私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

「駆ける少年」

2013-04-01 20:08:38 | 映画(か行)

1985年度作品。イラン映画。
1970年代初めごろ、ペルシャ湾岸の小さな港町。浜辺に打ち上げられた廃船で暮らす孤児のアミルは、生活のためゴミ捨て場で空き瓶を拾って売ったり、水兵の靴磨きをしたり、水売りをしながら何とか生計をたてていた。大きな白い船や遠くに連れて行ってくれる飛行機、そして映画が好きなアミルは、ある時、読み書きができない事とに気付き愕然とする。そして字を覚えるために夜間の学校へ行き、取り憑かれたように字を覚え始める。
監督はアミール・ナデリ。
出演はマジッド・ニルマンド、ムサ・トルキザデエら。




「駆ける少年」には、一貫したストーリーというものはない。
アミルという少年を主人公に、彼を取り巻く状況を描いている。それだけの映画だからだ。
だから、映画の雰囲気が合わない人には退屈に映るだろう。

しかし映画は、溢れんばかりのエネルギーに満ち満ちており、そのプラスのパワーが何と言っても目を引く作品でもあった。


主人公のアミルはどうやら孤児であるらしい。
彼は廃船に住みながら、ゴミ拾いや空きビン拾い、水売りや靴磨きなど、様々な仕事をしてお金を稼いでいる。

彼の周辺にはほかにも貧しい子どもは多い。
だから空きビンを回収しても、子どもたち同士で取り合いになるし、多くビンを回収しようものなら、新入りなのに生意気だという理由でボコられる。水を売っても、飲み逃げされるし、靴磨きをしていれば、白人男性からライターを盗っただろう、と疑われたりもする。

彼は貧乏で、頼るべき者もなく、そのため虐げられたり、苦労を背負ったりしている。
富裕国に住む一員としては、大変だな、としか言いようがない状況だ。


しかしそこに悲哀はないのである。
それはすべてアミルの存在に負うところが大であろう。

「駆ける少年」というタイトルが示すとおり、アミルは映画の中でしょっちゅう走っている。
それは、友だちと競走するためだったり、同じ貧民の子に盗まれた氷を取り戻そうとするためだったり、と理由は様々だ。
だが理由は何であれ、彼は走ることに迷いがないらしい。

イランの強い日差しの中で走り続ける彼の姿は、その光が強いだけに、バイタリティあふれているように見えるのだ。


それに彼はやたら叫ぶ子どもでもある。
飛行機に向かって、あるいは船に向かって叫ぶ姿は、そういった乗り物に関心を示す、少年らしさが出ていて好ましい。
あるきっかけからアラビア文字を覚えたときは、それを連呼し、必死になって覚えようとしている。

そんな少年からは、エネルギーがほとばしっていて、すばらしい。
強い日差しや燃え上がる炎のような、狂おしいまでの力に溢れている。

そしてそれこそ、生きるということなのだろう。
そんな、生きる子どものまばゆさが、胸の内へと突き刺さってくる一品であった。

評価:★★★(満点は★★★★★)
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「クラウド アトラス」

2013-03-21 20:03:42 | 映画(か行)

2012年度作品。アメリカ映画。
主人公の男を軸として、波乱に満ちた航海物語、幻の名曲の誕生秘話、原子力発電所の陰謀、人殺しの人気作家、伝説となるクローン少女の革命家、そして崩壊後の地球の戦いが交錯していく。そこに生きる人々は、親子、夫婦、兄弟、恋人、友人、あるいは敵同士となっても、いつかはその愛を成就するために姿が変わっても惹かれ合い、何度も何度も出会っては別れ、争いと過ちを繰り返す。
監督はラナ&アンディ・ウォシャウスキー、トム・ティクヴァ。
出演はトム・ハンクス、ハル・ベリーら。




「クラウド アトラス」は6つのストーリーから成る、やや凝ったつくりの作品だ。

1つ目は、19世紀が舞台のプランテーションを訪れた若い弁護士の物語。
2つ目は、1930年代が舞台の若い作曲家の物語。
3つ目は、1970年代が舞台で、原発と石油利権の不正を探る女性記者の物語。
4つ目は、2012年が舞台で、編集者が老人ホームに隔離される物語。
5つ目は、未来のネオ・ソウルが舞台で、体制の管理下から逃れるクローンの物語。
6つ目は、文明が滅びた後の地球を舞台に、原始的な生活を送る部族の男とその部族をある目的で訪れた近代装備をもつ女性の物語だ。

見ての通り、どれもバラバラなエピソードばかりである。
そんな異なる物語は、輪廻転生というキーワードを縦糸につながっている。
そして、各話とも輪廻以外の細かいガジェットを通し、ゆるやかなつながりがある点もおもしろかった。

しかしこの映画、バラバラなだけあって、その情報量は極めて多い。
下手したら観客だって、混乱してしまうような代物だろう。
だがウォシャウスキー姉弟とトム・ティクヴァは、それら複雑なエピソードを丁寧に整理し、魅せてくれる。
おかげで3時間弱という長い作品にもかかわらず、まったく退屈せず見ることができた。

その演出力は見事の一語に尽きるだろう。


さてそんなバラバラのエピソードだが、どの物語もなかなか楽しめる。

未来を描いたペ・ドゥナを主人公とするクローンの話は、一つの恋物語としてもおもしろく、背後にある社会背景に興味を惹かれるし、
文明崩壊後のトム・ハンクスとハル・ベリーの話は、彼らの信仰する神ソンミが誕生した経緯や、一人の男の罪悪感を描いている部分が個人的におもしろく感じた。
2012年の話は、編集者が老人ホームを脱出する下りがコメディのような味わいがあって愉快だったし、
1970年代の原発を巡る話は、クライム・サスペンスの趣きがあり忘れがたい。

どの話も単品として充分すてきだ。


だがそんな各話単品のおもしろさ以上に目を引いたのは、物語全体を貫く、輪廻というテーマ性にあるのだ。
そこにあるのは、生まれ変わりを縦糸にした、壮大な世界観の物語である。
その大きさにまず心を奪われる。

そしてどの作品も、抑圧に対する個の抵抗を描いた作品としても読み取れるあたりも憎い。
その抑圧は、奴隷を酷使する白人支配の理不尽であったり、石油利権のために、都合の悪いものは排除する動きであったり、老人ホームを維持するため居住する老人たちを力で押さえつけるする態度だったり、クローンに対する非人道的な扱いだったりする。

しかしそれらの抑圧に対して、登場人物たちは何かしらの形で歯向かい、何かを得ようと試みている。
そしてその姿は、人こそ異なれど、時代を超えても変らない。

そのふしぎな雄大さと、連関との中に、淡い感動を見出せる点がすてきであった。


正直テーマ性などは一度見ただけでは理解できない部分も多い。
だからこそ、改めてじっくり見てみたいと感じさせるような内容となっている。

上手く言えないけれど、ふしぎと胸に突き刺さる一品である。
ウォシャウスキーと言えば、「マトリックス」だが、僕は本作の方が断然好みであった。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)
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「声をかくす人」

2013-01-23 20:05:38 | 映画(か行)

2011年度作品。アメリカ映画。
南北戦争終結後すぐのワシントンで、リンカーン大統領が暗殺される事件が起きる。犯行グループは即座に拘束され、その中に下宿屋を営む南部出身の女性メアリー・サラットも含まれていた。罪状は犯行グループへのアジト提供であったが、彼女は一貫して無実を主張。メアリーの弁護を担当する事になったフレデリックは、北軍の英雄であった事もあり初めは抵抗を覚えるが、何かの事情から口を閉ざしているのではと考えるようになる…。
監督はロバート・レッドフォード。
出演はジェームズ・マカヴォイ、ロビン・ライトら。




正義というものは、ときにおいては恣意的なものである。
そんなことは現実の世界情勢を見れば、すぐにわかることだけど、この映画を見ていると、そんなことを改めて感じる。

それはこの映画が、政治的理由により法がゆがめられてしまう様を描いているからにほかならない。


北軍の兵士として活躍した弁護士のエイキンは、リンカーン大統領暗殺事件の容疑者の一人を弁護することとなる。北軍として戦った彼としては、そんな弁護など引き受けたくなかったのだが、裁判が続くにつれ、どんどんその裁判に熱心になっていく。
それはその裁判が不正のかたまりであったからだ。

実際ここで描かれる裁判は基本的に、結論ありきで進められている。
証人喚問では偽証が行なわれるし、どう考えてもおかしい、と感じる部分で、意義あり、と訴えているのに、あっさりと却下されてしまう。

現実の歴史は知らないけれど、現実にあったのなら、これはひどいことだと思う。

だが政治的な思惑が働いたとき、これくらいのことは現実的に起きるのかもしれない。
時は19世紀、大きなできごとが起きたとき、血による贖いを求めることも、当時はあったのだろう。個人的には大津事件あたりを思い浮かべる。


とは言え、それはやっぱり法律という観点からすれば、誤った行為である。
法を政治的な理由でゆがめていいのなら、法律が存在する意味なんてない。
三権分立という視点からしても、それはやってはいけないことだ。

そういう意味、エイキンの行動はきわめてまっとうなものである。
実際、サラットの罪状レベルなら、懲役刑が妥当なとこだ、と素人目には見える。

しかしそんな正しい意見も、大きな流れの中では飲みこまれるほかないのだ。
そしてそんな醜い政治的な配慮のために、たった一つしかない、人の命は軽んじられるのである。

それは本当に痛ましいことだ。
そう思うだけに、獄舎で見せた娘の慟哭が痛いくらいに突き刺さってくる。


正しいことを追究するのは存外難しい。
その真理を、歴史的事実を元に描いていて、心に届く一品であった。

評価:★★★★(満点は★★★★★)
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「カミハテ商店」

2013-01-09 21:14:03 | 映画(か行)

2012年度作品。日本映画。
山陰の港町、上終(カミハテ)で、亡くなった母が残した店を守り、毎朝、コッペパンを焼いて暮らす千代。近くの断崖は、自殺の名所と言われ、見知らぬ人が1人でこの町に来ると、大抵は、生きて帰らない。自殺する人は、最期に牛乳とコッペパンを買うとネットで噂になり、冷やかしで店に訪れる客もいた。千代の父親もその断崖で死んだ。「死にたい人は死ねばいい」と呟きながら、千代は、自分が焼くコッペパンを憎んでいた…。
監督は山本起也。
出演は高橋恵子、寺島進ら。




いかにも文学的な作品である。
描写は思わせぶりで、トーンは抑え気味。そういう意味合いにおいて文学的。人によっては退屈とすら映るだろう。

そして本作は、それゆえにもどかしく、同時に心地よい作品でもあるのだ。


内容は上終(カミハテ)という土地で小さな商店を営む初老の女の物語である。

最初は作品の背景はまったく描かれない。
しかし、徐々にその集落には自殺の名所として有名な断崖があり、女の店で自殺者がコッペパンと牛乳を購入しているということが明かされる。
女は自殺者にパンを売り、その後断崖へ行き、相手の靴と牛乳ビンと遺書を回収する。ちょうど彼女が幼い頃父が自殺したときと同じように、だ。

そういった内容の話ということもあってか、全体の雰囲気は映像も含めてやや暗めだ。
しかしそんな暗い雰囲気からは、自殺者にパンを売る女が、自殺していく者を見送っていくことに傷つき、腹を立てていることが伝わってくる。


腹を立てるという点に関しては、靴を回収するという行為がまさにそうだ。
そうやって、相手の自殺の痕跡を消していくことで、彼女は最後の食事に自分の店を選ぶなんて後味の悪いことをする相手に対して復讐しているかもしれない。
そしてそれは、家族を残して自殺した父への復讐かもしれないとも思えてくる。
深読みかもしれないが、そう思わせる余地がある点がすばらしい。


もちろん、彼女なりに自殺する人を止めたい気持ちはある。
最初の方の女子二人組には、皮肉めいた口も利いたし、何でうちなのか、と相手に問いただしたこともあった。実際自殺を止めたこともある。
自殺していく者を見送るなんて、やはりずっと続けるには耐えがたい行為なのだ。

当然ながら、そんな彼女の行動が報われないこともあった。それは悲劇的だが、そういうこともあるのだろう。
だがいつまでも報われないとも限らないのだ。
ある自殺志願者の女が、自殺せずに帰って行ったと聞かされたときの彼女の表情が、どこか清々しくて忘れがたい。


物語は、彼女の前に新たな自殺志願の女が現われるところで終わる。
その後どうなるかはわからないが、たぶん彼女は自殺を考えている女を止めるのだろう。
ついでに言うと、借金を抱えている老女の弟も責任ある行動を取るにちがいない。

見終わった後は、そんな風に、登場人物たちのヒューマニティを単純に信じることができる。
そしてそんなポジティブなことを信じられるような、この映画の雰囲気が、静かに胸を震わせるのである。

評価:★★★(満点は★★★★★)
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「鍵泥棒のメソッド」

2012-09-26 21:33:31 | 映画(か行)

2012年度作品。日本映画。
貧乏役者の桜井は自殺を考えたが失敗し、銭湯に行き、羽振りのよさそうな男が転倒し頭を強打し気絶するのを目撃。そのどさくさに紛れて、鍵を自分のものと取り換え、彼になりすます事にする。がしかし、その男は伝説の殺し屋、コンドウだった。桜井は彼をコンドウだと思い込んでいるチンピラに殺しの大金の絡んだ危ない仕事を受けるハメに…。一方、婚活中の香苗は記憶喪失で途方に暮れているコンドウに出会い好意を抱くが…。
監督は内田けんじ。
出演:堺雅人、香川照之ら。




笑える内容で、話のつくりも上手い。
「運命じゃない人」や「アフタースクール」といった過去の内田けんじ作品にも通じる良さが本作にも表れていた。
しかも前二作よりも洗練されている。さすがだな、と感心するばかりだ。


本作はありていに言えば、記憶喪失ものである。
いかにもベタな流れになりそうだが、まったくそう感じさせなかったのは、まず一つに笑えるからなのかもしれない。
入れ替わりゆえに湧き起こるドタバタとしたところや、それ以外にもおもしろいところがあって、楽しめる。
コメディとしてのセンスはさすがに高い。


またストーリーも非常に上手いのだ。
たとえば塩を舐めるところをはじめ、細かいところに伏線を張っていくところなんかは非常につくりは丁寧。
ラストのきゅん、ってところなんかは、上手く回収している上に、結構笑ってしまった。


堺雅人と香川照之演じる二人の男のキャラ造詣もなかなかよかった。
ともあれ、コメディとしてのレベルの高さを感じさせる、満足そのものの一品だった。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)
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「キリマンジャロの雪」

2012-09-04 20:20:33 | 映画(か行)

2011年度作品。フランス映画。
南仏の港町マルセイユ。労働組合の委員長ミシェルは公正なリストラを行うためクジ引きで退職者20人を選び、自身も失業する事になる。妻のマリ=クレールは夫の潔い決断を誇りに思うのだった。そんな二人の結婚30周年を祝って子どもたちがアフリカ旅行をプレゼントする。ところが、贈られた旅行費用とチケットを強盗に奪われてしまう。ほどなくして逮捕された犯人を知りミシェルは大きなショックを受けるのだった…。
監督はロベール・ゲディギャン。
出演はアリアンヌ・アスカリッド、ジャン=ピエール・ダルッサンら。




ヒューマニズムという言葉がある。
口にするのは簡単だけど、実行するのは難しい、そんな美しい概念の一つだ。

映画は、そんな美しくも成し遂げにくいヒューマニズムを描いた作品とも見える。


物語は、工場のリストラ対象者を選ぶために、クジを行なうところが始まる。
主人公ミシェルは労働組合の委員長で、自らの名前の書いた紙をクジの中に入れ、リストラされてしまう。

別に委員長だから、自分の名前を入れなくてもいいのだが、それをしてしまうあたり、正義感の強い人なのだろう。
ヒーローに憧れている、といった描写や、社会民主主義(いかにもフランスらしい)を思わせるイデオロギーの持ち主という点を見る限り、その行動は、彼としては自然なことかもしれない。
だがそんな社会正義を追究する彼も、日常生活では平凡な男で、スーパーのカートの出し入れすらできなかったりする。

そんな美点と欠点を兼ね備えた、彼のキャラクターが個人的には見ていて好ましかった。


そのミシェルは、家族といるところを強盗に襲われ、金も奪われてしまう。
襲った相手は、自分がリストラした男で、生活に困窮した挙句の犯行だった。

自らもケガを負い、義妹は強盗のトラウマを抱えてしまっている中、その強盗に対して、男はどういう選択をするのか。
それがこの映画の最大の見所なのだろう。


とは言え、その選択は概ね予想の範囲内と言えば、範囲内だ。
だが、それにもかかわらず、その場面に僕は見ていて感動してしまった。

その理由は、行動の美しさにあることは言うまでもない。
ヒューマニズム的な行動は、口で言うほど、行なうことは難しい。それでもそれを成し遂げようと考えるあたり、心の美しさが伝わり、温かい気分になる。

だが感動した理由は、それ以上に、夫婦が二人そろって、同じ行動を選択した点にあるのだろう。
そこからは、夫婦が離れて別々の行動を取りながらも、心を通わせていたことがうかがえるのだ。その夫婦愛の描写が、胸にぐっと響く。


内容的には、幾分地味な作品だと思うが、その味わいはすこぶる深い。
結構印象に残る佳品であった。

評価:★★★★(満点は★★★★★)
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「かぞくのくに」

2012-08-30 21:33:44 | 映画(か行)

2011年度作品。日本映画。
ある夏、25年ぶりに兄ソンホが北朝鮮から戻 ってきた。在日朝鮮人2世で日本語教師をしているリエ、同胞協会幹部の父、優しい母の3人で暮らす家族のもとへ、病気治療のため特別に3ヵ月だけ許可をもらっての事だった。少年時代の帰国事業で移住して以来のソンホの帰国に喜ぶ家族だが、ソンホは多くを語らない。監視の目が常に付く中、リエは次第に苛立ちを覚える。家族に沸き起こる感情が25年の空白を埋めていく…。
監督はヤン・ヨンヒ。
出演は安藤サクラ、井浦新ら。




世の中には理不尽なことがいろいろあるわけで、たとえば大きな力で相手の自由や尊厳を奪うってのはその典型なのだろう。

そして北朝鮮では今の時代でもそんなことが平気で行われている。
日本人から見ると、それは本当に意味がわからないのだけど、朝鮮系の在日の人だって、思いは同じであるらしい。


主人公は在日の女性で、父は朝鮮総連の幹部のようだ。そんな家族の元に25年前、北朝鮮に渡っていた兄が病気治療で日本にもどってくる。
家族は、昔のように兄に対して暖かく接するけれど、兄と家族との間には、北朝鮮に住んでいるがゆえの壁のようなものが時折立ちはだかる。

たとえば兄の行動は常に監視されているし、北朝鮮でどんな生活を送っているか、日本で語ることは許されない。それに、妹へスパイになるよう頼まざるをえなかったりする。

そこにあるのは、まぎれもない息苦しさだ。
しかしそれが自由を奪われるということなのだろう。

実際、兄は北朝鮮での生活するには、何も考えずに従うのだ、と言っている。
ひどい話だが、実際そうせざるをえないのかもしれない。


兄を愛する家族からすれば、そんなことは腹立たしい限りだ。
日本という自由な国に住んでいるから怒りたくなるのも自然なことだと思う。
だから妹のほうも、彼女なりに怒りを露わにしている。

しかし兄を監視する男が言うように、彼女が怒りをぶつけたくなるような国に、愛する兄は現実に住んでいるのだ。
そのゆるぎようのない事実が、ただただ重い。


それだけに、ラストで兄の手をなかなか離さなかった妹のささやかな抵抗と、日本の歌を口ずさむ兄の場面が、じんわりと胸に響いてくる。
現実は変えられないが、思いだけは消えない。そんなことを思う。

本作は、内容的に見ても、恐ろしく地味な作品ではある。
しかしその味わいは滋味深く、強烈でないけど、じわじわと心に訴える力を持っている。
見終わった後も、長く心に残るすてきな作品である。

評価:★★★★(満点は★★★★★)
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「桐島、部活やめるってよ」

2012-08-26 18:32:26 | 映画(か行)

2012年度作品。日本映画。
バレー部のキャプテンで成績も優秀な桐島。ガールフレンドは、校内ナンバーワンの人気女子。女子に騒がれ、男子からは一目置かれる、学校のスター的存在だ。ある金曜日の放課後、桐島の姿が見えない。何でも部活をやめたというのだ。突然のニュースに、部員は騒然となり、噂はたちまち学校中に広がる。キャプテンの退部に、戸惑うバレー部員たち。ざわめき始める女子たち。不穏な空気が流れる中、映画部員たちが行動を始めた…。
監督は吉田大八。
出演は神木隆之介、橋本愛ら。




群像劇である。
主要な登場人物は複数なわけで、視点も当然複数になり、そのため流れがつかめない冒頭などは、いくらかごちゃごちゃしている感もある。
ラストだって、うまく収束しているとは言いがたい。つうか一貫した筋のある話でもない。

しかしいろいろの物足りなさや、もどかしさはあれ、心に残る映画だと感じた。
それは高校の空気とキャラクターの描き方が上手いからだろう。


多くの高校がそうであるように、この高校にはいろいろな生徒がいる。
派手なヤツもいれば、地味なヤツもいるし、マジメな子もいれば、ダラダラと日常を過ごすだけのヤツもいる。体育会系、文化部系、才能があるヤツ、ないヤツなど、個性は様々だ。

そして、多くの人間がいるからこそ、そこにはいろいろな感情が生まれる。


たとえば、恋愛。

印象的なのは、好きな相手の見える場所で練習をする吹奏楽部の少女だ。
それは見ようによってはホラーだし、屋上で練習する言い訳の苦しさには笑ってしまうけれど、そのどこか空回りした感じは悲喜劇の味わいがあって、おもしろい。

また神木隆之介演じる映画部の少年もよかった。
特に映画館での会話の一方通行っぷりにはにやけてしまう。
もうやめてあげて、と思ってしまうのだけど、その空回りしているのに、当人が気づいていない部分なんかは少し共感する。


また人間が集まる以上、負の感情だってある。

ちょっとハデ目の女の子が陰口を言うところなんかはいい味が出ている。
彼女の言動は、当人の事情をまったく考えず、一方的に相手をバカにするものだ。
好ましい態度とは言いがたいけれど、こういう女の子は一定数はいるのだろう。

それに対して少女たちは、波風立てないようふるまったり、陰口を耳にして少なからぬ反感を覚えたりする。
そんな各人の反応は見ていてもおもしろかった。女の世界は知らないけれど、たぶんこういう場面は世間でも見られるのかもしれない。

また陰口つながりで言うなら、映画部の連れの子なんか、見ていて楽しかった。
ルサンチマン丸出しのちょっと皮肉な口調を利くところは、見ていてニヤニヤさせられる。


どの人物も、ああこういう人っているわ、って感じられ、すっと胸に響いてならない。

そして人物にリアリティがあるからこそ、彼ら、彼女らの織り成すドラマに没入できるのだ。
それはまさにこの映画の最大の美点だと思う。


そんな人間社会の縮図とも言える高校で、一所懸命になって何かに打ち込む生徒に、僕はことさら共感を覚えた。

神木隆之介演じる生徒が心に残る。
彼は映画が好きだが、自分が監督にはなれないとわかっている。それでも、好きだから、と映画に打ち込み続けている姿が清々しい。
ベタだけど、青春と呼ぶべきそれは輝きなんだろう。

そんな人物たちの醜くもあり、美しくもある世界が心に届き、忘れがたい味わいがある。
若干甘めに点数がつけたくなるような、心に届く佳品だった。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)



原作の感想
 朝井リョウ『桐島、部活やめるってよ』
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「苦役列車」

2012-07-18 20:11:00 | 映画(か行)

2012年度作品。日本映画。
1986年、19歳の貫多は、日雇いの仕事をしながら、安アパートに暮らしていた。働いた金は酒と風俗で使い果たす。唯一の楽しみは、本を読む事だった。ある日、アルバイト先で専門学校生の正二という青年と知り合う。年が同じと分かり気心が知れ、貫多は生まれて初めて友達と飲み歩く楽しさを知る。正二の橋渡しで、古本屋でバイトする大学生、康子とも「友達」になれた。有頂天になった貫多は、正二と康子相手に暴走する。
監督は「マイ・バック・ページ」の山下敦弘。
出演は森山未來、高良健吾ら。




細かな演出がイマイチで少し乗り切れない部分はあるが、キャラクターはすばらしい。
それが「苦役列車」の個人的な印象である。


中卒で日雇い人足として生計を立てる19歳の男、北町貫多を主人公にした芥川賞受賞作が原作だ。

この北町貫多が本当にひどいやつだ。
言動は粗野な部分が多く、金を得ても、酒を飲むか、風俗に入れあげる始末で、家賃も払おうとしない。卑猥な言葉を相手に向かって平気で吐くし、ときに粗暴なふるまいもすれば、卑屈な態度を取ったり、僻みから相手に怒りをぶつけたりもする。

基本的に貫多は人の心を読めないタイプ、と思う。
それが原因でトラブルにだってなり、友だちもやがてはそんな貫多の態度にうんざりして離れていく。
原作でも思ったが、映像で見ると改めて思う。この人はダメ人間だと。


そんな貫多を演じる森山未來の演技がすばらしかった。

貫多のキャラクター同様、彼の全身から発する空気は、見事なまでにすさんでいる。
自堕落で、欲望に忠実で、無責任に他人に甘えるような男の雰囲気がにじみ出ていた。
スクリーンにいたのは、スマートなイメージのある森山未來ではなく、どうしようもなく、ろくでもない、北町貫多だった。まさしくリアルで、それゆえ強いインパクトを残す。

そんな役になりきった、森山未來の演技のすごみに終始惹き付けられた。


と役者に関しては、大満足なものの、筋運びに関しては、どうも合わなかった。
一言で言えば、少し力が入りすぎているように思えたからだ。

たとえばラストの海のシーンなんかはどう見ても、作為が入りすぎている。
見ていて僕は少し引いた。こういう演出って嫌いだな。
それ以外の場面でも、いくつか似たようなことを感じた。

役者に関しては、その力の入り具合が、うまい具合に回転していた。
けれど、筋運びや細かな演出では、それも空回りしているように見える。個人の趣味と言えばそうなんだけど、もどかしい。


ケチをつけたくなる作品ではある。
だけど俳優たちの力により、心に残る作品になりえているのはまちがいない。
俳優とキャラクターの存在感をまざまざと見せつけられる一品である。

評価:★★★(満点は★★★★★)



原作の感想
 西村賢太『苦役列車』
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「崖っぷちの男」

2012-07-11 20:08:01 | 映画(か行)

2011年度作品。アメリカ映画。
ニューヨークの格調高いルーズベルト・ホテルの21階から自殺を図ろうとするニック。彼は元ニューヨーク市警の警察官だったが、30億円のダイヤモンド強盗の罪で投獄されるも脱走、そのビルから投身自殺を図ろうとしていたところを発見されたのだった。次々と野次馬たちが集まって来る中、ニックは警察側の交渉人に女性刑事リディアを指名する。飛び降りると見せかけ、巧みに野次馬の関心を集め時間を稼ぐニックの本当の狙いとは…。
監督はアスガー・レス。
出演はサム・ワーシントン、エリザベス・バンクスら。




「崖っぷちの男」は非常にスリリングな作品である。
つっこみどころは本当にいろいろあるのだけど、細かいこと言っても仕様がないでしょ、と思えるような作品となっていた。


ホテルから飛び降り自殺をしようと図る男が主人公である。
彼の行動は一見不可解だが、どうやらその裏には真の目的、つまりは、向かいのビルの金庫の襲撃にあることが徐々に明かされていく。

周囲の注意をそらすため狂言自殺を行なう男、金庫の襲撃、そして男と仲間がなぜ銀行を襲撃するのかという真の目的などが、並行して語られていておもしろい。
次にどんなことが起こるのか、何をねらっているのか、男の仲間たちはうまく金庫を襲撃することができるのか、など、ワクワクハラハラさせられるのが良かった。

この緊迫感のつくり方は本当にすばらしい。まさしくエンタテイメントだ。


もちろんシナリオには無茶がある。
ご都合主義的で、強引な展開はかなり多いし、ラストなんか、何だよ、それ、と心の中でつっこんでしまうほどに雑だった。

しかし個人的には、それを含めて結構ツボだったのだ。
だから茶化しはしても、文句を言う気にはまったくならない。

僕にとって「崖っぷちの男」は、緊迫感あふれる演出と展開が光る、エンタテイメント性にあふれた一品だった。

評価:★★★★(満点は★★★★★)
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「哀しき獣」

2012-02-01 21:11:23 | 映画(か行)

2010年度作品。韓国映画。
中国延辺朝鮮族自治州でタクシー運転手としてまじめに働いているグナム。しかし、妻を韓国に出稼ぎに出した際に作った借金の取り立てに追われ、さらには妻からの音信も途絶えてしまう。借金を返そうと賭博に手を出し逃げ場を失ったグナムは、殺人請負業者のミョンに、韓国へ行ってある人物を殺したら借金を帳消しにする、と持ちかけられる。グナムは悩んだ末、借金を返すため、そして妻に会うため密航船で韓国に向かう……。(哀しき獣 - goo 映画より)
監督は「チェイサー」のナ・ホンジン。
出演はハ・ジョンウ、キム・ユンソクら。




「チェイサー」がそこそこおもしろい映画だったので、同監督の本作も見てみたが、前作よりも格段におもしろい作品になっている。
ともかくもスリリングでサスペンスフルで、少しの苦みを伴った良質な作品である。


中国に住む朝鮮族の人間が、韓国で暗殺を請け負うという話だが、暗殺以降の展開がすばらしかった。

とにかく手に汗を握る展開の連続で、時間が経つのも忘れてしまう。
「チェイサー」同様の、追いつ追われつの追想劇などは見応え抜群で、映画館のシートをぎゅっとつかみながら、食い入るように見つめてしまった。観客にそんな行動を取らせるほどのすばらしい演出である。
カーチェイスの場面はやりすぎだと思うけれど、映像自体は迫力あるものに仕上がっており、文句をつけても仕様がないという気分にさせられる。


また刃物や鈍器を用いた格闘シーンも血生臭くて、野蛮で、原初的で、大いに目を引く。
その荒々しく、リアリティあふれる演出は、グロいけれど力強く、感心してしまう。

それら格闘シーンで目を引いたのは、敵役のミョンだ。
これがまた異常に強すぎて、少しこわかった。斧や刃物をぶん回して戦う姿はインパクトも大だ。
これだけの悪役を造形した点でも本作はすばらしいと言える。


またプロットそのものも二転三転して、おもしろい。
暗殺シーン以降の展開はどんな着地を決めるのかわからなくて興味をひきつけられる。
一つの暗殺事件をきっかけに抗争が拡大していく様や、暗殺を請け負った男は無事に故郷に帰れるのか、黒幕は一体誰なのかなど、目を引く要素が盛りだくさんだった。全体に漂うピリピリした空気も良い。
しかもそれらが上手く一つの物語としてまとまっており、脚本のセンスの高さを見せ付けられる。


ラストの方もなかなか印象に残る。
あれほど血生臭い抗争の結末が、銀行のシーンにあるとしたら、それはあまりに苦々しいものだ。
何人もの人生を巻き込んでおいて、最終的にはそんな卑小なものなのか、と愕然としてしまう。
その虚しさが、心に残り、忘れがたい。

また原題の「黄海」の意味を教えてくれる。男の結末も本当に苦い。
加えてエンドロールのあまりに皮肉な結末に、暗澹とした思いに駆られる。
しかしそれゆえに、本作は僕の心をゆさぶるような作品になりえているのだ。


韓流と言えば、甘ったるいラブストーリーやメロドラマタッチの歴史物が多いけれど、韓国作品の良さは、こういったえぐさや苦みや陰惨さの中にこそ、かくれていると思う。
「哀しき獣」もそんな韓流の良さを伝える一品である。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)



製作者・出演者の関連作品感想
・ナ・ホンジン監督作
 「チェイサー」
・キム・ユンソク出演作
 「絶対の愛」
 「チェイサー」
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「恋の罪」

2012-01-16 22:41:09 | 映画(か行)

2011年度作品。日本映画。
殺人課の刑事・吉田和子は、ラブホテルで浮気の最中に呼び出され、渋谷区円山町の殺人現場に向かう。そこにあったのは、マネキンと接合された無惨な女性の死体。彼女は私的な興味を覚えながら、捜査を進めていく。専業主婦のいずみは、夫にベストセラー作家を持ち安定した静かな生活を送りながらも、寂しさと虚しさを感じていた。ある日、近くのスーパーでアルバイト募集の貼り紙を見た彼女は、そこで働く事にする。慣れないそぶりのいずみに、スーツ姿の女性が話しかけ…。(恋の罪 - goo 映画より)
監督は「愛のむきだし」の園子温。
出演は水野美紀、冨樫真 ら。




園子温の作品はこれまで「愛のむきだし」「冷たい熱帯魚」の2作品を見てきたが、それぞれ共通するトーンがあるように思う。
それはエログロナンセンスであり、演出が極端であるという点だ。

本作もそんな2作品と共通するものがあるが、中身はその優れた2作品には及ばないと感じた。
それについてつっこんで語る前に、まずお話から整理しよう。


本作では3人の女性が出てくる。それぞれ家庭があったり、社会的地位があったりするが、不倫や売春などのセックスに身を投じている。いわゆる東電OL殺害事件が元になっている。
そんな三人の女性の闇を描く、というのが本作のテーマだろうか。

そういう風に、セックスが重要なキーワードになっているということもあり、本作にはエロい場面が多かった。
実にありがたい話である。

まあそれはそれとして。
彼女らがセックスをくり返すのは自己存在の確認の意味が強いように思う。
たとえば作家の妻の場合だと、最初は抱かれることで生きる意味を見出している部分があるが、やがてその対価として金を得ることで、自分の存在の意味を見出そうと試みている(ように僕には見える)。


そのテーマを補強するために登場するのが、田村隆一の詩と、カフカの『城』だ。

それを要約するなら、
言葉を知らなければ、自分の虚しさのようなものを気づくことはなかったのかもしれない。しかしその虚しさを埋めるものを、彼女らはセックス以外では見つけられず、『城』の主人公のように、人生をグルグルとさまようばかりなのである、と言ったところだろうか。

別にそういうことを言いたいのなら、言えばいいと思う。
だがその主張(言うなれば女性たちの闇だ)を語るに際し、文学的な修辞があまりに強すぎるように思った。
おかげでごてっとした印象を受けてしまい、個人的には物語にうまく入りきれない。
というか、僕としては、あんな言葉を使わなくても充分だったように思う。
そういう点、本作は偉大なる失敗作でもあるのだろう。


しかし人を不安にさせるような殺伐とした演出や、発見された死体が一体誰なのか、など、興味をあおるような演出になっており、おもしろい、と感じることができる。

以前の作品がすばらしかった分、この作品には物足りなさを覚えるが、これはこれでありかもしれない。
一般受けはしないだろうが、園子温らしさを見せつける一品と思った次第だ。

評価:★★★(満点は★★★★★)



製作者・出演者の関連作品感想
・園子温監督作
 「愛のむきだし」
 「冷たい熱帯魚」
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「黄色い星の子供たち」

2011-12-06 20:18:49 | 映画(か行)

2010年度作品。フランス=ドイツ=ハンガリー映画。
すべての始まりは、“黄色い星”だった。当時、ナチスの支配下にあったフランスで、ユダヤ人は衣服の胸に黄色い星をつけることを義務付けられたのだ。11歳のジョーは、黄色い星をつけて学校に行くのが嫌だった。ジョーの母親と近所のユダヤ人たちは、公園や映画館、遊園地などの公共施設への立ち入りが禁じられたことに腹を立てていた。みんな、何かが変わろうとしていることは、わかっていた。それでも彼らはその夜、明日になればまた、ささやかな幸せに彩られた一日が始まると信じて、眠りについた。朝陽ではなく、フランス警察の荒々しいノックの音に、たたき起こされるまでは……。(黄色い星の子供たち - goo 映画より)
監督はローズ・ボッシュ。
出演はメラニー・ロラン、ジャン・レノ ら。




ナチスのユダヤ人政策は言うまでもなく最悪なものなのだけど、それだって、当時の人から無条件で賛成されていたわけではない。
ドイツだってきっとそうだろうし、侵略されたフランスではなおのことだ。
そんなことをこの映画をみると、改めて気づかされる。


ナチスにパリを侵略されたフランス政府は、ナチスにおもねるため、ユダヤ人の一斉検挙を試みるわけだけど、それだって市民は決して支持しているわけではない。
ユダヤ人なんて外見ではフランス人と区別もつかず、ほとんどの人は気づかないわけで、隣人として普通に溶け込んでいるからだ。

だからだろう。パリの人たちの中には、一斉検挙からユダヤの隣人を守るため、彼らなりに動こうとする。
警察が来たときは知らせようと、夜中に外で出張っている人もいるし、せめて子供だけでもかくまおうと、機転を利かせ部屋にかくそうとする人もいる。

ユダヤ人差別はフランスにも確かに存在する。
しかしそうであっても、隣人を守ろうという当たり前のヒューマニティを、多くの人は持っていたのだ。
その事実に、見ていて心を打たれる。


また政府に検挙された後も、ユダヤ人を守ろうと行動する人はいる。
赤十字の看護師はもちろんだし、消防ホースの点検に来た消防士たちもそうだ。
そのときユダヤ人は競技場内に押しこめられていたのだけど、その劣悪な環境を目の当たりにした消防士たちは、軍人の命令を無視して、人道的な対応を取ろうとする。

それはヒロイックな行動ではあるけれど、人間としては当たり前の優しさが出発点なのだ。
それだけに、見ていても心をゆさぶられてしまう。


だが優しさを持っているか否かで言うならば、強制連行する軍人にだって、それくらいの精神は持ち合わせているのだ。
ユダヤ人の少女に対し、いやらしい言葉をかけた軍人も、彼女が逃亡するときは、それを見逃したりする。
また収容所で、ユダヤ人少年をぶん殴った男も、音楽に合わせ踊るユダヤ人たちを大目に見てもいる。
そしてそれを言うなら、ヒトラーだって、身内にはとっても優しかったりする。
どんな人間でも、優しさを見せる瞬間くらいはある。


だがそんな当たり前の人たちですら、状況さえ変われば、人を傷つける側に変わってしまうのだ。
強制連行されたユダヤ人を監視する軍人が、こんな仕事はうんざりだ、とつぶやくシーンがあるが、それがすべてを象徴しているのだろう。
誰だって、それが非人道的だということはわかる。だが自分の暮らしを捨ててでも、その非人道的なことを止める勇気はもてない。

看護師の意見は確かに正当だけど、あの状況下、どれだけの人が、それをひどいことだと声を大にして言えただろう。そしてユダヤ人の大量虐殺を止められただろうか。
パリ市民が見せたように、人にできることは結局のところ、自分のできる範囲で、自分の近くの誰かを守ることでしかないのかもしれない。


ともあれ、心ゆさぶられる作品である。
戦争の愚かさを伝える作品は多くあるが、本作もそんな良質の作品の一つだ。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)



製作者・出演者の関連作品感想
・メラニー・ロラン出演作
 「オーケストラ!」
・ジャン・レノ出演作
 「ダ・ヴィンチ・コード」
 「ホテル・ルワンダ」
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「ゴーストライター」

2011-11-20 18:54:28 | 映画(か行)

2010年度作品。フランス=ドイツ=イギリス映画。
元英国首相ラングの自伝執筆のために出版社より選ばれたゴーストライターの“僕”は、ラングが滞在するアメリカ東海岸の孤島に向かう。その矢先、ラングがイスラム過激派の逮捕や拷問に加担した疑いがあるというニュースが流れる。このスキャンダルは国際刑事裁判という大騒動になっていく。一方、“僕”は溺死した前任者の部屋から、ある資料を見つける。それはインタビューで聞いたラングの経歴を覆すものだった…。(ゴーストライター - goo 映画より)
監督は「戦場のピアニスト」のロマン・ポランスキー。
出演はユアン・マグレガー、ピアース・ブロスナン ら。




スリリングなサスペンスだ。
ちょっと行き当たりばったりな面もあるけれど、興味をひきつけられる構成となっていて飽きさせない。
一言でまとめるなら、上手い作品ということだろう。

冒頭のゴーストライターの前任者の死からして思わせぶりな展開で興味を惹かれる。
その死は事故と片づけられているけれど、どうせ殺人事件なんでしょ、しかも犯人は別に首相ではないんでしょ、というのはメタ的に見ても明らかだ。
しかしそうわかっていながらも、集中力が切れないのは、見せ方が丁寧だからだろう。

とは言え、後半からCIAが絡んでくるところは、おもしろいけれど、ちょっと引いてしまう面もなくはない。
首相のモデルが明らかにブレアとわかってしまうということもあってか、陰謀史観めいた見方をしているように感じられ、醒めた目で見がちになってしまう。
だがラストまで期待をあおる展開は見事だし、最後の真相も予想外で、しかも無理がなくて感心させられる。

とにもかくにも、そつがない映画であった。
幾分そつがなさすぎる点が不満ではあるが、巨匠の上手さを堪能できる作品となっている。

評価:★★★(満点は★★★★★)



製作者・出演者の関連作品感想
・ロマン・ポランスキー監督作
 「オリバー・ツイスト」
・ユアン・マクレガー出演作
 「天使と悪魔」
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「監督失格」

2011-10-05 20:01:10 | 映画(か行)

2011年度作品。日本映画。
生涯200本以上の映画に出演し、35歳の誕生日前日に亡くなった伝説の女優・林由美香。1996年、映画監督の平野勝之は当時恋愛関係にあった彼女とともに、東京から北海道への自転車旅行に挑戦する(この様子は映画『由美香』で描かれた)。最初の1週間は旅のあまりの過酷さに毎日泣き続けていた由美香だったが、ついに礼文島に到着する。その後、恋人同士の関係は解消したものの、彼女の死の直前まで友人としての関係は続いていた……。(監督失格 - goo 映画より)
監督は平野勝之。
出演は林由美香、平野勝之 ら。




「監督失格」という映画は、監督の元カノの林由美香の生きた記録であり、彼女との決別の意味合いを込めた作品ということになるのだろう。
そしてそんな態度こそ、監督失格、なんだろうな、と見ていて感じさせられた。


それについて語る前に、まずお話について順々に述べていこう。

林由美香は、監督である平野勝之のAV監督デビュー作のときの女優であり、元カノでもある。
平野はつきあっていた当時の彼女と、北海道までの自動車不倫旅行を行ない、そのときの映像を「由美香」というタイトルで映画化したことがある。

前半部はそのときの旅行シーンなのだが、それが非常に美しい。
当時つきあっていたということもあってか、リラックスした彼女の姿が見えるし、撮り方にしても、二人の会話にしても、ケンカこそすれ(はたくのは最悪だけど)、基本的には由美香に対する愛情が感じられる。
ラストシーンに使おうと考えていたらしい、まどろみのシーンなどはそのいい例だ。

そんな二人も、映画公開のころには別れてしまう。
だが別れた後も、二人の関係は決して悪くない。連絡はちゃんと取り合っているし、プライベートなつっこんだ相談もしている。
その姿からは、互いの信頼の深さが見えるようで微笑ましい。


だがそんな由美香も、睡眠薬とアルコールの摂取で死んでしまう。
死体を見つけるのは平野と、彼女の母親たちなのだが、偶然にもその死体発見シーンを撮影することとなる。

そのときの映像が本当にすごい。
死体を発見したときのみんなの動揺とか、戸惑い、母親の号泣、冷静になろうとしながらも半分パニくっているような感じの口調など、全員の行動がものすごく生々しくて、こわいくらいだった。犬の動きが、人間たちとは対照的にあまりに無邪気なところも、リアルである。
そこからは人間の生の感情と、行動を、まざまざと見せ付けられ、衝撃的ですらある。
見ている側でさえ、そこまでショッキングだったのだから、当人たちはなおのことだったろう。


そんなショッキングな由美香の死から、5年が経ち、監督は再び映画をつくろうとする。それが本作だ。

そしてこの映画の編集を続けるにつれ、平野は一つの事実に気づくことになるのだ。
それは映画をつくることが、由美香の死を真に受け止め、長い間大事な人であり続けた由美香と別れることにもつながる、ということである。

以前北海道旅行に行ったとき、由美香は、ケンカのシーンで思わずカメラを切ってしまった平野のことを、監督失格だ、と言ったことがある。
意訳するなら、ケンカも映画のマテリアルなのだから、プロだったらちゃんと撮れ、ということなのだろう。

そういう意味、映画を撮っていく過程で気づいた平野の感情は、プロとしては問題があるのではないか、と感じる。それは被写体に対して、情がこもりすぎているからだ。
由美香から見れば、そんな平野の態度は監督失格なんだろうな、と僕は見ていて感じる。
しかし失格でも、その感情こそ、人間なんだろう、とも僕は思う。


ともあれ、一人の女性の生きた姿を、表情と感情豊かに臨場感をもって描いていて、心ゆさぶられる。
今年も残りわずかだが、いまのところ、今年見た映画では、確実に上位に入る作品である。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)
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