惑星ダルの日常(goo版)

(森下一仁の近況です。タイトルをはじめ、ほとんどの写真は交差法で立体視できます)

サイタ、サイタ

2005-03-31 21:53:46 | 日記・エッセイ・コラム
 今日は晴れて少し暖か。
 夕方、甲州街道沿いの日当たりの良い公園を通りかかると、何本かあるソメイヨシノのうちの一本にチラホラと花が咲いていました。

 野川の桜は、まだ。川沿いなので地面の温度がやや低いのかもしれません。

 遊歩道の柵にONEWAY0503こんな看板 が立っていました。
 年を追うごとに人出が増えたので、ついにこうせざるを得なくなったのでしょう。警察が人の動きを誘導してくれるのも、確か今年が始めて。これまではボランティアの人が交通整理をやっていました。
 この様子では来週末、9日か10日の一夜がライトアップとなりそうです。こちらの情報にご注意ください。

 郵便受の修理、終了。
 今度は前のやつより数段頑丈な取り付け方にしたので、15年はもつと自分で保障をつけてみました(笑)。

 今夜からNHKテレビで始まった「探検ロマン世界遺産」。ナスカの地上絵の秘密を解き明かすために、BIRD-EYESの矢野健夫くんのモーターパラグライダー撮影が威力を発揮していました。
 「健夫くん」などといっても50代なかばのいいオッサンですが、小学校の同級生なのでどうしても昔ながらの呼び方になってしまいます。
 「新シルクロード」同様この番組でも今後、矢野くんの映像がたびたび登場するようです。次は4月中に放送されるアンコールワットの予定だとか。乞期待。


「よみがえる横溝正史」展

2005-03-30 21:49:11 | 日記・エッセイ・コラム
 いやあ、良かった。バーレーンのオウンゴールでも、勝ちは勝ち。
 しかし、今夜のサッカーの応援はほとほと疲れました。
 次の戦いも頑張れ!

 何が当たったのか、玄関脇の塀の上に設置してある郵便受けが吹っ飛ばされ、地面に転がっていました。2つ上下に並べて取り付けてあるのの、上のやつ。お昼前のことです。
 応急処置で元の場所に載せましたが、強い力がかかるとまたすぐに落ちそう。明日にも本格的に修理しなくてはなりません。やれやれ。

 午後、世田谷文学館まで出かけて「よみがえる横溝正史」展。昨年10月からやっているのだから、もっと早くに行けばいいものを、閉幕ぎりぎりになってようやく(同展は明日、3月31日まで)。

 森下雨村がらみのものが何かあればと思ったのですが、さほど収穫はなし。同館所蔵の資料による小企画で、常設展の片隅にスペースをとり、書簡や原稿が展示してありました。

 郷里の神戸時代からの朋友、西田政治さん宛ての横溝書簡(昭和44年10月22日付け)に、次のようにありました――


 あなたと森下さんと乱歩さんというひとがいなかったら、小生はいまでも神戸でしがない薬剤師生活をしていたでしょう。…(中略)…森下さんに、乱歩さんに、紹介してくだすったのはみなあなたです。そのあとはあなたも御承知のとおり、自ら積極的にやったことはなにひとつありません。すべて、乱歩さんや森下さんが引っ張り出してくれたのです。
 控えめな横溝さんらしい言葉。
 しかし、中学生時代から神戸の古本屋を漁って外国のミステリ雑誌を読みふけった蓄積が、横溝さんを自然と探偵小説の道へ押し出していったのです。

プラハ便り

2005-03-29 21:06:02 | 日記・エッセイ・コラム
 天気予報ハズレ。
 晴れてポカポカ陽気になるといっていたのに、一日中黒い雲が空を覆い、冷たい北風が吹く。気温は平年並みだったらしいのですが、大変寒く感じられました。
 関東地方では、どうやら気圧の張り出しが北に偏り、等圧線が東西に並ぶ「北高型」になっていたようですね。
 これでは今日も桜が咲くわけにはいきません。明日はどうかな?

 プラハの幸重善爾さんから、昨日届いたイースターのお便り(イースターエッグの画像付きでした)――


 楽しい復活祭を!(チェコ語ではヴェセレー・ヴェリコノツェ!Vesele Velikonoce ! )

 毎年e-mailのイースターカードを気に入っていただいているようですので、今年も送らせていただきます。

 今年は例年より早く今日(3月28日)がイースターの月曜日です。体調がよくないローマ法王ヨハネ・パウロⅡ世は今年は祝典行事に出席しませんでしたが。
 敬虔なカソリックの国お隣ポーランドと違い、神の存在を信じていない者の確率がヨーロッパで最も高いチェコでは若者にとってイースターは「単なる休日」です。それでも伝統にのっとった復活祭の行事はあちこちで行われています。

 もっとも、本業のシナリオ執筆が遅れているぼくは祝日も外に出ず、シコシコと仕事をする……はずです。

 今年、久々に監督作を撮ることになりまして、現在その脚本を書いています。
 お寺を追い出されたわんぱく小僧が山で山姥に遭い、和尚から餞別にもらった四枚のおふだで難を逃れるという日本の昔話「四枚のおふだ」を十二分間のアニメにします。

 人形アニメではなく切り紙アニメになるのが当初は残念でしたが、デザイナーがこちらの希望に沿った良いデザインを出してきたので、やる気が出てきました。
 (切り紙アニメとは紙に描いた絵をパーツごと(頭、胴、手、足等々)に切り抜いて、それをアニメーターが少しずつ動かしコマ撮りするという技法で、セルではなく紙に描くのでデザイナーのスタイル(筆致)がそのまま使えるという利点があります)

 因みにこれはぼくが働いているスタジオが企画しているTV用アニメシリーズ「世界の昔話」のパイロットで、日本の昔話は他に「竹取物語」「猿蟹合戦」「ものぐさ太郎」がラインナップに入ることになっています(とりあえず脚本化はします)。

 私生活は相変らずまったく冴えませんが、仕事の方は山積み状態で、ありがたいことだと思っています。

 森下さんの春が楽しく充実したものでありますよう。

  ――幸重善爾拝

 追伸 森下さんの日記を読んで、Amazon.co.jp に吾妻ひでおさんの『失踪日記』を注文しました(送料が本代と同じくらいするのが涙涙ですが)。来週辺りには届くはずなので、ワクワク、とても楽しみにしています。


 法王は声が出せず、大変なようですね。早く快復されますように。
 日本ではクリスマスが定着したのに、謝肉祭も復活祭も無縁なので、どんなお祭りなのかよくわかりません。どうせなら、あれもこれも賑やかにやればいいのに(カーニバルはやっている商店街があるかな?)。
 幸重さん、ありがとうございました。素敵な作品が出来るよう、遠い空からエールを送ります。

 (株)アークシステムの「野川桜ライトアップ情報」
 毎日、チェックしてくださいとのことです。


雨降り

2005-03-28 21:51:09 | 日記・エッセイ・コラム
 一日、雨。
 もう少し暖かい雨になるかと思いましたが、気温はあまり上がらず。これでは桜の蕾も膨らまなかったのではないでしょうか。

 夕方、傘を差して散歩に。
 甲州街道へ出る小道を歩いてゆくと、向こうから母親に手を引かれた4歳ぐらいの男の子がやってきます。レインコートを着て、傘を差し、足にはゴム長。雨の日の完全装備です。
 すれ違う手前で、男の子は道路にできた浅い水たまりの中に立ち止まりました。ゴム長なので大胆です。
 母親もつられて足を止める。男の子はじっと足元を見ています。と、突然、右足を振り上げ、思い切り水面を踏みつけたのです。

 パッシャーン!

 水が撥ね散ります。当然、手をつないでいた母親の足にもかかる。
 「何やってんの! お母さんのズボン、こんなになっちゃったじゃないの!」
 母親は叱りつけたのですが、その声はどこか楽しそう。私は通りすぎながら、つい声を出して笑ってしまいました。母親は微笑んで、私に会釈。

 水たまりで立ち止まった男の子に付き合う母親はえらいですね。子どもの好奇心に寄り添っている。水を撥ねかけられても本気では怒らなかったのも、子どもの心となかば同化していたせいでしょう。
 その後の散歩はずっと気分が良かった。


『むかしのはなし』

2005-03-27 21:23:37 | 本と雑誌
 三浦しをんさんの本を読むのは初めて。『むかしのはなし』(幻冬社)は出版社から何の前触れもなく送られてきたので、たぶん私の興味の範疇に入ると編集さんが判断してくれたのでしょう。まったく予備知識なしで手に取りました。

 「ラブレス」は「かぐや姫」、「ロケットの思い出」は「花咲か爺」というぐあいに、日本の昔話をヒントにした7つの作品が並んでいます。といっても、もとの話との関係はかなり微妙。ねじくれ、はぐらかしての照応ぶりで、そのあたり、作者の意地悪かつユーモラスな視線が魅力的。

 でも、これは現代の男女関係の話でオレには物足りないかな、と思っていたら、4作目の「入り江は緑」あたりから妙なことになってきた。背景にSF的要素が導入されているのです。(ただし、木星の基地で1年の任務を果たして地球に帰ると20年が過ぎているなどというあたりは、もう少し何とかならないものでしょうか。誰かにちょっと聞けばいいのに)

 このSF的設定はその後の短編でも共通していて、つまり、単に昔話を下敷きにしたものというだけでなく、現在から未来に向けての日常風景を断続的に描くオムニバス作品となっているのです。
 そして最後の作品に至って、設定が効果的にはじけるところが見事。

 「懐かしき川べりの町の物語せよ」というタイトルのこの中篇は「桃太郎」が下敷き。「モモちゃん」という際立ったキャラの男子高校生が登場します。痛快で切ない「ひと夏の経験」の物語。『八月の濡れた砂』あたりの日活青春映画を思わせ、しっかりとツポに嵌まりました。
 また、「お供」としてトリコ(鳥子)という女性が登場する(雉の役割ですね)のも、個人的にはワクワク(いや、たまたまそんな名前の人を知っているというだけで、それ以上の意味はありません)。もちろん犬や猿に相当する人物もいます。

 この作品ひとつで、本書は記憶に値するものになっているといっていいでしょう。
 そういえば、カバーの下の表紙の装幀には多摩川の中洲と思しき写真が使われていて、「懐かしき……」の舞台と主人公たちの心象を表しているかのようです。