Chiro's Memo

My Sweet RoseとRosariumの更新記録です。

雪と氷のニルヴァーナ

2006-05-31 21:31:16 | 美術
セガンティーニ 「逸楽の懲罰」


私の好きな絵画作品「生命の天使」を描いた
19世紀イタリアの画家ジョヴァンニ・セガンティーニの作品は
大原美術館所蔵の「アルプスの真昼」のように
アルプスの自然や人々を写実的な立場から描いたものと
アルプスを舞台に寓意的・象徴的主題を描いたものの
二種類に大きく分けられます。

セガンティーニは明るく健康的な“アルプスの画家”であると同時に
“愛と死を描く画家”でもありました。
今回は“愛と死”を題材にした作品を取り上げてみたいと思います。


セガンティーニ 「よこしまの母たち」


セガンティーニが多くの世紀末象徴主義者たちと大きく異なるところは
「母性」をテーマにした作品を数多く手がけている点です。
これは画家の生い立ちと深い関係があります。
セガンティーニの母は彼が七歳のときに病死しますが
以後彼には自分が母を死なせたという意識がこびりついて離れず、
やがて亡き母を理想化するようになっていきます。

僕は女性を常に、彼女がいかなる境遇にあろうとも、愛し、敬ってきた。ただし彼女が母たりうるという条件のもとに
セガンティーニ「自伝」より


上に挙げた2点の作品は
女の性(さが)に溺れ、母としての愛と務めを忘れた悪しき母たちが
雪と氷に閉ざされた空間で懲罰を受ける姿を描いたものです。

「よこしまの母たち」は
イタリアの詩人イリカの詩「涅槃」をもとに描かれた作品で
罪を犯した女は、亡霊となって荒野をさまよった後
母親としての役割に目覚めることによって
その罪が贖われるという主題を描いています。
そして「逸楽の懲罰」は
インド、パンジャブ地方に伝わる詩篇をもとに
母性よりも邪淫を選んだ女たちが
永遠に「氷の砂漠」をさすらうという刑罰を受ける姿を描いています。
この二つの作品の根底に流れるのがニルヴァーナです。

ニルヴァーナ(涅槃)とは一般的には一切の煩悩を絶ち
輪廻から解放された悟りの境地を現しますが、
セガンティーニにとってニルヴァーナとはこの世の地獄にほかなりませんでした。
「私は邪淫の女を雪と氷のニルヴァーナの中に罰する」とコメントしています。

輪廻転生の輪の外に追放され
永遠の劫罰をうける罪深き母たちですが
その姿は美しく、苦しみよりもかえって悟りに近づいているようにも思えます。

19世紀において女性は「よき妻、よき母」であることが求められていました。
21世紀の現代においては
「妻」となり、「母」となることだけが女性の人生ではありませんが
子を産み母となった以上は、「母」としての務めを果たす必要があります。
母としての愛と務めを忘れてしまった「母」が後を絶たない現代、
セガンティーニの描く「ニルヴァーナ」の世界を
じっくりと見つめなおす必要があるように思えます。

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8 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (遊行七恵)
2006-05-31 22:34:13
こんばんは

わたしが最初に知ったセガンティーニ作品は木に縛り首にされている悪しき母の図でした。タイトルはわかりません。

次に『よこしまの母たち』を知ったので、正直セガンティーニがスイスの健全な(?)画家だと言われても違和感が今も尚、あります。一人の画家の二面性について色々考えると味わい深いものがありますね。
Unknown (千露)
2006-05-31 23:57:02
>遊行七恵様

私が初めて見たセガンティーニ作品は「アルプスの真昼」です。

そのときは美しい作品だとは思ったのですが、

セガンティーニに対する関心はあまり起こりませんでした。

その後「生命の天使」を見て、白昼夢のような幻想風景に一挙に惹かれていきました。

>一人の画家の二面性

大変に興味深いものがあります。

彼の生い立ちも大きく影響しているのでしょうね。
ご迷惑を (sekisindho)
2006-06-01 23:01:29
千露さん

昨夜はお手数かけさせ申し訳ありませんでした。

原因は分からないのですが、理由は判りました。

記事も表示されていたのですが、位置がトップの所にこないで、サイドのメニューの最後の位置に表示されていたのです。

つまりサイドのカレンダーの左側に記事が表示されるはずなのに、最後の「powered by gooブログ」のマークの斜め下から記事が表示されています。

原因はたぶん私の方にあると思います。

でも取り敢えず見ることが出来、素敵なセガンティーニ拝見しました。

とても真似のできない深い内容と画像の選択で、同じセガンティーニを取り上げても、今更ながらレベルの違いを痛感しています。

Unknown (千露)
2006-06-02 19:34:15
>sekisindho様

お手数をおかけして本当に申し訳ありません。



セガンティーニには「アルプスの画家」の面と「愛と死の画家」の面があり、

そのどちらも大変魅力的です。

私は最初に感銘を受けたセガンティーニ作品が「生命の天使」だったためか

「愛と死の画家」としてのセガンティーニにより惹かれています。
Unknown (red_pepper)
2006-06-04 18:21:54
セガンティーニについて一層多くのことを知ることが出来ました。なんだかセガンティーニの母性像が究極な切なさで伝わってくるようです。煩悩とか涅槃とか仏教の世界だけのものかと思っていました。
セガンティーニと仏教思想 (千露)
2006-06-05 18:49:50
>red_pepper様

世紀末象徴主義者の中には仏教思想の影響を受けていた者もいて、セガンティーニもそのひとりと言われます。

彼らはキリスト教的合理主義で割り切れないものを表現するために仏教思想に傾倒して言ったのかもしれません。
Unknown (marimo)
2007-01-07 14:43:12
TBありがとうございました。
セガンティーニというと私は、明るく牧歌的なアルプスの情景ばかり思い浮かべていたのですが、こちらで紹介されている絵も素晴らしいですね!!
確かに本当に女性として幸せなことって母親になり子を愛すことだと思います。男でも女でも、自分以外のもののために尽くせる姿が一番人として幸福な姿だとも感じます。
素敵な記事を読ませていただきありがとうございました。
Unknown (千露)
2007-01-07 22:48:18
>marimo様
セガンティーニは明るく牧歌的なアルプスの画家であると同時に生と死を見つめ続けた画家でもあると思います。
やはり幼いときに母親を亡くしていることがその後の彼の芸術を形成することとなったのでしょうね。
他の世紀末象徴主義の芸術家はあまり「母性」には着目していませんが、彼にとっては「母性」は美の源だったのでしょう。
>自分以外のもののために尽くせる姿が…
「生命の天使」に描かれた天使の美しさはまさにmarimo様のおっしゃる「幸福な姿」だと思います。