すばるに恋して∞に堕ちて

新たに。また1から始めてみようかと。

長編3-3

2009-06-11 10:04:08 | 小説・長編
かなり、ゆっくりめの更新ですが、
長編の続きです。

お分かりでしょうが、
ここから始まる物語は、作者が四半世紀前に放り出した小説を、
あらたに書き直しているものです。
当然のことながら、、
名前の変換機能は用意してありません。

登場人物は、あくまでもフィクションで、
実在の人物とは、一切、関係がありません。

すばるの部屋で、突然智香が泣き出したところから、です。

お付き合いくださるかたは、続きから、お願いします。




しばらくの間、
何をするでもなく、すばるは、
智香の細い肩の震えが治まるのを待っていた。

高校時代、
いつも強気で、凛として、
すばるの前で、
弱気なところなど、微塵も見せなかった智香。

みんなを励まして、
明るく笑ってるばかりの智香。

今、こんなふうに、声を殺して、
すばるの隣で泣く姿など、
想像だにしていなかった。



あの頃。


付き合って欲しい、と、はっきり口にできずに、
なんとなく、仲のいいクラブ仲間のまま、だった二人。

それでも休日には、二人だけで待ち合わせて遊びにも行った。
受験が近くなれば、図書館にも二人で通った。

きっかけは、いくらでもあったのに、
すばるは、智香との間に、透明な壁があるのを感じて、
あと一歩が踏み出せないまま、だった。



智香の涙が、ようやく落ち着きを取り戻した頃、
すばるの腕から、
智香が不意に離れた。

「ごめんね、突然、泣いたりして」

智香は下を向いたまま、そう言った。

「智香の気がすめば、それでええわ」

顔を上げさせようとしたすばるに、
智香は、

「あかん、顔、見せれん」

「何、言うてんの」

「お化粧、ぐちゃぐちゃやもん。恥ずかしい・・・」

「今更、智香の素顔くらいで驚かへんで」

「でも・・・」

「難儀なやっちゃな。そんなん言うんやったら、早よ、直しておいで。
 廊下出たとこに、洗面台、あるから」

すばるは、うつむいた智香の頭を、ぽんぽんと撫でると、
手近にあったタオルを渡した。

タオルで顔を隠すようにしたあと、智香はバッグを手に取り、
そのまま、洗面台へと消えた。


ぱたん・・・


小さくドアの音がして、智香が出て行ったあと、

すばるは、
腕が覚えた智香の肩の小ささを想い、

智香が、何に傷ついてここに戻ってきていたのかを、
知りたくなっていた。

智香の髪から香った匂いが、
離れていた時間の長さを思わせた。

むせ返るような華の香り。

無理してオトナびた、香り。

智香に合っているとは思いたくない、その香りが、
すばるの胸に、
あの頃に封印したはずの想いを蘇らせていた。



好きやった。
トモダチ、になる前から、気になってた。
誰より大切な存在だった。

なのに、
肝心なことが言えなかったのは、

トモダチ、ですらなくなるのが怖かったからだ。

智香に好きなヤツがおるらしいんは、
なんとなく分かってたから、
拒絶されるんが、怖かった。

拒絶されて、顔も合わせられんようになるくらいやったら、
想い殺して、トモダチのまま付き合ってたほうが、楽やった。

・・・・・・智香は、あの頃、俺のこと、ほんまは、どう思ってたんやろ。

・・・・・・今日、会えたことに、なんか意味があんのかな。

・・・・・・それにしても、あいつ、泣きすぎやろ。何があったん?

・・・・・・あかんわ。詮索したら、あかんねん。

・・・・・・あいつから言うんなら、まだしも、俺から訊いたら、絶対アカンわ。


すばるは、マグカップを手に取り、飲もうとして、
それが、もうすっかり冷め切ってしまっていることに気づいた。

すばるが、煙草に手を伸ばそうとしたところに、
智香が化粧を終えて、戻って来た。

「ありがと」

「落ち着いたんやな」

「ん・・・」

智香は、小さく頷いて、

「人前で、あんなに泣いたん、初めてかもしれん」

気まずそうに、笑顔を見せた。

「智香が泣いてんのなんか、俺、見たことなかったわ。
 気ばっかり強くて、怒らせんよう、怒らせんよう・・・」

「ひっどぉい。そんな、鬼みたいな・・・!」

「ほれ、そんなん、なるやんか」

「もうっ!!」

二人して顔見合わせて、大笑いになる。

高校時代に、時を戻したかのように。

「どないする? メシ、行く? 久しぶりなら、誰か、呼ぼうか?」

すばるの言葉に、智香は、一瞬、戸惑った。

本当に久しぶりだったから、
逢えるものなら、みんなに逢いたいけれど。

「私とふたりきりじゃ、気まずい?」

「何、言うて・・・。そんなわけ、ないやん」

「じゃあ、すばるとふたりで、ご飯、したい」

「せやけど、俺、オシャレなとこ、知らんぞ」

「オシャレなとこなんて、私だって、知らんよ。すばるが、よく行くとこでええわ」

「あ? おっちゃんが行くような居酒屋ばっかやで」

「十分、十分」

「そうか? ほな、行こか」

立ち上がったすばるは、
ポケットに携帯を突っ込もうとして、
メールの着信があったことを、思い出した。

「あ・・・しもた」

メールの相手を確かめたすばるが、
少し慌てた声を出した。

「何? やっぱり、急用やったん?」

智香が問い掛ける。

「んー、急用っていうのんとは、ちょっとちゃうねんけど」

「ややこしい話? だったら、ご飯くらい、別の日に・・・」

「それは、アカン。・・・大丈夫。明日にでも、連絡してみるし」

「メールくらい、返したら? ・・・彼女、でしょ?」

「あほか。そんなん、おらんわ」

すばるのその言葉に、
智香は、内心少し、ホッとしている自分に気づいて、苦笑した。

・・・・・・私、やっぱり、素直じゃないわ。

「行こ」

すばるに促されて、
智香は玄関から外に出た。

外は、もうすっかり日が落ちて、
街灯が、ぽつぽつと、点き始めていた。

昼間の陽射しとは、打って変わって、
夜風は、まだ、冬の冷たさが残っている。

「薄着やな、寒ないか?」

すばるが、手にしていた自分の上着を、智香に掛けた。

「あ、でも、そしたら、すばるが・・・」

「ええねん、すぐそこやし。ちょっとは、カッコつけさせろや」

「ごめん、ありがとう」

智香は素直に、すばるの上着を羽織った。

うっすらと香る煙草の匂い。

さっき、泣き続ける智香を包んでいたものと、変わらない匂い。

智香の記憶にある、すばる匂いといえば、
汗臭いユニフォームと、バスケットボールの独特の匂いだったのに。


店までの道、
すばるの少し後を歩きながら、

・・・・・・また、私、すばるに助けられてる。

・・・・・・あの頃、すばるの気持ちを知ってて、でも、気づかない振りして、ずっと、甘えてた。

・・・・・・県外の大学選んだのも、好きな人のためやったのに、それ、ずっと、隠してて。

・・・・・・すばるのことも、高校時代のことも、全部振り切って進学して。

・・・・・・なのに、結局裏切られて、しんどくて、戻って来た。

・・・・・・最低、よね。私。今、また、すばるに甘えようとしてるなんて。



「着いたで」

中からは、賑やかな声が聞こえてくる。

どうやら、このあたりの学生御用達の店らしい。

すばるは、あたりまえのように、智香の手をとって、
暖簾を、くぐった。

















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長編3-2

2009-05-23 08:05:45 | 小説・長編
今日から、愛しい彼は、仙台ですね。

たっぷり笑顔で、
たっぷりはっちゃけて、
たっぷり暴れまくって、
跳んで跳ねて頂きたいな。

そこへ行けない私は、かなり、我慢して、
妄想で遊ぶことにします。

さて、
本日は、長編の続きを。

懐かしくて、せつない恋に戻る彼に、会ってください。

とりあえず、でも、
フィクションで、ただの小説ですから、
無論のこと、実在の人物とは、一切、関係ありませんので、

そこは、お間違えのないように。

お付き合いくださる方は、続きから、どうぞ。


    

携帯電話が着信を告げる。


「ねえ、鳴ってるわよ?」

「放っといてええよ。メールやし」

「誰からか、分かるの? 見なくて平気?」

「知らん。・・・・・・けど、どうせ大したこと、ないやろ」

「そう?」

すばるの部屋。

一人暮らしの、その部屋は、
意外と小奇麗に片付いていて、
それは、
高校時代のすばるからは、あまり、想像できなかった。

「なにしてんの」

座りもせず、立ったままの智香に、
すばるは、声をかけた。

「どこでもええから、座ったら? 今、飲むもん、入れるし」

言いながら、小さなキッチンに立ったすばるは、
慣れた様子で、コーヒーをたてはじめた。

部屋にたちこめるコーヒーの香りに混じって、
かすかに、煙草の匂いがする。

「煙草、吸うんだね」

「ん・・・。まあ、本数は多くないけどな」

智香の知らない、すばるの匂い。

それは、
高校を卒業してからの、2年という時間そのものだった。



智香が高校を卒業して、県外の大学に進学したために、
いつしか、会う回数も、連絡も途切れがちになり、
自然消滅した形の、
すばると、智香。

「今日は、どうしたん? 大学、まだ始まらんの」

マグカップをふたつ、
すばるは小さなガラスのテーブルに置いた。

「すばるだって、まだ、でしょ?」

「ん? 俺んトコは、もう、始まるで。
 講義自体は、まだやけど、初めのややこしい説明のやつが、な。
 学生課やら就職課やら、なんか、ようけ予定に入ってたわ」

「どこも一緒、ね。サークルは? 相変わらず、球入れしてんの?」

「球入れって、バスケのことか。ほかに、言い様あるやろ」

「だって、大学のサークルなんて、ほとんどお遊びに近いじゃない。
 体育会系の、有名どころなら、別だけど」

「相変わらず、口、悪いんやな」

窓を少し開けて、
外の風を部屋に入れる。

暖かなひだまりに、
春風の冷たさが、心地よく流れ込む。

「窓、開けたりして、ええの? 花粉症、治ったん?」

「治っては、おらんけど、な。
 注射、打ってもらうようになったら、前よりはラクになったわ」

「良かったわね。前は、この時期、廃人同然だったものね」

「あのな、おまえ。もうちぃっと、口、直したほうがええで。
 嫁の貰い手、無くなんで」

「ええわ。そしたら、すばる、貰ってくれるんでしょ?」

智香がまっすぐに、すばるを見つめた。


一瞬の間。


智香が、ケラケラ、笑い出した。

「もう! すばる。ツッコんでくれんと!!」

「あ、ああ、すまん、せやって、突然・・・」

「イヤやわ、ツッコミ、下手なんは、変わらんやん」

笑い転げる智香に、

「しゃあないやんけ。慣れてへんねんから」

すばるは、少々、ふてくされた。

「わかった、わかった。機嫌、直そ?」

智香は、すばるのそばに来て、
寄りかかるようにして、顔を見上げた。

「ごめんね、笑ったりして。・・・・・・でも、安心した。
 昔のままのすばるでいてくれて」

「成長してへんって、言いたいんか?」

「まあね、背も、ちっちゃいまんまやし」

「おい」

「うそ。そういうことじゃなくて」

「ほな、なに?」

「そんなに拗ねんの止めて」

「別に、拗ねてなんか・・・」

横を向きかけたすばるの顔を、
智香は、じっと、見つめる。

「そうやって、いっつも、私から顔逸らす、すばるの横顔、
 あの頃、見るの、辛かったな」

智香の言葉に、すばるは応えなかった。

代わりに、
冷めかけたコーヒーを一口飲んだあと、
手近にあった煙草を一本抜き取って、火を点けた。

吐き出された紫煙が、
その匂いとともに薄く広がっていく。

智香は、寄り添うように、すばるの肩に、頭を預けた。

「自分勝手、だったよね。
 忙しくて、新しい生活に慣れるのに必死で。
 すばるがくれたメールに、返事もしなくて。
 ゴールデンウィークも、夏休みも・・・・、ううん、
 帰ろうと思えば、週末だって、いつだって帰って来れるのに、
 そうしなかった。
 すばるや、みんなに、ホントは、会いたかったのに、
 会う機会を、自分から放棄してた。
 すばるは、いつも、優しいメールだけ、くれた、のに・・・」

すばるの手にした煙草が、
次第に短くなってゆく。

「なんで、今日、あそこにおったん?」

煙草を灰皿に押し付け、
すばるは、智香に訊いた。

高校生だった二人が、
休日の待ち合わせに使った公園。

「桜、・・・・・・見たくなって」

高校から少し離れた、大型スーパーの裏。
なんの変哲もない、小さなコドモだって、ろくに遊びに来ないような、
代わり映えのしない公園。

だけど、桜の季節だけ。

そこには、空の青と、
うす紅の花の色が鮮やかに調和して、
広がる春の光とともに、
奇跡のようなスペースが描き出される。

ほんのひととき。

それと分かって、そこに立たなければ、
気づきもしないような風景だけれど。

「桜なんか、どこで見たって、同じやろ」

分かっていて、すばるは、少し意地悪を言った。

「花見やったら、もっと、有名なとこのほうが、キレイやのに」

「そう・・・だよね、可笑しいよね。
 でも、見たかったのは、あの公園の桜、だったんだ」

「なんか、あったんか?」

すばるの言葉に、解き放たれかのように、
智香の目から、涙が溢れ出した。

「ごめ・・・、いや、なんで、涙なんか。
 ・・・泣くつもりなんか・・・」

しきりに涙を止めようと目をこする智香の手を制し、
すばるは、その肩に、手を回して、抱き寄せた。

「泣きたいときは、ちゃんと、泣かんと。
 いつまでも、余計に苦しいだけやぞ」









すみません、いったん、ここまでで。





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長編3-1

2009-05-18 08:49:31 | 小説・長編

本日は、娘の高校のPTAで、午後から夜まで出ずっぱりです。
更新も、おそらくは出来ないでしょう。

というわけで。

書き終わっている長編の続きを。

前回からシーンが変わります。

注意事項は、お分かりでしょうが、
あくまでも、小説ですので、
実在の人物とは、一切、関係はありません。

お付き合いくださる方は、続きから、どうぞ。



レポートと後期試験も終え、
進級に必要な単位もなんとか無事に満たし、
暇を持て余しつつも、バイトに励んでいたすばるに、
高校時代のクラブ仲間からOB会の連絡が入ったのは、
長い春休みも、少々飽きて来た頃だった。

ふたつ返事で参加した、その日。

地元の遊園地で、
妙に気になるオンナノコの姿を見かけた。

家族連れやカップル、仲間同士のグループに混じって、
ひとりきりで、
次々とアトラクションに乗るオンナノコ。

・・・・・・どっかで、見た、こと、ある・・よなあ???

決して、楽しそうとはいえない雰囲気の、
その姿は、
アトラクションで一緒の列に並ぶたびに、目に入るようになり、

ゲームコーナーで、
何度もクレーンゲームをしては、うまく取れずに、
小さなため息とともに、その場を離れていくのを見たときには、
思わず、自分が人見知りなことも忘れて、
声をかけて、その景品をとってやろうか、とも思ったほどだ。

閉園の頃には、
なんとなく、目が、その姿を探してしまうまでになった。


それが、誰か、を思い出したのは、
閉園後の駐車場で、
人待ち顔で立っているそのコを見たときだ。

後輩の練習相手に借り出されて、
久しぶりに高校に顔をだした時、
体育館の隅で、所在なげに立っている姿を見た。

それが、一年マネの友人で、
練習が終わるのを時々待ってることも、
ゼミ仲間の村上の従妹だってことも、
あとで聞いた記憶があった。

だから、なんとなく、
放っておけない気分になって、声を掛けた。

あとから考えたら、
小さなナンパでしか、なかったけれど。

あのまま、一人で帰してしまうのは、
心配になる雰囲気では、あったのだ。

大きなお世話と、言えば、言えなくも無かった。

けれど、すばるにとっては、
声を掛けるだけでも、
大概、『勇気のいること』だった。

なにしろ、極度の人見知りだったから。

掛けた声も無視されて、
彼女が走り去るとき、
彼女の足元からだろうか、
細い銀のチェーンが滑り落ちた。

拾い上げたそれは、
外灯の灯りに、かすかな輝きを放った。

見れば、
小さなハート型の飾りに埋め込まれた細かなクリスタル。

・・・・・・大切なもんと、ちゃうんか?

追いかけようとした、そのとき、

「何してんねん、すばる。行くぞ、早よ来いや」

一緒に行ったメンバーに呼び止められた。

「どないしてん?」

「あぁ・・・ええわ。何でもないわ」

「次行くって、みんな言うてるで。すばる、どないする?」

「そやな。みんな揃うんも久しぶりやもんな。行くわ」

銀のチェーンをポケットに仕舞うと、
すばるは仲間の方に戻った。

      あとで、あのマネージャーに連絡して、渡してもらったらええわ。






3-2へ続く。


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長編 2-3

2009-05-13 12:24:13 | 小説・長編
注意事項を。

ここから始まる物語は、ただの小説であり、
実在する人物とは、一切、なんの関係もございません。

名前を変換する機能も、備え付けてありません。

まだ、始まったばかりの小説ゆえ、
若干、話の展開が、ゆっく~~りめになっております。

25年の歳月を経て、ようやく動き始めた物語です。
完結までには、まだまだ、時間を要します。

お付き合いくださる方は、どうぞ、続きから。

美術準備室を出たあとのあづさから、です。


帰り道。

学校のすぐ前のバス停で、
あづさはため息をついた。

下校時刻以外のハンパな時間には、
本数が極端に少ない、ローカル線のバス。

次のバスまで、15分もある。

それまで、街の中心部にあった高校が、
郊外の広々とした土地に移転したのは、去年のことだ。

それまで、
グラウンドに行くにも、プールを使用するのも、
道路一本渡って行かなきゃいけなかった不便さを解消するのと引き換えに、
すべての施設が同じ敷地にある、充分な広さを確保はしたものの、
交通の便は、極端に悪くならざるをえなかった。

バス停も増設されて、
朝と夕方の本数だけは増えたけれど、
こんなふうに、
昼間のハンパな時間に帰ろうとすると、
待ち時間が空いてしまうことになる。

駅まで歩いたら25分。
バスを待って、乗っても、25分。
迷いどころだ。

あづさが入学した年が、移転一年目だったから、
不便さもこんなものかと、思っていたが、

亮たちの学年は、便利な前の校舎を知っているだけに、
不満も大きかったようだ。

『駅から学校まで自転車。
 それが、一番、てっとり早い。
 冬は、寒いけど、な。
 延々、バス待つより、ええやろ』

そう言った亮の言葉が、浮かぶ。

でも、
自宅から学校まで、バスを乗り継いだら着いてしまうあづさには、
自転車を使う決心もつかないまま、
一年が過ぎてしまった。

まだ、学校の周辺には、未開発の土地が残り、
見渡せば、田園以外の何物でもない風景が広がっている。

一年経っても、増えたのは、少し離れたところにあるコンビニくらいで、
ほかには、何もない。
しかも、そのコンビニも、駅とは逆方向の向かい側だから、
あづさたちにとっては、
利用しにくいこと、この上ない。

『ないより、マシやで。
 部活のあと、家まで、腹、もたんしな』

たしかに、亮の言うとおり、
購買部が閉まってしまった放課後には、
一目で運動部と分かる体格の生徒らが、
次から次へと、中に入っていく。

亮も同じだった。

あの頃、亮の部活が終わるのを待って、
あのコンビニの前で、
くだらない話に盛り上がっていたことを思い出す。



亮の、話す声が好きだった。
何気ない仕草も、
笑顔も、
ただ、横で見ているだけで、
それだけで、幸せやったのに。

突然、声が聞きたくなって、
何度も、携帯に掛けたり。

逢いたい気持ちに勝てなくて、
夜中に、呼び出してみたり。

亮は、ホントは、とても優しいくせに、
言葉じりがキツいから、
何度も、言い合いになって、ケンカして。

言われれば言われるほど、意固地になって。

素直に亮の言葉を聞かなかったことだって、
一回や二回じゃない。

     でも、そんなの、どこの恋人やって、普通なことだと思ってた。

     我儘だなんて、これっぽっちも、思ってなかったんだ、私は。

     あかん。まだまだ、人間出来てへん。今更、考えたって、しゃあないのに。

     時間薬が、足りひんのかな。


あづさは、沈みゆく気分を奮い立たせるように、
空を見上げた。


     天気もええことやし、次のバス停まで歩こ。


あづさは、ポケットからイヤホンを取り出し、耳にすると、
携帯の音楽プレーヤーを起動した。

軽快なリズムに乗せて、
お気に入りのアーティストの声が響く。

少し強めの風が、
あづさの背中を押すように吹いた。





その、あづさの姿を、
亮は、グランドのフェンス越しに見ていた。


     せやから、自転車にしとけって、あんなに言うたのに。

「亮先輩、この練習メニューなんスけど・・・」

話しかけられて、亮は、振り向く。

「あ、なに?」

そこにいたのは、サッカー部の後輩だ。

「今日、メンバー、あんまり出てきてへんから、ちょい、無理なメニューがあって」

「あぁ、そうか。ランニングは終わったんやな」

「はい」

「そしたら・・・」

練習メニューを後輩から受け取ると、その表に目を落とす。

「今日は、坂崎コーチも来られへんて、連絡あったみたいやから・・・。
 そうやな、いつもの筋トレと、ボール少し回して、終わりにしよか。
 明日、テストもあるし、な」

後輩にそう指示を出して、
亮が、またバス停に視線を戻したときには、
もう、
あづさの姿は、視界から消えていた。


     あいつ、あれで納得したんかな。俺、なんも、理由らしい理由、言うてやらんかったのに。

     隆平の紹介で付き合い始めた頃は、おっとりした印象しかなかったんだよな。

     最初のうちは、我儘も可愛いかってんけど、な。なんやろ、気ィが強いんやな。

     言い出したら、後には退かへんし。一度ケンカになったら、俺の話なんか、まともに聞こうともせぇへんし。

     夜中に何度も呼び出されたら、おちおち、勉強かてやってられへん。

     受験もあるし、しばらく、距離置いたろ、思うただけや。「終わりにしよ」言うたんは、ちょっと、強めに言ったほうが、効き目あるんちゃうかなと、思っただけや。

     あいつが納得する、しないは別にして、理由を聞いてきたら、ちゃんと説明する気やったのに、あいつ、それも、せぇへんかったわ。

     「分かった」って、なにが、分かったっちゅうねん。あれから、ただの一回だって、連絡して来ぉへん。それって、俺に、執着してないってことやんな?

     「そんなにあっさり、別れるやなんて!」って、隆平が驚いてたけど、俺やって、予想外やわ。

     ほんまは・・・もうちょっと、俺がオトナやったら良かったんかな。どこまでも我儘聞いて、守ってやれるくらいに、オトナやったら・・・な。



亮の真実と、あづさの思いは、
どこかでひとつ、
ボタンを掛け違えただけなのかもしれなかった。

     


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長編 2-2

2009-04-10 20:42:56 | 小説・長編
ここから始まる物語は、
あくまでもフィクションで、実在する人物とは、
一切、なんの関わりもありません。

ただの、小説でございます。

名前を変換する機能もついておりませんので、
ご了承くださいませ。

読んでいただける方は、続きから、お願いします。

前回を、ハンパなとこで切っておりますので、
今回は、
少々、長めになるかと、思われます。

携帯からですと、
その機能の設定上、ページ数が増える可能性があります。

ご承知おきください。


突然、頭の上から声が落ちてきて、
あづさは、びっくりして、目を開けた。


の、あとからです。



いつのまに、眠っていたのか。

立っていたのは、美術教師・加藤浩也。
29歳、独身。変わり者。
去年、あづざのクラスの副担任で、
朝のバスで一緒になることが多かったせいもあって、
やたら話をするようになり、
暇さえあれば、美術準備室に入り浸ることになった。


「奈波と待ち合わせしてたんやけど、
 いつのまに、寝てしまったわ。
 あったかすぎるわ、ここ。
 センセ、眠気覚ましにコーヒー入れて」

「なんや、我儘やな、相変わらず。
 しゃあないな」

言いながら、加藤はポットに湯を沸かし、
慣れた手つきで、コーヒーを入れた。

豆からこだわってブレンドした、加藤オリジナルだ。

挽きたてのコーヒーの香りが、
狭い部屋に漂う。

「飲んだら、帰れよ」

「は? あかんよ。
 奈波と待ち合わせ、言うたでしょ。
 話、あんのよ」

コーヒーをクチで冷ましながら、
あづさは言い返す。

教師に対して、というより、
まるで同級生に対する口調で。

「込み入った話なんか」

ソファの向かいに座った加藤が、問い掛ける。

「別に、込み入ってはおらん、と思うけど。
 もう、結果の出てることやし」

「始業式の日くらい、早よ帰れや。
 明日、確認テストなんと、ちゃうんか?」

「それ! なんで、新学期早々、テストなんかせんとあかんの?
 面倒くさいわァ」

「あのな、おまえ。
 教師の前で、よう、そんなこと言うなあ」

「だって、ほんまのことやもん」

「いくら、まだ二年生でも、やで。
 受験なんか、あっというまに、来るぞ」

「まだ受験するとは、限らへんやん」

「なんや、決まってへんのかいな」

「そんな先のこと、考えられへんもん。
 明日どころか、
 今日の自分だって、持て余してんのに」

「難儀なやっちゃな」

加藤が苦笑したところで、
勢いよく、ドアが開いた。

「ごめんなァ、遅くなってしもうた。
 石崎のヤツ、話、長すぎる・・・」

入ってきたのは、奈波だ。

「あ! ずるい!!
 私にもコーヒーちょうだい、センセ」



加藤は、奈波にも、コーヒーを入れてやると、

「ほしたら、
 俺は、美術室で、描きかけの絵、描いてるから。
 終わったら、呼びや。
 話するんやったら、ドア、両方ともカギ、かけとかんと、
 誰ぞ、入ってくるかもわからんからな」

自分の分のコーヒーを持って、
隣の美術室に、移っていった。


「さて、と」

奈波が、おもむろに、話を切り出す。

「で? なんで、別れたん?」

「唐突やな」

「だって、あんなに仲良かったのに」

「丸山君は、亮から、なんて聞いたんやろ」

「別れた、としか聞いてないんとちゃう?
 詳しくは知らん様子やったけど」

「そう?」

「私に隠し事出来るコじゃないねん。
 隠しようが下手やから、すぐバレんねん」

奈波の彼氏の丸山君は、他校の3年生。
交際のきっかけは、奈波の逆ナンらしいけど、
真偽の程は定かじゃない。
ただ、
亮とあづさの交際のきっかけは、
彼が、亮の幼馴染だったことだ。

「ふうん・・・。
 でもな、別に、理由はない、っていうか、
 私にも判らへん」

「判らへん・・・て。
 あんた、自分のことやで」

「せやかて、教えてもらわれへんかったんやもん。
 突然やったし、メールだけやったし、
 理由を言っても、私は納得せぇへんやろって」

「そんな勝手なこと・・・」

「うん、勝手やんな。
 あの日一日、考えて考えて、
 でも、判らんかって。
 だから、考えるん、やめた。
 シンドイだけやったから」

「そら、シンドイかもしれんけど。
 なんか、あったんとちゃうん?」

「私には、ほんまに、わからん。
 ・・・我儘・・・やったんかなあ?って思うくらい。
 亮にとって、何かが限界やったんだろうなァって」

「会いには、行ってないの?」

「行ってない。
 なんか、逢いに行くんも、見苦しいかなって」

「見苦しいことかもしれんけど、でも、
 それで、いいん?
 まだ、好きなんでしょ」

訊きにくいことも、
奈波は、言葉を選ぶことをしない。

「忘れよう、と努力はした。
 せやけど、忘れようとすること自体、
 忘れてないってことやから、
 無理は、止めた。
 美也子さんにも、言われたし。
 必要なんは、時間薬やって」

「時間薬・・・ね。
 あ、そうやわ、あと、もうひとつ薬あるんやけど、いる?」

「もうひとつ?」

「お・と・こ薬。
 実を言うとね、あづさに連絡とってくれって頼まれてるんやけど」

「誰?」

「え。ちょ、何、言って・・・。
 自分、落し物、したんとちゃうん?」

「落し物?」

「渋谷先輩、そう、言うとったよ?
 遊園地で会うたんでしょ?」

「遊園地・・・?」

あづざの記憶は、
すぐに、あの日の、遊園地に飛んだ。



ひとりきり。

幾度となく並んだアトラクション。

やたらと目があった、顔。

閉園後の駐車場、
話しかけてきた青年。


あのヒト!

え!?
渋谷せんぱい?


「今、気付いたん? 遅ッ!!」

奈波が呆れ顔で、あづさを見る。

「だって、あの日は、亮に別れようって、メールをもらった日だよ。
 それだけで、頭いっぱいだよ」

「そうかもしれんけど、渋谷先輩、知ってるでしょ?」

「知ってる・・・、話には。
 でも、私らが入る前に卒業してしまってたヒトでしょ?
 小さな集合写真くらいしか、見たこと・・・」

「おいおい。
 ちょいちょい、部活にも顔出してくれてたよ?
 渋谷先輩は、あづさのこと、知ってたのに。
 なんて、やつ」

「待って待って。
 そもそも、なんで、奈波のとこに、そんな話が来たん?」

あづさにとっては、
自然な質問だったのに、

奈波は、なんで今更そんな質問するのか、といった表情だ。

「は? ああ、OB会やってん、その日、男子バスケ部の。
 OB会の世話役、
 マネージャーの仕事ってことになってるから、
 なんかあったら、そら、
 連絡くらい来るんちゃう?」

「ふぅん、そんなもん?」

「そんなもんやって。
 で? 逢うの? 逢わへんの?」

「落し物って、なに?」

「いや、そんなん、直接聞いてよ。
 逢ったら、判るんちゃう?」

「逢うくらいなら、逢ってもいいけど」

「そしたら、決まり。
 渋谷先輩に、アドレス、教えても、ええ?」

「アドレス・・・」

一瞬、あづさが、戸惑いの色を浮かべる。

「何? なんか不都合でもあるん?
 いややったら、しゃあないけど」

「あ、ううん、別に不都合とかじゃなくて、
 変えようと、思ってたんだ、アドレス」

「なに? 前のじゃ、ダメなん?」

「前のは・・・、アドレス自体が、亮に関連してるから」

「めんどくさいコやな」

「そんなん言わんといてよ」

「ほな、ええわ。今、ここで、変えてしまお。
 で、ついでに、渋谷先輩に連絡取ろ」

「せっかちやな、なんでそんなに急ぐん」

「あづさが呑気すぎるんだって。
 そういうことは、ちゃっちゃとやりぃな。
 新しいの、決まってんでしょ?」

「まあ・・・」

「ほんなら問題あらへん。
 さ、携帯出して」

奈波の勢いに押されて、
あづさは言われるまま、携帯を取り出すと、
アドレスの変更を始めた。

その横で、奈波は自分の携帯を取り出すと、
あづさのアドレスを修正して、
なにやら、メールを打ち出した。

「送信っ、と」

「どこへメールしたん?」

「あ? 先輩に決まってるでしょ」

「早やッ」

「こういうことは早いほうがええねんで。
 むこうだって、気になってると思うし」

「そんなもんかなあ。
 毎度、奈波の手際の良さには、
 感心させられるわァ」

「褒めてる? それ」

「尊敬するよ、ほんまに」

「言い方が気に障るけど、
 ええわ、素直にきいとくわ。
 ありがと」

「話、まとまったな、きれいに」

「ほんまやな」

二人、顔を見合わせて、
大笑いになる。

その笑い声を聞きつけて、
ドアの向こうから、加藤が声をかけた。

「なんやしらん、楽しそうやな。
 話、終わったんなら、さっさと帰れよ」

「はぁーい」

二人は、声を揃えて返事をした。




2-3へ、続く。




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