庄司利音の本棚

庄司利音の作品集
Shoji Rion 詩と物語とイラストと、そして朗読

詩 「 赤犬と月 」

2018-02-19 13:40:16 | 
            

黒土の表面で 赤犬が眠っている


空気の抜けたドッヂボールのような腹が動いている


落っこちかけの月がその頭の上にいる


アルミ鍋の底のような ベコベコの月だ


赤犬のねっとり湿った鼻面の真下には

土より黒い水溜りがある


その水溜りの表面には もう一つの月が浮いていて

さっきから、赤犬をにらんでいる



さて、赤道直下の高熱が一滴

水溜り目掛けて、シャボリと突き刺さった



水溜りの薄皮で一枚はがれた月が ニヤニヤと笑いはじめる


すると、赤犬が 大仏のように眼をあけた


しかしその眼は 月を見るつもりはない



赤犬は夢現(ゆめうつつ)に水溜りの底を見る


水溜りの底に 折り重なった ごぼごぼの窪み


海蛇のようなバイクの轍(わだち)


駄菓子色のミミズの死骸


何も買えない十円玉ふたつ


滑って踏ん張った片方の靴跡




なんともたまらなくなったのか、頭上の月がゲップをした


「ぐげぇっ」


水溜りの月も おんなじようにゲップする


「ぐげぇっ」


赤犬の両耳は どちらの音も しっかりと捕らえたが

そ知らぬふりをして 再び眼を閉じた



ベコベコの月の下に ニヤニヤの月がいて

何も言わない赤犬が一匹、挟まっている



上下の月のゲップは、しばらく止まりそうにない



赤犬の腹からは、ゲップすらも

出そうにない


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