セガンティーニ 「逸楽の懲罰」
私の好きな絵画作品「生命の天使」を描いた
19世紀イタリアの画家ジョヴァンニ・セガンティーニの作品は
大原美術館所蔵の「アルプスの真昼」のように
アルプスの自然や人々を写実的な立場から描いたものと
アルプスを舞台に寓意的・象徴的主題を描いたものの
二種類に大きく分けられます。
セガンティーニは明るく健康的な“アルプスの画家”であると同時に
“愛と死を描く画家”でもありました。
今回は“愛と死”を題材にした作品を取り上げてみたいと思います。

セガンティーニ 「よこしまの母たち」
セガンティーニが多くの世紀末象徴主義者たちと大きく異なるところは
「母性」をテーマにした作品を数多く手がけている点です。
これは画家の生い立ちと深い関係があります。
セガンティーニの母は彼が七歳のときに病死しますが
以後彼には自分が母を死なせたという意識がこびりついて離れず、
やがて亡き母を理想化するようになっていきます。
僕は女性を常に、彼女がいかなる境遇にあろうとも、愛し、敬ってきた。ただし彼女が母たりうるという条件のもとに
セガンティーニ「自伝」より
上に挙げた2点の作品は
女の性(さが)に溺れ、母としての愛と務めを忘れた悪しき母たちが
雪と氷に閉ざされた空間で懲罰を受ける姿を描いたものです。
「よこしまの母たち」は
イタリアの詩人イリカの詩「涅槃」をもとに描かれた作品で
罪を犯した女は、亡霊となって荒野をさまよった後
母親としての役割に目覚めることによって
その罪が贖われるという主題を描いています。
そして「逸楽の懲罰」は
インド、パンジャブ地方に伝わる詩篇をもとに
母性よりも邪淫を選んだ女たちが
永遠に「氷の砂漠」をさすらうという刑罰を受ける姿を描いています。
この二つの作品の根底に流れるのがニルヴァーナです。
ニルヴァーナ(涅槃)とは一般的には一切の煩悩を絶ち
輪廻から解放された悟りの境地を現しますが、
セガンティーニにとってニルヴァーナとはこの世の地獄にほかなりませんでした。
「私は邪淫の女を雪と氷のニルヴァーナの中に罰する」とコメントしています。
輪廻転生の輪の外に追放され
永遠の劫罰をうける罪深き母たちですが
その姿は美しく、苦しみよりもかえって悟りに近づいているようにも思えます。
19世紀において女性は「よき妻、よき母」であることが求められていました。
21世紀の現代においては
「妻」となり、「母」となることだけが女性の人生ではありませんが
子を産み母となった以上は、「母」としての務めを果たす必要があります。
母としての愛と務めを忘れてしまった「母」が後を絶たない現代、
セガンティーニの描く「ニルヴァーナ」の世界を
じっくりと見つめなおす必要があるように思えます。
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