舞音ちゃんの続き、です。
あとがき、がわりに、少し。
当初、妄想した私と彼のお花見に、
当然のことながら、舞音ちゃんは出てきていませんでした。
それとは別に、
舞音ちゃんが、両手を広げて、走り寄る絵だけが、
私の中にありました。
そこに、舞い散る桜と、風と、彼の姿が、
アニメのセル画のように重なり、
今回の、お話になりました。
ここのところ、
甘い、甘い、恋愛話から、離れてきているような気も、
しないではありませんが、
数ある妄想小説の中、
こんな変り種なお話があっても、いいのかな、と思ってます。
自己満足のかたまりのような小説に、
貴重な時間を割いて、お付き合いくださっている方々に、
感謝をいたします。
では、
後編を、お楽しみくださいませ。
着替えた彼女が、リビングにやって来たのは、
15分ほどたってからだ。
彼女の姿を、やっと見つけた舞音が走り寄る。
「まーま、おはよごじゃましゅ」
「おはよ、まのん」
舞音にあわせてしゃがんだ彼女。
頬を合わせて、朝の挨拶だ。
「ああ。舞音の着替えだけ、させたって。
こっちの仕度は出来てるけど、
舞音の分は、全然、どないしてええんか、わからへん」
「うん。
さ、舞音、お出かけ、するからね。
お着替え、しようか。
『めるちゃん』、どのお洋服がいい?」
「あ!! そうや、『めるちゃん』や」
「え?」
「いや、な。舞音のやつ、この人形、『まりゅちゃん』って、呼んだからな。
なんや、ちょい、違わへんかなあ、思っててん」
「何回教えても、『まりゅちゃん』なの。
おかしいのはね、私が『まりゅちゃん』って呼ぶと、
『ちゃうもん、めるちゃんやもん』って、言い返すの」
「なんなん? それ」
「さあ。わかんないけど」
「へそ、曲がってるな」
「誰に似たんだろうね」
そう言って、彼女は、俺を見て笑った。
こいつ、確実に、俺、やと思うてるわ。
ちゃうやんな。
俺、へそなんか、曲がってへんもん。
せやけど。
日々の、小さな舞音の行動や、言葉。
そんなもんを、こうして、ちょっとずつ共有していく時間が、
俺らを、親にしていくんやろな。
陽だまりの中。
桜の花が、時おり、風に舞う。
はらり、くるり、
くるり、はらり・・・。
花びらやのうて、
一輪の花ごと、舞って落ちる姿は、
花の精が、桜の木から、飛び出すようや。
「ぱーぱ、たべゆ」
舞音が、俺の袖を引っ張った。
「お? おお。
ほんなら、手をあわせようか」
言われたまま、ちっちゃな手を、合わせる舞音。
「いっただっき、まぁっす」
「いっただっち、まぁっしゅ」
ぺこり、と、小さなお辞儀をして、
おにぎりに手を伸ばす。
「おにぎちしゃん!」
シートに広げたお弁当箱。
おにぎりと、からあげと、ブロッコリーの茹でたやつに、
だし巻卵、ウィンナーに、
ベーコンと一緒に炒めたかぼちゃ。
なんや、定番やけど、
俺に作れるんは、限られてるし、な。
「ぱぱおにぎち、おいちぃ」
ほっぺたに、ご飯粒、くっつけて、
舞音が、にこにこ笑う。
「ほんと、おいしいね。
ぱぱ、お料理、上手ね」
彼女も、舞音の隣で笑顔になってる。
ふたりの、この顔が見れるんやったら、
休日にお弁当作るくらい、やっすいもんや。
お弁当食べ終わって、
俺は、ごろり、と、身体を伸ばす。
煙草・・・は、あかんな。
舞音がいてる。
埋め尽くす桜の薄紅の隙間から、
空の蒼が、覗く。
「ありがとう」
「ん?」
俺は、顔だけ、彼女に向ける。
「せっかくのお休みだったのに、
お花見、連れて来てくれて」
「なに言うてるん。
お花見は、俺がしたかったんやから、ええねん」
「ほんまに?」
「ほんま」
「お弁当、おいしかった」
「すまんかったな、冷蔵庫のもん、勝手に使って」
「ううん、言うてくれたら、私、作ったのに」
「ええねん。
たまには、俺にも、父親らしいこと、させろや」
「なに言ってるの。ちゃんと、いっつも、父親、でしょ」
「そうかぁ? 俺、舞音の父親、やれてるか?」
「舞音見たら、わかるじゃない。
あんなに、ぱーぱ、ぱーぱって」
彼女が舞音に目をやった。
視線の先。
少し離れたところで、
なにやら、しゃがみこんでる舞音。
なにしてるん、あいつ。
「舞音も私も、貴方が、大好き、よ」
俺を覗き込んだ彼女の顔が、降りてくる。
阿呆。
照れるやん。
「ぱーぱ! まーま!!」
舞音の声。
身体を起こして、目をやると、
手のひらを握り締めたまま、
腕を広げて、
ちょこちょこ、走り寄ってくる舞音。
あかん、
転ぶ、転ぶ。
とっさに手を差し出して、
舞音を抱きとめる。
「あげゆ」
俺の腕に、転がるように飛び込んできた舞音。
その手の中には。
拾い集めた桜の花びらが、
くしゃくしゃになってた。
「ありがとう、な」
俺は、花びらを受け取りながら、
舞音の頭を、ゆっくり撫でてやる。
嬉しそうな舞音。
「ゆっくり、大きくなるんやで」
こんな小さな出来事の積み重ねがあって、
俺らは、ちゃんと、家族になれるんやな。
記憶の共有。
大人に近づくたび、忘れてしまう、
昔の、
小さな、なにげない日常でも。
親の俺が覚えてたら、
それは、
家族の思い出やんな。
な、舞音。
ゆっくり、ゆっくり、
俺にみせてくれるよな。
お前がオトナになっていく様。
俺らが、家族になっていく様。
いつか、俺が、じいさんになった時、
お前の子供に、話してやんねん。
お前が、どんだけ、やんちゃ、やったか、を。
どれほど大切な、俺の、お姫様やったか、を。
子供が、どれだけ親に愛されて育つもんか、を。
そのために。
ここに咲く、桜の花よりも多く、
お前が笑う記憶を、
彼女がくれる愛情を、
俺の中に刻み込んで、
言葉に変えよう、
声にしよう、
詩に残そう。
それが、お前ら二人に示してやれる、
俺が、俺である証、やから。
一陣の風が、
桜を揺らして、
駆け抜けていった。
FIN.