国語塾長、情報集めて考えます・書きます的ブログ

国語塾詳細はkokugo.m@ozzio.jpへどうぞ。塾猫常駐。

山笑う

2021-04-30 09:49:18 | 国語的随想
これぞ「山笑う」




山笑う(やまわらう)
俳句、春の季語。
まさに、雪国の山峰は今「笑っている」と感じる。
いい季節。

山滴る(やましたたる)
夏の季語。
緑滴る・・・と夏山の濃い緑を表現することがあるが、俳句の季語から来ているのかな。


山粧う(やまよそおう)
秋の季語。
紅葉、黄葉・・・
錦織りなす秋の山,などという表現もある。
美しい秋の野山を「粧う」というのはいい。

山眠る(やまねむる)
冬の季語
動物たちも冬眠するが、山も眠りに入る。
春に元気よく芽吹くために。


これらの語源は北宋の画家郭熙の「山水訓」だという。

春山淡冶にして笑ふがごとく、
夏山は蒼翠にして滴るが如し。
秋山は明浄にして粧ふが如く、
冬山は惨淡として眠るが如し

語源が中国とは、意外でしたね。


この4つの季語、大好きです。。

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コロナ前の世界の思い出 エリトリアの旅から 下~ 

2021-04-29 09:08:23 | 旅行
エリトリア・・赤い大地という意味だったはず



緊張の続くボーダーの町に旅人はめったに来ないし、さらにはほとんどお目にかかれない東洋人が歩いている、というので私の後ろに好奇心の強い青少年の行列ができた。
 並んで歩きながら「どこに行くの」「名前は何というんだ」と訊くヤツがいる。
子どもは「チャイナ!!」とはやし立てる。この国には、中国製と韓国製の物品がいろいろ入っていて、東洋人というと、だいたいそのどっちか、と思っているフシがある。
 反対方向から歩いてくる土色をした村人たちはじいっと穴の開くほど見つめる・・・そういう人たちには、顔に「見つめられクレーター」ができる前に「サラーム(こんにちは)」とニッコリする。
そうすると「サラーム、サラーム」とすばらしい笑顔で返礼がある。
 要するにセナフェに悪いヤツはいないんだけど、かつて上野動物園にパンダ見物の行列ができたように私の後ろと周囲に人が集まるというわけなんだ。
 メテラ村の入り口にまた検問があった。
 通してもらったものの、どこが遺跡かまったくわからない。検問所の男に、ガイドブック(Lonely planet)に書いてあるテグリニアで書いた地名を見せても、首を振る。どうやら文盲(今は差別語かな・・・もんもう、とよむ・字が読めない人)らしい。 
 困っていたら、一人の少年が寄ってきた。
「あなたはどこに行くの?遺跡に行くのだったら案内するよ」
「あなたはガイドなのか」
「ぼくはガイドじゃない、彼は親戚の結婚式で、今日はいない」
 一月はエリトリアの結婚月、毎土・日曜、結婚式がある。式のあと親類縁者数百人を招いてのパーティが行われる。そういう事情でガイドが不在というのはよくわかる。彼はウソをいっていない、と思う。
「遺跡はどこにあるの?」
 あそこ、と少年は指さす。
 自分で行けそうだが、彼はついてくる。もう一度、彼をじっくり眺めた。顔つきは真面目そうで、何より目が落ち着いている。案内してもらうのもいいかも知れない。
「あなたにガイドを頼むわ。いくらなの」
 こういうところで現れたガイドについて行く場合は事前交渉は必須、という「我が辞書」に乗っ取って訊いてみた。法外なことをいわれたら、断るか、ディスカウント交渉をするつもりだった。
 少年は一瞬困った顔をして「別にあなたの気持ちで」みたいなことをぼそぼそ、長々という。明らかに当惑している。
 その表情を見て、今度は私が「えっ」と思う番だった。キミはお金目的で現れたんじゃないのか? 
 今まで訪れた発展途上国の観光地で、こういう状況で登場するガイド志望者はみんな「金ほしさ」だった・・そうだ、彼らはまず「いくら」を先に言った。
いくらで連れて行く、いくらで案内する・・彼らは訊かれるままに遺跡の位置を示したりしなかった。
そんなことをしたら、仕事を失う。
 目の前にいる少年も「お金がほしい」気持ちはあるのだろう、しかし、外国人と話したい、というピュアな好奇心のほうが強いようだった。
すれていない。
 海セン山センが現れる観光地をたくさんバックパッカー旅して、私は疑り深いしたたかな旅人になってしまったのかも知れない。少年の横顔を見ながら、すこし自分を恥じた。
 
「じゃ、行こう、つれていって」
という私の言葉に、彼は羊が通る野良道へと歩き出した。
「ここは大丈夫ですが、道を外れて歩くと危険です」
「どうして」
「地雷が埋まっていることがあります」
 そうかあ・・・言葉がなかった。
 まず彼は、古代の文字が刻まれた石の塔、「オベリスク」に案内してくれた。
 それは、エチオピア軍が侵入したときに倒されて転がっていた。
「エチオピア軍は、この国で沢山の遺跡を壊しました」
 彼は、悲しそうな顔をしていった。
「初めはトルコが、次はエチオピアがこの国の歴史あるモノを破壊しました」
 彼は、地中に埋もれていて残った遺跡を案内しながら
「ここが入り口です、ここは神殿ではなくてふつうの住居でした。ここに住んでいた人たちは神を信じていませんでした」
などと説明をしてくれる。
 詳しい。
「あなたは、歴史が好きなのね」
 少年は、にかみながらうなずいた。
「あなたは将来、歴史を勉強するの?」
「アスマラ大学に行けたら・・落ちたら、ソルジャーになります」
 そうだった。
 この国の若者は高校卒業後にサワに行かねばならない。
 サワは、まあ、私にいわせれば「軍事教練」をするところだ。
アスカダムは「今は軍事訓練の場ではありません、若者の教育施設です」というが、エリトリアテレビで見たサワの様子は軍人養成所以外の何ものでもなかった。
 卒業後、と書いてしまったが、最近は卒業前に行くようになったらしい。サワに行くのをいやがって高校を卒業しないで止める子が多いからだ。
 大学の入学試験に合格するか、サワで訓練を受けてミニタリーサービスで前線や各地の部隊に駐在するか。これは無期限、無給のまさに「サービス」のお仕事だ。
 この国のふつうの若者には将来の選択肢がこの二つしかなかった。目の前にいる17才の歴史好きの若者にもそのどちらかしか、未来は開けていない。
 サワで訓練を受けていて、大学入学許可通知が来ると抜けて好きな学問をすることができる。しかし失敗すると、下手したら前線で戦死だ。
 軍事訓練とミニタリーサービスは男女関わらず義務なので、女子は「妊娠」という非常手段を行使するらしい。結婚していなくてもとりあえず身ごもれば「母体保護」ということで家庭に返される。 
 この国の幹線道路脇には、等距離で木が植えられている。一見、街路樹の続くふつうの風景だが、アスカダムはいった。
「あれはソルジャーツリーだよ、エリトリアでは兵士が一人死ぬと木を一本植えるんだ」
 どこに行っても、ソルジャーツリーは延々と続いていた。
「この国では、ほとんどすべての家庭で独立戦争の犠牲者を出しているよ」
アスカダムは言う。
 確かに親族訪問をすると、居間に必ず若者の遺影があった。
 若者には無限の未来がある、といったのは誰だろうか。とりあえず正しいとは思うが、こんな国もある。
 この国の若者たちは何とか外国に出たがる。親も必死に出したがる。道理である。若者に二つしか将来の選択肢がない、一方には死が待っているかも知れない国に明るい未来はない、と私は思う。
 メテラの遺跡を見終えて、また彼に案内されながら村へ戻った。
 途中、すれ違った女性が私を見て彼に何かを言った。   
「彼女は何を言ったの?」
「あなたは荷物を背負って、疲れているように見える、何で代わって持ってあげないのか、といわれました、ぼくが背負います」
 彼は私のザックを指した。
 パンダのようには見られはするが、こういった親切はこの国に来て、あちこちで受けていた。
「大丈夫、疲れてはいない、日差しが強くて暑いだけ」
「暑い? 今、この国は涼しい、寒いですよ、あなたは暑いですか」
「この気温は日本の夏です」
 なんて話をしながら、村に着いた。
 彼に心ばかりの礼を渡しながら「アスマラ大学に行けるように、あなたの成功を祈っている」と、握手して別れた。 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
付記 アスカダムは、難民として北欧に渡った。そして、今はノルウエー人だ。彼は性格のよい立派な人、頭もよく私が理解できる範囲の英語を駆使してさまざまなことをレクチャーしてくれた。
もちろん、ノルウエー語も話せるが、母国語2つ(テグリニア・アマリニア)フランス語や英語もできる人。
今生、もはやオランダ在住の友人や彼の配偶者の一族には会えないだろうな・・・私、ワクチンは打たないし、そうするとヒコーキは載せてもらえないと思うので。

・・・
この旅行記は続きが確かあったはずなので、パソコンの文書ファイルを探して、また加除訂正して記事にするかも知れません。
    
    

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コロナ前の世界の思い出 ~エリトリアの旅から 上~ 

2021-04-28 08:59:03 | 旅行
インジャラ(エリトリア・エチオピアの主食・国民食) 
これはレストランの豪華版



この先、私たちがまた世界を自由に旅するときは来るのか。
それとも自由な世界は完全に終わったのか。
昔、新聞に寄稿した文に少し手を加えて忘れがたい思い出語り(2003年)。
その昔、「ライター」しているときがありました。



早朝五時、空はまだ明けていない。
独特のアクセントでアスカダムがバスステーションに向かう私を呼んだ。
「困ったら、電話しなさい」
「ありがとう、大丈夫よ、楽しんでくるから」
 エリトリアに滞在して二週間が過ぎようとしていた。
 国境の町までちょっとひとり旅に行って来るという私を、アスカダムは心配そうに見送ってくれた。
 
エリトリアはアフリカの東、紅海沿いにある小さな国だ。三十年の独立戦争を戦ってエチオピアから独立した。しかし、九十八年に国境を巡ってまたエチオピアとの戦端を開き今だ緊張状態(現在は確か和解しているはず)、国連の平和維持軍の駐留によって平静を保っている国だ。
 そんな国の首都アスマラで、年末から新年にかけて三週間ばかりホームステイした。
 友人の配偶者(エリトリア人)の兄で、ノルウェーに住むアスカダムが娘たちと姪(友人の娘)を連れて里帰りするというので、ついていったのだった。
アスカダムとは、彼の家を訪ねて泊めてもらったりしているので、知っていた。彼も、私がオマケのようにくっついてくことを歓迎してくれた。
 アスカダムの主たる目的は親戚訪問。ヒイじいさんの実家とか、イトコの娘の嫁ぎ先とか、日本人から見たらもはや他人と思われる「親戚」まで訪問する。初めは面白がってついてまわった。抱き合ってほっぺを右、左、右、左と三回もくっつけ合う挨拶で大歓迎されたが、回が重なるとさすがに飽きが来た。
むくむくと「一人でバックパッカーしたい」という気持ちになった。
 それと親戚訪問では、どこの家でも、コーラとインジャラが出てくる。インジャラはこの国の主食で、テフというヒエのよう穀類の粉を発酵させて作るパンケーキ、その上にバルバレという赤い独特の香辛料で煮込んだ鶏肉や野菜のルーをのせて手で食べる。少しだったらいいのだが、たくさん食べると、あとでお腹の中でふくらむような感じになって苦しい。胸が焼ける。しかし、「食べなさい、食べなさい」と何度も勧められ、食べるのが礼儀でもあり・・・これがけっこう苦痛だった。

 六時少し前、東の空が白々とした頃にバスは出発した。
 バスはひどくオンボロで、エンジンやブレーキは大丈夫か、と心配になるくらいだった。入り口近くの座席にいた私は、実に目立っていたらしい。で、あまり姿を見ないアジア人への好奇心か、バス乗客たちの自主的な思いやりか知らないが、隣には必ず英語のできるおじさんが座って、沿線の町や景観のガイドをしてくれた。一度だけ、身体に白い布を巻いたバリバリの羊飼いのおじいさんが座ったときは、エリトリアの公用語テグリニアで「○×△・・・」。すかさず、通路をはさんだ横の席から「あんたはテグリニアを話すのかいって訊いている」と通訳がはいった。こんな次第で、六時間あまりのバス旅行はずいぶん楽しかった。
 しかし、緊張が続いているエチオピア国境まで二十五キロしかない町セナフェまでたどり着くのに、一体何度検問を通過しただろうか。
 最後は、UN(国連軍)の検問だった。バスに乗っている外国人はもちろん私だけだ。(当時、外務省ウエブサイトでは危険度4)
下ろされてパスポートチェックを受ける。
「どこへ行くの」
「セナフェ。メテラの遺跡を見て、夕方のバスでアディ・ガイヤの町に戻る」
 インド人的風貌の国連軍のバッチをつけた兵士はうなずくと、パスポートナンバーと乗っていたバスのナンバーを控えて「ありがとう」と、バスポートを返してくれた。
 やがてバスは赤茶けたエリトリア独特の色をした丘をいくつも越えてセナフェに到着。
 バスステーション近辺の建物は穴が開いたり、傾いたり、完全に破壊されてくずれる寸前だったり・・。
 空爆のあとが生々しかった。
 町の入り口には、難民キャンプもあった。
 親戚訪問で首都郊外や地方へ行く道中、爆撃によって壊された建物や置き去りにされた戦車は何回も目撃した。しかし、ごく間近で破壊された建物を見ると、その下にふつうの生活があったはず、と想像できてショックだった。
 日曜日だったせいか、町の中心を走る一本道、メインストリートだが、ここで自転車レースが行われていた。くずれ落ちそうな建物に、人が鈴なりに腰かけて疾走してくる自転車レーサーに声援を送っていた。
 人々の真っ黒な皮膚が強い日差しに反射して輝いているように見えた。
 「平和がいいよ、やっぱり」
 思わず、ごく当たり前の言葉が口から出た。
 さていよいよ、ジリジリ照りつけるアフリカの太陽の下、二キロ先のメテラ村を目指して歩く。                                        (続く) 

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紙の本。たまってる

2021-04-27 09:27:44 | 国語的随想
積ん読、積ん読
ネット記事を読む時間が多い、多すぎ?


積ん読が、エラいことになっている。
ピサの斜塔状態。
いつ崩れるか・・・
反省としては、ネット記事を読む時間が多いのか。
昔より、読むスピードが遅くなったのは事実。
加齢現象?

今読んでいるのは「猫脳が分かる」(今泉忠明 文春新書)
すごい!!感動したを1つご紹介。
生後3週間の仔猫は、成猫の2倍近い10万ヘルツの音を聞き取る。(理由は敵から身を守るため)
(ちなみに人間2万3000Hz、成猫6万4000Hz、犬6万Hz)
母猫は、子育て中だけ8万Hzの音を聞き取れるのだとか。
理由は、8万というのは、仔猫の咽頭から発せられる周波で、母猫は仔猫と意思を伝え合うために1時的に聞き取れる周波が変わるのだ。
子育てが終わると、6万4000Hzに戻る。

なんてよくすばらしい生き物だ、猫は。
ニンゲン、負けているかも。

いや待てよ。
猫がこれだけすごい、ってことは、ニンゲンだって、猫とは違うすごさが、私たちが気がつかないところにあるかも?
そこにコロナワクワク接種後の可能性を見つけたい。
「妄想」を思案中です。

最後に
この本のさまざまな情報、へえーーと思うのですが、それを調べたり研究しているニンゲンもすごいなあってこと。

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ピンクムーンですよ!(^▽^)

2021-04-26 19:47:54 | 日々の雑感
満月は明日だけど、とってもきれいな今夜なり。
明日も、多分見られます。
ピンクムーンとはよく言ったモノで、ホントにピンク。



★それとほやほやの情報(多分大手マスコミは報じないかな・・)

ロシア保健省が、新型コロナの死亡原因は、コロナのウイルスではなくて、ある種の細菌と5Gの光線による血栓死、と発表。

ロシア保健省が5Gと新型コロナの関係について暴露しました。5Gの電磁波で特殊な細菌が血栓を作るので、毛細血管が詰まりそれで、肺胞細胞が破裂し、それが原因で死亡するみたいです。つまりコロナは無関係で、マスクも自粛もワクチンも不用です。トランプも自分のサイトで発表したみたいですよ。

以上、河野大臣のTwitterにあったリツートより

WHOは、コロナ死の患者を解剖するのは禁止しているそうなのだが、ロシアはその禁を破ってした結果でわかったとか。
ロシアに住んでいればワクワクしないですむのか。
しかし、日本、24時間接種するとか、歯科医にも接種仕事してもらうとか。狂ったようになっている。
この異常さに、気がついて欲しい。
何が何でもワクチン国民に打つ!!のおかしさ。
しかし、多くの人が同調圧力に負けて打っているなあ・・・
仕事を辞めますといって、接種拒否の話もネットではあるけど・・少ない。
日本という国も「ほんとうのしはいしゃ」の指示と世界の同調圧力に負けている。
国民も国も同じだ・・・基本的に、日本には本当の愛国政治家がいない。
数年前に小泉ポリ袋大臣が国民6千万人で幸せにとかいっているし、日本は人口半減がマストなんだろう、「ほんとうのしはいしゃ」指示で。
多分、この事情はどこも同じなのかな。
ただ、接種した人にばたばた亡くなられても困るので、フェイクの大丈夫ワクチンもそれなりに入っているいるとかいっている人(YouTube)、ブログに書いている人いるなあ。

国はノルマをはたせないと国民強制接種とか来そうで、恐い。
小池BABA様がかんたんに営業制限をできるようになるって1年前には想像できなかった、それが今起きている。
だとすれば、強制も簡単にできそう。

*****************
東北6県と新潟、県境またぐなって宣言とか。
アリバイだ、政治の。
これも1年前と変わり変えしない。
ため息。
ワタシ的には、連休中は日帰りで長野戸隠神社参拝にいきたかったのだが。
そもそも、日本の場合は外から入ってくるわけだ、変異種。
だったら完全鎖国を貫けばいいのに、特段の理由で毎月何万人と入国させているけど。
まず、これを何とかするべき。



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