昔の望遠鏡で見ています

昔の望遠鏡による天体観望と、その鏡景写真についてご紹介します

古本の楽しみ

2019-10-06 | 野尻抱影


 背表紙が半分取れ、頁もすっかり焼けてしまった星座巡礼にある、野尻抱影の肉筆です。
 ヒエログリフにも例えられる抱影の文字も、少し読めるようになりました。ここには「星」の字の下に「水野学兄」、「一九二六年十一月」そして「著者」とあります。学兄とは、学問上の先輩の意味で、友人に対する敬称とのことです。それでは、水野とは、誰なのでしょうか。
 野尻抱影の著作で星座めぐりという大型本が、昭和二年十月に刊行されています。その最後に、水野葉舟が”昴に更ける(跋に代えて)”という文章を書いています。なお跋とは、末尾に示す文章のようです。これらから、水野とは友人の水野葉舟のことで、この星座巡礼は、出版に協力してもらったお礼に贈られたものと考えられます。
 ”昴に更ける”では、水野の開墾小屋での生活や、そこから見た昴やオリオンについて記されています。今でいう田舎暮らしより、はるかに質素なものですが、それが水野自身が目指したもののようです。

 一部を紹介します。「闇の空は冴え切って、甘やかす暖かみなどはまるで消え去っていました。昴は頭の上に高く上がってその微笑みがますます生き生きとなっています。その下にしづしづとオリオンが林の上に上がって来ているのでした、剣と帯とが鋭い冴えた光で輝いています。私は大きな息をしながら砂のやうに光っている星空を見る。森厳な賑やかさが心に非常に親しくなって感じられるのです。」

 野尻抱影が贈った当時は、もっと立派な本だったと思いますが、開墾小屋に置かれていたからでしょうか、私の手元の星座巡礼は、すっかり古色蒼然のボロボロとなっています。このように、先の所有者やその時代を想像しながら読むことができるのも、古本の楽しみだと思います。