伝説の歌番組・夜のヒットスタジオを語る

伝説の音楽番組「夜のヒットスタジオ」の22年間の足跡を通じて、日本の歌謡界が最も輝いていた時代を振り返ります。

歌でふりかえる夜のヒットスタジオ22年史(38) 1980年4月-6月(第595-607回)

2007-02-12 | 夜のヒットスタジオ/曲目(旧版)
1980/04/07(595) 大橋純子/カナディアン・ララバイ
1980/04/07(595) 西城秀樹/愛の園
1980/04/07(595) 郷ひろみ/セクシー・ユー(モンロー・ウォーク)
1980/04/07(595) 新沼謙治/さすらい派
1980/04/07(595) 石野真子/ハートで勝負
1980/04/07(595) パッショナータ/ルナ・ルナ
1980/04/14(596) 五輪真弓/約束
1980/04/14(596) 山口百恵/謝肉祭
1980/04/14(596) 岩崎宏美/女優
1980/04/14(596) 岩崎良美/赤と黒
1980/04/21(597) 千昌夫/ふるさとの祭り
1980/04/21(597) 小柳ルミ子/来夢来人 
1980/04/21(597) ミスター・スリム・カンパニー/Rock'n Rollパープー
1980/04/21(597) 高田みづえ/どうして私を愛したのですか
1980/04/28(598) 松田優作/YOKOHAMA HONKEY TONG BLUES/白昼夢/BONY MORINE
1980/04/28(598) 布施明/カルチェラタンの雪
1980/04/28(598) 堀内孝雄with滝ともはる/南回帰線
1980/04/28(598) 三沢あけみ/恋しくて
1980/04/28(598) 細川たかし/一緒に暮らそう
1980/04/28(598) 太田裕美/南風
1980/04/28(598) 久保田早紀/25時
1980/04/28(598) 松田聖子/裸足の季節
1980/05/05(599) 森進一/涙きらり
1980/05/05(599) 水谷豊/あす陽炎
1980/05/05(599) ばんばひろふみ/青い春(My Love Song)
1980/05/05(599) シャネルズ/ランナウェイ
1980/05/12(600) 大地真央/マイ・ジュエリー・ラブ
1980/05/12(600) 野口五郎/コーラス・ライン
1980/05/12(600) アグネス・チャン/ぼくの海-Children of the Sea-
1980/05/12(600) 敏いとうとハッピー&ブルー/我慢できないわ
1980/05/12(600) 狩人/ブラック・サンシャイン
1980/05/19(601) ヴィレッジ・ピープル/Can't Stop The Music
1980/05/19(601) 五木ひろし/倖せさがして
1980/05/19(601) ジュディ・オング/麗華の夢
1980/05/19(601) パル/ラスト・メモリー
1980/05/19(601) BORO/見返り美人
1980/05/26(602) 山口百恵/ロックンロール・ウィドウ 
1980/05/26(602) 西城秀樹/俺たちの時代
1980/05/26(602) 松崎しげる/ワンダフル・モーメント
1980/05/26(602) ピンクレディー/世界英雄史
1980/05/26(602) 相本久美子/サマー・セーリング
1980/06/02(603) YMO(イエロー・マジック・オーケストラ)/ライディーン(雷電)/テクノポリス(Technopolis)
1980/06/02(603) 郷ひろみ/タブー(禁じられた愛)
1980/06/02(603) 小林幸子/ふたりはひとり
1980/06/02(603) 桜田淳子/美しい夏
1980/06/02(603) サーカス/去りゆく夏
1980/06/09(604) 沢田研二/恋のバッド・チューニング
1980/06/09(604) 松坂慶子/夜明けのタンゴ
1980/06/09(604) 野口五郎/さすらい気分
1980/06/09(604) 岸田智史/重いつばさ
1980/06/09(604) 石川さゆり/みちゆき博多発 
1980/06/09(604) 渡辺真知子/ホールド・ミー・タイト
1980/06/09(604) ヒロスケ/いくつもの星が流れ
1980/06/16(605) 布施明/愛よその日まで
1980/06/16(605) もんた&ブラザーズ/ダンシング・オールナイト
1980/06/16(605) ロス・インディオス&シルヴィア/別れても好きな人
1980/06/16(605) 奥村チヨ/せめてさよならは
1980/06/16(605) 松原みき/ハロー・トゥデイ-HELLO TODAY-
1980/06/16(605) 岩崎良美/涼風
1980/06/23(606) 内山田洋とクールファイブ/Last Song
1980/06/23(606) 小柳ルミ子/蛍火
1980/06/23(606) シーナ&ザ・ロケッツ/ユー・メイ・ドリ-ム
1980/06/23(606) クリスタルキング/蜃気楼
1980/06/30(607) 吉田拓郎/あの娘といい気分/いつか夜の雨が
1980/06/30(607) 八代亜紀/雨の慕情
1980/06/30(607) シャネルズ/トゥナイト
1980/06/30(607) 田原俊彦/哀愁でいと
1980/06/30(607) 河合奈保子/大きな森の小さなお家
1980/06/30(607) 鹿取洋子/ゴー・イン・バック・トゥ・チャイナ

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2 コメント

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歌謡界のターニングポイント (goo)
2007-02-13 23:12:39
管理人さま

80年はまさしく歌謡界のターニングポイントだったと思います。

それは今さら言うまでもなく山口百恵の引退、松田聖子のデビュー、たのきんトリオのトップを切って田原俊彦のデビューetc.河合奈保子、岩崎良美、柏原芳恵などの実力派アイドルのデビュー。

世間一般では82年組のほうがクローズアップされがちですが~レコード大賞の80年と82年の新人賞の歌唱を比較してみても実力派揃いの80年組にルックス的華やかさの82年組という感じがします。

あと80~82年にかけての力を持った事務所のアイドル攻勢は凄さや意気込みが見ている歌謡ファンに伝わって来ていましたね。なかでもサン・ミュージック、ホリプロ、芸映プロ、バーニングプロ、ジャニーズ事務所などの80年代における歌謡界への功績は大です。これらの事務所なくして80年代の歌番組は成立しなかったと言ってもいいかも知れません。

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今の音楽界のメロディー渇枯の一因は「歌番組の質の悪さ」がある。 (resistance-k)
2007-02-14 08:31:41
1978~83年頃は、まさに日本歌謡史上におけるターニングポイントであると同時に、日本歌謡史の最絶頂期だったという感がありますね。

1978-80年にかけては、「ニューミュージック」という既存の歌謡曲概念に囚われぬ新ジャンルの創生。今でも一線級の活躍を続けるサザンオールスターズ、チャゲアス、長渕剛もこの時代に相次いでデビューしていますし、ツイスト、原田真二、竹内まりや、杏里、EPO、石川優子、クリスタルキング、もんた&ブラザーズ、シャネルズ、等等新進気鋭のアーティストが続々と登場し、「ダンシングオールナイト」や「オリビアを聞きながら」「タイム・トラベル」「あんたのバラード」「ランナウェイ」「いとしのエリー」「万里の河」とこれまた次々とそれら新世代のアーティストの手によって今も名曲として色あせぬ秀作の歌が登場。歌謡曲の音楽の質的変化を一気に加速させたといった感があります。

そして80-82年頃となると、やはりアイドルの新旧交代が進んだ、というのが大きいでしょうかね。
1980年秋の山口百恵引退、そしてそれとほぼ同時期に、「中3トリオ」の他の2人も完全にアイドル路線から脱却(桜田淳子は1981年以降女優業へとシフト、森昌子も1981年の「哀しみ本線日本海」で紅白のトリを取り、一躍人気「演歌」歌手の一人としてその地位を確立)、それに対応するかのように、桜田の事務所であった「サンミュージック」からは80年春に大型新人・松田聖子がデビューし、それを追随するかのように河合奈保子、柏原芳恵、三原じゅん子もデビュー、そして82年にもう一つ大きな波である「花の82年組」が続々デビューしていき、歌謡番組における出演者の構図も大きくこの2~3年の間で様変わりしていきました。男性アイドルも新御三家から、田原俊彦を筆頭として、ジャニーズ事務所所属のタレントがその主流となっていきました。

そして、1980年代前半というともう一つ大きな特徴があり、1970年代終盤、人気が頭打ちとなっていた演歌の人気が復活したことも特筆すべきことでしょうね。カラオケや有線放送がブームとなり、その波に乗るような形で、「さざんかの宿」「北酒場」「矢切の渡し」「釜山港へ帰れ」「越冬つばめ」「氷雨」「夢芝居」といった単純なメロディーラインを採用した演歌が続々ロングヒット、また、大御所として地位を確立していた森進一・五木ひろしも「冬のリヴィエラ」や「契り」などで新境地を開拓したりと、演歌にも活気があふれていたというのもこの時代の歌謡曲のヒット傾向を見る上では重要な事項ですよね。

ベストテン・夜ヒット・トップテンの当時の「歌謡番組御三家」の人気もちょうどこの4~5年の間が最も絶頂期だった気がします。当時の夜ヒットでも、何気にヒットはあまりしなかった歌でもなんか聞き覚えがありまたいい歌が多い。それだけ、音楽産業全体を通じて、クオリティーの高い売り出し戦略なり、楽曲製作がなされていたというのは実感しますし、その中で一線級の歌手となり、また大ヒットとなった作品にはいずれも「激戦を勝ち抜いただけの価値」というか「耀き」がこれでもか、というぐらいにありますよね…。

それから考えると、やはり今の音楽産業は、演歌は全く冬の時代を脱せぬ状態、またJ-POPも一時のバンドブーム、コムロファミリーやつんくの時代は社会現象ともいえるブームメントはここ数年起きておらず、大ヒットと呼べる歌もほとんどないという淋しい状態。ライフスタイルが多様化しているとは言え、それだけではない何かが今の音楽界には悪い形で蔓延ってしまっているという気がします。

製作者サイドはあまりにも自己を追求しすぎて、楽曲として万人受けはせず、ある特定年齢層だけに売れればよいという歌しか発表できないという傾向が強いというのも問題がありますし、また歌を披露させる場である音楽番組いずれもが、かつての夜ヒット・ベストテンにあった「ステータス性」がまったくない、というのも歌謡曲冬の時代を長引かせている要因となっている気がします。

歌を重視する番組というのは、今も一応はあったりはするものの、夜ヒットみたく「カジュアルさ」がある番組造りは成されず、むしろ雰囲気が硬派すぎて、逆に万人受けしない、というのが多い気がしますし(特に「僕らの音楽
」なんかは番組としての質は高いが、堅苦しい雰囲気があり、またその雰囲気とは必ずしも合ってない歌手を重宝している傾向も強い)、カジュアルさのある番組でも、癖のありすぎなタレントがよりにもよって司会者として名を連ねているために、「歌番組」ではなく「歌を織り交ぜたトークバラエティー番組」に成り下がっているという傾向が「当然」のものとして解釈されてしまっている。またその流れの中で、それに慢心してしまう歌手も往々として存在していたりします(中には芸人なのか歌手なのか峻別がはっきりせぬ歌手もいる)。
これでは、視聴者が本当にいい歌手、いい歌をじっくりと愉しむことはできないんじゃないかなあ…という気がします。歌番組のスタッフはもっと局にだけ顔を向けて視聴率アップだけを追求するのでなく、今の音楽界を視聴者にアピールする「伝い手」としての責務も課されているのだということを真摯に受け止めるべきなんじゃないかな、と夜ヒット・ベストテンの製作態度や、当時の音楽界の活況と対比する度に強く感じます。
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