惑星ダルの日常(goo版)

(森下一仁の近況です。タイトルをはじめ、ほとんどの写真は交差法で立体視できます)

冬のトマト

2019-01-22 21:11:27 | トマト

 昨日は夕方から都心に出て『現代の小説2019』の編纂会議。

 場所は徳間書店会議室。徳間書店は目黒駅すぐそばの目黒セントラルスクエア内にあります。1年ぐらい前に引っ越して来たのかな。
 最近のオフィスビルは似たようなものでしょうが、なかなかにセキュリティが厳しい。渡されたゲスト用IDカードで廊下のゲートにタッチして中に入る仕組み。通常はゲートが閉じていて、ちょうど鉄道の自動改札のような感じ。気軽に編集部へ遊びに行くのはむずかしくなっています。

 ちなみに同ビルの上階部はアマゾンのフロアとなっていて、内部はとても興味深そうですが、おいそれとは入れそうにありません。

 今日は通常業務で、朝、市民農園に出かけて畝を耕し、午後は2階で本を読む仕事。

 これはその部屋で育てている鉢植えトマトの花。

 まさか真冬に花が咲くとは思っていませんでした。
 こうなればなんとしても実らせてみたい。そうすれば、どんなトマトなのかが判明します。
 ただ、実がなったとしても、ちゃんと育てるには鉢をもっと大きいものに替える必要がありそう。そんなもの、室内に置けるのか?

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ファクス

2019-01-20 21:37:19 | 日記

 家の固定電話はファクシミリ兼用型です。でも、もうファクスを使うこともないかなぁ、と。

 昔は仕事で使うこともあったのですが、何年も前から、仕事はメールのやりとりに代わり、ファクスは横田順彌さんとの間だけになっていました。横田さんはインターネット、やらなかったんです。パソコンはワープロ代わりに使っていましたが、確かメールでの原稿などのやりとりは若い人にやってもらっていたはず。
 横田さんから来るファクスには、文末に日の丸を持ったゴジラの絵が添えられていることが多かった。今、SNSで使われるスタンプのようなものですね。

 愛嬌のあるあのゴジラ。どこかに1枚ぐらいは取ってあるように思いますが、今は出てきません。横田さん、今夜の「いだてん」のサブタイトルは『冒険世界』なんですよ。

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SFファン交流会

2019-01-19 21:29:27 | SF

 午後2時から渋谷区の笹塚区民会館にてSFファン交流会。冒頭で、亡くなられた横田順彌さんへの黙祷の時間をいただきました。

 会の内容は、恒例の前年回顧。今日は国内SFについて、鈴木力さん、牧眞司さん、私の3人で語り合いました。時々、聞き手として牧みいめさん。おしまいの方では会場にいらした方からの発言もあり、和気あいあいとした良い集まりでした。

 あらかじめ、鈴木さん、牧さん、私で、それぞれ目ぼしい長編・短編(あるいは短編集)を10タイトルずつ挙げました。
 3人全員が推した作品を以下に並べてみます(タイトルの50音順。短編は個別の作品もありましたが、収録された短編集でカウントしました)――

  • 『オブジェクタム』高山羽根子
  • 『飛ぶ孔雀』山尾悠子
  • 『半分世界』石川宗生
  • 『風牙』門田充宏
  • 『零號琴』飛浩隆
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横田順彌さん(その3)

2019-01-18 21:16:30 | ひと

 横田さんとの個人的なお付き合いについての思い出も多いのですが、今日はもう少し、その仕事について。

 横田さんが日本の古典SFに興味を抱くきっかけとなったのは、押川春浪の『海底軍艦』でした。
 作品だけてなく、作者である春浪その人についても興味は尽きることなく、ずっと春浪およびその周辺の人についての研究を続けました。その結果、春浪が育ち、活躍した時代――特に明治の人と文化について、独自の造詣を深めていったのです。

 横田さんが見出した明治人たちは、純粋で、情熱家で、ロマンチストで、馬鹿馬鹿しいことにも懸命になっていました。つまりは、横田さんのような人たちだったといえるでしょう。これは、つまり、横田さんが自分自身を明治人に投影していたということなのでしょうか。

 ともかく、そうした研究結果や、そこから生まれた創作は、今、もっとも広く受け入れられようとしているように見えます。
 宮藤官九郎が脚本を書いたNHKの大河ドラマ『いだてん』を、横田さんが目にすることなく逝かれてしまったことが残念でなりません。

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横田順彌さん(その2)

2019-01-17 21:15:35 | ひと

 亡くなられた横田さんの仕事についての感想。昨日の続きです。

 笑いに意味を与えようとせず、自分の感覚に忠実だった横田さんですが、古典SFの研究についても、似たようなことがいえます。
 どういうことかというと、従来の通説や、権威の意見に惑わされることなく、自分が感じて面白いと信じるものを評価し、世の中に伝えようとしたのです。

 そのためには、まず、古い作品を読み漁り、「古典SF」を発掘してゆくこと。自分の嗅覚だけを頼りに古書の海に潜り込んでゆきました。

 その成果が『日本SFこてん古典〈Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ〉』。

 珍妙な学習参考書『炭素太功記』や山田孤帆という人の『吾輩は猫被りである』などというあきれた小説を教えてくれただけでも凄いのですが、そうした作品を楽しむ姿勢が、何よりも見事でした。たぶん、何人もの人の、世の中への対処の仕方を変えてしまうほどのインパクトがあったと思います。

 横田さんの「古典SF」への興味は生涯、薄れることなく、その後も研究を続け、『近代日本奇想小説史』を結実させます。権威とは無縁の横田さんでしたが、これだけの成果を世間も無視することはできず、日本SF大賞特別賞・大衆文学研究賞・日本推理作家協会賞が授与されたのでした。

 他人の意見に惑わされず、自分で面白さを見つけてゆくこと。それを教えてくれた横田さんは素晴らしい「教師」でした。ただし、この教師はちっともエバラなかったんですよねぇ。

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