ぽせいどんの今日の一枚

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Boracay island(フィリピン) その9

2021-07-07 11:57:46 | 写真 海

怪しげながらなんとか走り出してボートは島の東側へ回り込みました。

 東側は西側ほど開けてませんでした。波の高さが西側と比べて高いような気がします。
 たぶんそれが原因かと。



 なんとかパナイ島に到着 ここでドイツ青年とはお別れ
 トライシクルが出るまでにだいぶ時間がありました。 
 島の少年が寄ってきました。マニラで近寄ってくる者とはだいぶ控えめでした。

 ※現在、手荷物も含めて機内に持ち込めるライターの数は一個だけです。
  が、当時は制限とかは有りませんでした。
  100円ライター(煙草をカートンで購入するとくれましたので実質無料でした)を10個ほど持って行った記憶があります。
  チップをあげるほどではない場合に渡しました。

  最後の一個だったことに気づかずに少年に渡してしまいました。非常に喜んでました。
  小屋はボートチケットを扱っている店のようでした。雑貨屋も兼ねてました。
  そこでマッチを購入することになるとは。


  紫煙をくゆらせながら休憩を取っているとトライシクルの準備が出来ました。



  カティックラン空港です。有刺鉄線を巡らしただけの野原です。
  ゲートも竹竿に手書きの看板をぶら下げただけのものです。
 

 

 アイランドホッピングの飛行機です。往路の機体よりも若干大きいです。
 席について離陸を待ちました。
 エンジン始動。
 ・・・? ・・・?? ・・・!!! プロペラの回転数が左右異なる。肉眼ではっきりと判りました。

 一難去ってまた一難でした。

 エンジン停止。再始動。停止・・・・。
 普通は別の機を手配するでしょうが。それはありませんでした。

 ・・・ ・・・ 離陸 

 以後は写真は無いのですが・・・。

 ホテルに無事?到着
 その夜に知人の友人のフィリピン人がやってきました。
 夕食を御馳走してくれるとのことでマカティのレストランへ
 ドライバーはおばちゃん・・・でも只のおばちゃんではない。
 シートと背もたれの間にコルトガバメントが。
 走行中に前の車が急停止したりすると右手が腰の後ろに伸びた。発砲することはありませんでしたが。

 マカティの通りは都市化が進んで高層建築もけっこうありましたがそれは通りに面した部分だけ。
 信号で停止すると脇道の奥は普通?の民家。薄暗い家の中から凝視する目が見えました。

 日本語の看板を頻繁に視ました。新宿 渋谷 六本木 などなど。
 夜の交差点の角々で花を抱えた少女を何回か視ました。
 花売り娘? こんな時間に?
 後で聞いた話だとうっかり車を停めてちょっかいを出すと拳銃を構えた男が背後にいる場合が殆どだとか。

 レストランの駐車場に到着。
 ライフルと拳銃を所持したガードマンがレストランの入り口まで付き添う。
 レストランの入り口には物売りの類。その中にはひったくり・物乞いの類がいるとのこと。
 ガードマンにチップを渡すこととなるので両者共存?。

 レストランで「寿司」を勧められたが「それは日本に帰ってから喰うので結構」と。
 本当は生物(なまもの)を避けたのですが。
 ここでしか食えないもの・・・映像でしか視たことが無かった椰子の実ジュースをリクエスト。
 「しょうもない物を頼むな」と言う顔をされましたが...。

    
 こんな感じで提供されました。
 よく冷えてました。味は・・・  不味くは無いが美味くも無い。
 一人で飲むには量が多すぎました。殻の内側の果肉を「スプーンで掬って食え」と。美味くありませんでした。
 お薦めできませんが南国情緒は充分味わえます。
 記憶ではその他にマンゴー・ボイルした海老・・・他は忘れました。

 マニラ空港でもそうでしたがトイレに行くと必ず現地の男がいました。
 彼らはトイレットペーパーを管理?していてチップを要求してきました。

 レストランからホテルへ戻るとライフルを抱えた男が・・・。
 「スティ?」
 「イエス」
 「入れ」の意味でしょう。無言で親指をエントランスを指しました。

 一夜明けて  マニラ空港への大通り
 特徴的な車はジプニー。見かけはJeepの後半を大きく延ばした乗り合いバス
 煌びやか、オーバーデコラティブ 一時流行ったデコトラのよう。
 元々は米軍払い下げのJeepを改造されたものらしいです。
 !。私が10年以上前に廃車したカローラリフトバックがまだ走っていた。

 ・・・

 再びのマニラ空港 
 リコンファームは知人の友人がしてくれました。

 ※リコンファームとは、搭乗の72時間前までに航空機予約の再確認を行うこと。リコンファームを行わないと予約が自動的にキャンセルされてしまうことがある。
  予約を行ったものの実際には搭乗しない(ノーショウ)ケースを防ぐための措置。
  到着後の空港や出発前に電話で行うのが一般的。
  日本発着の航空会社のほとんどは、最近リコンファームが不要となっているが、まだ必要な航空会社もあるので、必要か否か予約時に確認することが望ましい。

  当時のフィリピンは必要でした。旅行社のツアーならば自分でする必要も無かったのですが。

  出国 空港内をうろうろしているとガードマンが近寄ってきました。
  「手助けをしようか?」 と言ってるのですがその言葉の後に私の掛けているサングラスを指さし「レイバン、レイバン。プレゼント」
  断りました。

  手荷物検査。
 「バッテリー・バッテリ」とカメラを指さしコインを渡されました。
  乾電池は持ち込めないのが建前のようです。
  電池を抜くとそれを受け取り私のバッグのなかに手を入れて分散して仕舞うかのようでしたが
  電池を自分の物にしてしまうことが多々あるようです。
  電池が無くなると以後の撮影が出来なくなるので眼を離さないでいるとあきらめたように「先へ行け」と言うように促されました。
 
  出獄手続き
  手数料は400ペソだったような気が
  ペソは持ち帰っても日本では使い道が無いので500ペソだけを残して使い切ってました。
  100ペソあれば手続きが終わって登場する前にドリンクの一本くらいは飲めるだろうと。
  しかし「サンキュー」とにっこり笑って釣銭をくれませんでした。

  現在のフィリピンはどうか判りませんが当時のフィリピンは治安はかなり悪く私の滞在中に邦人が殺されました。
  犯罪者が逃げ込む(高跳びする)定番の国でもありました。

  マニラ上空でジェット戦闘機が演習しているのも視ました。

 ※追加 ジェット戦闘機は撮れませんでしたが、たぶん軍用のヘリコプターです。最終日に撮影。 07/12

  いろいろありましたがどうにか日本に帰ってきました。

  この旅行でかなり鍛えられました。しかし、お薦めはいたしません。

 

  このボラカイのネガと一緒に数か国のフィルムが見つかりました。
  次はハラハラドキドキの無い国を考えてます。

 

   ※追伸 ボラカイは今日で終了して次は何処にしようかとネガをチェックしていましたら
      ボラカイのネガがもう少し見つかりました。
      明後日あたりに残りを一気にアップロードいたします。
      何齣かは「Boracay island(フィリピン) その1~9」へ挿入して記事を加筆訂正などするつもりです。
      宜しかったらもう一度ざっと目を通してください。

      それが終りましたら 「MALDIVES」モルディブを掲載いたします。


 
 

 

 
 
 



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