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もんく [とある南端港街の住人になった人]

スペインかポルトガルの港町に住みたい
日本→インドネシア→台湾→マレーシア→日本
since Oct. 2004

センターラインが嫌い

2011-05-28 10:48:04 | いろいろ雑記帖
TシャツとかVネックとかのシャツはセンターラインが出ているから嫌いだ。

どう言うわけか世の中には左右対称がが大好きな人が多い。中央にピッと線を引いてその左右が鏡で写したように同じと言うわけのわからない趣味だ。わけのわからないと言うのはどう考えてもそれ自体にあまり意味が無いにもかかわらずそうしてしまうと言うこと。

でも世の中の物にはそうしたいと思って作られるものがけっこう多い。

自動車は外見上左右対称にできている。強いてそうした言い訳を探せばいくらかはある。車は右にも左にも同じ確立で曲がるのだから右と左が違ってしまうと右に曲がる時と左に曲がる時で操作が違ってしまうかもしれない。高速で走る場合には風を受ける力が違うと真っ直ぐに走ることが困難になりかねない。本当の事を言えば左右対称になっていなくてもそんなのはどうにかなる。昔のル・マンに出た車は超高速で走るけれど厳密に左右対称ではないものもあった。実際、今売られている車のクッションのセッティングだって左右対称じゃない可能性もある。運転していてほとんどの人は気付かないだけだ。


建築物でも左右対称にデザインされるものが過去にも現在にもたくさんある。だいたいの場合は単なる作る人、設計する人の趣味でそうなる。なぜなら右に台所を作ったら左にも同じ台所を反対の向きにして配置する必要なんて全くないのだから。それはあくまでも外観を整えたいと言う趣味に過ぎないと言える。

細かいことを言えば建物の図面では壁の厚みの真ん中にセンターラインを引いたりする。これも厳密に言えば変だ。なぜなら一度実際に壁をそこに作ってしまったらそのセンターラインが見えなくなってしまうので位置がわからない。つまり測れなくなってしまうからだ。自分の部屋の大きさを測るのには壁の内側位置からしか測れないので対面する反対側の壁との距離でしか部屋の大きさを測ることになる。その時、もし部屋が狭かったら工事をした人に文句を言わなくてはならないがいったい右の壁が自分の部屋を侵食しているのか、それとも左なのかなわからないのだ。実際にはそんな事を問題にする人はいないが。


最近は機械図面でもセンターラインを多用する人が多い。

その理由は描くのが楽だから。3Dにしても2DにしてもCADで描く時は右に描いたものをコピーして左に使う。その後違う部分をちょっとだけ修正すると楽だ。3Dだとなおさらで、そう言う立体的な元図形を変形させて描くから元々センターラインに相当する部分が作られているのだ。そのポイントを他のオブジェクトとの距離を保つのに使えば簡単で作図できる。

ただ、実際に物を作る人にはそんな事は全然関係ないと言うことを分かっていない人が多いから困る。例えば、(建物の壁と同じような事で、)ある形や物のセンターラインと、関連ある別の形や物のセンターラインの距離を公差を入れて指定してしまうとその距離を保っているかどうか誰が測れて誰が保証出来るというのか?

たまに面白い人がいて、そんな変な図面を元にちゃんと測定してしまう人がいる。センターラインの右と左の距離をいくつかの物で測定してそれぞれのばらつきをエクセル上に表にしてくる。しかしながらセンターラインには何の印もないわけだから右と左をどう測定したのか全然わからない。仮に右が長めだったら左は短めになるのでNG品になるけれど、センターラインの位置を勝手に変えることもできるから同じ部品をOKにすることができる可能性もある。

と、まあ、話が細かいところに行ってしまったけれど、とりあえずセンターラインは嫌いなのだ。
(誤解されないように言うと、センターラインが必要な場合もある。)

誰がやっても同じと言う世界

2011-05-26 22:48:17 | いろいろ雑記帖
この記事は忘れる位昔に書いたもの。なぜか下書きのままになっていた。手を全く加えず表に出してみる。
--------------ここから下--------------


街に売られている2つの工業製品は同じ型番ならばそこには何も違いが無いと言って良い。工業製品を作る場合に、実際にそれを作る人は誰だかわからない。3交代制の工場であれば同じ型番の製品の同じ部分を作る人は少なくとも3人はいる。その製品の設計や工程設計では誰がその作業をしても同じに出来上がるように考える。そう言う具合に世の中にはたくさんの同じものが出来上がり、売られ、使われる。

それが今は普通のことになっている。ある額面のお金を出せば誰にでも同じものは買える。同じサービス受けられる。これは便利だ。


だが、いつしか我々は自分たち自身のことを工業製品と同じように考え始めていることに気付く。


ある程度の量の勉強をこなしてある学校に入るとある程度決まった量と質のインプットが保証されている。うまく卒業すればある一定のアウトプットの出せる人間になっていると信じている。会社のあるセクションである程度の時間過ごすことで、ある一定の経験を積むことができて、ある一定の仕事をこなすことのできる人間になると思う。統計的にはそれはある程度以上信頼できる事実だろう。


この法則で行けば、例えばマッサージ師の修行をある一定のレベルで一定の時間したとするなら、ある一定のマッサージができる人が出来上がる。確かに出来上がる。世なのかのマッサージ関係のお店の店員さんはそうして出来上がっているそうだ。それが真実かどうかは本当はわからないが、我々はそう信じている。決まった量の修行は決まった量のサービスを生み出す。これは工業製品と同じだ。

そう信じるからマッサージチェアと言う工業製品が成立する。人体の同じ部位を同じような力で同じ方向に同じスピードで押せば同じマッサージ効果がある。誰がやっても同じ効果が得られるのであれば、それは機械がやっても良いことになる。

教師も医師も技術師も営業マンも気孔師も占星術師も警察官も、ほとんどの職業は一定の経験なり勉強があれば誰がやっても同じと言うことになる。警察官は信号機である部分代用できる。教師は参考書と問題集やコンピュータなどで代用できる。営業マンも占い師も今はコンピュータとネットワークで代用されている。医師などはどうなのだろう。診断はもしかしたらコンピュータか何かが代役を務められるのかもしれない。

家庭の仕事も洗濯は洗濯機が、パンはトースターが、魚も勝手に焼けるしコーヒーだって機械が煎れられる。仕事の多くは物で代用できてお金に換算できる。ならば誰がやっても同じなのだ。


そんな風に見ているとまるで自分にお金などに換算できる程度の価値しか無いかのように思えて悲しくなるだろうけれど、我々はさらに悲しいかなそんな考え方に慣れすぎてしまっているかと思う。

実は、思っているよりずっと速い

2011-05-26 19:55:40 | いろいろ雑記帖
2010年の新種生物トップ10、跳ねるゴキブリに「Tレックス」と命名されたヒルも - AFP(←クリック)

毎年毎年新種の生物が発見されていてまだまだ世界は広いのだなあ、と思う。確かに人が足を踏み入れない場所はまだまだ世界にはたくさんある。どんどんそれが小さくなっていくにせよ、まだある。そしてそこに足を踏み入れる機会があったにしても自分に何の知識も無いとしたら新種の猿と既発見の猿の区別はつかない。ましてや小さな1匹の虫では。

そう思う反面、別の考えが頭をよぎる。

実は人が想像しているよりよほど進化のスピードはずっと速いのではないだろうか。進化と言うより遺伝子の変化、変移、変質なのか。わからないが、かなり簡単に常に変化していてそれが新発見に繋がっているのではないだろうか。

つまり、これまで発見されなかったのは見つかりにくいところに居たからではなく、本当に近年になって出てきた生物なのではないかと言うこと。


例えば、江戸時代の人の体格と今現在の我々の体格はずいぶん違うと言う。それは食生活や環境が変化したことによると言われるけれど、本当にそうなのだろうか。もし今生まれた子供が江戸時代を模した場所で江戸時代の食物で育てられたとしたら、江戸時代人の体系に育つだろうか?

江戸時代まで遡らなくとも20年前の青年と現在の青年の体型は違う。20年前の方が今よりずんぐりとしていた。今の人の方がすらっとしている。

動物は人間より小さいものが多いし世代交代もずっと速い。そうすると遺伝子の変移だって速いかもしれない。実は毎日毎日新しい生物が生まれているのじゃないか、などと想像してしまう。

どうなんだろう?

精神論、資質論

2011-05-25 22:38:54 | いろいろ雑記帖
「人の心を動かす」リーダーの資質とは何か - 現代ビジネス(←クリック)

この記事の最初のところに書いてある一文がこれ。
「東日本大震災という国家的な惨事に直面し、リーダーの資質が問われています。」

中身を読まなくてもほとんど内容が想像できそうなタイトルにこの最初の一文。ああ、そうだよな、と素直に感じる人もいると思うけれどもタイトルだけでガッカリする人も多いのではないかと思う。自分の場合はもちろん後者だ。


昨今、ニュースの政治面では首相の資質についての批判が多い。こうした事態にならなくても、そして一国の首相に限らず会社の社長さん、何かのグループのリーダーについてもこうした批判はずっと行われてきた。その度に「資質が問われて」きた。変わることなく、ずっと。


さて、こんな大災害が起きたとき、また多くの人が言う。「今こそリーダーの資質が問われる場面だ」と。



日本ではこうした"思考停止"が普通なのである。

そして資質の無いダメなリーダーへの対処方法もずっと同じ、"切腹" なのである。

それを迫るのに誰もが躍起になって動く。それも思考停止だ。


そして逆を言えば、そんなダメなリーダーにおんぶにダッコ。彼が何もできないから自分も何もできないと言っている。私は何もできないバカよと言っているに等しいように聞こえるが、どうだろう。



これまでリーダーの資質を向上させるために我々は何をしてきたか? 

何もしていない。リーダーになるため、政治化になるために学校でも作ったか? 松下政経塾程度はあるがそれほどポピュラーでもない。リーダーを作り出すための研究は何もしていない。だから"資質"と言う言葉で誤魔化す。資質、DNA、だから政治家は世襲ばかりなのか?

どこまでこんな不毛な議論を重ねて続けるつもりなのだろう。


個人の資質などもう問う必要は無い。簡単な事だ。他人(リーダー)任せの考え方を自分が改めれば良いだけじゃないか。

電子版の新聞

2011-05-20 20:02:40 | いろいろ雑記帖
朝日新聞が電子版を始めたそうですが値段が、紙の新聞を取っている場合は1000円、電子版だけだと3800円。

紙の新聞は今いくらするのかと調べたら、月額3925円(朝刊と夕刊)。

そうすると電子版の方が少し安い。電子版にはいろいろ便利な工夫があって要は検索しながら検索を意識せずに必要な記事を読める。それを考えるとお得だ。それにパソコンやスマートフォンやタブレットの複数のハードを所有していた場合、1契約のまま全てで場所を変えて読める。お得だ。

ただ、3800円と聞いてしまうと少し高く感じる。ネット上では情報は無料のように見えるようになっている。そして朝日新聞の情報も無料で出てきているところにお金を取って読ませるのだから、どうして?、と感じないでもない。


こうして電子版が立ち上がってくる動きはもう止まる事はないだろうが、将来像はどう描かれるのだろう? 有名百科事典が紙を止めたと言うニュースが入ってきたのはもうちょっと前、今は本だって電子版で買える。KLで英語を習っていたときのディスカッション課題に「将来無くなりそうなものは?」と言うのがあって、その中にも紙の新聞が入っていた。もちろんそれを選ぶ人はいるのだし、課題を作った人もそう思ってるのだろうからきっとその方向へ行くだろう。

これがどんどん進んでいった後に新聞は紙に印刷すると言うことを止めるつもりだろうか? 朝日新聞はそれを積極的に進めるのだろうか? もちろん他の新聞社も。

日本的な考えからすると"様子見"だろうと思う。電子版にメリットを付けて求心力を高めておいて商品性を高めるにしても、紙から移動しない人と紙の周りで利益を得ている人達への配慮(しがらみ)、いろいろな面でしばらく様子見をするのだろうと思う。悪い言い方をすれば誰も何も決めない状態でしばらく放っておいて世の中の方向性が決まってから動くのではないだろうか。


朝日新聞の社長がもしアメリカ人だったら、もっと積極的に移行しようと画策するかも知れない。中国でAndroidタブレットを安く作らせて朝日新聞をとっている家に無料で配る。電源を入れると毎朝の朝刊の1面が表示されることになっていて、1年したら紙の新聞が配達されなくなるとか。家電店で3年間の新聞代込みの値段でタブレット端末を売るってのもある。デジタル・フォトフレームだって良い。

考えられる手はいくらでもあるけれど、そもそも新聞の将来像ってのはどうなんだ?、ってところが一番問題じゃないだろうか。



レコードがCDになった時、多くの音楽マニアとオーディオマニアはデジタル否定に回っていた。好きな音質と言うのが出来上がっている以上それはそれで否定できない事だけれども、そもそも音楽を聴くと言うのはすでにカセットテープの時代から音質より利便性に傾いていたのだからいくら音質ではレコードの方が、と言ってもそれは無理なこと。自動車の中、電車に乗って音楽を聴くのに原音に忠実も何もなかったのだから、CDのコンパクトさの方が勝つに決まってる。

電子版の新聞だって本当は読者は記者の精魂込めて書いた作品より箇条書きで書いた簡単な記事の方が好きかもしれない。見出しの太い文字で誘導されるより時系列でどんどん出てくる見出しから自分で選ぶ方が好きかもしれない。今の新聞は発行元が読者に見せるべき記事を選んでくれて成立している。ある意味親切、ある意味権威主義的。そう言う意味でも新聞やニュースと言うのはどちらへ向かって進んでいくのだろうと思う。

電子版は何をどう考えて作られるのだろう?

生活の質の高いトップ25都市、住みたい?

2011-05-05 23:00:49 | いろいろ雑記帖
現代ビジネスに下のような記事が出ていました。

英誌で「世界14位」、転勤族が最後に「福岡」を選ぶワケ - 現代ビジネス(←クリック)

世界でそれほど知名度が高くないはずの福岡がなぜ世界で14位に評価されるのかを実際にそこに住む事を決めた方の証言で裏づけている形の記事になっています。

実際の英誌「MONOCLE」の記事はこちら。黄色い地図をクリックすると表示されます。
Top 25 Cities - MONOCLE(←クリック)

これによるランキングは下記の通り。

1位 ミュンヘン
2位 コペンハーゲン
3位 チューリッヒ
4位 東京
5位 ヘルシンキ
6位 ストックホルム
7位 パリ
8位 ベニス
9位 メルボルン
10位 マドリード
11位 ベルリン
12位 シドニー
13位 ホノルル
14位 福岡
15位 ジェノバ
16位 バンクーバー
17位 バルセロナ
18位 オスロ
19位 モントリオール
20位 オークランド
21位 シンガポール
22位 ポートランド
23位 京都
24位 ハンブルグ
25位 リスボン

福岡は確かに良いところだと思います。以前に1年間福岡県の福岡市ではなくて北九州市に居ましたが、現代ビジネスの中で言われている事は納得できます。私はゴルフもしないし悠々自適ではないにしても人の様子や物価などについては本当に住みたくなるのはわかります。キャサリンさんは離婚したら住みたいと前から言っています。

残念ながらマレーシアは入っていないのですが、マレーシアも良いところですよ。シンガポールが21位ですが、調査の基準ではそうかも知れませんが住むと規制が多すぎてうんざりしないのかな?、と思ったりします。食べ物は高くて美味しくないし。

それにしても、こうしたランキングを見ても実際に行って体験してみる人は少ないのではないでしょうか? じゃ、何のためのランキングなのだ ですが、世の中には本当に行ってしまう人もいるのでしょうね。都市はどこであったとしても実際に行けるようになりたいものです。都市選びよりそっちの方が先か....。

キャサリンさん、離婚したら一人で行ける?

モリーが亡くなる

2011-04-30 23:03:20 | いろいろ雑記帖
多摩動物園の世界最高齢オランウータンのモリーが亡くなったそうです。

1955年11月、推定3歳の時にインドネシアから上野動物園に来たとの事なので自分より年上だし、自分より長く日本に住んでいたオランウータンだった。驚きだ。最近、バカボンのパパが自分より年下だったと気付いたのも相当な驚きだがこちらも驚きだ。


最近、マレーシアのある人がこう言った。

「ゾウやトラを見た事がない」と。この国にはゾウもいるしトラもいる。山間部ではたまに道路に出てくるらしいけれども見た事がないそうだ。もちろんボルネオだけれどもオランウータンもいる。それより何より、関心が無い。いるのは知識として知っているけれども見たいとは思わないらしい。

そんな事を攻めるわけには行かない。自分だって日本の熊を見ようと思って山に入った事など無いのだから。「動物園にいるでしょ」と言うが、あれは動物であって動物ではない。動物の形はしているが動物ではない。人間だって人間の住む環境にいなければ狼少年になってしまうのだから、動物の場合はその反対だ。サル山のサルはもうサルではないのだ。



モリーが高齢と言われるまで生きていた事に祝福を送りたい気持ちはあるけれども、逆に短命であっても自分の本来の住処に居させてあげられたら、と言う罪の意識のようなものも感じないではない。


ところで、パンダなどはかなりのお金をかけて見世物にされているけれども、それでパンダを見たと言う話題だけで終わってしまうのだと、パンダがあそこに居る価値はあるのでしょうか。経済が低迷している国であってもまだまだ日本人は世界有数のお金持ちなので中国に見に行ってはどうですか? ついでに、オランウータンも森で見ようと思えば見られますし"水曜どうでしょう"でもマレーシアの山の中にトラを見に行った回がありましたよね。



別にマレーシアのニュース
サラワク州における南洋木材伐採が1-3月期は減少。ダム工事で水位が下がり木材輸送ができなかったためで、森林伐採に歯止めがかかったわけではないそうだ。今後、水位が回復すれば伐採量は元に戻るとのこと。日本の復興需要で引き合いが多く来ているとの事で輸出は回復するだろう。どう捉えて良いのかよくわからないことになっている。

マレーシアナビ! 2011/04/3 より

またも最低だったか

2011-04-25 06:29:54 | いろいろ雑記帖
統一地方選の後半、やはり投票率最低でした。

やっぱり日本を滅ぼすのは地震でも津波でもなく、"人"なのでしょうね。

これが本当の"人災"か。




「絶対に辞めない菅首相」を辞めさせる方法 - 現代ビジネス2011.04.25

こう言う記事をそれなりのところに書ける人が書く。困った事だ。中身は結局政治家が選挙で勝つためには支持率の落ちた人間をこのまま首相にしておいてはいけないと言うだけの事。要は選挙による思考停止の上にマスコミも乗っかってるだけだ。いつまでこんな事でコメンテーターに飯を食わせてるつもりなんだ?

何 "しないで" くれるんだ!

2011-04-24 09:18:34 | いろいろ雑記帖
経済協力開発機構(OECD)の21日の報告はけっこう怖い。

ニュース記事では消費税20%がタイトルになっているが、それは別に怖くない。予想の範囲内だから。

その消費税の前置きとして書かれている言葉、「公的債務残高は「空前の水準」にあり、歳出削減の余地も限られている」と言う、言うまでも無く当たり前の事だけれども、それががさらりと出てきているのが怖い。この報告で世界が"ああ、やっぱりなOECDもちゃんと調査してやっぱりそうだったんだ"と認識したらどうなるか、と思うだけでぞっとする。

こう言う報告や専門家のコメントが出るたびに日本は財政赤字に対して何もできず、沈んでいくのを待つばかりの国になってしまったのだと印象付けることだろう。そして消費税を上げることもせず、景気対策が必要だと言ってさらに借金していたら何もできない国との印象を強め固定化するだけだ。

そして最後は見放される。


こうしたニュース記事のコメントがさらにさらに怖い。
「税金を上げるなら無駄遣いを止めてからにしろ。」が一番多い。
「税金を上げたらその分何してくれるんだ。」と言うのも多い。

こう言うのが本当に怖い。
これは発想がおかしい。

まず、税金を上げて借金を返すことが一番大事なのだ。いつまでも何もできない国、何も決断できない国であってはいくら福祉が良くても何にもならない。

次に、その分何を「してくれるか」ではなくて、何を「しないでくれるか」が正しい。今まで何かさせればさせるほど公務員の数は増えてきた。そして既得権も増えてきた。だから癒着も増えた。ばら撒きも増えた。「公務員を減らせ」とか言いながら、何とかを「充実しろ」何々を「規制しろ」と仕事をどんどん増やせと言う。どう考えても矛盾している。


日本人の生活は、それが本当に個人的な事であっても、法律とか役所や行政にかなり依存している。

例えば結婚。結婚は一夫一婦と法律で決められていて役所に登録することでしか成立しない。トラをペットとして飼いますと登録するのと似たようなもので、そうしないと結婚したとは言えない。姓だって自由に決められない。子供には父親と母親が結婚して生まれてきた事が大前提になっている。どうしてそんな個人的な事を法律や役所に口出しされなけらばならないのかよくわからないままにそうなっている。

それを多くの人が当たり前だと思っているから役所の窓口にはそうした登録申請のために公務員がいてそれに税金から給料を払っている。さすがにトラ専門の窓口は無いかもしれないが、そんな程度の細々したことのために役所は太っている。結婚しようがしまいが、誰かと一緒に居ようが居まいがそんな事は勝手だ、すぐそんな仕事止めてくれ、と言ってみたらどうなのだろう。


何を"しないで"くれるか、が今一番重要なのだと思う。

消費税+3%

2011-04-19 06:52:08 | いろいろ雑記帖
やっとですね。
地震でやっと消費増税の議論が出ました。

増税と言うと多くの人が反対します。しかしした方が良いです。

地震が無くても日本は財政赤字解消ができません。だから期間限定にしない方が良い。

このまま何もしないでおいて一番怖いのは、世界から何もできない国と烙印を押されて見離されることです。そうなれば税金は安くても今の豊かさは簡単に消えて無くなります。この期に及んでも増税すらできないとしたら本当に死ぬ気かと思われるだけです。

日本にはまだ増税に耐えられるだけの力が残っていると思われていますし、実際に3%増えたところで生活が立ち行かなくなる人はほとんどいないはずです。それに長く円高で物価はどんどん安くなったのだから3%増えたところでたいした事はない。

傷みのわかる国会議員先生

2011-04-16 23:17:41 | いろいろ雑記帖
M(日本の)国会議員氏が4月14日に神奈川県川崎市の路上で交通事故に巻き込まれた。追突事故だった。事故の経緯はその人のブログに時間経過とともに書かれている。

1分後、秘書が警察に電話。
その後追突してきた車が逃走。
18分後、(電話から17分後)警察が到着。
警察官の仕事ぶりに苛立ち秘書のボスと言う人に電話。
ボスが到着した数分後に警察の交通課の3人が到着したのが46分後。
その後追突した車が戻る。
交通課の警察官が追突した車のある場所に移動。
本人は待たされる。
イライラして地元の県議会議員に電話する。
電話の後5分で県議会議員が来る。
その後タクシーで最寄の救急病院へ行く。
救急病院で先生が手術中、別の病院へ行くように言われて渡された電話番号にかけるが遠かったので結局病院へは行かず、東京に戻る。


このブログを読んで我々日本人はとても幸福なのだと実感する。

事故に巻き込まれた先生には申し訳ないが、こうして実際に傷みのわかる国会議員に働いていただくことができるのは全くもって幸せなことだ。

なぜなら一般に国会議員ほどの先生ともなるともう何十年もサラリーマンを苦しませながら解決できていない"ラッシュアワー"すら何の事かわからないのだ。何しろ国会議員は新幹線の料金も知らないまま無料でグリーン車に乗ることができるし赤坂の専用高級マンションはたった10万円の家賃で済む。そう言う環境に慣れた国会議員先生らに傷みを分かれと言っても無理なのだ。

しかし、この考えを我々は見直さなければならないとわかった。この事故に巻き込まれたM国会議員氏は痛みのわかる人だったのだ。実際に警察官が事情聴取をしている間に首が痛くなっている。国会議員先生の辞書に"傷み"の文字は無いと思っていたのは、我ながら不覚、不見識きわまりないステレオタイプのものの見方だったとこの歳になって反省させられる。

ただ、このM先生、一つ残念なのはこの庶民的な痛みを今後国会で議論してくれるかどうか、そのブログで述べてはいないと言うことだ。

我が尊敬する野田聖子国会議員先生はちゃんとコンニャク・ゼリーの製造会社の社長を呼んで公の場で注意してくれた。このM先生にもそれを是非、お願いしたいところである。


警察官はどんな場合でも事故現場には5分以内に到着すべきだ。他で大事故や事件が発生し救急を要する患者が100人いたとしてもだ。車と車がぶつかってショックが感じられた以上、どんな事があってもだ。そこが今回の現場である通勤時刻の川崎市であろうと北海道の湿原を横切る道路であろうと、車が何かにぶつかって乗っている人間がショックを感じれば警察官には5分以内に到着する義務がある。国民の一人が1時間も痛みを感じるのだから救護にあたるのが当然なのだ。国民はそのために少ない給料からさらに少ない税金を毎月支払っているし、消費税を5%も支払っているのだ。これは血税だ。

また、警察官が5分以内に到着しないと言う不祥事を起こした場合、地方自治体の議員も電話から5分以内に到着しなければならない。これも義務だ。何しろ警察官が5分で到着するはずのところを1分以上送れて到着するのだ。議員がこれを黙って放っておくのはおかしい。議員はすぐに警察のトップに電話をして注意するとともに打てる手を打たせなければならない。事故を起こしたのが県外から来た大切なお客様かもしれないし、血税を払い続けている国民・市民かも知れないのだ。


この問題を解決するために、M国会議員先生はきっといろいろな法案を提案していただけるだろう。それが国会議員の務めであるし、何しろM国会議員氏は痛みが国民の痛みが分かる人なのだ。

M国会議員先生はそんな事はもうとっくに考えて手を打ってくれているかもしれない。だから私が言うもの何だが、まず警察官は今の人数の10倍に増やすできだろう。そして地方自治体の議員定数も最低1万人とする必要がある。各議員先生たちには専属の運転手付きの車が必要であるし、24時間出動の可能性があるので運転手は最低2名の控えが要るだろう。血税を払っている国民に呼び出されるのだからその位の議員特権は認められるのは当然である。

それから病院も今の10倍は作らなくてはならない。今回のように手術中で首の痛みの診察も治療も出来ない状態と言うのはもっての外である。病院はできれば国営が望ましい。国民は100%全員、間違いなく保険料を支払っているのだから、交通事故で首が痛いと訴えたならば何があってもその声を聞き即座に治療するのは当然なのである。そして救急車も増やすべきだ。血税を払いながら傷みを感じる国民にタクシーを使わせて病院に駆け込ませるなどおよそ考えられる仕打ちではない。

また、全自動車会社の社長を呼んで注意していただけるとありがたい。追突して国民がショックを感じるような車など作っていてはいけないのだ。できれば追突することの無い車しか生産してはいけない法案を作っていただけるともっとありがたい。


こうした事は現在雇用情勢が悪くなっているので雇用対策にもなるだろう。国民の安全と雇用対策の両立、こんな良いことはない。そして何より、国民一人一人を照らすための方法なのだ。



M国会議員先生がタレントで学生だった時にK先生の言葉にこんなのがありました。

「どうかお願いです。 ひとすみを照らすものになって下さい。 ひとすみを照らすものは、この国の宝です。」


M国会議員先生、これからも国民一人一人を照らす法案を作ってください。お願いです。がんばってください。

「4 TEEN」 少しだけ

2011-04-14 13:44:00 | いろいろ雑記帖
キャサリンさんが借りてきた「4 TEEN」と言う本を最初の1短編だけ読んだ。

最近の小説は「1Q84」しか読んでいないからこう言う小説があるのすら知らなかったが、芸能ニュース好きのキャサリンさんによればこれも最近話題になった本だとのこと。

読み始める。

4人の子供が主役であるのに書き方が"古い"、のに驚く。最近の小説界は自分よりずっと若い年代の人が主役のように思っていたので本当にびっくりしてしまった。所々に村上春樹がやるようなちょっとクールっぽくて説明的な書き方も出てくる。これを書いている人は若いのに昔の小説をよく読んで研究したのだろうか?、と思った。きっと読むのも好きなのだろうか。感じ方やこのお話の前後を読者にゆだねるところが多いのも川端康成の時代のようだ。


などと思って読み終える。裏表紙のところに著者のプロフィールが出ていて、またまたびっくり。自分よりちょっと歳上だった。上と言ってもほとんど同じ世代。

それならわかる、この文章。ただ、主人公が子供なのに合っていないように感じる。それもあって主人公が子供なにのどこか老成した部分を感じすぎてしまう。

だからって悪いとは言わないけれど。

フランス警察、ミッキーマウスを逮捕

2011-04-11 21:43:48 | いろいろ雑記帖
 [パリ 11日]フランスで11日、顔のすべてを覆う衣装を公共の場で着用することを禁じる法律が施行されたことを受け、パリ警察本部はパリ・ディズニーランドに強制捜査に入った。

ディズニーランドには顔の全てを覆う衣装を身に着けた従業員が多数おりテロ防止を目的とする本法律に抵触する可能性が高いためだ。捜査の結果ミッキー・マウス他の322名の従業員が現行犯逮捕された。パリ警察によるとフランス国内でブルカ等を身に着けている者の総数は2000名程度とされるため今回のディズニーランドへの捜査によりその約15%が検挙されたこととなり、法律施行後の初日としては一定の効果をあげる事ができたとの事。

多くの従業員を逮捕されたディズニーランド側はこの政府の動きに対し「政府権力による明らかな営業妨害であり、このままミッキーらが開放されなければ閉園に追い込まれる可能性があり承服できない。」と抗議の姿勢を見せている。

また逮捕を免れたターザンさんはインタビューに答えて「顔がデカイだけで逮捕するなんて...」と同僚たち逮捕された悲しみをあらわにしている。



フランスで「ブルカ禁止法」施行、違反者には罰金1万8000円 -ロイター(←クリック)