11月21日は、仏国の思想家、ヴォルテールが生まれた日(1694年)だが、シンガーソングライター、ビョークの誕生日でもある。
ビョーク・グズムンズドッティルは、1965年、アイスランドのレイキャヴィークで生まれた。父親は電気技師の労働組合指導者で、母親は発電所拡大に対する反対運動をする活動家だった。ビョークが生まれると間もなく両親は離婚した。母親は娘ビョークを連れてコミュニティー(共同生活体)に入り、彼女はコミュニティーで育った。
6歳で入った音楽学校でクラシックピアノとフルートを学んだ彼女は12歳でデビュアルバム「ビョーク・グズムンズドッティル」を発表。童謡を歌う一躍アイスランドの国民的少女歌手となった。彼女はその後、国民的少女歌手であることをやめ、パンク・バンドやジャズ・フュージョン・バンドを組んで音楽活動を続けた。
そして21歳の年に結婚、子どもを出産し、並行してバンド「シュガーキューブス」として活動を開始。28歳のとき「デビュー」というソロアルバムを発表。これが大ヒットとなり、アーティスト「ビョーク」の名前は世界中に鳴り響いた。
以後、音楽活動と並行して35歳のとき、ミュージカル映画「ダンサー・イン・ザ・ダーク」に主演。カンヌ国際映画祭の最優秀女優賞を受賞した。
ビョークほど骨のあるアーティストは現代ではすくない。その前衛的な音楽性もさることながら、音楽業界の在り方自体にも疑問を投げかけるその根源的な姿勢は、他の不良ロックバンドがやわなお坊ちゃんバンドに見えてくるくらいとんがっている。
そんな彼女をアーティストとして最初に評価してくれたのは日本だとビョークは考えているようで、彼女は三島由紀夫を読む日本びいきである。
感性が蛍光灯で「いいなあ」と思うのが人よりだいぶ遅い。ビートルズを聴きはじめたのは彼らが解散した後だったし、学生のころ、先輩たちがデヴィッド・シルヴィアン率いるJAPANがいいと言っているのを聞いても、どこがいいのだかよくわからなかった。それから10年たって、JAPANを宗教のように聴くようになった。
ビョークの音楽が好きになったのも、21世紀に入ってからで、最初は、新しいとは感じたが、なかなか好きになれなかった。でも、いま彼女の「デビュー」などを聴くと、うっとりして気が遠くなる。以前の自身の感性が信じられない。
ビョークの面目躍如たるのは、2008年3月に、中国の上海でのコンサートで彼女が突如、予定していなかった楽曲「Declare Independence」を歌い、
「チベット、チベット」
と連呼した瞬間だろう。中国側はもちろん彼女を拒否し、以降の外国人アーティストに対する規制を強めた。この辺は、不良のイメージで売っているローリング・ストーンズが、歌詞を変更してくれと言われればただちに変えるし、この楽曲はやらないでくれと言われれば素直にしたがうゼリー状の従順さを持ち合わせた商業バンドであるのと対照的である。外国人と思われないその風貌、その地球的な音楽性もさることながら、ビョークのとんがり具合を見るたび、心の蛍光灯に電気が通うのを感じる。
(2020年11月21日)
●おすすめの電子書籍!
『ロック人物論』(金原義明)
ロックスターたちの人生と音楽性に迫る人物評論集。エルヴィス、ディラン、レノン、マッカートニー、ペイジ、ボウイ、スティング、マドンナ、ビョークなど31人を取り上げ、分析。意外な事実、裏話、秘話、そしてロック・ミュージックの本質がいま解き明かされる。
●電子書籍は明鏡舎。
http://www.meikyosha.jp
ビョーク・グズムンズドッティルは、1965年、アイスランドのレイキャヴィークで生まれた。父親は電気技師の労働組合指導者で、母親は発電所拡大に対する反対運動をする活動家だった。ビョークが生まれると間もなく両親は離婚した。母親は娘ビョークを連れてコミュニティー(共同生活体)に入り、彼女はコミュニティーで育った。
6歳で入った音楽学校でクラシックピアノとフルートを学んだ彼女は12歳でデビュアルバム「ビョーク・グズムンズドッティル」を発表。童謡を歌う一躍アイスランドの国民的少女歌手となった。彼女はその後、国民的少女歌手であることをやめ、パンク・バンドやジャズ・フュージョン・バンドを組んで音楽活動を続けた。
そして21歳の年に結婚、子どもを出産し、並行してバンド「シュガーキューブス」として活動を開始。28歳のとき「デビュー」というソロアルバムを発表。これが大ヒットとなり、アーティスト「ビョーク」の名前は世界中に鳴り響いた。
以後、音楽活動と並行して35歳のとき、ミュージカル映画「ダンサー・イン・ザ・ダーク」に主演。カンヌ国際映画祭の最優秀女優賞を受賞した。
ビョークほど骨のあるアーティストは現代ではすくない。その前衛的な音楽性もさることながら、音楽業界の在り方自体にも疑問を投げかけるその根源的な姿勢は、他の不良ロックバンドがやわなお坊ちゃんバンドに見えてくるくらいとんがっている。
そんな彼女をアーティストとして最初に評価してくれたのは日本だとビョークは考えているようで、彼女は三島由紀夫を読む日本びいきである。
感性が蛍光灯で「いいなあ」と思うのが人よりだいぶ遅い。ビートルズを聴きはじめたのは彼らが解散した後だったし、学生のころ、先輩たちがデヴィッド・シルヴィアン率いるJAPANがいいと言っているのを聞いても、どこがいいのだかよくわからなかった。それから10年たって、JAPANを宗教のように聴くようになった。
ビョークの音楽が好きになったのも、21世紀に入ってからで、最初は、新しいとは感じたが、なかなか好きになれなかった。でも、いま彼女の「デビュー」などを聴くと、うっとりして気が遠くなる。以前の自身の感性が信じられない。
ビョークの面目躍如たるのは、2008年3月に、中国の上海でのコンサートで彼女が突如、予定していなかった楽曲「Declare Independence」を歌い、
「チベット、チベット」
と連呼した瞬間だろう。中国側はもちろん彼女を拒否し、以降の外国人アーティストに対する規制を強めた。この辺は、不良のイメージで売っているローリング・ストーンズが、歌詞を変更してくれと言われればただちに変えるし、この楽曲はやらないでくれと言われれば素直にしたがうゼリー状の従順さを持ち合わせた商業バンドであるのと対照的である。外国人と思われないその風貌、その地球的な音楽性もさることながら、ビョークのとんがり具合を見るたび、心の蛍光灯に電気が通うのを感じる。
(2020年11月21日)
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