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KOFUKUの家から

演劇的体質の自由人
大きな愛にいだかれて
チワワたち猫たち
南のちいさな森の家にて
芸術的田舎暮らし真っ最中

ぴーちゃんのように

2006-10-24 | KOFUKU日記
パソコンを開くたびに目がちらちらするので(^。^;)
ハロウィンパート2、くろねこちゃんバージョンです。

さて、先日、わたしは友人のブログにこう書きました。
「私はこの人みたいになりたいと思った事が一度もない」
ないんです。本当に。
素敵な人はいーっぱい居るんだけど、「あの人みたいになりたーい」
とか全然なかったのです。
あ、ちなみにアイドルとかにもあこがれたことがありません。
私は俳優ですが、素晴らしい!とは思ってもあの人みたいに!
ってのはまだ一度もない。
本当にこうなりたい、とかないのかしらん?そう思ってかんがえました。
居た!いました、そういう存在!
私にあこがれられるというその輝かしい栄光を手にしたのは
「犬」です(^^)
その名はぴぐちゃん。本名はティナ・エンジェル号(血統書の名前)
日本名はすみれちゃん。あだ名はぴぐちゃん、ぴーちゃん。
フォーンレッドのロングコートチワワ、生後1年以内に見える童顔の五歳。
特技は噛み付くこと、吠えること、でんぐり返し(笑)
どこまでも自由気ままなお姫様な女の子であります(笑)
私が彼女にこよなくあこがれる理由は「犬」だからではありません。
いーなー、犬になりたいなー、ってのじゃあないんです。
ぴーちゃんのどこまでも「ピュア」なたましいに感動するからです。
そして変わらない愛の深さと強さに感動します。

ぴーちゃんは5年前、今は天国に帰ったソウルメイトの
お誕生日プレゼントとしてやってきました。
ファンの方々からの贈り物で、ペットショップに行くと
そのワンちゃんはケージの中で元気に動き回っていました。
ころころとしてとても元気そうなチワワです。
ケージを覗くと人懐っこく寄って来ます。
実はそのワンちゃんはぴーちゃんのお兄ちゃんで
現在はリッチーくんと言う名前になって元気に暮らしているようです。
ソウルメイトは一つ一つのケージを覗き、
全く反対側にもう一匹チワワが居るのを見つけました。
ケージの一番奥に、ほかの犬よりも一回り半くらいちいさな真っ黒な子犬。
ケージの奥で覗く人間を見てはぷるぷると震えています。
「この子はもう売約済みですか?」彼はお店の人に聞きました。
「いいえ、けれどこの子は小さすぎて、ちょっと弱いかもしれませんよ」
お店の人はちょっと困った顔で答えました。
「抱かせてもらっていいですか?」
ケージから出された子犬は彼の手のひらよりも小さかったのです。
体重は300グラムありませんでした。
180センチ以上もあって、アクション俳優だった彼は
人一倍たくましい身体をしていました。
彼はその大きな手で包むように子犬を抱きました。
子犬は最初真下を向き震えていましたが、そのうちそーっと顔を上げ
じーっと抱いている人の顔を見ていました。
「あの、犬なんですけど、このこにしては駄目ですか?」
「かまいませんが、うまく育たないかも知れないですよ?」
「いいんです。ではその旨を贈り主に伝えてきます。」
そういって彼は子犬をケージに戻し、一度店をでました。
そして説明をするともういちど店にやってきたのです。
お店の人がケージを開けました。
「自分で出してもいいですか?」「どうぞ」
彼はケージを覗きました。
子犬はケージの奥にへばりついて震えています。
彼は子犬に向かっておいでおいでをしました。
「こっちにおいで、お家に帰るよ」
子犬はじーっと彼を見ていました。
そしてそーっと動いてケージのドアのところまで来ると
彼を見上げて「おいでおいで」をしたのです。
彼が抱き上げると小さい舌で彼の手をなめました。
これが「ぴーちゃん」との始めての出会いです。

ぴーちゃんはそれから立派なおとうさんっ子になり、
寝てもさめてもお父さんの後をついて歩くようになりました。
どんなに叱られても、どんなに一人でお留守番をしなくてはならなくても
ぴーちゃんはいつも同じように千切れんばかりに尻尾を振って出迎えました。
昼も夜もお父さんと一緒でした。仕事場でさえも。
「お前は俺と一緒に歳を取るんだよな」彼は笑って言いました。
そして悲しい日がやってきて、彼とぴーちゃんは離ればなれになりました。
彼がなくなった日、仲間の集まる部屋で、
ぴーちゃんも一緒に過ごしていました。
急に誰かが階段を上がってくる気配がしたのです。
でも、誰も居ません。
ところが、ぴーちゃんがいつも彼が帰ってきたときと同じように
尻尾を振って階段の踊り場に飛んでいきました。
「GUYちゃんだ!」みんなが声を合わせて言いました。
ぴーちゃんは誰もいない宙に向かって頬擦りをし、
ぺろぺろと宙をなめています。
親友が言いました。
「GUYちゃん、入っておいでよ」
でも彼は部屋には入ってきませんでした。
そのうちぴーちゃんが彼に「STAY」と言われたときのように
ぴたりと床に座りました。そしてじーっとうえを見上げています。
どうやら何かを話しているようです。
2時間くらいそうしていたでしょうか。
ぴーちゃんはだまって帰ってきて私の膝に乗りました。
彼とどんな話をしたのか、それからぴーちゃんは
ぐんとおとなしくなりました。
そして彼のお母さんにぴたりと寄り添うようになりました。
そして私の相棒になることになったのです。

それからしばらくしてお兄ちゃんと暮らすことになったとき
ぴーちゃんはおにいちゃんを敬遠していました。
なんだかじっと見るのに、お兄ちゃんが近寄ると唸るのです。
けれど、ずーっと目で追っています。抱かれると硬直します。
そばに来たりなでられるとと嬉しそうで、
甘えたそうにしているのに吠え付くのです。
「俺嫌われてるのかな~、こういうことないんだけどな」
兄が言いました。そんな事がしばらく続きました。
その頃ぴーちゃんはお父さんを亡くしたこころの痛みから不治の病になり
病気の治療でホメオパシーの病院に通っていました。
すると先生がこういいました。
「新しい環境になりましたか?診断結果に出てますよ。」
それでお兄ちゃんと暮らすようになった事を伝えました。
先生は彼女のこれまでの記録を読んで静かに言いました。
「お兄さんはぴーちゃんのお父さんに似ていますか?」
え?と思いましたがかんがえて見ると、
お兄ちゃんは彼の親友で見た目は全然違うけれども、
身長がほとんど同じです。
そして同じように発声練習をしたり、歌ったり、セリフの稽古をしたりします。
そうぴーちゃんはおにいちゃんの後ろにお父さんの面影を見ていたのです。
「ぴーちゃんはお兄さんが自分のお父さんのように
居なくなるのが怖くて受け入れられずに居るんですよ。」
彼女はお兄ちゃんがとっても気になって大好きになれそうなのに、
大好きになるのがとっても怖かったのです。
家に帰ってその事をお兄ちゃんに話しました。
お兄ちゃんは笑って、そしてぴーちゃんを抱っこして
「ぴーちゃん」と言いました。
そして頭をくっつけてじーっとしていました。
「どうしたの?」と聞くと、
「ああ、ぴーちゃんとテレパシーで話したんだよ」と言いました。
何を話したのか知りませんが、それからぴーちゃんは
お兄ちゃんをボスとして迎え入れたのです。
「あいつが居なくなって病気になったのなら、
俺らがそばにいるんだから元に戻してやらなきゃね。」
そういって兄ちゃんは今も毎日ぴーちゃんに話しかけ抱きしめます。
何をしても、何を言っても「ぴぐちゃんもね」と付け加える事を忘れません。
深い愛情は病気をも治すのでしょう。
ぴーちゃんはぐんぐん元気になってすっかり良くなりました。

ぴーちゃんは純粋で無垢なたましいです。
ただひたすらに愛を示します。
嬉しいとき、悲しいとき、そのまなざしとしぐさで一生懸命に伝えようとします。
ただ、純粋に真っ直ぐ私たちを信頼し、甘えてきます。
その愛情の深さは決して変わる事がありません。
けっして愛した気持ちが変わることがないのです。
ある日思いました。
「どうしてだろう?どうしてそんな風に居られるの?」
そしてぴーちゃんを見ていて分かったのです。
彼女の中に「愛を疑う」気持ちがないという事を。
彼女は信じたら、それが全部なのです。
それに疑いや揺れなんてないのです。
ただ信じているのです。私たちの愛を。
だから何があっても、私たちを愛していられるのです。

こういう風にありたい。

わたしはぴーちゃんを見てそう思いました。
ただひたすら相手を信じ、疑うことなくただ愛する。
永遠の思い。永遠の行為。
今日もぴーちゃんはお兄ちゃんの帰りを待っています。
愛してくれる人が帰ってくる。
大好きなお兄ちゃんが帰ってくる。
私のところに帰ってくる、と待っています。
わたしもこの世のすべてのものに対して
ぴーちゃんのような揺るがない愛を持ちたい。
何ものをも疑わず、ただ純粋に愛していこう。
ぴーちゃんの星のような瞳に誓ったのでした。






ジャック・オ・ランタン

2006-10-24 | KOFUKU日記
もうすぐハロウィン。
あたしは以前、セサミストリートライブのキャストでした。
この時期はハロウィン一色!
なので、一週間だけ、ハロウィン仕様(^^)
ちなみに、私は“ナイトメア・ビフォア・クリスマス”の
“サリー”に似ているといわれます。
(顔も性格も。あ、でも手はちぎれません。縫い物は好きだけど・笑)

それぞれ~GOD HELP

2006-10-23 | KOFUKU日記
今日は突然予定が空きました。
しごとはすればあったのだけど、お兄ちゃんが言いました、
「せっかくだからぴーちゃんを連れて紅葉の森に行こう」
それで山梨の紅葉の森に入ってきました。
誰も居ない山の中に行きました。山の上はもうすっかり秋でした。
赤、金、オレンジ、もう光にあふれていましたよ。
すすきや木々の間をざくざく入りました。
途中で真っ黒なシカさんにも会いましたよ。

木々は静かにたっていました。
じーっと見ているとどれもこれも同じ木はありませんでした。
わたしは夕べからずっと「それぞれ」について考えています。

昨日はお芝居の稽古で稽古場に行くのに電車に乗りました。
私はパニック障害や対人恐怖症があるため、
一人で長距離の電車に乗ることができません。
どうしても一人で乗らないといけないときは
携帯電話のメールを見ながら、電車の角に立ち、
ずーっとメールか床か窓から外を見て意識を集中します。
そうしないと怖くてのっていられないのです。
でも5駅が限界。
でも人と一緒だとある程度大丈夫です。
最近はお兄ちゃんや友人が一緒なので安心。
昨日はそれで久しぶりに電車に乗っている人を観察しました。
「それぞれ」と言う事を考えていたからです。
やっぱり乗っている人には誰一人同じ人はいませんでした。

なんでそんなあたりまえな事を考えてるかっていうと、
「価値観の違い」というよりも「理解」の難しさについて思う事があったから。
それはこの二日間のなかで、大切な友人とのメールのなかで、
そしてとても信頼している友人のブログのなかで起こりました。
私は何事も理解できなくても「認めたい」と思っています。
けれど、それに自分の感情がどーんと入ってきちゃって(^。^;)
そうなると相手の事をすとんとは聞けなくなるって言うか。
でも、そこにある自分の素直な感情も大切にしたいし…。
まあ、行き着くところは皆「それぞれ」なんだなあ、
そうなんだなあってことなんだけど。

ただ、二日間考えていて分かった事があります。
やっぱり私は穏やかにいたいのだなあって事と
優しい愛が基本であること。
(厳しい愛もありますもんね)
そして、人間は「過去」や「環境」に影響されるんだなあってこと。
でもそれはとてもよい学びであること。
そんな事を感じていました。

ディズニー映画の「ノートルダムの鐘」をご覧になった事がありますか?
ノートルダム寺院で隔離され育てられたせむし男のカジモドの愛の物語です。

わたしは友人のブログで「捨てる」とか「戦う」とかって
言葉を聞いてとても悲しく思い、悲しいと書きました。
そうかかれている人の中にはそれなりの思いはあると分かっていたけれど、
わたしのこころがその言葉に耐えられなかったのです。
私はとても稀有な環境で育ちました。
どちらかというと、って言うか、ほとんど一般の人から
「差別される側」の環境に居たのです。
だから「分ける」「分けられる」ことが好きではありません。
友人のブログで「捨てる」という言葉が出てきました。
わたしは私が「捨てられた」ようなきもちになり悲しかったのです。
そんな事があって「それぞれ」って事を考えていました。
それぞれはそれぞれでいいと思う。
それで、それぞれのわたしもそれでいい。そう思いました。

映画の中で自分を捕らえ、支配している人物とカジモドが歌う歌があります。
こんな歌です。


僕の願い

世の中は冷たくてお前を虐めぬくのだよ
私だけが お前に食べさせ 着せて 守ってやるのだよ
そのかわりにお前は ここから出てはならない
お前は (私は)
醜いぞ (醜いのだ)
世の中はお前を嫌ってる
守ってやるのは (貴方だけです)
お前は怪物だと (怪物)
憎み嘲り笑う  (怪物)
もう世の中は相手にせず
ここにいなければならない(ここに 貴方と)
感謝しつつ 従え (従う)


何時も一人で生きて行く ここに隠れて暮らす
真下を見つめて生きて行く
僕は皆を見てる 皆は僕を知らない
これからもずっとこのまま
もしこの願いが叶うなら 行きたいな 皆のもと
光浴びながら 一日だけでも 暮らしたい 皆のものとで
もし 出会いがあって 誰かが僕を愛してくれるなら

皆は今日も忙しくして 楽しく生き生き暮らす
何て素晴しい生き方だ 輝きに溢れている
ああ 僕も皆と一緒に 歩いてみたい 散歩したい
手を繋いでセーヌのそばを 朝の光を浴びながら
この願いがもしも僕に許されるその日が来るなら
もう 何もいらない

わたしはカジモド見たいに暮らしていました。
それで、言われるままに居なければならないと思っていて、
そういう思いはいろいろな性格や病気を生みました。
けれど、いろいろな「それぞれ」の感覚を持つ魂たちと出会い
今、やっとカジモドのようにこころに思いをもてるようになってきたように思います。
その思いを持つようになった私が思うことは、カジモドが恋をする女性、
ジプシーのエスメラルダが歌うこの歌に表現されています。
エズメラルダは虐げられる多くの人を見て、
教会に入りイエスの像を見上げて一人歌うのです。


ゴッド・ヘルプ

あたしのこの祈りが 届いてくれるか
わからないけれど このジプシーの祈り
虐げられたものが者が貴方に語る
貴方も同じように虐げられた者よ

ゴッド・ヘルプ 救いを与えて
生まれたときから飢える者に
ゴッド・ヘルプ 救いを与えて
苦しんでいるジプシーに

(貧しいものをさげすむ恵まれた者たちの声)
「喜びと豊かさを わが名に祝福を与えたまえ
うるわしき愛の心を 我らの上にもたらしたまえ」

あたしは大丈夫一人で でも不幸な人がこの世にいる
助けてあげて踏み躙られたその人達を みな神の子

ゴッド・ヘルプ 救いを みな神の子

わたしは今、私のこころがエスメラルダのように祈りたいのだなあと分かります。
私はたしかに痛い思いをいっぱいしたのだろうと思う。
わたしは過去の経験が原因であまり痛みが分かりません。
当然起こる痛みがわかんないんです。
切っても、刺しても、お湯をかぶっても、痛いとか熱いとか分かりません。
ちょっと前まではそれが悲しかったりしました。
けれど今はちょっと違ってきました。
もし私が自分の人生を歩んでこなかったら、
きっと今みたいに痛い思いは分からなかったかもしれない。
悲しい思いは分からなかったかもしれない。
だからそれはそれでよかったんだなと思いました。
それで、悲しいことは悲しいって思っていいんだな~とか思えるようになった。
だから、来世はこういう風に生まれてこれたらいいなあとかも思えるようになった。
これまではそういう希望は無かったんです。
そしてこうやって語る事がすこしだけ怖くなくなってきた気がします。
私は祈りたいのでしょう。
戦う事でなく、ポジティヴでもなく。
ただ祈りたいのかもしれません。
痛みを抱きしめて、祈りたいのだと思います。
それふが私の「それぞれ」の「それ」なんですね。
それが分かった二日間でした。

そうそう、そういう事を考えるようになって
身体の痛みが少しづつ帰ってきたのですよ(^^)


働くということ~ブラザー・サン、シスター・ムーン

2006-10-20 | KOFUKU日記

ブラザー・サン シスター・ムーン
あなたがたを讃えます
かがやくひかりにつつまれながら

ブラザー・ウィンド シスター・エア
あなたがたをあいします
優しい風にふかれながら

空を舞う小鳥たち 
神さまの愛を歌う

ブラザー・サン シスター・ムーン
神の愛に結ばれて
愛の絆はとこしえに


これは一昨年、私がお世話になったシュタイナー学校で
私が二年生たちに聖人伝説を語ったとき歌った歌です。
その時、カトリックの聖人であるアッシジのフランチェスコについて話しました。
彼のエピソードをお芝居風に語りながら、歌をいれて。
アッシジのフランチェスコの若き日を描いた大好きな映画
「ブラザー・サン、シスター・ムーン」の歌を自分で訳して
子供たちにわかりやすいように歌詞をつけました。
わたしがこの映画が好きな理由は「祈り」があることと
「純粋な生き方」そして「愛」があるからです。

今日、仕事が急にお休みになりました。
やめるといってしまったら、どんどんシフトが減らされてゆきます。
生命の危機、です(笑)
けれど、わたしはもう祈りの無い仕事はしたくないなあと思っています。
お友達のRIKIくんのブログに行ったら同じような事が書いてありました。
それで働くってのはどういうことかなあ、なんて考えてみたりして。
私はこう思うのです。

「働く事」は「傍が楽になる事」

だから、周りを幸せにする仕事がしたいな~って。
それには何がひつようだろうって?
アッシジのフランチェスコみたいに生きるにはどうしたらいいだろうって?
「愛」です。「愛」
それしかないわ(^^)
映画の中でフランシスが言います。
「小鳥は神の愛を歌って暮らしている。そんな風に生きたい」って。
わたしも愛の存在から愛されて、また愛せるという喜びを歌って暮らしたい。
それで、わたしは新しく仕事を始めることにしました。
愛する仲間と手を取り合って。
名前は~~~すごく素敵な名前なんです。
これは親友に天から降りてきたそうです。

「Precious Wands Company」

と、言う名前です。素敵でしょう!


「Precious Wands Company」のPrecious Wandsとは、
“特別な魔法の杖”という意味あいがあります。
私たちはこの魔法の杖を使って、スピリチュアルで
ナチュラル、そして日々のこころのスローライフを応援し、
皆様のこころにあたたかな喜びの魔法をお届けしたいのです。

どういう事をやっていくかと言うと
Spiritual , Natural & Slow Life
Healing & Soul , Heart Therapy ,
Miscellaneous goods
Handwork of a therapy natural material ,
Spiritual Art
Event &Comprehensive plan
まだまだいろいろあります。
一言で言うなら
「スピリチュアル、ナチュラルワークス&イベント総合企画」かな。

この素晴らしい計画と行動を与えてくれた親友に
ここでこころから感謝を捧げたいと思っています。
そして私たちを勇気付けてくれた満月に。
愛する友、たましいのきょうだい、
あなたは「愛」です。そのものです。
ここに生まれてきてくれてありがとう。

さあ、これから忙しくなります。
これは本当の働きです。
傍が楽になるための働きです。
これから活動を広げて生きます。
どうぞ皆様、あたらしい活動を見守ってくださいね。
そしてどうぞご一緒に愛に愛されていきましょう(^^)

わたしたちは愛を一つ一つ積み上げていきたいと思います。
雨の日も風の日も雪の日も。
小鳥のように愛の歌を歌いながら。
ブラザー・サンやシスター・ムーンに見守られながら。
サン・ダミアーノを素晴らしい教会に戻したフランシス達のように。
いつかこころに愛の祈りの場が立てられますように

San Damiano Song

If you want your dream to be
Build it slow and surely.
Small beginnings, greater ends.
Heartfelt work grows purely.

If you want to live life free,
Take your time, go slowly.
Do few things, but do them well.
Simple joys are holy.

Day by day, stone by stone,
Build your secret slowly.
Day by day, you'll grow, too,
You'll know heaven's glory.

夢をまことにと思うならば
あせらずに築きなさい
その静かな歩みが遠い道を行く
心をこめればすべては清い

この世に自由を求めるならば
あせらずに進みなさい
小さいことにも
すべてを尽くし
飾りない喜びに
気高さが住む

日ごとに
石を積み続け
あせらずに築きなさい
日ごとにそれであなたも育つ
やがて天国の光があなたを包む


Brother Sun and Sister Moon

Brother Sun and Sister Moon,
I seldom see you, seldom hear your tune
Preoccupied with selfish misery.

Brother Wind and Sister Air,
Open my eyes to visions pure and fair.
That I may see the glory around me.

I am God's creature, of him I am a part
I feel his love awaking in my heart

Brother Sun and Sister Moon
I now do see you, I can hear your tune
So much in love with all that I survey


ブラザーサン シスタームーン
その声はめったに私には届かない
自分の悩みだけに心を奪われて

兄である風よ
姉である空の精よ

私の目を開いておくれ
清く正しい心の目を
私を包む栄光が
目にうつるように

神に与えられた命
私にも神は宿る
その愛がいま
この胸によみがえる

ブラザーサン シスタームーン
今こそ
その姿に触れ
その声を耳に
そして胸を打つ
あふれるこの愛

映画「ブラザー・サン、シスター・ムーン」より


お芋さん

2006-10-19 | KOFUKU日記
お芋がとどきました。soraくんちの畑から。
昨日はお稽古だったので、そのお芋を使ってケーキを焼きました。
まず、お芋をふかして、八分目火が通ったら、
その後はオーブンでじっくり焼く。
すると、しっとり、ほっくりのお芋さんになる。
バターとかはちみつとか、はーぶそるとでまずはお芋サンを試食。
お、おいちい
それからお芋をさいころの形に切って、かぼちゃのふかしたのも切って
ひまわりオイルとたまごと粉混ぜて、ミルクを入れて、
お芋を入れて、かぼちゃを入れて、あとはオーブンにお任せ(^^)
30分後、美味しいケーキになりました。
甘くないから、熱いうちに表面にバターを少しと
はちみつをたっぷりかけます。
それはじんわりじんわりしみていくのでした。
お稽古場でもみんなのおなかに美味しく入っていきました。

今日のお昼は残ったお芋をスライスして、
ひまわりオイルでフライパンで焼いて、ハーブソルトで食べました。
お芋さんは黄金色になってとても美味しかったです。
お皿の上にはちいさなちいさな満月がいっぱい(^^)
相棒のぴーちゃんも小さく小さくカットして
甘いお芋をぱくぱくたべました。

秋のおいしいをありがとう。
sora君パパに感謝です~!!