穂高の少し北に「耳塚」という地名があります。
何でも坂上田村麻呂が有明山山麓に住み住民を苦しめていたという「八面大王」を成敗し、復活を恐れバラバラにして耳をここに葬ったという魅力的な伝説の地で、田んぼの中に「大塚神社」が祀られた耳塚があります。
丁度近くの民家の庭先にいたおばあさんにいろいろ聴いてみると、耳塚様のおかげでこの辺りには耳の悪い人はいないと言っていましたが、その割には耳が遠そうでした。
八面大王は決して鬼ではなく、大和朝廷に抵抗した磐井の乱の後この地に流れ着いた安曇族の首領なのでしょうか。
ちなみに胴は大王わさび農園、首は筑摩神社に葬られています。足は耳塚の近くの立足という所かとも言われています。
何でも坂上田村麻呂が有明山山麓に住み住民を苦しめていたという「八面大王」を成敗し、復活を恐れバラバラにして耳をここに葬ったという魅力的な伝説の地で、田んぼの中に「大塚神社」が祀られた耳塚があります。
丁度近くの民家の庭先にいたおばあさんにいろいろ聴いてみると、耳塚様のおかげでこの辺りには耳の悪い人はいないと言っていましたが、その割には耳が遠そうでした。
八面大王は決して鬼ではなく、大和朝廷に抵抗した磐井の乱の後この地に流れ着いた安曇族の首領なのでしょうか。
ちなみに胴は大王わさび農園、首は筑摩神社に葬られています。足は耳塚の近くの立足という所かとも言われています。