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世間は生きている。理屈は死んでいる    『氷川清話』 勝 海舟

2018-02-13 18:50:07 | 人生の生き方
『氷川清話』勝海舟著/勝部真長編(角川文庫)を読む

勝は「正心誠意」を内政ばかりか外政にとっての「秘訣」という。要諦は、国家のために
譲られないことは一歩も譲らず、折り合うべきことは、なるべく円滑に折れ合う、という
当たり前の自立外交のマナーである。相手の意ばかりをはかり、譲るべからざるところまでも
譲る昨今はやりの事勿れ主義の屈服外交とは意を異にすること、いうまでもない。

▲おれなどは生来(うまれつき)人がわるいから、ちゃんと世間の相場を踏んでいるよ。
上がった相場も、いつか下がるときがあるし、下がった相場も、いつかは上がるときがある
ものさ。その上がり下がりの時間も、長くて十年はかからないよ。それだから、自分の
相場が下落したとみたら、じっとかがんでおれば、しばらくすると、また上がってくるものだ。
大好物(だいかんぶつ)・大逆人の勝麟太郎も、いまでは伯爵勝安芳様だからのう。しかし、
今は、このとおりいばっていても、またしばらくすると老いぼれてしまって、つばの一つも
はきかけてくれる人もないようになるだろうよ。世間の相場は、まあこんなものさ。その
上がり下がり十年間の辛抱ができる人は、すなわち大豪傑だ。おれなども現にその一人
だよ。そう急いて仕方がないから、寝転んで待つが第一さ。西洋人などの辛抱強くて
気の長いのには感心するよ。

▲政治家の秘訣は、何もない。ただただ「正心誠意」の四字ばかりだ。この四字によりて
やりさえすれば、たとえいかなる人民でも、これに心服しないものはないはずだ。また、
たとえいかなる無法の国でも、故なく乱暴するものはないはずだ。

▲そこで、まず内政のことにしろ、ひっきょうこの秘訣を知らないから、何事でも杓子定規の
法律万能主義でやろうとする。それは理屈はなかなかつんでもいようが、どうも法律以外、
理屈以上に、いうにいわれぬ一種の呼吸があって、知らず知らず民心をまとめるというふうな
妙味がない。

▲しかしいかに治民の術をのみこんでいても、今も昔も人間万事金というものがその土台で
あるから、もしこれがなかった日には、いかなる政治家がでても、とうていその手腕をほど
こすことはできない。見なさい。いかに仲のよい夫婦でも、金がなくなって、家政が左り
前になると、犬も喰わないけんかをやるではないか。国家のことだって、それに異なる
ことはない。財政が困難になると、議論ばかりやかましくなって、何の仕事もできない、
そこへつけ込んで種々の魔がさすものだ。

▲おれはいつもつらつら思うのだ。およそ世の中に歴史というものほどむずかしいことはない。
元来、人間の知恵は未来のことまで見透かすことができないから、過去のことを書いた
歴史というものにかんがみて、将来を推測しようというのだが、しかるところ、この肝心の
歴史が容易に信用せられないとは、実に困った次第ではないか。見なさい。幕府が倒れ
かかってからわずか三十年しか経たないのに、この幕末の歴史をすら完全に伝えるものが
一人もいないではないか。

▲世の中のことは、時々刻々変遷極まりないもので、機来たり機去り、その間実に髪を
容れない。こういう世界に処して、万事、小理屈をもって、これに応じようとしても、それは
とても及ばない。世間は生きている。理屈は死んでいる。

▲大事業を仕遂げるくらいの人は、かえって世間から悪くいわれるものさ。

ー『人間通になる 読書術・実践編』谷沢永一 PHP新書より

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