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どんまい

いろいろあるけれど、それでいい。

田中角栄の話

2016年07月05日 | little story
同僚がコンビニで買った本がおもしろかったと、鞄から本を出し薦めてくれた。
貸してくれると言う。
本をパラパラとめくり、おもしろそうじゃなかったから、いいわ、と断った。
本を借りたりして読むの好きじゃないんだ、という言葉を添えて。


そういえば、この前、教えてくれた田中角栄の話は良かったよ、と話を代えた。
「それ僕じゃないです」と同僚は言う。
「最近、本の話をしたのは伊藤さんくらいしかいないし。田中角栄が部下の妻に贈り物をしていたって話。気遣いが大事だって話。俺もやってみようと思うんだよね」
「良い話ですけど、僕じゃないです」


ここら辺で、この話を聞いたのは、別の人だったことを思い出す。
伊藤さんではなく和田さん。
今更、訂正するのも、面倒くさくなって、伊藤さんから聞いた田中角栄の話ということで話を進めた。








カレーとカレイ

2016年06月30日 | little story
久しぶりに蕁麻疹が身体の広範囲に出た。
痒みと若干の嘔気。


薬もないし、とりあえず牛乳を飲むことにした。
お酒を飲む前に牛乳を飲むと、酔いづらいと思い出したから。


もともと海老アレルギーはあるのだが、それらしきものは食べていない。
夕飯に食べたものを、思い起こした。


カレーとカレイ。


よくよく考えると、ダジャレみたいな夕食だ。
食べ合わせか。
子どもの頃、母が食べ合わせが悪い食べ物があると話していたのを思い出した。


天ぷらと西瓜、蟹と柿、鰻と梅干し。
食べ合わせの悪い食べ物をインターネットで検索する。


私が探している「カレーとカレイ」の組み合わせがない。


カレイか。
魚の鮮度や体調が悪い時に、魚を食べると、蕁麻疹が出ることは今までもあった。
ただ、ここまでひどくなることはないが。


一夜明けた今日も、なんとなく、腹の調子が悪い。



憂鬱な休日

2016年06月29日 | little story
久しぶりのゆっくりとした休日だった。
休日初日は、以前から観たかった「エリックを探して」を観る。


映画の中で、こんな言葉と出会う。


「最大の復讐は赦(ゆる)すことである」


映画を観終わった後も、ずっと、その言葉の意味を考えている。



ここのところ、怒りに心を浸しすぎたせいなのか、はたまた、休日だというのに、仕事の電話が、じゃんじゃかかかってくるせいなのかはわからないが、久しぶりの休日は憂鬱だった。


黒瀬のことを思い出した

2016年05月15日 | little story
本屋さんで一冊の本が目に止まった。

4522敗の記憶 ホエールズ&ベイスターズ涙の球団史 (双葉文庫)
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双葉社


4522敗の記憶ホエールズ&ベイスターズ涙の球団史。
おもしろそうだな、と思ったのと同時に、黒瀬のことを思い出した。
黒瀬というのは高校時代の友達で、ベイスターズファン。
もう何年会っていないのだろう。


この本を黒瀬にプレゼントしたら喜ぶだろうな、と頭を過ぎったが、打ち消した。
お金がもったいない。
歩いていると、また一冊の本が目に止まった。


ベースボールサミット第8回 やっぱり、横浜DeNAベイスターズが好き!
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カンゼン


やっぱり、横浜DeNAベイスターズが好き!
もはや、黒瀬が私を呼んでいるのかもしれない、と思った。
しかし、数週間経った今も、連絡をとっていない。
今日、Facebookに投稿されている黒瀬の記事を読んで、たぶん、元気なんだろうな、と思ったから。
読むだけ読んで、メッセージは残していない。
最近は、「いいね」を押すのすらめんどくさい。


こうして、今まで出逢ってきた人を、ふとした時に思い出している。
その中には、SNSに登録していない人も、もちろん含まれていて、メールアドレスは知っているけど、たぶん、これから先も連絡をしないかもしれないし、ましてや、会えないかもしれないな、という人もいる。
もしかしたら知っていると思っているメールアドレスは変更しているのかもしれないし。
それくらい連絡をとっていないにもかかわらず、ふとした時に思い出している。



運命論の方が慰めになることもある

2016年05月14日 | little story
自由意志というのは、未来に対してはなくてはならない希望だ。自分には、何かが出来るはずだと、人間は信じる必要がある。だからこそ、過去に対しては悔恨となる。何か出来たはずではなかったか、と。運命論の方が、慰めになることもある。


本を閉じた後も、余韻が残った数行。


マチネの終わりに
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コルク




未来は自分の手で切り開く、と思いながら生きてきた20代。
それは30代の今でも思っているけれど、
それに加え、流れに身を任せる必要もあるな、とも思っている。
それを私は縁という言葉を使うのが一番、しっくりくる。
そう考えるようになってから、随分、生きやすくなった部分もあるのではないかと思っている。