、平和憲法の重視などを説いていたことが分かる。著者はこの本の序章で、最近右派言論人として知られる某漫画家の作品を取り上げて、「『パール判決書』の一部分を都合よく切り取り、『大東亜戦争肯定論』の主張につなげることには大きな問題がある」と指摘し、終章では、「近年、パールの言説を利用する右派論壇は、このようなパールの思想を一切無視している。彼が日本に対して発した渾身のメッセージから目を逸らし、都合のいい部分だけを切り取って流用している」と厳しく批判している。
⑥上杉隆『官邸崩壊』(新潮社)
前首相が突然内閣を投げ出して日ならずして出されたこの本は、前内閣の成立から参議院選挙の惨敗までを述べているので、この本の帯には「脱『お友達内閣』で再チャレンジを試みる首相官邸。だが・・・・・・、」とある。「だが・・・・」の通り内閣は崩壊したが、この本を読むと崩壊するべくして崩壊した内閣だったと言う読後感を持った。筆者はNHK報道局勤務、衆議院議員公設秘書、ニューヨークタイムズ東京支局取材記者などの経歴を持つフリーランスのジャーナリスト。それだけに取材対象は広く、得た情報の分析は緻密である。前首相の資質もさることながら、熱狂的な支持者である一部議員や首席補佐官などの側近達や右派言論人、学者に囲まれた危うさ、前政権の「特務機関」とも呼ばれていたという、ある大きなマスメディアのグループやその中の新聞の「リベラルな政治家を蛇蝎のごとく嫌う」政治記者たちの政権への影響力など、嫌悪感と寒気、虚しさを覚えながら、買った翌日には読み終えた。
⑦小林英夫『日中戦争』(講談社現代新書)
帯に「日本軍はなぜ間違えたか」とあるように、日本にとっては泥沼化した日中戦争での、日本軍と中国軍(主として国民党の蒋介石の軍)の戦略、戦術の違いに焦点を当てて日中戦争を分析している。戦後日本にいた中国人の子どもが日本の悪童達に、日本はお前たちに負けたんじゃない。アメリカに負けたんだと言われていじめられたという話を聞いたことがあるが、実際、中国での日本軍の実態を正しく知らされず、戦果ばかり聞かされていて急に敗戦を迎えた日本人が、そのように思うのも無理はないだろう。著者は、日本軍は殲滅戦略のもとで短期的に戦果を出そうとしたが、迎え撃つ中国軍は消耗戦略をとって持久戦に持ち込んだという、2つの戦争類型とパワーの激突が日中戦争の本質であったと説く。読んでいるうちに、私の乏しい経験でも僅かに知ることができた広大な中国大陸で、補給線が長く延び切って点の確保かしかできず、ゲリラ戦的な中国軍の攻勢に悩まされながら、終には敗れた経過がよく分かる。著者は「昭和史」の著者の半藤一利氏と同じように、南京事件は、規模はともかくとして、あったと言う。各地を転戦した挙句、さらに過酷な戦いを強いられた日本軍の兵士達が、終には南京で暴発したことも理解できた。著者は43年生れの早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授で、日中戦争、太平洋戦争の時代に関する著書を多く出しているようだ。
⑧佐藤忠男『草の根の軍国主義』(平凡社)
著者は30年生まれと言うから私より3歳年長で、最年少の日本兵として14歳で敗戦を迎え、その後国鉄職員や電電公社員、『映画評論』、『思想の科学』を経て、62年から映画評論家として独立した経歴を持つ。本書は国のあり方には何の疑問も持たなかった「軍国少年」としての自分を振り返り、あの軍国主義最盛の時代に、それに操られ、踊らされていた一般の民衆もまたその「軍国主義」を支えていたという側面を、1体験者として考察したものである。その微妙な面のあるあの時代についての反省を怠ると、またどのようなことが起こるかわからないという危惧の念から著者はいくつかの論書を著し、それらを基にして本書を書き下ろしたと言っている。文章は非常に読みやすくて淀みがなく、説得力があり、この本も2、3日で読み終えた。