いじめをうけている君に捧げる。
俺は、この過去を話したくないから、今まで人に話したことがない。
思い出すのは、今回だけにしたい。
そんな話だ。
俺も今まで一度、いじめにあったことがある。
小学生の頃。
それまで、兄弟同然のような、親友と呼べる友達が1人いたんだけど、
小学4年生になる時に、転校してしまった。
ただでなくても、楽しくない毎日の中、
さらに、いじめというものにあう。
その話を相談できる友達もいなく、
ましてや、先生に話しをして、コトがでかくなるのも嫌だし、
家族にだって、気づかれたくなかった。
とにかく、誰にも知られたくなかった。
だから、俺は一人で抱えた。
俺は、その時に、死のうとかは思わなかったけど、
ただ、選択肢として、思いつかなかっただけだと思う。
今と同じように、ニュースで、同い年の奴等が、自殺をしているのを知れば、「死」という選択肢は、俺の頭の中に浮上しただろう。
確実に、「死んだら楽になるんじゃないか」って思っただろうね。
この頃の話とは、別だけれど、「死んだら楽なんじゃねぇか」って思ったことも一度だけ一瞬ある。
その時のことを振り返れば、これから先、自分はどこで、どうやっても、同じような状態が続くんじゃないかって思ってね。
もう、思考回路がプラスになんて働かない。
だから、辛いわけだし、苦しくなるわけだけど。
まったくもって、闇もいいところ、光なんてまったく見えなかった。
長い、長いトンネルの中にいるみたいな感じ。
俺はさ、いじめの理由なんて、本当にちっぽけなものだと思ってる。
もしかしたら、理由なんてないのかもしれない。
だから、君はほとんど、悪くない。
その場にいるわけじゃあないけれど、今まで、俺が経験してきたところからいくと、たぶん悪くない。
そんな奴等のせいで、死ぬことなんてない。
そんなこといったって、やっぱり学校に行かないと、その先の将来がまっくらだろうって思うだろ?
そんなこたぁない。
学校が全てじゃない。
今は、学校が中心だから、全てのように感じるだけだ。
そんなに勉強が必要だと思えば、通信制だってあるしさ。
他の方法があるんだ。
俺も語りたくない一つや二つの過去はあるけれど、
語りたい小話も十や二十はできた。
辛いことは多いし、つまらないことも多い。くだらない奴もいる。
だけれどもな、やっぱり、少ないけれども、楽しいこともあるし、嬉しいことも起こる。
すごい奴もいるし、わかってくれる奴も絶対いる。
俺は、楽しいことや、嬉しいことのために生きている。
泣きたくなるほど、嬉しいことに一回でも多く出逢いたい。
俺は、どうせ死ぬんだ。
どうせ死ぬのなら、生きていていて、楽しいことや、嬉しいことを思う存分あじわってやろうと、どうせなら、全部、あじわってやろうと思っている。
だから、死ぬのはもったいない。
俺は、この過去を話したくないから、今まで人に話したことがない。
思い出すのは、今回だけにしたい。
そんな話だ。
俺も今まで一度、いじめにあったことがある。
小学生の頃。
それまで、兄弟同然のような、親友と呼べる友達が1人いたんだけど、
小学4年生になる時に、転校してしまった。
ただでなくても、楽しくない毎日の中、
さらに、いじめというものにあう。
その話を相談できる友達もいなく、
ましてや、先生に話しをして、コトがでかくなるのも嫌だし、
家族にだって、気づかれたくなかった。
とにかく、誰にも知られたくなかった。
だから、俺は一人で抱えた。
俺は、その時に、死のうとかは思わなかったけど、
ただ、選択肢として、思いつかなかっただけだと思う。
今と同じように、ニュースで、同い年の奴等が、自殺をしているのを知れば、「死」という選択肢は、俺の頭の中に浮上しただろう。
確実に、「死んだら楽になるんじゃないか」って思っただろうね。
この頃の話とは、別だけれど、「死んだら楽なんじゃねぇか」って思ったことも一度だけ一瞬ある。
その時のことを振り返れば、これから先、自分はどこで、どうやっても、同じような状態が続くんじゃないかって思ってね。
もう、思考回路がプラスになんて働かない。
だから、辛いわけだし、苦しくなるわけだけど。
まったくもって、闇もいいところ、光なんてまったく見えなかった。
長い、長いトンネルの中にいるみたいな感じ。
俺はさ、いじめの理由なんて、本当にちっぽけなものだと思ってる。
もしかしたら、理由なんてないのかもしれない。
だから、君はほとんど、悪くない。
その場にいるわけじゃあないけれど、今まで、俺が経験してきたところからいくと、たぶん悪くない。
そんな奴等のせいで、死ぬことなんてない。
そんなこといったって、やっぱり学校に行かないと、その先の将来がまっくらだろうって思うだろ?
そんなこたぁない。
学校が全てじゃない。
今は、学校が中心だから、全てのように感じるだけだ。
そんなに勉強が必要だと思えば、通信制だってあるしさ。
他の方法があるんだ。
俺も語りたくない一つや二つの過去はあるけれど、
語りたい小話も十や二十はできた。
辛いことは多いし、つまらないことも多い。くだらない奴もいる。
だけれどもな、やっぱり、少ないけれども、楽しいこともあるし、嬉しいことも起こる。
すごい奴もいるし、わかってくれる奴も絶対いる。
俺は、楽しいことや、嬉しいことのために生きている。
泣きたくなるほど、嬉しいことに一回でも多く出逢いたい。
俺は、どうせ死ぬんだ。
どうせ死ぬのなら、生きていていて、楽しいことや、嬉しいことを思う存分あじわってやろうと、どうせなら、全部、あじわってやろうと思っている。
だから、死ぬのはもったいない。
死んだほうが絶対楽なんじゃないか・・とか
考えたことはある。
いじめまではいかないけど、
やっぱり誰しも嫌がらせくらいにはあって、
私も
「死んだら天国ではらくなんだろうな」
とも思ったりした。
でも、その時
「ちょっと、まてよ。
自ら死んだ人は、もしかしたら天国いけないんじゃ ないか?
それは困る。
地獄に行ったんじゃ、うちを守ってくれる怖いじい ちゃんがいない。
地獄でいじめられたら困る。」
と、思った。
小学生なのに冷静だった。
陶芸教室で、最近のニュースの話題になり、
「自殺している子供たちは、
本気で死のうと思っていない子も中にはいるらし い。死に顔が驚いた顔している人もいるらしい。」
と元消防士が言っていた。
気持ちは最後に顔に現れるって言っていた。
「死のう」となんて慌てて決めないで、
自分の気持ちを確かめてほしい。
そう思った。
私も軽いいじめにあったことはあります。
原因は自分にあります。
小学校から中学校に上がったとき、大人しかった性格を改めたからです。
同じ小学校だった同級生は「騙されてた」とでも思ったんでしょうが。
ただ、私の場合、死にたいとは思いませんでした。
逆だったんです。
反対に相手をいじめてやろうと思いました。
陥れたいと思いました。
結果的にそんな風にはなりませんでしたが(私が中学で多くの友達を作れたので、そんな下らないこと忘れちゃったんだと思います)
いじめる側でなく、受ける側で終わってよかったと、今では思っているんですが・・・
自分の中にもそんな過去があったのを思い出しました。多分その時は辛かったと思いますが、後々、もっと辛いことがぞくぞく出てきたので、あまり覚えていなかったんだと思います。
子どもの頃は学校の時間が永遠に続くような気がして気が狂いそうでしたね。
そのくせ休学の上、復学までして、学費も自分で払いきって大学を卒業しました(笑)
なんだか全く予想外な場所にいま、立っています。
そんなものかと思うのですが・・・
場違いだったらごめんなさい。
「自殺」を行動にうつすのは、どういうきっかけなのかって、最近、考えてた。
たぶん、ちょっとしたパワーがいると思う。
何せ、死ぬのは怖い。
だから、衝動的な気持ちになるのかとも想像した。
仮に、死のうとしていないのに、死んじゃったとしたら、本当にもったいないな。
いじめられて、逆に殴り返してやろうと思える人なら、たぶん大丈夫でしょうね。
殴り返せない人もいる。
たぶん、そういう子ども達の方が多い。
あかねさんは、休学して、復学もしてるんですね。
しかも、学費を自分で払ったなんて!
また、新たな一面を知りました。
知らず、のうのうと過ごしてたわ。
いじめは無くならないだろうな。
いじめる側よりもいじめられる側を大人が上手に導いてあげないとだめだと思うな。変な意味じゃなく。いじめる側は改善させるのが難しい。集団心理等の関係で個人の意志とは伴ってない場合が多いのでは?と思うし。
うーん。根深いな。この問題は。
まあ、今となっては、それも、また人の気持ちを理解していく上で、一つの経験になっていると思えるようになったよ。
最近、いじめについて、よく考えていた。
根深いよね。
たぶん、いじめがない学校は皆無に等しいし、
いじめがなかった時代もないと思っている。
俺に何かできるかって、考えている。