臆病なビーズ刺繍

 臆病なビーズ刺繍にありにしも
 糸目ほつれて今朝の薔薇薔薇

今週の「朝日歌壇」から(8月15日掲載分)

2016年08月15日 | 今週の朝日歌壇から
[佐佐木幸綱選]
○  いつまでも日本国籍いつまでも帰る気でいる四十九年目  (アメリカ)ソーラー泰子

 「四十九年」と言えばほぼ半世紀。
 本作の作者・ソーラー泰子さんは、ほぼ半世紀に亘ってアメリカ合衆国で暮らしていて、しかも、自分がソーラーというファミリーネームを持っていることに微かな安心感と充足感を覚えながらも、祖国を離れて以来の「四十九年」間の月日を日本国籍のままでいたのでありましょう。
 「いつまでも帰る気でいる」とは、作者ご自身の確たる気持ちというよりも、「もしかしたら私の気持ちの中には、いつか必ず日本に帰らなければならない気持ちがあったのも知れません」といった、ぼんやりとした気持ちなのかも知れません。


○  兼好は私ごとを書かざりきわが歌にその多きこと恥ず  (坂戸市)山崎波浪

 「わが歌」に就いては、どうか判りませんが、「兼好は私ごとを書かざりき」というのは、全くの嘘、偽りごとである。
 「兼好」、即ち、随筆『徒然草』の著者・吉田兼好は、その主著『徒然草』の中で、序段の「つれづれなるままに、日暮らし、硯にむかひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。」という一文をはじめとして、その全二百四十三段中の殆どすべての文中で、「自分の目で見たことに就いての自分の思い、自分の耳で聴いた事に就いての自分の思い、自分が読んだ書物に就いての自分の思い、自分が行った土地に就いての自分の思い」などを語っているのである。
 それらを以て「私ごと」と言わなければ、本作の作者は、一体全体、如何なる出来事を「私ごと」と言うのでありましょうか。 
 こんな馬鹿げた作品を詠んだ作者は勿論のこと、こうした出鱈目な知識で以て成した一首を朝日歌壇の入選作とした選者にも問題がありましょう。


○  稲妻が走る歓び独房の風呂敷ほどの空引き裂いて  (ひたちなか市)十亀弘史

 少し皮肉った読み方をすれば、「独房」という、相対的な安全圏に居ての異常な感覚を以て成した一首と思われる。
 しかしながら、「稲妻が走る」のに「歓び」を感じるのは、一見すると異常な感覚のようにも思われるが、よくよく考えてみると、人間なら誰しも、本能的にそうした感覚を備えているのかも知れません。
 今週の「朝日歌壇」の入選作中随一の傑作であり、高野公彦選の五席にも選ばれている。


[高野公彦選]
○  くちづけをしたこともあろうくちびるに五分粥運ぶ介助のわれは  (名取市)樋本幸恵

 高齢者の「介助」に当たる者が、ことさらに「くちづけをしたこともあろうくちびるに」などと言う事に対しては、少なからぬ疑問を感じるのではあるが、その一方、この三句・十七音無しには、本作が短歌として成立しなかったことを思えば、是も良しとしなければなりません。


[永田和宏選][
 取り立てて鑑賞しなければならないような作品はありません。

[馬場あき子選]
 取り立てて鑑賞しなければならないような作品はありません。
 「選者老いたり」という感無きにしもあらず。 
 


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