大事な心友のお父様が倒れました。心から回復を祈りたいと思います。
母が同じように倒れ、病床についてから早くも5ヶ月が過ぎようとしています。
母はあれからどんどんと記憶が曖昧になり、今は家族も分からないような状態でいます。
ものを訪ねても返事をしないことも多く、先生がおっしゃるには「何かをしなくてはならない」という感覚をつかさどる脳が働いていないので、返事をしなくてはいけないという心が働かないのだそうです。
だから話しかけても返事をしなくちゃいけないとは思わないから返事をしない。
ところが、母は父にだけは返事をするのです。
母はもともと驚くほど父を愛している人でした。
父は母が元気であったころ、母に優しかったわけではありません。
それより他人様がびっくりするほどに理不尽に扱ってきたと思います。
けれど母は何をされていても、こちらがあきれるほど深く父を愛していました。
彼女の口から父をなじったり、愚痴を言ったりする言葉を聞いた事がありません。
自営業でいつも出かける父の車の隣に座り、一日離れていたことなんて、数えるほども無いのではないでしょうか?
どんなにいろんなことがあっても、彼女はいつも父の隣にいました。
時折、一瞬だけ見せることがある、ほんの少しの父の優しい態度や言葉に彼女は本当に感動し、喜ぶのでした。
そのせいでしょうか?他のすべての記憶を失っても、何もかもが分からなくなっても、以前と同じように父だけは彼女の今の世界に生きているのです。
そして彼女は父に返事をする。
「返事しなくてはならない」脳が死んでいても彼女は彼に返事をするのです。
「お父さん、早く帰ってきてね」って。
つまり彼女は返事をしたいのです。今でも彼に。
彼女の脳はすべてを失っても、心は彼を決して忘れない。
この奇跡。
彼女はたぶん世界で一番愛にあふれた人で、たぶん父は世界で一番愛されている幸せな人だと思う。
私が誰かを愛したとき、そして倒れてすべての人生の記憶を失ったときでさえ、彼女のように心底愛した人だけは忘れずに覚えていられるだろうか?
迷わず、まっすぐに、ただひたすらに、愛する。
最後の最後の時まで。
私も母のようでありたい。
母が同じように倒れ、病床についてから早くも5ヶ月が過ぎようとしています。
母はあれからどんどんと記憶が曖昧になり、今は家族も分からないような状態でいます。
ものを訪ねても返事をしないことも多く、先生がおっしゃるには「何かをしなくてはならない」という感覚をつかさどる脳が働いていないので、返事をしなくてはいけないという心が働かないのだそうです。
だから話しかけても返事をしなくちゃいけないとは思わないから返事をしない。
ところが、母は父にだけは返事をするのです。
母はもともと驚くほど父を愛している人でした。
父は母が元気であったころ、母に優しかったわけではありません。
それより他人様がびっくりするほどに理不尽に扱ってきたと思います。
けれど母は何をされていても、こちらがあきれるほど深く父を愛していました。
彼女の口から父をなじったり、愚痴を言ったりする言葉を聞いた事がありません。
自営業でいつも出かける父の車の隣に座り、一日離れていたことなんて、数えるほども無いのではないでしょうか?
どんなにいろんなことがあっても、彼女はいつも父の隣にいました。
時折、一瞬だけ見せることがある、ほんの少しの父の優しい態度や言葉に彼女は本当に感動し、喜ぶのでした。
そのせいでしょうか?他のすべての記憶を失っても、何もかもが分からなくなっても、以前と同じように父だけは彼女の今の世界に生きているのです。
そして彼女は父に返事をする。
「返事しなくてはならない」脳が死んでいても彼女は彼に返事をするのです。
「お父さん、早く帰ってきてね」って。
つまり彼女は返事をしたいのです。今でも彼に。
彼女の脳はすべてを失っても、心は彼を決して忘れない。
この奇跡。
彼女はたぶん世界で一番愛にあふれた人で、たぶん父は世界で一番愛されている幸せな人だと思う。
私が誰かを愛したとき、そして倒れてすべての人生の記憶を失ったときでさえ、彼女のように心底愛した人だけは忘れずに覚えていられるだろうか?
迷わず、まっすぐに、ただひたすらに、愛する。
最後の最後の時まで。
私も母のようでありたい。