映画食い倒れ。

~映画は人生のデザートです~

個人的覚え書きのため、たまにネタばれありです。

『マディソン郡の橋 〜The Bridges of Madison County〜』

2023年12月20日 | 映画~ま~
1995年 アメリカ映画






公開されたのは高校生の頃で、ずいぶん話題になっていました。当時通っていた英会話学校で、2歳年上の高校生だったクラスメイトがえらく感動したらしくこの映画を推していたのですが、10代半ばだった私は「不倫映画の良さを、17歳がわかるわけがないだろう」と鼻白らんで見ていたのを昨日のことのように思い出せます。

私がこの映画を観たのは、多分大学生の頃だったと思います。

20歳を過ぎていても、この映画の良さや伝えたかったことは当時の私には届かなかったし、それを理解できるだけの人生経験なんてあるわけがありませんでした。確かに「好き同士なのに結ばれない二人」の関係に涙はするのだが、それ以上でもそれ以下でもありませんでしたし、どうしてこの作品がこれほどまでに取り上げられたのかもわかりませんでした。



数ヶ月前に、この映画がBSシネマで放送されており、なんとなく録画したままになっていたのを観ました。


ただの不倫恋愛映画だと思っていたこの作品には、人間らしさが詰まっていました。

その人間らしさとは、「人生には自分たちでどうにかできることとできないことがあること」で、この映画にはそれが散りばめられていました。




私は個人的に、「運命の人」は人生の中で何人も出会うと思っています。
何を持って運命と呼ぶかにもよりますが、私の中では恋愛相手に限定したものではなく、歴代の恋人や友人や同僚や同級生、家族たちも含まれている。人生の節目に関わった人、長く付き合いのある人、ほんの一瞬でもその後の人生に大きな影響を与えた人…。


しかし、おそらく一般的には、運命の人とはソウルメイト的なパートナーのことを呼ぶのでしょう。


出会ってから一緒に過ごした時間の長さに関係なく、一瞬でお互いを分かり合える、お互いを自分の人生の一部だと感じる相手というのが世の中には存在します。







映画の中で印象的だった写真家ロバートのセリフ。


”We are hardly two separate people now..."

「僕たちは二人のバラバラの人間じゃない。人生を賭けてこんなふうに感じ合える出会いを探し続けても、出会えずに人生を終える人もいる。そもそもそんな相手が存在しているとも思っていない人もいる」

「これまでの人生は、君とのこの4日間のためにあったんだ」

(どちらも意訳)




これだけなら、ただ恋愛に燃え上がってしまった二人のセリフとして片付けられるし、前回見たときに20代前半だった私はまさにそんな感想を持っていました。


今回あらためて見返してみると、結局二人は4日間を共にした後に別々の人生を歩むことを決めるのですが、直接会うことはなくても生涯を通じてお互いを思い続けていました。

ロバートが亡くなったときには、フランチェスカに愛用のカメラと一緒に過ごした4日間を収めた写真集が弁護士経由で送付され、フランチェスカは自身が亡くなる前に、子供達にロバートとの関係を記した日記を残し、思い出の橋に自分の遺灰を撒いて欲しいと頼んだのです。



初めは母の「不貞」を受け入れられず拒絶反応を示した40代になっていた息子や娘も、母の日記を読み進めていくうちに意識が変わっていきます。



母はロバートを想いながらも自分たちを愛を持って育ててくれたし、父に対しても同じで最期まで看取ったという事実を子供達は理解したのでしょう。
「家族以外の好きな人がいること=家族の誰よりもその人が大事で家族を裏切る行為」ではなく、ロバートを愛しながらも家族も愛していたこと、その家族への愛情がロバートとの関係で減ることがなかったこと、むしろ家族のためにロバートと一緒にならない選択をしたこと。さらにいうと、自己犠牲の精神から家族を選んだというよりは(当初はそれがあったかもしれないが)、家族・子供達はフランチェスカにとってかけがえのない存在だったことが、子供たち二人にも通じたということなのだと思います。

妻であり母であることを全うしたフランチェスカの告白に、子供たち二人が人生を見つめ直すきっかけを与えられた事がどれほどに大切なメッセージであったか。



そして、ロバートとフランチェスカは、再び出会うことはなくとも、ただ互いが存在しているというだけで互いに救われていたのでしょう。


これは私の理解だが、映画の中でロバートが言う「古い夢は良い夢だ。実現しなくても、見て良かったと思える」(意訳)とは、フランチェスカとの出会いのことを言っているように思えた。一緒にはなれなくとも、出会えたことが二人の生きる希望であり宝物になっていたのだと思います。






そりゃ、二十歳そこそこではわからなかったよな…、と今あらためてこの作品が話題になったことの意味が理解できるようになった気がします。



最後に、映画でとても印象的だったのが、ロバート(クリント・イーストウッド)の目の輝きです。
役柄では52歳の写真家ですが、フランチェスカと出会い喜びに満ちたロバートの目は輝きを増して、少年のように素直で純粋でキラキラとしていました。一つだけ好きなシーンをあげるとしたら、ロバートの目の輝きかもしれません。





(あと、全くの余談ですが、もしこの映画がリメイクされるとしたら、息子・娘役もそこそこ有名な俳優が演じるのではないかなと思いました。
この映画は90年代の作品ですが、昔って主人公以外の脇役って本当に見たこともないような俳優たちが配役されることが多かったように思います。その為、主役たちとの演技力の差が歴然で、脇役シーンになると一気に安っぽくなってしまうことがあったり。でも最近って、ほんの短いシーンや脇役でも、かなりの有名俳優たちを使うことが増えた気がしています。)





おすすめ度:☆☆☆☆☆

「マッチポイント ~Match Point~」

2009年01月30日 | 映画~ま~
2005年  イギリス映画


ウッディー・アレン監督、スカーレット・ヨハンソン主演のサスペンス。ウッディー・アレンの映画って、たぶんまともに見たことあるのって「アニーホール」のみ。主演のダイアン・キートンがキャラクターもファッションもとても魅力的で、男女が出会って別れるまでを描いた物語なんだけど、その表現法も面白くて楽しめた覚えがあります。

でもそれ以外のアレン・フィルム『ハンナとその姉妹』『世界中ガアイラブユー』は苦手で何度か手を出したけど(5年以上前)途中でギブアップだったり。アレン独特の単調なテンポに飽きてしまうのよね。好きな人は好きなんだろうけど。


で、なぜか見ることになったマッチ・ポイント。スカーレット・ヨハンソンが好きなので、彼女がアレン映画の中でどう撮られているか興味があった。映画は、まさしく「アレン映画」でスロースタート。全然テンポが上がらない。たぶんひとりで見てたらまた途中で止めてたと思います。もちろんそのゆっくりなテンポの中でだって物語は進んでいくし、いろいろな展開があるのだけど、間延び?たぶんこれがアレンのリズムなんだけど、私が楽しめるリズムではないのね。映画館で見てたら、確実に寝てた。断言できるわ。


これだけ、展開が遅いとか間延びとか言ってるけど、忘れちゃいけない。これ、サスペンスなのよ。こんなに緊張感のないサスペンスも珍しいと思うんだけど、でもサスペンスなの。私的に物語が動き始めたのは、最後の30分(遅っ)。


ああ、なんだか今になってはスカーレット・ヨハンソンの色っぽさしか覚えてないわ。クラシカルな洋服、女性らしいファッションがものすごく似合うのね、この人。若いんだけど、艶があって落ち着きがあって。そらこんな人が身近にいたら、私が男だったらメロメロになるわ。この映画の魅惑の女性としてぴったりなのね。

あ、そうそう、全然内容について触れてなかったけど、彼女の存在が男性を惑わし、彼の立場を危うくさせてしまうのね。彼女が物語の核なわけ。たまに映画の中ですごく納得のいかない「魅惑の女性(もしくは男性)」がいるんだけど、彼女はまさに!なのよ。え?具体例??ええっと、『トロイ』の中でオーランド・ブルームの彼女?運命の女?役の人。この人がいたがためにトロイの中で彼らは国を捨てて逃げることになるんだけど、まぁ納得のいかない「運命の女」なわけよ。見た目がね。いや、美人なんだけど・・・魅惑的には映っていないのよ。もう、いいんだけど。


ということで、この映画の私的見所はスカーレット・ヨハンソンの魅惑オーラでございます。若いのにすごいわ、あの人。


この映画、アメリカ映画だと思い込んでたら、イギリス映画なのね。へ~。




おすすめ度:☆


『マンマ・ミーア!~Mamma Mia!~』

2008年12月30日 | 映画~ま~
2008年 アメリカ映画

イギリスでは2008年7月10日から公開されているこの作品。なんと12月24日のクリスマス・イブでも上映されている映画館があるくらい大ヒット。11月下旬にはすでにDVDが発売されているにもかかわらず、です。ウィキペディアによると、それまで『タイタニック』が持っていた観客動員記録を破り、最高のヒット作となったそう。

・・・にもかかわらず、私がこの映画を見たのは飛行機の中。身近でこの映画を見にいった人は皆「面白かった」と言っていたのですが、なんとなく足が向かなくて。ミュージカル映画がどちらかと言うと苦手なのよね。「今歌わなくてもっ!」とか「ここで歌いだすんかいっ!?」という、歌と映像がかなり無理やりひっつけられたような居心地の悪さを感じることが多いのよね。もちろん見ていて楽しめるミュージカル映画も多数あるのだけど、そうでないものも多くて、そういう映画って見ていて辛くなってくる・・・。だから、ちょっと躊躇してたの。

そして、実はメリル・ストリープに若干苦手意識を持っていたというのもあり、「ミュージカル+メリル・ストリープ」のあわせ技に怖気づいていたのでございます。思い返してみると、彼女の映画って結構見ていて、中にはかなり楽しんだものもあるのだけど、どうも『マディソン郡の橋』とか『恋におちて』、『マイルーム』『クレイマー・クレイマー』の中で見せた、秘めた強さはあるのだけど表には出さず、女性的でどこか自分を押さえ込むような感じの役・・・と言うのが私が持っていた彼女の演技のイメージ。どの映画でも同じ印象というか。前に見た『プラダを着た悪魔』は全く異なった役だったけど、彼女にぴったりだったという印象は私にはあまりない。なので、なんとなくメリルが苦手だったのです。


それが!それがよ!!!これは全く持って私の個人的意見だけど、この映画、メリル・ストリープの主演作の中で一番いい!!!メリルが輝いてる!!!!!苦手としているミュージカル映画なんだけど、歌の展開に無理やり感があまりなく、むしろ楽しさを倍増させていてみているほうが笑顔になってしまう。ミュージカル用の楽曲ではなく、ABBAの曲、一度は聴いたことのある曲が使われていると言うのもその理由の一つ。コンサートでも舞台でもラジオでもテレビでも、知っている曲が流れたり使われたりしたら誰だって嬉しくなるように、それは映画でもそう。一度でもABBAの曲を聴いたことがある人なら、余計に楽しめる。そして映画のテンポもいいし底抜けに明るい。


これまでに見たことのないメリル・ストリープの表情が楽しめます。今年の秋にテレビで放送されていた彼女のインタビューで今年58歳と言っていたけど、その年齢でこの映画の主役のオファーが来ると言うのは女優冥利に尽きるんじゃないかと思う。役柄の設定上、若すぎてもできないし、40代半ば~50代半ば位の年齢が適齢だと思われるけど、実際主役を演じたメリルは58歳。女優としてこれまでキャリアを積んできて50代以上の年齢になった時、ミュージカル映画の主役として走って飛んで歌って踊って、色恋沙汰があって、しかも主役・・・これって女優と言う職業いついている人なら誰もが手に入れたいと思う役柄なんじゃないかと思う。ただ若いだけ、スタイルがいいだけでは絶対に手に入らない、これまでのキャリアを必要とし、しかもその年代の女性が主役の映画なんて本当に数が少ない。

メリルのことばかり褒めちぎっているけど、ほかの俳優たちもものすごいはっちゃけぶりで、見ているほうがノッてきます。メリルの娘ソフィー役のアマンダ・セイフリードが結婚を控えて、さらに自分の本当の父親を探し出そうと本当にキラキラ輝いていて、抜群の存在感。こんなにワンピースの水着を健康的に、しかもセクシーに着こなせる人、なかなかいません。ほんとに、似合ってるの!何でも露出すればいいってもんじゃないのね、と妙なところで納得したわ。フィアンセのスカイ君(ドミニク・クーパー)の人懐っこくて好青年ぶりもたまらなくいいし、メリルの親友のロージー役のジュリー・ウォルターズは『リトル・ダンサー』の何処となくすれたバレー教師とはまた違った役柄で驚かせてくれる。もう一人の親友タニア(クリスティーン・バランスキー)って、いろんな映画でちょくちょくみる女優さんだったけど、こんなに歌って踊れる人だったとは!調べてみて納得、ブロードウェイ出身でした。

コリン・ファースはいつもどおり、どこかお堅いのだけど憎めなくて、ピアース・ブロスナンはずっと苦手だったけど(ブロスナン苦手の説明は『007慰めの報酬』をチェック!)、いい感じに枯れてきて白髪混じりの髪や目じりの皺がいい感じに彼の「男前」具合を中和させてくれてます。もう一人の父親役のステッラン・スカーシュゴードと言う俳優さん、見たことがあるような気もするけど思い出せない・・・と思っていたら、いろんな映画で拝見していた様子。『ズーランダー』『グッド・ウィル・ハンティング』『キング・アーサー』そして最近では『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズにも出演していた様子。と言われても、あの人かなぁ?というおぼろげな記憶しかありません。

前半から中盤にかけてテンポよく話が進み、後半、特にエンディングはちょっと私の好みではなかったのだけど、「まぁミュージカルだし、コメディーだし」と大目にみても大いに楽しめます。全然期待していなかったのに意外に面白かった。これ、私の周りで見た人のほとんど(いや、全員)が言っていた感想です。私もそれに一票!燦燦と太陽が降り注ぐギリシャの小さな島というシチュエーションがぴったりです。だまされたと思ってみてみてください。意外に良いです!エンドロールの映像、最高です!!!これを見て父親役3人衆がさらに好きになりました。

日本では2009年1月30日から公開。


おすすめ度:☆☆☆☆

「もののけ姫」

2008年04月23日 | 映画~ま~
1997年 日本映画

いわずも知れた、長編アニメーション映画の大作です。この映画、1997年ということは、『千と千尋の神隠し』よりも古いんですね。なんだか意外です。

宮崎さんの描くモンスター…といったら語弊がありますな。ええっと、なんといいますか…巨大生物?特に人間の行いが原因で戦うことになったものたち。『もののけ姫』でいえば呪いをもらってしまったタタリガミ(祟り神?)、『風の谷のナウシカ』でいうとオウムとか。ものすごくグロいですよね。心をざわつかせる様な、かなり直接的な気色悪さをあえて出してくる。宮崎監督の姿勢の表れともいえるのかな。でもこれ、テレビアニメだったら苦情とか来ないのかしら。「表現がきつすぎる」とか。この場合は映画だし、宮崎監督=権威だからこないだろうけど。

この映画を観るたびに、ものすごく申し訳なく、身につまされる思いに駆られます。ほかの動物や植物のことは良く知らないけど、世の中の連鎖を乱しまくっているのが、人間。映画の中でアシタカが何度も「森と人間が共生する道はないのか?」と問うているけど、その答えは見出せないまま。モロ(山犬)には「アホか?」と一蹴されるし。でも、現在の地球上の出来事を考えてみても、人間は破壊こそするけれど自然やその他の動植物が生活する助けには全くなっていないものなぁ。今でこそリサイクルじゃ、再生じゃと歌っているけど、壊してしまったから、限界に来たから動き始めただけで。それでもやっぱり生きていくしかないわけだし、「人間が存在すること=地球を破壊していくこと」…とは等式で言い切れないかもしれないけど、どこか認めざるを得ないことのような気がする。

私が『もののけ姫』を魅力的に感じる理由のひとつに、登場人物たちの描き方がある。正義の味方と悪者というとおり一辺倒ではなくて、人間のもつ多様性、一人の人間のさまざまな顔、また立場によってその人への評価や見方が異なるということを見事に描いていることに、本当に感心する。その中でも特に好きなのはエボシ。タタラ場のリーダーで、鉄を製造するためには山も切り崩すし動物たちも皆殺しにする。製品や材料、食材を運ぶ牛飼いの命だって、仕事と天秤にかけ見殺しにもする。反面、偏見をもたれていた皮膚病(ハンセン病だと思う)患者たちの世話をし、仕事も与える。売られた女性たちを保護し、タタラ場で仕事を与える。とにかくタタラ場での彼女の存在は絶対であり、尊敬を集めているように見える。アシタカに助けられ命拾いした牛飼いたちへも、実際は見捨てたわけだが、「私がついていながら、すまなかった」と本人、その妻に謝る。そう言葉に出し詫びることで、彼女への尊敬や信頼は失われず、皆が彼女についてくる。しかしジバシリたちにはうまく使われてしまったり。

アシタカがタタラ場を去る際の牛飼いの長の言葉にも、名前もわからない一人の登場人物だが彼の性格や人となりを表していてとても印象に残っている。この牛飼いの長、声は名古屋章だったのですね。今ウィキペディアで知りました。

それにしても声優陣がものすごく豪華。川に落ちエボシに見捨てられた牛飼い・甲六は西村雅彦。ぴったりです。こういうアニメの声優に選ばれる、って俳優冥利に尽きるでしょうね。

正直、シシ神の昼の姿に少々脱力しましたが(笑)、とても興味深く引き込む力のある作品。娯楽作品ではないので、内容は重いですが見る価値のある一本です。


おすすめ度:☆☆☆☆☆


「ミス・ポター~Miss Potter~」

2008年04月22日 | 映画~ま~
2006年 アメリカ・イギリス映画

一度記事が完成したのに、ネットの接続がどうもよくなかったらしく消えました…むきーーーーっっっ!!!!!

さ、気を取り直して。

ピーター・ラビットの作者、ヴィクトリアス・ポターの伝記映画です。伝記映画というとものすごく堅い印象ですが、いろんな要素が詰まった映画らしい映画です。

結婚適齢期をとうに迎えたヴィクトリアス・ポター(レネー・ゼルヴィガー)は、自らが生み出したウサギのキャラクター「ピーター・ラビット」を出版しようと、出版社に通う日々。洋服を着たウサギの話なんて…とどこも取り合ってくれず、上流階級の女性が仕事をするなど考えられない時代背景もあり、ヴィクトリアスは変わり者扱い。ある日ある出版社でノーマン(ユアン・マクレガー)と出会い、作品を気に入ったかれた出版を了承。「ピーター・ラビット」は瞬く間にベストセラーになる。ノーマンを通し、ヴィクトリアスは彼の姉であるこちらも変わり者のミリー(エミリー・ワトソン)と親友に。ヴィクトリアスとノーマンは恋に落ち結婚を意識し始めるが…。

この映画が日本で公開された2007年9月当時。テレビCMを打っているにもかかわらず、あまり話題に上りませんでしたよね。でもね、仕方がないのですよ。この同じ時期に、『HERO』(木村さんのやつね)、『スキヤキ・ウェスタン・ジャンゴ』。その後『ALWAYS 続・三丁目の夕日』と日本映画が立て続けに持ち上げられていた時期なんです。この邦画が興行的にどうだったかは知りませんが、そのコマーシャルはものすごかった。そんな中での『ミス・ポター』の公開。地味でしょ?目立たなくても仕方がなかったんですよ、きっと。そういう私も『ミス・ポター』は観ずに『めがね』観にいきましたけど…。

だって、そりゃファンはいるだろうけど、日本人にとって「ピーター・ラビット」ってあんまり身近じゃないし、その作者なんかもっと身近なわけないし。俳優陣は豪華だったけど、興味を惹かれなかったんですよね。


というわけで全然期待せずに観た『ミス・ポター』ですが、これがなかなかいい作品だったんですよ!先日書いた『アメリカン・ギャングスター』と同じく実話を基にした映画なのですが、テンポがよくて、かわいらしさ、悲しさ、喜び…といろんな要素がぎゅっと詰まった良作なんです。

なんといってもレネー・ゼルヴィガーがいい!!実はレネー、どちらかというと苦手なタイプなんです。いろんな彼女の映画見てますしうまいと思うんだけど、いわゆる「美人女優」とは言い切れない外見、そしてかなり独特の演技。私の中では「不思議ちゃん枠」です、レネー。シニカルな演技や場面も、彼女を見ているとコミカルに感じたりもするのですが、その独特さが今回は生きてます。お絵かき大好きの変わり者ヴィクトリアスが、レネーのまじめなんだけどコミカルに見えてしまう表情などがぴったり合致。レネーが今まで演じてきた役柄の中で、これが一番いいんじゃないかとすら思います。あくまで個人的な感想ですが。

そして忘れてならないもうひとりの不思議ちゃん、エミリー・ワトソン。彼女もものすごく独特な役柄が多いですよね。『本当のジャクリーヌ・デュ・プレ』とか『パンチ・ドランク・ラブ』とか。そしてこれまた独特の外見。彼女も苦手枠だったんです。だって彼女に気をとられて映画自体にのめりこめないんだもん。それが、この映画ではいいんです。彼女演じるミリーも、この時代に珍しく独立心旺盛で結婚適齢期無視の女性なんですが、この時代に媚びない感じがエミリーの演技によってものすごくキャラ立ちし、ものすごく魅力的な人物として映画に存在しています。ちょっと見る目が変わるんじゃないか、と思うくらい。

ユアンは良いです。演技もうまい。そして映画の中でも魅力的。ただ今回はほか2人の主演女優たちがものすごく良かったので、ユアンについては特にコメントなし。

紙の上で動き出す動物たちのファンシーさも、「ヴィクトリアスには本当にこう見えているんじゃないか」と思えてくるほど。映画情報サイトでは、イギリスの風景も見ものだと書いてありますし、実際美しいのだけど、内容がとにかく良いので風景にまで私は目がいかなかった!きっと湖水地方は美しいんでしょうね(夏限定)。


おすすめ度:☆☆☆☆★

「MUSE HAARP at the cinemas」

2008年04月15日 | 映画~ま~
2008年 イギリス

今回はちょっと志向の違うフィルムのご紹介。映画館で見たので映画には間違いないのですが、「フィルム・コンサート」です。イギリスのバンド「MUSE(ミューズ)」が2007年6月(フジロックの前ですね)にロンドンのウェンブリースタジアムで行ったコンサートの映像です。

ライブDVDとCD発売のプロモーションの一環として行われた映画館でのフィルム・コンサートは、イギリス全土のVUE系列の映画館で3月11日(たしか…)に1回のみの上映でした。


私が今回お伝えたいのは、フィルム・コンサートの内容ではなくお客さんたちのこと。20時半からの上映で、私は19時40分ころ劇場に到着。チケットは事前に予約していたので、発券してもらうのみ。ちなみに10ポンド。約2,200円くらいでしょうか。通常の映画は、劇場にも依りますが大体7ポンド(約1,500円)。少々高いですが、この日1日のみ、1回だけの上映なので良しです。

私が到着したとき、すでに40~50人ほどが並んでいました。到着後すぐに私の後ろには長い列が。年齢層も幅広く、多いのは10代後半から20代半ばですが、10歳前後の小学生から50代の夫婦連れまで様々。「MUSE Tシャツ」を着ている人たちも結構多い。

映画館では一番大きな部屋での上映で、席は後ろから順番につめていきます。かなりセキュリティーがしっかりしていて、劇場がちょっとピリピリムード。お客さんたちはいたってのんきなのですがね。結局何人くらいのお客さんが入ったのかわかりませんが、空席は数えられるほどほぼ満席。

そしてスクリーン上でカウントダウンが始まり、いよいよ上映開始!

ものすごく盛り上がって、みんな大合唱・・・かと思っていたら、ものすごく静か。流れてくる音楽についてリズムをとっている人すら見当たらない。私の席から見える何人かの若者たちも、実はもっとリズムを取ってノリたいんだけど、周りの様子を気にしてどうにもノリ切れず…といった様子。

あれ?
ここってロックの国ですよね?
グラストンベリーフェスティバルが開催されている国ですよね?
MUSE大好きですよね?
あなたたち、ロックの申し子たちですよね?

…と心の中で疑問を投げかけつつも、実はものすごく周囲を気にするし、恥ずかしがり屋さんなイギリス人たちの姿に爆笑(心の中でね)。日本でGLAYとかラルクアンシエルのフィルム・コンサートのほうがよっぽど盛り上がるんじゃないかと思います(もし、演ったらの話です)。

みんなフツーに映画を見るように(まぁ、そうなんだけど)、ポップコーンとドリンク片手に静かに鑑賞。曲が終わるとパラパラと、こちらも遠慮がちに拍手が起こる程度。『STAR LIGHT(曲目)』のときは何人かは手拍子してました(私を含む)。

「ものすごくうるさいくらいに盛り上がるんじゃないか」との予想を見事に裏切られ、少しがっかりもしたのですが(むしろ笑えたけど)、そんなことが気にならなくなるくらいコンサート映像にのめりこんでしまいました。あーーー、コンサート行きたいなぁ、という気分が滾々と湧き出てきました。

帰宅後旦那にお客さんたちの様子を語ったところ、「映画館だしね。当然じゃない?」と言われました。そうか…そういえばイギリスの映画館で映画を見てても、皆ものすごく静かにしてるわ。(コメディーでは笑います)

フィルム自体は、実はちょっと音が小さめでもう少し大きくしてほしかったなぁ、と。どうもほかの会場でも音は少し小さかった様子。→(他のレビュー参照 英語版)でも映像も音楽も楽しめたし、イギリス人観察も面白かったりし満足でした。


4月始めころにはローリング・ストーンズのフィルムも1日のみ公開されていました。マーティン・スコセッシ監督が撮った彼らのドキュメンタリー・コンサート・フィルムのプロモーションの一環だったと思います。イギリスではこういったフィルム・コンサート形式のものがたまに上映されるようです。日本でもたまにありますが、一般の映画館でというのはなかなかないですよね。映画館じゃないからこそ盛り上がれるのかもしれませんが・・・ええ、そういう私は日本でフィルム・コンサートなるものに行った事があるのですよ。誰のかって?彼らよ!!!このとき、みんな叫ぶわ、踊るわ、ものすごかったので、きっと今回もそうなんだろうと思い込んでいたのよワタクシ。かれこれ16年も前の話です、ええ大昔です。


おすすめ度:☆☆☆☆ (←ミューズファンのみ)どうもこのDVDの発売が日本では中止になっているようですね。サイトには製造中止とありましたが、どうなっているんでしょう?

「マイビッグファットウェディング~My Big Fat Greek Wedding~」

2008年04月13日 | 映画~ま~
2002年 アメリカ映画

アメリカはシカゴに住むギリシャ系移民家族の話。お父さんの夢は、子供たちがギリシャ人と結婚して子供を生み、家族のつながりを大切にし、誇り高きギリシャ系として生きていくこと。娘のトゥーラはなんとなく冴えない生活を続け気づけば結婚適齢期。身なりにもまったく気を使わず、家族経営のギリシャ料理店で働く毎日。そこにお客として現れたイアンに心ときめき、「このままではいけない!」と一念発起して自分磨きを始める。縁あってイアンと交際、結婚することになったトゥーラだが、ギリシャ系ではないイアンとの結婚への道のりは波乱万丈…。

この映画の公開時、日本でもかなりテレビでCM流れてましたよね。でも有名俳優が出ているわけでもなんでもない映画を何でこんなに盛り上げるんだ?と不思議に思ったものです。後にDVDで見てみたけれど、「そんなに大プッシュするような映画?」となんだか腑に落ちなかった覚えが。

今日、たまたまテレビでやっていて、ほかに見るものもなかったので(殴)見てみました。2度目です。

皆さんすでにお気づきのとおり、日本の題名では原題にある「グリーク」の文字が抜けてるんです。グリークというのは「ギリシャの」という意味で、説明したとおりこれはアメリカのギリシャ系の家族のお話。この映画、アメリカでも大々的に広告を打ってヒットをした、というものではないそうで、インディーズ系で日本で言うと単館系とでもいうのでしょうか。何百、何千という映画館で上映していたわけではなく、小規模な映画館で上映していたところ口コミで人気が広がり、大成功を収めたという映画なのです。

文化の違いがキーになっている映画ですが、日本と違いアメリカのような多文化社会でもこんなにドタバタする物か?と以前見たときは思った程度。あまり記憶にも残っていませんでした。でも今回見直してみて、「これって日本と似てるかも」という箇所が意外にたくさん。国際結婚とはいわなくても、日本にも地域によっていろんな風習があるでしょ?私は愛知県出身なのですが、娘が結婚するときは「菓子撒き」の風習があります。最近見ませんし、愛知県の中でも地域によって屋根からお菓子をばら撒く所もあれば、家の近所はお菓子詰め合わせを集まってきた人たちに配っていました。でもこれ、愛知県以外のところにすんでいる人には驚きでしょ?お金もかかるし、第一なんでお菓子を屋根からばら撒くのか?『名古屋嫁入り物語』(植木等、川島なおみね)を見たことがある人ならわかると思いますが、あれです。驚きませんでした?ほかにも引き出物の大きさや重さ(!)にこだわったりとか。

これって、こういう価値観がない人や別の地域の人と結婚するとなると、ものすごく大変でしょ?理解ができないもの。「なんで?」ときかれても「こういうものだから」「風習だから」としか言えない。むしろ国際結婚のほうが楽に話が進むんじゃないか、と思うほど。違っていて当たり前だから。

この映画、日本で公開を決定し広告を打ったのは絶対女性だと思うわ、アタクシ。30歳前後くらいの女性が中心だったんじゃないかしらね。男性社員が、いくらアメリカで大化けしたといってもここまで宣伝打ったりしないとおもうのよ、この映画に。主人公トゥーラの垢抜けていく様子は、『プリティーウーマン』とか最近だと『プラダを着た悪魔』見たいな、女性が変身していくのが見ていてうれしいしね。お姫様願望よ。文句ある? それにこの映画のよさは、女性が等身大だというところ。女性のみならず登場人物が。トゥーラが垢抜けたといっても、ジュリア・ロバーツと肩を並べたわけではないのよ。アン・ハザウェイだって垢抜けない格好をしていても、そもそも顔がきれいなつくりをしてるじゃない?でもトゥーラの変身前は本当にひどい。私が言うな、っちゅう話だけど…こんなにひどかったのに、ちょっと気を使うだけでこんなによくなるのか!、と。希望を持たせてくれるのよ。

相手のイアン役のジョン・コーベットが、等身大で(また)いい感じなのです。決してブラピではないけど、雰囲気のいい人って言ったらいいのかしらね。映画が始まって30分あたりまで、どうもジョン・トラボルタがかぶってしまってつらかったんだけどさ・・・どうも顔というか骨格が似ているらしい…それも後半気にならなくなったし。

トゥーラの親戚の中に、髭面のどこかで見覚えのある、やたら踊りたがる男がいたんだけど、「いや~、まさかね。一応(!!)当時は超アイドルだったし」と思い調べてみたら、インシンクのジョーイ・ファートンでした(名前は今知った)。インシンクって知ってます?カリフラワー…じゃなくて、ジャスティン・ティンバ-レイクがいたグループね。2002年の映画だから、当時彼ら爆発的な人気があったのではと思うのですが、ジョーイはインディーズに出てたんですね。なんかちょっといい奴に思えてきました。「何でこの髭面がアイドルなのよ?」と当時心の中で疑問を抱いていたことは秘密です。


おすすめ度:☆☆★ 

面白いけど、そこまで強力にプッシュはしません。んー、暇つぶしにどうぞ。「ギリシャ人の友達がいる!」「私の知ってるギリシャ人はこんなだ!」という人にはうってつけかも。

「The Mighty Celt (原題)」

2008年02月16日 | 映画~ま~
2005年のイギリス映画。アイルランドを舞台に、少年とグレイハウンド(犬)の交流、家族の形、IRA…といろんな題材が程よく描かれている作品。

ダナルはケンネル(犬舎)で働く14歳で母親と二人暮し。犬舎ではグレイハウンドの繁殖とドッグレースで戦うための訓練が行われている。経営者のジョー(ケン・スコット)は、一匹のグレイハウンドを使い物にならないと殺そうとするが、ダナルはその犬の素質を見抜き引き取る。ダナルの世話や訓練の甲斐があり、犬はメキメキとその素質を開花させ、レースで勝ち続ける。ドッグレース、ケンネルに潜伏しているIRAの戦士たち、不在だった父親(ロバート・カーライル)の出現、経営者ジョーの仕打ち・・・。

大掛かりな映画ではなく、どちらかと言うとテレビ映画のような規模のもの(BBC製作だから実際そうかもしれないけど)だけど、その規模だからこそ堪能できる物語だと思う。

そしてキャスティングがよい。小ぶりの作品だけれども、一流の俳優人の起用で映画が締まっている。特にケン・スコットは抜群。冷酷で金に汚い、黒いバックグラウンドを持ったジョーを見事に体現。

ロバート・カーライルが出ている、と言うだけでなんか安心して映画を選んでしまう私。どうしようもない内容のものには出ていないイメージなので。独特の存在感もあり安心のブランドでもある(私にとって)。

主演の男の子も、犬に対する愛情がひしひしと伝わってくる演技がとてもよかった。


・・・といいつつこの映画、舞台がアイルランドなだけにすべてアイルランド訛りの英語なのです。見ていて話はもちろんわかるのだけど、私のこの映画での会話の理解率0.01%でした(こらっ!)。でも楽しめます(ほんとか?)。ぜひ字幕つきでお楽しみください。英語わかる方は関係ないと思いますが。

日本ではDVDも出てないかもしれませんが、機会があったらぜひ。小ぶりな良作です。


おすすめ度:☆☆☆★



「モンスターインロウ ~Monster in Law~」

2008年02月16日 | 映画~ま~
ジェニロペ。またもやってくれました。『イナフ』に続いて、こちらでもやってくれちゃいました。

2年ほど前にテレビ東京系の「Showbiz カウントダウン」で紹介されていて、見るのを楽しみにしていたのだけど…見事に期待を裏切ってくれました。

何がって?ジェニロペの演技力です。以前『シティオブエンジェル』でのメグ・ライアンのがっかりについて書きましたが、おそらくそれを超えています。ジェニロペ演技下手と言うより、演技できてません。映画の冒頭から、あまりの驚きに彼女から目が離せず、物語なんかどうでもよくなり、映画見るのを途中でやめました。本当に耐えられないくらいひどかった。

そして映画も厳しいわ。嫁姑問題の話なんだけど、もうちょっとお互い知恵を絞ったいじめ方を見せてほしかった、個人的には。欧米での嫁姑問題ってあんまり映画では見たことないような気がするし(舅婿はあるような気がするけど…「ミートザペアレンツ」とか)楽しみだったんだけどなぁ。かなりあからさまで、幼稚園の子供のけんかを見ているよう。80年代のコメディーのような・・・『ローズ家の戦争』とかそんな感じ。

そして姑役のジェーン・フォンダ。以前『ジョージア・ルール』を紹介したときに、ジェーン・フォンダを「名優」と書きましたが・・・撤回させていただいてよろしいでしょうか? 確かに芸暦は長いし、俳優一家フォンダ家ですが・・・なんか・・・品がない(爆)。役柄のせいもあるかもしれないけど、それでもなんか違う。

この映画を見て、以前みた『イナフ』を思い出したのですが、ジェニロペの演技力相応の映画だったんだと納得できました。あのくらいの有り得なさが、ジェニロペには合っているんだ、と。


これ、嫁姑問題で悩んでいる人には痛快な面白さかもしれません。でも私は好きじゃない。


おすすめ度:★






「めがね」

2007年11月03日 | 映画~ま~
2人の女性がそれぞれに、とある島にやってきます。1人は常連。もう1人は新参者。

静かな映画だが、同監督の前作『かもめ食堂』よりも物語はしっかりしていると思う。今回も鍵は「食事」。

この監督の映画(かもめ食堂とめがね)に共通するのは、とにかく食事…というより食べ物の映し方が抜群なこと。かもめ食堂でのシナモンロールにおむすび、めがねでの梅干や目玉焼き、焼肉、焼き鮭、折り詰めに入ったチラシ寿司・・・。
それぞれの食べ物が、意思を思っているかのように「一番美味しそうな表情」でたたずみ、それを大げさではなく淡々と、そしてその無言で食べている様子がその美味しさを表現している。役者の演技と食事たちの美味しさの最強のケミストリー。お互いを引き立てあっている。

この映画は、物語を楽しむというよりは、自分達の生活へのヒント見本市としてみたほうが楽しめるように思う。もちろん物語を楽しめればそれが一番だけど、心を打つような物語がそこにあるわけではない。だいたい、大作好きの人がこの映画を選んでみるとは思えないので、「ダラダラとした映画、つまんない」なんていう声もそれほど聞こえてはこないだろうけど。
私が一番うらやましく思ったのは、キッチン?食堂?台所?
ふぞろいのテーブルにふぞろいのいすたちが、気持ちよさそうに並べられている。半分屋外のような風の通るそこは、こんなお店があったら常連になりたいほど。


抜群の環境だけど、海の美しさや風景の美しさに映画の質を頼った作品ではない。風景はいい具合に映画のエッセンスのひとつで控えめ。

小林聡美、もたいまさこの作品は雰囲気が似ているけど、ここでいいスパイスになっている・・・のかそれ以上のゆるゆる具合を醸し出しているのが、加瀬亮。この人の演技を見るのは初めてだったのだけど、素晴らしい。演技をしているように見えない。思えない。すすっと島にたどり着いたかと思えば、ビールを美味しそうに飲んで、海老に喰らいつく。「たそがれること」の心地よさと美味しい食べ方と真正面に向かい合える人物設定を、上手く演じている。



島に着いたばかりで、のんびりと「たそがれる」ことに慣れていないたえこは、一時も時間を無駄にしたたく無いと動き回る。島に到着したときの彼女の装いは、白と黒のかっちりとした色合いに真っ赤な鞄。島の自然とはどうやっても相容れないファッションは、その時のたえこのスタンスそのもの。基本にいつも黒を入れてはいるが、たえこの変化とともに服装も変化していく。きれいな若草色のシャツやTシャツ。警戒心を持った心が解き放たれているのがわかる。


かもめ食堂しかり、めがねしかり。もたいまさこと小林聡美の「雰囲気」あってこその映画だ。誰かが演じて醸し出せるものではない。演じる以前の女優としてのスタンス(なのか、そういう性格なのか)があって初めて、この映画が成立する。

春にだけ行われる「メルシー体操」も、なんだか良くわからない動きだけど、真似したくなる。いや、実際まねした。

こういうちょっと不思議な雰囲気を醸し出す映画って、テレビではきつい。映画館でどっぷりその世界に入り、そのほかに気をそらす余裕の無い環境で見れば、「ありえない」雰囲気も受け入れることができる。テレビだと、現実社会の中で不思議な社会を覗いている気持ちになり、入り込めないから。私だけかも知れないけど。


お薦め度:★★★☆