超芸術と摩損

さまざまな社会問題について発言していくブログです。

宮崎哲弥のDVD教養主義 連載19 現代においてファシズムは可能か? 『ウェイヴ』

2010-06-09 00:37:45 | 週刊誌から
『ウェイヴ』 2008年劇場公開 2010年4月発売 アット エンタテインメント 3990円(税込)

 あるクラブでの会話。
 一人の若者が問う。「なあ、教えてくれよ。現代に反抗すべき対象があるか? 何もありゃしない。皆ただ楽しけりゃいいんだ。もう僕たちには団結して一緒に目指すゴールなんかないのさ」
 もう一人の若者が応じていう。「いまはそういうご時世なのさ。ネットの検索ワードの一位何だか知ってる? “パリス・ヒルトン”だぜ!」
 思わず「『大きな物語』が潰えてしまった日本の若い世代の嘆きだ」などと短絡したくなるところだが、これはドイツ映画の一場面のやり取りなのだ。
 本作は「現代においてファシズムは可能か」という危ない主題を少し変わった趣向で追究した社会派ドラマだ。
 高校での一週間限定の演習授業。主人公の教師、ヴェンガーは「独裁制」をテーマとした教室を担当する。独裁政治やファシズムを、単なる聴講に留まることなく、自由な討議や実地調査、ロールプレイングなどを通して理解していくというのが趣旨だった。
 初日の月曜、ヴェンガーは「いまのドイツで独裁なんてあり得ない」と嘯く生徒たちに、教室内でファッショ的状況を作ってみることを提案する。彼自身を独裁的指導者に見立て、「ヘル・ヴェンガー」(ヴェンガー様)と敬称を付けて呼ぶ、発言はヴェンガーの許可を要する……などのルールが「皆で、民主的に」制定された。
 初めはあくまでロールプレイング学習のつもりだった。しかし事態は思わぬ方向に転がっていく。
 火曜日には、教室の全員が一丸となって体を動かす運動に快楽を覚え、個人性は団結を妨げる要素だと知る。さらに連帯感を高めるために「制服」が決められる。
 水曜日には「我々」の名前を決議する。それが「ザ・ウェイヴ」。ドイツ語で「ディー・ヴェレ」。本作の原題だ。さらに「波頭」を図案化したロゴも作られた。
 木曜。「ディー・ヴェレ」はすでに教室外にも波及しはじめる。授業ではナチスを思わせる敬礼法が採択される。役割演技と現実の境目がますます薄くなっていった。そして運命の週末を迎える……。
 冒頭に引いた問答は、この授業に参加した生徒二人によるものだ。このような大目的の喪失と漠たる焦燥感を下地とし、そこに社会規範の緩み、家庭の崩壊、格差の拡がり、個人的ルサンチマンなどが塗り重ねられる。そうして完成した絵図は……。
 ドイツで二四〇万の観客を動員したそうだ。人々は個の不安や不満を忘れるため、全体性に熱狂する。対岸の火事か、それとも他山の石か?

文/みやざきてつや 1962年福岡県生まれ。主著に『映画365本――DVDで世界を読む』など。

週刊文春2010年5月27日号
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