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私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

『進化しすぎた脳 中高生と語る[大脳生理学]の最前線』 池谷裕二

2008-05-07 22:41:11 | 本(理数系)

『記憶力を強くする』で鮮烈デビューした著者が大脳生理学の最先端の知識を駆使して、記憶のメカニズムから、意識の問題まで中高生を相手に縦横無尽に語り尽くす。「私自身が高校生の頃にこんな講義を受けていたら、きっと人生が変わっていたのではないか?」と、著者自らが語る珠玉の名講義。
出版社:講談社(ブルーバックス)


帯に『しびれるくらいに面白い!』という文句が入っているが、それも納得のおもしろさである。
脳科学という最新の学問を平易な言葉で、講義形式で語りかけるように叙述されているので、興味を持ってサクサクと読み進むことができる。書かれている内容も興味深いものが多いというのもあるのだろう。

脳の地図は後天的なもので、体が決めており、脳は体という効率の悪い乗り物のせいで能力を使いこなせていない、という部分には特に驚かされる。人間の脳がある種の柔軟性を持っていることを示すものだろうが、その視点はいままで知らなかったことなので、まさに目からうろこである。
また脳があいまいにつくられているからこそ、より柔軟な対応ができるという視座や、後半に出てくるシナプスのメカニズムやアルツハイマーに関する具体的な話題は理系人間にとってはたまらないくらいにおもしろかった。

さてそんな風に優れた部分を上げればきりがないのだが、その中でももっとも心に残ったのは、脳科学の考え方が哲学と通じるものがあるという点である。
そんなこと著者自身は述べていないが、その類似性は明らかだ。

たとえば「目ができたから世界が世界としてはじめて意味を持った」という文章や(人間にとっての三原色が赤・緑・青になっただけという部分には震えた)、違う動物ならば人間とは違う世界が広がるという部分などはフッサールを始めとした現象学に通じるものがあるし、言葉が意識の典型例だという話はソシュールやウィトゲンシュタインの言語論を思わせる。特に「言葉→心→汎化」のプロセスは驚きである。

哲学と脳科学はまったく逆の方向性と思っていただけにその相関性には感動するものがあった。
異なる部分の学問でも実はどこかでつながっている。そんなことを気付かされて、理系の職種につく理系人間としてはいろいろ考えさせられるものがあった。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)

『生物と無生物のあいだ』 福岡伸一

2008-01-11 20:52:46 | 本(理数系)

「生命とは何か」という生命科学最大の問いに、いま分子生物学はどう答えるのか。歴史の闇に沈んだ天才科学者たちの思考を紹介しながら、現在形の生命観を探る。分子生物学者の手による科学ミステリー。
第29回サントリー学芸賞<社会・風俗部門>受賞作。
出版社:講談社(講談社現代新書)


生物と無生物のあいだにある違いは何なのか。そのような高尚なテーマで最先端の研究内容が紹介されたものかと思っていたが、どちらかと言うと、著者の駆け出し研究者時代のエピソードや科学者たちの紹介、その研究内容についてさらっと触れるといった内容である。
そのためやや肩透かしを食った気分だが、中身そのものは知的好奇心をそそられるものばかりでおもしろい。月刊誌での連載ということもあってか、各章ごとの引きが絶妙にうまく、次はどういう話なのだろう、と興味をもって読み進むことができた。
エピローグの詩的な美しさといい、著者の文章センスの高さに感嘆する。

エピソードの中では、著者のポスドク時代のエピソードが良い。大学院のときに、研究室に入っていたので、彼のポスドク時代の話には興味をそそられるものがあった。
GP2に関する研究の裏話や焦りは切羽詰った感じが読み取れておもしろいし、ノックアウト実験での予想外の結果のエピソードも、実験を行なっていたときの苦々しい記憶を呼び起こしてくれる。
pHによって膜の形が変わるという話題は、分子スイッチを研究していたこともあり、個人的な興味を強くかき立てられた。

また科学者と実験の紹介も、僕の知らない内容がほとんどで、楽しく読むことができる。
そこで、特に印象に残ったのは著者のアンサング・ヒーローに注ぐ眼差しのあたたかさだ。
DNAが遺伝物質と発見したエイブリーや、DNAの二重らせんの重大なヒントを手にしながら、生前にちゃんとした評価を与えられず、小バカにされるフランクリン、自殺してしまったシェーンハイマーなど、紹介する著者の言葉は優しい。
彼らの存在を知らなかった身としては、著者の態度に共感することができる。

またここでは生化学の知らなかった事実を紹介されていて、それも興味を持って読むことができる。
特に生物と無生物のあいだを分ける答え、生命とは動的平衡にある流れである、という結論には目が覚めるような思いがした。日々我々の体が分子レベルで更新されているという事実には、知らなかっただけにその驚きはきわめて大きい。
またシュレディンガーの問い、生物が原子よりも大きい理由はなぜか、というのもまったく思いつかなかった分、知的に興奮するものがある。
ラストの方のエピソードもおもしろい。ノックアウト実験で、遺伝子を欠損させても、それを補うことができるという驚くべき事実も、一部を欠損させたときに異常が現われた、という事実も生命というものの不可思議性を伝えてくれて、ある種の感動すら覚える。
生物というのは実に優れたシステムを持っているのだな、と思い知らされた。

生化学は身近な世界だが、知らないことにあふれている。本書はそんな世界を垣間見せてくれる。
読み物として実に優れた作品だ。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)

『脳と仮想』 茂木健一郎

2007-10-10 20:40:38 | 本(理数系)

「サンタクロースは存在するか?」空港で聞いたその問いを元に、数量化できない感覚が持つ質感=クオリアから立ち上がる仮想について、思索し論考した作品。
テレビなどでも活躍する脳科学者、茂木健一郎の第4回小林秀雄賞受賞作。
出版社:新潮社(新潮文庫)


脳科学者が書いた本で、『脳と仮想』というタイトルになっているので、てっきり科学的な内容なのかと思っていた。だが、クオリアと仮想に関する自身の思想をまとめた内容であり、科学的というよりも、どちらかと言うと文学的な雰囲気の方が強い。
そのためやや肩透かしを食ったのだが、ところどころに挿入される文学、哲学、音楽、サブカルなどの知識は博学であり、知的好奇心を刺激され、そんなことも気にせず楽しく読み進むことができる。
たとえば新奇なものを好むのは母親に守られているからという、ボールビーの論の紹介など、初めて聞く話も多く興味深い。

そのような知識を総動員して、著者は人間の脳が生み出す仮想について描き上げているが、その論考の中から、著者の熱い心が仄見え印象に残る。
たとえば、芸術を見て心が傷付けられることによって創造が生まれるという話、「東京物語」を通して語る他者との断絶と仮想の必要性の話、三木成夫を通しての「思い出せない記憶」の蓄積が自分の中に存在しているという話、仮想が現実で傷付かざるをえない我々の癒しになっているという言説など、それを述べる著者の論調はとにかく真摯である。
著者自身、仮想という数値化できないものがいかに我々の生を助けているかを伝えたくて真剣なのだろう。それに仮想を語ることによって、人の心に救済を与えているようにも見え、その姿の切実さは胸に迫るものがある。

結論の出ない内容なので、読み終えた後、宙に浮いたような気持ちにもなるが、刺激的な内容であり、人間の仮想の豊かさとその重要性に思いを致すことができた。読み応えのある一品である。

評価:★★★★(満点は★★★★★)

『99.9%は仮説』 竹内薫

2006-05-31 22:38:21 | 本(理数系)


新書ランキングで上位に入る本書。
科学の基本である「世の中はすべて仮説にすぎない」という考えから、思い込みや常識というものが、非常にもろく簡単にひっくり返ってしまうことを暴いていく。


内容としては「バカの壁」に通じるものがある。
多くの人は自分だけの常識や思い込みに縛られていて、それで他人を理解できない。最後に触れている内容は「バカの壁」そのものだ。そういう点で、目新しいものはないかもしれない。

しかしそれを科学の理論と織り交ぜて話しているので、非常に楽しく読むことができる。一種の雑学本の感覚で読むと非常におもしろい。
例えば、飛行機が飛ぶ仕組みだったり、ミリカンの実験やペンタクォークなど、僕の知らない話が多くて、満足しながら読み進むことができた。

個人的にはあとがきのお金のことをインクのしみと語っていた部分がおもしろいと思った。視点を変えればまさにその通りだ。忘れがちだけど、そういう視点をたまには持ってみるのも楽しそうだ。
なかなかの良書であった。

評価:★★★(満点は★★★★★)

『ウェブ進化論』 梅田望夫

2006-04-13 19:45:15 | 本(理数系)


ベストセラーランキングでも上位に入る新書。
ネット環境の変動により、現実世界にも変化を起こしている現代社会、本書はネット社会での変化の本質をとらえ、わかりやすく解説している。


僕は仕事でもプライベートでもPCを使っていて、インターネットも利用しているし、こうしてブログをつくったりしているけれど、ネットについてを詳しく知っているわけではない。何にも知らないまま、深く考えもせずにネット社会を受け入れ、利用している。そしてそれを便利だと感じるだけで、何がどういう理由で優れているかということを考えてはいなかったし、興味もなかった。
この新書を読んで、そんなネット社会の可能性や効能等に触れることができた。新しい視点が広がった気がする。

チープ革命にオープンソース、Web2.0、ロングテール等、初めて聞く単語もあるけれど、それを丁寧に解説している。素人でもわかりやすい内容だ。GoogleやAmazonといったサイトのすごさや発想のすばらしさなどもよく理解できる。
何にも考えずに利用していたけれど、確かにこの二者の発想は新鮮で斬新である。特にGoogleの経営姿勢や開発姿勢は、僕が知っている世界とは異なるビジョンに溢れていて大きな驚きである。
世の中にはオプティミズムに支えられたビジョンで大胆に世界を変革できる人もいるらしい。何か今の自分と比較しながら読んでしまった。そういう点でも僕にとっては刺激的な本となった。

この先、ウェブ社会が筆者が指摘するように変わっていくか、「あちら側」がどのような形で発展していくか、素人の僕にはわからない。しかしそこにある変化の確かな手応えが読みながら確かに感じられた。
最近読んだ新書の中でも一番中身が詰まっていた。

評価:★★★★(満点は★★★★★)

『図解雑学 重力と一般相対性理論』

2006-03-02 21:33:14 | 本(理数系)


光の速度は測定者の状態、光源の状態に関わらず一定である。その不思議な性質から、時間の遅れ、空間の遅れを説明した特殊相対性理論は生まれた。
一般相対性理論は、その特殊相対性理論が説明できなかった重力についてを扱った理論である。
本書はその一般相対性理論についてを優しく解説している。


図解雑学シリーズは極めてわかりやすくて、お気に入りのシリーズである。
僕は基本的に高校生レベルの物理の知識しかない。そのためさすがに難しいな、と思う部分はあるけれど、じっくり読めば全く理解できないというものは一つもなかった。

本書で特に面白いのはブラックホールに関する部分だ。
中性子星の重力崩壊がブラックホール誕生に至る理由、毛なし理論、ブラックホールの蒸発など刺激的な内容が多く、新しい世界が次々と広がるようで楽しくてたまらなかった。
その他にも宇宙ひもや特異点、連星となった中性子星と重力波の話、簡単に触れるだけだったが、ホーキングの量子論と相対性理論を結びつけた宇宙の話など、興味を引く話題が山積みである。

ただ残念な点は、ブラックホールの蒸発理論は理論的なもので証拠とかは無いのか、証拠とかないのにこれほど高い支持を集める理由は何か、など込み入った突込みがなかったところであろうか。

しかしさらっとこの分野の知識を得る程度なら、これでも充分だろう。
同じシリーズの『時空図で理解する相対性理論』と併せて読めば、相対性理論の表面的な知識はバッチリ得られるはずである。

その他にも「図解雑学」は面白い内容のものが多いので、是非ともお勧めしたい。
僕が読んだ中で言えば、他に『量子論』、『素粒子』、『半導体』、『哲学』がお勧めである。

評価:★★★★(満点は★★★★★)