Ribbon cafeブログ

中味はコテコテの喫茶店でござります。

動物の不思議

2015-02-17 17:09:35 | ねこ話
2年前の今日、朝8時に飼い猫のいち君は息を止めた。
胸に大きな腫瘍が見つかった時には手遅れだった。
延命のための苦痛は一切与えないことを決めていた。
最後の1カ月はもう水もほとんど飲めず
だからそんなに生きているのは奇跡に思えた。

ちゅうど十日町の雪まつり期間だった。
1年で一番忙しい。
17日はその最後の日だった。
いち君は軽くけいれんをした。
そうして逝ってしまった。
ほかの3匹の猫たちと一緒にお別れをし
15分後にわたしは出勤した。
忙しく働いた。
夜遅くなって帰宅し
冷たくなったいち君をずっと抱きしめた。

さかのぼるが
初めて飼ったねこはふくちゃんという。
いち君の奥さんでもある。
長毛で高貴な感じのいい猫だった。
保護して数年後に腎臓を悪くした。
点滴やくすり、いいといわれることは何でもした。
ふくちゃんはお隣のおうちが好きで
ベランダからよくお邪魔していた。
お隣のご夫妻もふくちゃんを可愛がってくれた。
だいぶ弱ってから
どうしてもお隣に行きたいと
何度とめてもベランダに向った。
お隣にお願いしてふくちゃんをおうちに入れてもらった。
奥さんのお話では部屋の中をじっくりと見まわしていたという。
目に見える風景を焼きつけるようだったと。
その数日後、なぜかわたしが3日間も休みがあった日に
大きくけいれんをして旅立った。
火葬をして(お隣のご主人が車にのせてくれた)
途方に暮れて、ずっと泣いて
そうして少しずつ
気持ちを整えるのにその3日間はありがたかった。

たまたま、とか、偶然とか
そんなふうには思えない。
「最後を看取ること」ができたのは
猫たちからの贈り物のように感じるのだ。

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