『笛物語』

音楽、フルート、奏法の気付き
    そして
  日々の出来事など

フルート奏者・白川真理

ため息

2024-06-19 00:15:37 | 気付き
  • ギリシャ神話のパンとシランクスの話は昔から知っていた。

    小学生の頃、親から与えられていた少年少女世界の名作文学全集のギリシャ神話に様々な変身物語も載っていた。

    毎月1冊届くのだったかな?
    とにかく楽しみで、表紙は世界の名画になっていて、名画と画家の名前を自然に覚えられるようになっていた。文章も読みやすく、漢字には全てルビがふってあったので、一人でもどんどんと読み進めることができた。
    自室で夜、母が確認しに来た時、息をひそめて眠ったふりをし、去った後スタンドをつけて、この本を読むのが一番の楽しみだった。

    この50巻くらいの全集はずっと家にあって、大きくなってからも読み返していた。
    ある意味、私の教養の全てといっても良い本だった。

    でも、高校2年の時、父が亡くなり、大学入学と同時に、祖父の住む西鎌倉に引っ越すということになり、その折に全て処分した。父のコレクションのハヤカワミステリのSFの本などもみなこの時にお別れ。ちょっと後悔している。こちらも愛読していたのだけれど。

    今もあるのかな?と検索してみて、アッと驚く。
    こんな値段になっていたとは・・
    https://item.rakuten.co.jp/skymarketplus/b000jbppjg/

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


    すっかり話題が逸れてしまいましたが、このギリシャ神話の変身物語をまとめたのが、オヴィディウスということを教えていただいたのは、ミュンヘンでお世話になったマリアンヌ先生からでした。

    ドビュッシーのシランクスのレッスンの折、パンのため息がシリンクスが変身した葦の束にあたって美しい音を奏でたというお話の後、こう仰った。

    「そしてね、mari、この御話しは、笛の音の原点を教えてくれているの。パンのため息で脚が鳴ったように、笛(フルート)は、ため息で響くのよ。コントロールされたため息で!」

    その言葉の意味がやっとわかった!?
    と思えたのは、フィンダ先生に御教えいただいて、当て位置が下がり、それに伴って息の方向も下になった時だったか?なので、もう25年くらい前?

    そして、植村先生、甲野先生のお陰で、どんどんと進化し、さらに息の方向は下に。

    なので、生徒さんにも、息の方向性としての「ため息」の話しかしてこなかった。

    つまり、何もわかっていなかったのだ。

    それが今回、ようやく、一か月くすぶっていた風邪が抜けてから気付く事が出来たのでした。

    ため息と吹く息では、息の出処も、質も温度も何もかもが、もう全然違うじゃない!?

    そして、それは2010年頃に気付いた「息を止めない」にも通じていた。
    なんで、あの時気付かなかったかなあ・・・

    息を止めたら深いため息は出ないでしょう?

    そして思い出すのは、よく植村先生が仰っていた言葉。

    「フルートはね、吹けば吹く程、鳴らない楽器だよ。」

    ロットのこととばかり思っていたけれど、ロットはもちろん、普通のフルートも、管楽器も、そして、歌、弦、ピアノ、もう全ての演奏者、パフォーマーに通じる言葉だったな、と認識。

    気管支や喉にずっと嫌な感じがあったので、あまり吹かなかった一か月だった。
    それでも吹きたい!と思った時に吹くと、練習時間は激減していたし、体力も落ちているはずなのに、調子が良いのが不思議だったけれど、喉に障るといやだから吹かなくなっていた、ということなのだと思う。

    ・・ああついつい「吹く」といってしまうのでややこしい・・・

    吹く息で吹くと息は浅い。
    ため息の息で吹くと身体の深いところから吹くことが出来る。

    ため息の息にすれば、喉に障らず、喉もさほど乾かず、何よりブレスが楽で、よりロングトーンも伸びる。

    それもウォーミングアップなしで最初から。

    ため息するためにウォーミングアップは必要ないもんね、ってことで。

    ただ、より深いため息をつくためには、それなりの身体も必要なのだろう。
    私はまだまだ、伸びしろ沢山かと思う。

    少なくとも、肩が上がっていたのでは、もう「吹く」しかない訳で。
    そして、それは肩、身体だけの問題ではなく、心、つまり、どう感じ、どう考えるか、ということがとても関わってきているように思う。
    心の「肩」が上がってちゃだめだろうね、と思う。

    植村先生が「もっと人間を磨け」と仰ってくださっていたのは、実はこのあたりの技術を伝承するには、結局はそこしかないから、ということだったのかもしれないなあ、と今、この文章を書きながらツラツラと考えています。




二頭の蝶 追記

2024-06-01 22:49:16 | 気付き
そういうことだったのか?

という気付きも、多分その時々のもので、また変化していくのだろうけれど、今回の二頭の蝶の向きを揃える、という気付きで吹いていると、

「そうだったのか!?」というものが諸々浮かんでくるので、記録。

まずは、『趺踞(フキョ)』。
 
そして

『虎落(モガリ)』

骨盤を蝶形骨の向きに揃えようとして動かすと、結果、これらの型になっていく。


更には、笛を吹くクリシュナの恰好とか。
これも、片足奏法、というよりは、フキョやモガリの延長というか、同じではないか?

骨盤の取り扱い方というのは、奥が深そうで、ここで一知半解的なことは言えないけれど、これらに共通する身体感覚を、今回の『二頭の蝶』で感じることが出来る様になったのは大きな収穫だった。

二頭の蝶

2024-05-26 21:51:35 | 気付き
久々のレッスン、久々のフルート。

健康が戻るって、なんて幸せ!?と病み上がりの時は思うけれど、すぐに喉元過ぎればで忘れてしまって、遊びすぎたり、練習しすぎたりして、病気になっている気もします。
いい加減に学習すればいいのに、とも思うけれど、後、何年元気でいられるのだろう?と思うと、以前よりも遊ぶことへの意欲は増えているかもしれません。

とはいえ以前より回復に時間がかかるようになっているのは確かなので、ここでこじらせては、といくつかの遊びの予定をキャンセル。

一つは6月2日にある高校の同期Gくん主宰の花火大会。
コロナ禍の時は中止になっていたけれど、彼が住むタワマンから横浜港の花火が良く見えるということで、毎年、同期の男女取り混ぜ10人前後で集まっていたもの。

Gくんは仕事は既にリタイアし、訳あって、今は独身。
何より、凝った料理が、これまた上手で、5年ぶりの花火宴会、とても楽しみにしていたのだけれど、ここで遊んで体調崩して、翌週の東京玉翠会総会での企画進行パートチーフとしてのミッションが遂行できなくなったら、大変、ということで泣く泣く断った。

バンド仲間「瀬戸内キャンディーズ」のHちゃん、Kちゃんとも久しぶりに会える、と楽しみにしていたのに。

お休みした音楽家講座の時に着る予定だった、夏塩瀬を着ていく予定だったのに・・

その連絡をした後のレッスンの最中、いつもより、しっかりと課題をやり込んできたのが良く分かる生徒さんの基礎を見ていて、あ!と思った。

昔はそれほど感じられなかった違和感多数。

「あ、ちょっといいですか?」

生徒さんは何故止められたんだろう?と怪訝な表情。

「すみません。いや、どこも悪くないです。ただ。ちょっとここをこうしてこうやってみてくださいますか?」

と気になった腰のポジションを修正したところ、ポーンとよりクリアで響く深い音になったのでした。

なんとなく気になってなんとなくご助言しただけなのだけど、そのあまりの違いに二人共びっくり。

「ちょっと待ってね。これ今思いついたんで、私もやってみるからね。」と今行ったことを自分でも修正したところ、生徒さん同様に、ポーンと出た。

「全身で手順を踏んだソの字立ち」
「ティーポットの気付き」
「2本脚で、合計足裏3点で立つ(これはやってるつもりだけだけれど、確実に違う)」
に加えての新たな気付きは蝶。

「そういえば蝶々って何羽?何匹?どっちだっけ?」と聞いたら、私よりも博学の生徒さんは「何故か知りませんが、蝶々は一頭、二頭、と数えるらしいですよ。」

まさに今回の気付きにもぴったりの数え方。

「二頭の蝶々の向きを揃えましょう!」

そもそも、甲野先生に抜刀術を教えていただいた瞬間、呼吸が深く、刀が軽くなったことに驚いたのが、私の奏法の変遷の始まりだった。

抜いた刀がそのままフルートに見えて・・・

当時専門誌の連載や「身体から革命を起こす」にこの新たな気付きと構え方を掲載したけれど、業界からは軽くスルー・・だった気がする。
そう、人ぞれぞれだしね。

でも、この体幹をねじらない構というのは私にとっては、まさに革命的出来事だった。

そう。足首、膝、股関節を駆使してフルートと身体が並行するように構えるやり方。

これは今も変わらないのだけれど、大きな落とし穴がまだあったことを本日自覚。

そう。確かに「体幹」はねじれなくなった。
でも、落とし穴はその体幹の外側、首との関係を取り持つ頸椎だった!?

昔、某身体系のインストラクターという方の講習会に参加したけれど、そこで「はい!あとは首だけこっちに向けて」とあって、心の中で「ハテ?それは違うのでは?」と思ったことがあったのだけれど、いわば50歩100歩だったということだ。

今日のレッスンで気付けたのも、おそらく、能楽堂会議室で、甲野先生の動きをみた瞬間に、スーっとしみ込んできた、あの印象のお陰か、とも思う。

まだ捻じれていたのは頸椎だった。

風邪で、後鼻漏みたいになり、鼻ばかりかんでいたのも影響しているかも。
大丈夫か?とネットで頭蓋骨の絵などみて、鼻腔周辺が、どうなってるの?と見たりしていた。
この頭の中にいる蝶々、その名も「蝶形骨」と、もっと大きな蝶々である「骨盤」の向きを揃える。

揃える時に役に立つ、というか必須なのはあの「見返り美人」
これも懐かしい構え方で、動きの基本になっているので、最早意識に上ることもなくなっていた構え方。

ソの字立ちで楽器を構えて、そのまま吹くだけでも、素晴らしい変化があったのだけれど、これだと、まだ頭の向きと骨盤の向きが僅かだが違う。

ということは頸その分椎が捻じれて負荷がかかっていた、ということ。

それを骨盤の向きを「見返り美人」を使って顔の向きに揃えてやることで、別世界に。
頸椎のねじれが取れて、肩の負荷が減る。
まさに、「肩の荷を下ろす」である。

骨盤を動かすことで、頸椎だけにかかっていた負荷が背骨全部に散る。

「部分でねじらないために万遍なくねじる」

わかりにくくて申し訳ないけれど、この言葉が一番適している。



気付き

2024-05-10 00:16:07 | 気付き
おそらく、とても久しぶりのフルート奏法に関しての日記。

この間、変化がなかったという訳ではないのですが、「ソの字立ち」と「ティーポット」の気付きに比べたら、どれも末梢的な些細なものに感じられて、あまりときめかなかったので、そのままどんどんと流れていった、という感じ。

それが、甲野先生と能楽師・加藤眞悟氏との対談の日、久々に大きな衝撃とそれに伴う変化がありました。

それは甲野先生の「無構えの構え」を見たから。

以前も、この構えの動きは音楽家講座でも何度も披露してくださっていたのですが、今回のものは、それまでと全く違って見えたのでした。

音楽家講座は仕切る務めもあるので、どうしても周囲への集中の方が多くなるせいか、とも思ったけれど、それだけではないと思う。

明らかに甲野先生の動きの質が激変していたからだ。

それ以前もとても滑らかな角のない動きと思っていたけれど、あの日の先生の動きはゲル状の何か、アメーバとかウミウシみたいなものが空中で動いているような、とにかく見たことのない動きだった。

細かい多面体の角すらみな取れて球体になった、というような感じ。

だからこそ、これまで見ていても見えていなかったことが見えた!?
と、勝手に思っているだけかもしれませんが、フルートを構える時の滞りがかなり減って、より循環するようになった。

「ソの字立ち」というのは、ザツに、その結果としての形状だけを真似しても、大きな効果があるのだけれど、丁寧に全身を使って作ることで、よりとんでもないものになる。

とはいっても私のものは、まだ角があるゴロゴロとした立方体レベルなので、これをより多面体構造に、そして、最終的には超多面体に。そしていつの日か、球体に。

最初に左手を刀の柄に添えて構え始める。

これがヒントになって、動きを連動させることが出来た。

以前も上半身と下半身の連動は工夫していて右手を掬い手にして楽器を移動する時に右足も前に出していたのだけれど、これだと左半身に滞りが残り、それが左手人差し指付け根付近の力みに繋がり、色々と悪さをしていたことにようやく気付く。

これまた音楽家講座でも何度もお話くださっていた左手に関してのお話がようやく入ってきたという感じ。

民からその功績を讃えられる王というのは2番目に素晴らしい王。
では、最も素晴らしい王とは?
その存在は知っていても何をしているかわからないと思われている王である。

という老子の教えを引いて説明してくださっていた左手の取り扱い方。

【太上下知有之  其次親而譽之  其次畏之  其次侮之

 信不足 焉有不信 悠兮其貴言 功成事遂 百姓皆謂我自然】


ちなみに3番目は恐れられる王、4番目は侮られる王。

・・・・・・・・・・・・・・
もう一つは、リバイバルというか、同じ気付きでも、「ソの字立ち」と「ティーポット」で変化したことに伴う変化。

ずっと前は「鼻の裏」その後「脳に突き刺す」になっていた息の通り道の感覚が、

「ミイラ作り」に。

食事中の話題には不適切だけれど、19年のエジプト旅行での気付き。

脳みそを鼻の穴から掻き出すという・・・

そのルートを意識した方がなんといっても鼻の穴は息の通り道なので、ずっと良い。





手段と目的

2024-03-05 17:21:09 | 気付き
2月18日の音楽家講座特別企画の時の甲野先生との交流はいつにも増して、久々だったこともあり、より濃厚なものでした。

それ以来、考えていたのは「手段と目的」に関して。

よく恩師・植村泰一先生が注意するともなく、仰っていた。

「手段と目的はすぐに入れ替わっちゃうから気を付けていないとね。」

これは、母校の同窓会、東京玉翠会の企画運営の時にも感じたことだけれど、「簡素化」をモットーにやってきたけれど、あくまでもそれは「手段」であって、目的は「持続可能な東京玉翠会」にすること。簡素化はそのための手段にすぎない。

一歩引いて俯瞰することの出来る同窓会運営では、そんなことはすぐにわかるのに、本業であるフルートでは中々そうはいかない。

もうとうに還暦も過ぎ、半世紀以上もやってきているというのに、未だに「良い音だしたい」「上手くなりたい」がすぐ目的になってしまう。

じゃあ、そもそも目的は何?と改めて自身に問うと、これまたよくわからない。

強いていえば、「楽しく生きるため」かも。

この自分にとっての「楽しく」をどこまで掘り下げていけるか、ということになるのではないかしら。

とかいいつつ、先日も大きな変化があったので忘備録。

レッスンの時に口走っていたもので、やはり生徒さんを教えるというのは有難い。
「自分のことはわからなくても、人のことはよくわかるからねえ」とこれまた師匠はよく仰っていた。

それまでは、ハミングみたいに、鼻裏を通して、と言っていたのだけれど、今は

「脳に突き刺して!」

と言っている。