臆病なビーズ刺繍

 臆病なビーズ刺繍にありにしも
 糸目ほつれて今朝の薔薇薔薇

「勺禰子さんの短歌」鑑賞

2017年05月14日 | ブログ逍遥
短歌人 2010年5月号卓上噴水 
  暗越(くらがりごえ)奈良街道  勺 禰子(しゃく・ねこ)
                             
猥雑にくりかへしては生れ消ゆる町に街道あまた交差す

鶴橋は焼肉のみがにほふではあらで鮮魚のあかき身にほふ

行き先は「鮮魚」と示されエプロンの伊勢湾の人ら乗る鮮魚列車

生きてゐたもののにほひがきはまりて鶴橋人情市場は充ちる

両岸に茶屋ありしといふ二軒茶屋跡から暗峠を目指す

旧道を辿り暗峠まで今日のふたりとして今日をゆく

すひかけのつつじがいきをふきかへしすひかへすやうなくちづけをする

きちんと育てられたんやねと君は言ふ私の闇に触れてゐるのに

夜が白みはじめるころにふくらみを増しくる咎を抱きつつ眠る

誰一人包むことなくひつそりと山に抱かれ眠る廃村

この雨と湿気を吸ひし十津川の黒き森育つやうに止まらぬ

野良猫は飼へぬわたしもそのやうなもので互ひの視線を逸らす

思ひ出せぬことだとしても前世をつぐなへと奈良はしづかに告げぬ

吉野葛白いダイヤをやはらかくふふめばやはらかに溶けてゆく

足早にゆく君の朝思ひつつ私も歩幅を整へてゆく

吉野では「鬼も内」だと君がいふ今年の桜はひとかたならず

残された後のひとりを思はせて乗り換へる山のホームは寒い

はつきりとわかる河内へ帰るとき生駒トンネル下り坂なり

相聞のかぎりと思ふ峠からみえる道行きみえぬ道行き

君を待つ峠の茶屋でひとり待つ夢の中では森はやさしい


短歌人 2017年5月号  南都八景
リヤカーで押して担いで根のついた竹を運びぬ二月堂まで

南円堂前の燈籠らくがきも墨ゆゑ残ると君が指さす

プラスチックの芝生保護材あらはなり猿沢池の柳の下に

今はなき轟橋の敷石をいまだ観光気分で踏みぬ

越えずにはどこにもゆけぬ佐保川に日ごとふくらむ桜のつぼみ

しかせんべい知らぬ個体もありぬべし聖武天皇陵に住む鹿

鹿の毛並みも若草山も写真とは違ふ景色があるあたりまへ

少しづつ日常になる奈良のまち自転車にのり雲居坂のぼる


短歌人 2017年4月号  宇和奈辺小奈辺
佐紀の地に前妻後妻もろともに仁徳なる人いまだ眠れず

陵墓参考地ふたつを割つて南端に瓦屋根つけて奈良基地はあり

稚拙な愛にあふれて「空が好き!」といふ戦闘機かがやく青きポスター

偽物の大極殿の上空にブルーインパルス描くハート型の雲

朝靄の大極殿の鮮やかな朱塗りはぶざま 荒野が恋し

短歌人 2017年3月号  追鶏祭(とりおひさい)
見えぬ鶏を追ふ所作三度繰り返す午前三時の妖しき境内
 
さまざまな罪を塗りつけられながら生きてきた鶏はそれも知らずに
 
禁忌とは渇望をさす行為ゆゑ追ひ払はれることのすがしさ
 
息長帯比売命の怒りに流されし鶏がひそかに今を息衝く
 
養鶏を奨励したといふ宮司大正デモクラシーの曙光浴びつつ
 
「たつた揚げプロジェクト」の幟はためいて竜田川に放たれし鶏をおもほゆ


短歌人 2016年11月号  新しき世界
並びゆけば肩も触れ合ふ細き細きジャンジャン横丁をかの日あゆめり

   発祥と言はれしも

千成屋珈琲店のミックスジュース飲んだかどうかの記憶おぼろに

奥の席で話し込みしをいつしかに店のおばちやんが相槌ち打てり

   ひそと閉店

意外にも珈琲は洗練されて千成屋珈琲店は雑味なき店

ニュー・ワールドへたどり着くため冬の寒い雨の新世界をきみとあゆめり

見下ろせば瓦屋根多きこの街の初代通天閣の絢爛

恵美須東といふ町名はありながら常にひらけてゆく新世界




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