かつて10cm未満の小口径反射望遠鏡が、盛んに作られていた時代があった。その頃の天文少年少女は、屈折望遠鏡を選ぶか反射望遠鏡を選ぶか、大いに悩んだものだが、この小口径反射にも大いに興味をそそられたものだ。
これら小口径機は、オークションでも見ることが少なくなったが、しばらく前にはある程度の数が出品されていた。今回は、その頃に収集していた4機種について、その特徴を紹介するとともに、f3 mirrorさんにフーコーテストによる主鏡の精度測定を行って頂いたので、その結果についても紹介する。
今回ご紹介するのは、上記4機種である。カートン(アストロLN3T OEM)というのは、銘板はカートンであったが、その構造や構成からアストロLN3TのOEMバージョンと考えられたので、この様に標記している。現在と当時との初任給を比較すると約6.4倍となるので、カートンN84Eの現在価格は約13万円程度となる。このことより当時の若い天キチが本機を手にするのは、そんなに容易ではなかったのではないかと思う。また1970年下半期の天文ガイド「私の愛機」のコーナーを調べてみると、79人の愛機が紹介されていたが、その中に小口径反射が14台見つかったので、少なからぬ人たちが愛用していたと言えるのではないかと思う。
カートン(アストロLN3T OEM)である。斜鏡は最近見られる接着を利用しているものではなく、金属部品を組立てて製作されているものだ。今回主斜鏡を再メッキすることにしたのだが、再度組み立てる際の手間を減らすために、斜鏡については3本のサポートはそのままに、奥の斜鏡ホルダーだけを外すことにした。するとどうだろう、鏡筒の内が狭いので、手がなかなか入っていかないのだ。大型機をそのまま小さく作ったからなのであろう。言い換えれば、小型機とはいえ大型機と同じ構造で、手抜きが無い真面目な造りだと思った。ファインダーは口径1cmで、使用するには小さすぎるのだが、可愛いので気に入っている。
簡易赤道儀は総金属製で、容易に分解できる構造である。蓋を外してみると、油のしみ込んだ紙状のパッキンが出てくる。
これをよく見ると、なんと電話帳の切れ端であった。昭和の時代には、このような望遠鏡は家内工業的に製作されていたのだろうと、想像したりしている。
カートンN84Eの赤道儀は微動が無い簡易的なものだが、鏡筒バンドはしっかりした物が付いている。天文ガイドの「天体望遠鏡をテストする」(1970年10月号)では、この機種について ” 総合点は90点です。ニュートン式の反射赤道儀特徴(接眼部の動き方など)を知って、将来の大型機へ進まれるための練習用としてちょうど適当な機械と言えましょう ” と評価している。光軸修正装置も、しっかりした物が付いていて、ここにも手抜きは無い。
エイコーの斜鏡金具は、独特の形状である。開口部に直線状の障害物があると、焦点像の周辺に光条が発生して分解能を悪化させると言われているので、それを防止するために、楕円状の斜鏡ホルダーが考え出されたようだ。有名な惑星観測家だった小石川が、初めて使った望遠鏡がこの9cmだったとのことなので、基本的な性能を有した物なのであろう。推測の表現となってしまったのは、この望遠鏡の光学系について、前の所有者が表面を何かで拭いてしまった際に着いた傷がメッキ後にも残ってしまい、覗くことが出来ないためである。このことは、鏡の表面は、丁寧に扱わなければならないということを教えてくれる。
ベストセラーだったH100と同じ接眼部を採用し、鏡筒の耳軸はフォーク部を貫通し外からハンドルで締め付けるタイプで、ガタが少ない良い造りである。なお箱に収納する際にも、鏡筒とフォーク部分は分解せず一体として取り扱うようになっている。
機種ごとに諸元と各実測値をまとめたものである。同じような数字が並んでいるが、一つ気になったのは、ミザールH85の主鏡直径が、84mmしかない事である。初めの頃の製品は85mmだったのが、時代を経て84mmになったのだろうか。今となっては、謎である。
取り外した主鏡と主鏡セルである。左の3機種は、円筒状のへこみの部分に主鏡が入る構造であるが、ミザールのものは三か所の土手で支える構造である。次に一部を拡大したものを、掲示する。
左側の画像を見ると、黒色の壁の中に黄銅色をしたイモネジの頭が見える。主鏡に力を掛けるのは良くないからか、本機では使用されていなかったが、細かなところにまで手間を掛けた製品である。
左の二つは斜鏡を押さえる爪が、ロウ付けされている。一方、右の二つは一部を折り曲げて、爪としている。形状を評価するならば、一番左側のカートン(アストロLN3E OEM)の爪は、大きすぎであろう。これでは、光学性能に悪影響を与えてしまう。一方、各機の遮蔽率は最大でも26%程度と、よく吟味して設計されているようだ。
詰め物は綿と厚紙であった。以前、西村製作所などの斜鏡金具を分解したことがあるが、これらと同じ綿だったので、一般的なものと言えるのだろう。
以上のように、機械部分は真面目な良い造りであることが判った。次に問題になるのは光学性能であるが、今回 f3 mirrorさんに、ご自身で開発された自動フーコーテスターにて各主鏡を測定して頂いたので、以下に紹介する。
測定結果の見方について、下に示すCARTON (ASTRO OEM)を例にして、概要を述べる(これまで「カートン(アストロLN3T OEM)」と紹介してきたものである)。surface data の RADIUS は焦点距離の2倍の数字で、フーコーテスターのナイフを設置した位置である。データはベストフィット法を用いて評価しており、Fitting RADIUS Offset は焦点位置をDADIUS で0.5284mm前にした時に、Mirror surface error の p-v が最小となるということを示す。 その時のp-v値は0.594λ≒λ/16.8である。また、これは従来の鏡面精度と呼ばれるもので、いわゆる波面精度は、鏡面の場合はこれを2倍にする必要がある事から、2×λ/16.8≒λ/8.4となる。
Knife movements の下の図は黒が理論的なナイフ位置、赤が測定値である(Zone 100が鏡面の端で、0が鏡面の中央を示す)。Mirror suface error の下の図は、ベストフィット後のものである。またこのMirror suface error の値は、焦点から見たものである。
次は、カートンN84Eの測定結果である。
次は、エイコーSTH1650の測定結果である。
次は、ミザールH85の測定結果である。
以上の4機種の測定結果をまとめたものが、次の画像である。
4機種の主鏡をテストしてみると、肌は荒れ気味だが、波面精度はすべてレイリーリミットのλ/4以下であり、実用上問題のない光学系であることが判った。
昭和時代の小口径反射をいくつかの視点から見てきたが、機械的な造りは良いし、光学的にも基準をクリアしていることが判った。そして私にとって、これらの小口径反射は、何より格好が良いのである。それで星を見ていない時には、このようにタンスの上に飾って楽しんだりしている。