ねるまえとねおき

ねるまえみたいにいろいろ考える自分と、ねおきみたいになんもかんがえない自分の思ったことを、思いついたときにかきます。

研究者の特権

2012-03-04 10:44:21 | 研究
最近は平日鬼のように働いて、
寮帰って食堂でご飯食べて部屋戻ったら
いつの間にか気絶するみたいに寝てて、
朝早く起きて会社行ってっていう生活が一カ月弱続いています。


先週は日曜も出て、今週もちょっと週末やること残しちゃったけど、
でも週末はちょっと落ち着いて物事を考えられるような時間が何とかあります。


なんでこんな仕事に忙殺されているのか。考えた。

①自分がまだ全然しっかりしてないから
②自分がやりたかったやり方で仕事をしていると、必然的にこういう状況になるから。

という事じゃないかと思う。

①はこの先どんどん経験を積んでいけば何とかなるかなと思う。
でも、②に関しては、自分の信念を曲げないとダメということになる。


自分は、昔から研究者になりたかった。
今も会社員ではあるけど、研究者と言えば研究者で、毎日白衣着て仕事してる。

研究者の特権って
『今まで誰も知らなかったものや見つけられなかったことを、
世界で、人類の歴史の中で、一番最初に知れること、見れること』
やと思う。

やから、今の仕事では、
「今まで世の中になかったものを作りだすこと」
が、自分のやりたいこと。

でも、今いるところでそういう仕事の進め方はしちゃダメだ
(というか、結局そういう仕事のやり方をすると今みたいな状況になる)
ということに、気づきました。


じゃあどうするのか。

とりあえず実力が付くまで、自分の気持ちを殺し続けるのか。
自分がやりたいことができる環境に身を移すのか。

いずれにせよ、3-4月の異動の季節が一つのターニングポイントになりそうかな。


この辺のことをもうちょっと頭使って真剣に考え続けてないと、
ただ働くだけのロボットみたいな人間になってしまいそうだ。


自分が将来なりたい自分に近づけるように仕事をしていきたい。
仕事のために生きる人間にはなりたくない。

青いな。青いかな。



しーず。

2011-02-09 23:40:25 | 研究
前に、シーズ研究とニーズ研究について思うことを書きました。

簡単に要約すると、

「しーずけんきゅうあきた。にーずけんきゅしてみたーい。」

って。


でも最近またちょっと考えが変わってきたので改めて書きます。

シーズ研究は、何に役立つかわからない種を見つける研究、というのが自分のイメージです。

芽が出る条件も、花が咲くかも、おいしい実がなるかも分からない種を一所懸命探すのはちょっとどうなのかと。
仮に見つけたとして、どうすればいいのかと。

ついこの間まで思っていました。

今、自分は一つ種を見つけた段階にいます。
一応、現時点では世界で誰も見つけてない(論文として発表されてない)種。

でも、いろんな人に、ほらほらこんな種みつけたよ!って説明しても、で?って返されることが圧倒的に多かった。
いや、種を見つけたのは分かるけど、で、その種はどんな役に立つの?どんな価値があるの?と言われ続けました。


そんなのわからない、というのが自分の答えで、状況自体は今もそれほど変わっていません。

ですが、最近は種を見つけることのメリット、というのも考えるようになりました。


世界で初めて種を見つけた人は、その種について、それこそ世界で一番優占的に調べることができます。

ちょっと水をあげてみたり、日に当ててみたり。

それ、何の役に立つの?といった人が、まぁとりあえずよく分からんけど調べてみるかということは、種を手に入れないとできません。
また、種を渡すか渡さないか決めれるのは種を見つけた人だけです。


なので、見つけた種が何かに役立たないかなと調べてみることも大事なことなんだなと思い始めました。


電磁波見つけた人もきっと電子レンジ作ろうと思って見つけたわけじゃないしね!

たぶん笑

研究。

2010-09-27 00:11:35 | 研究
「その研究って何が面白いの?」
っていう質問は、研究してる人にとってすごいおっきな質問だと思います。

いやいや、この研究はうまくいくと世の中にこんな役に立つからね、という研究っていうのは実際一握りやと思う。

その一握りではない研究をしていると、色々考えることがあります。


最近思うのは、研究には二種類あって、その二つの違いは思う以上に明確であるということ。


一つはまず解決すべきおっきな問題があって、それを解決するために色々と頑張る研究。

例えば、癌をなくすとか温暖化を止めるとか明確な目標がある場合。

ニーズスタートの研究とほぼ同義なのかな。

こういう研究は他人に面白さを説明しやすい反面スピード勝負。

目的は一つなのでどんな手段をを使ってもゴールについた者勝ちやからね。

ニーズ自体ももたもたしてると変わってしまう可能性もある。


もう一つは多くの研究者がやってるような、自分の興味のある研究をどうやったら世の中に役立てられるかを考えるタイプ。

シーズ探索。自分はこっちです。
このタイプの研究は、マニアックなことが多いと思う。

なので、世の人にはなかなか面白さを伝えるのは難しい。

そんなこと調べて何になるのみたいな。

いや、そういう研究があるからから応用研究ができるんだよっていう主張は確かに正しい。

でも、自分は逃げやと思う部分もある。

ただただ自分の興味あることを研究するのは趣味とある人が言っていました。

偉そうな事を言ってますね。

自分もせっかく世界で誰も知らないことを明らかにしようとしてるのだから、何とか世の中に役立てたいと思って今までやってきたけど、実際はやはりなかなか厳しいなというのがここ最近の印象です。


今さら(笑)


例えば何か見つけて自分が種を持ったとする。

でもその種はどれくらいの温度や湿度でどれくらい水をやってどれくらい日に当てれば育つのかっていうのは誰にも分からない。

そもそも綺麗な花や役に立つ実をつけるかさえも分からない。



やからやっぱりやたらめったら何でもいいから種を探す研究はちょっとなと思う。

もし次一から研究できるチャンスがあるなら、ニーズスタートの研究にも挑戦してみたい。

シーズ発進の研究でも、ある程度集める種の種類を決めて、一般的にその種類の種に合った育て方をして、世に役立つ花を見つけたい。


とりあえず、修士の残された時間は、今見つけた種をどんな形でもなんとか花にしたいと思います。

ひかるねこ

2007-12-14 03:43:52 | 研究
韓国の科学者、光るクローン猫を作り出す

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0712/13/news040.html





光る猫の作成に成功したというニュースです。

ちょっと記事を読んだだけでは、ひかる猫をどのように人間の遺伝的疾患の治療に役立てることができるのかはわからなかった。(そしてもっと調べてみようという元気が今無いのですが、、)

異常のある遺伝子に光る遺伝子をくっつけてどこで発現してるか見るのか、それとも遺伝子をいじれたことがすごくて人為的に人間の遺伝疾患と同じような変異を自由に猫にいれれるようになったのか。

どっちにしてもなぜクローンである必要があるのか、自分の頭で理解できる範囲をこえています。




まぁそんなことはどうでもよくて、ようは光る猫作成の成功によって、今後の人類の病気の研究のスピードを早めることにつながるかもしれない。ということなのかなと。





で。




このニュースをはじめて読んで、あの猫を抱きかかえる誇らしげな教授の顔を見た人は、なんかよく分からんけど気持ち悪い感じとか猫に対する同情が芽生えると思います。


てか自分もそう。


うちの研究室とか毎日億単位ぐらいの大腸菌を増やして殺して研究の前進に役立てているし、人間に対して有効な薬を開発したり病気の原因を解明するにはどうしても人間に近いような動物を使って実験をする必要が絶対的にあるっていうのも確かに事実です。


大腸菌はよくてなんで猫はだめやねんというとかなり極端ですが、マウスはよくて、となるとどこで線をひくのか難しくなってくる気がします。だってもやしもんの大腸菌かわいいし。


クジラをとってたべていいかというのも若干似ている部分があるのかな。



どこで線を引くかっていうすごいおっきい問題はあるけど、大事なことは、クジラにしても猫にしても、なにがよくて何がだめとかいうのを決めるときには人間の感情が入る、ということです。
で、その感情は、世界中の人類全てで同じ場合もあるし、同じ日本っていう社会の中でも、光る猫のニュースについて書かれてる日記みたいに賛否両論がある場合があると。


つまり、かわいそうと思う人もいれば、人間のためにはしかたないと思う人もいると。


それはもちろんどっちの考えが正しいとかではない。
確かに都合のいいとこだけかわいそうとかいうのは人間のエゴかもしれないけど、そんな風にかわいそうと感じれることが人間らしいともいえるわけでして。


賛否両論が出ること自体は自然なことやと思う。





それで、このニュースを読んで感じたことやけど、前置き長いけど。
いや、ごめんやけど。



科学の研究にたずさわってる人間は、自分の研究成果が社会にどんなインパクトを与えるのか、常に考えながら研究を進めたり発表したりする必要があると思うし、今後その必要性はどんどんおっきくなっていくと思う。




今回のことにしても、なぜ猫なのか、なぜ光らせたのか、どのぐらい人間の役に立つのかというのを、科学にたずさわってない人にもわかるように説明する必要が、難しいにしてもあるはずです。


ニュースが世界に伝わる間に加工されて、この教授も言いたいことがほとんど言えてないかもしれないけど、現在の情報化社会で世界にインパクトを与える仕事をしたいと思っているなら、やっぱり説明する必要があると思う。

できないなら、今の世界がそういうものであるということも総合的に考えてどんな研究をするか考えたほうがいいんじゃないかな。



こういうニュースが、遺伝子をいじることに対する社会の先入観を、なんとなく悪い方向に向かわせている気がします。



科学の研究と社会のあり方って、臓器移植とか遺伝子組み換え作物とかもそうやけど、研究するほうも、使うほうも、もっとちゃんと考える必要があるのではないかと、思いました。

おわり。



ちなみに自分はいぬ派です。

超楽しかった

2007-10-25 22:22:29 | 研究
今日は研究室で同期のゼミがあった後、PDの先輩にいろいろめっちゃ詳しい話をしていただきました。

もうその内容を聞いているだけで超楽しいの!!
内容全然分からんけど。。

最近研究室に配属されて、毎日、授業が無いときは顔出して、とても楽しい、そして不安な毎日を送っています。
不安って言うと変かな。


まぁ例えるならば、長年行ってみたいと思って見上げてた惑星があって、あるとき、ついにそこに行くチャンスを得て、実際に降り立ってみたという感じ。分かりにくいか笑

それでその惑星では、もちろん今まで見たこと無いものばっかりあって、毎日いままで経験したことの無いようなことを経験している。
やからすっごい感動したりすっごい楽しかったりすることもあるんやけど、どこに何があるかわからんし、いつ何がどうなるか分からんから、不安とか恐怖を感じることもある。

そんな感じ笑


ただ、親切にいろいろと教えてくれる先輩がいることですごい助かっています。

今日は別の先輩も残ってくれてて、いろいろ教えてくれました。
とりあえず、学生のうちは教えてくれる人に付いていろいろ吸収して、修士に行ったら教えてくれる人に、時々自分の意見をゆったりして、博士に行ったら自分のテーマをやるとともに、周りの実験をサポートしたりという感じだそうです。



でも、今の自分に必要なのは、

「自分が何をしたいか」

っていうことです。
その惑星で何をしたいのか。
今まではその惑星に行くことが目標であったけど、いざ着くと次の目標を見つけなくてはいけない気持ちにかられています。

ただ、今まで安全な道を生きてきたせいか、自分が何がしたいかを考えるときに、自分に何ができるのかを、どうしても考えてしまう。。。

癖なんやね。

そのPDの先輩にも、
「何ができるかじゃなくて、何をしたいのか聞いているんだよ」
と諭されました。

その言葉が、ここ数日心にひっかかっています。

先輩も、そのヒントになるように今日いろいろ教えてくださったんやと思う。





この恩を、無駄にしないようにしよう。