のしてんてんハッピーアート

複雑な心模様も
静かに安らいで眺めてみれば
シンプルなエネルギーの流れだと分かる

第 三 部 一、 黄泉の国 (無のトンネル)

2014-12-11 | 小説 黄泉の国より(ファンタジー)

無のトンネル

 

 

月の見えない真っ暗な空に無数の星が輝いている。新月の夜だった。ウイズビー王子を先頭に、パルマ達は王宮の地下に降りて行った。地下道の空間にはどこから来るのか生臭い空気が動いていた。階段を降り切った所から地下道は三つの方向に別れていた。

 「この道はどこに通じているのじゃ。」

 「右側は、セブズーの市街に通じている。」ゲッペルが答えた。

 「もしや、王立図書館の地下ではありませんか。」カルパコが訊いた。

 「なぜそれを知っているのだ。」ゲッペルは答える代わりに聞き返した。

 「やっぱりそうなんだ。」

 「やっぱりって、何よ、カルパコ。」エミーが訊いた。

 「図書館の地下で聞いた不気味な声と同じものがこの地下からも聞こえたんだ。この地下牢でね。その地下牢は真ん中の通路を行った所だった。」カルパコが不機嫌そうにいった。

 「図書館の地下って、あの『ころす』っていううめき声のこと?」

 エグマがその恐ろしさを思い出したように訊いた。

 「そうだ。」

 「そんな所にも、あれが聞こえるのか。」

  ゲッペルがそう言った時だった。カルパコの頭の中に土の中から響いてくるような押し殺した声が拡がって来た。

  『左には行かせるな。』

 『左には行かせるな。』

 『左には行かせるな。』

 『左には行かせるな。』

 カルパコは思わず周りを見回した。しかしだれもその声に気づいているものはいなかった。その声はカルパコの頭の中にだけ届けられているのだった。

 「分かった。」何度も繰り返される言葉に耐え切れずに、カルパコは低い声でつぶやいた。

 「何が分かったのだ。」王子が訊いた。

 「あ、いや、黄泉の国への入り口はきっと、この真ん中の通路を行くんだと思ったんです。」カルパコはとっさに言い繕った。

 「なるほど。」

 「まず行ってみるか。」バックルパーが意気込んだ。

 「儀式はこの真ん中の通路を行くのじゃな。」パルマが落ち着いた調子で王子に訊いた。 「そうだ。ここを行くと両側に地下牢が続いている。その突き当たりに儀式を行う広い部屋がある。」

 「では左の通路はどこに行くのじゃ」

 「これは廃道だ。どこにも行かぬ。」

 「怪しいな。」パルガが言った。

 「中はどうなっている。」バックルパーが訊いた。

  「一度調べて見たが、穴はかなり深い。しかし途中大きな岩で地下道が完全にふさがれてしまっているのだ。それ以上は進めない。」ゲッペルが言った。

  「地下道を掘っているうちに、大きな岩盤が出て来てそのまま進むのを諦めたのかも知れぬ。城にはそのあたりの経緯は何も残されていないが。」

 「では、真ん中の道を行きましょう。時間はそんなにないのでしょう。」カルパコが言った。

 「そうだな。」王子が相槌を打った。

 「よし、そうと決まれば、急ぎましょう。」バックルパーが歩きだした。

 「待つんだ。」パルマがバックルパーを引き留めた。

 「どうしたんだ。」王子が振り返った。

 「道はこちらだ。」パルマは左の通路に顔を向けた。その向こうは闇で何も見えなかった。

 「でも、この先は行き止まりなのでしょう。」カルパコが異を唱えた。

 「普段はな。」

 「では今宵、そのふさがれた口が開くと申すのか。」

 「おそらく、間違いなかろう。」

 「でも、間違っていたら、大変な時間のロスになりますよ。私が地下牢で見た限り、あの奥の空間が一番怪しいと思うんですがね。確かにあの奥から不気味な声が聞こえて来たんですから。」カルパコはパルマの前に出て、前をふさぐような格好でパルマを止めようとした。

 「パルマ、これはカルパコの言うとおりかも知れぬ。まず、そこへ行って見ようではないか。私も、祭壇の後ろ辺りが怪しいと思うのだ。」王子がカルパコに賛成した。

 「私もそう思う。」ゲッペルも王子の後を受けて言った。

 「ここは我ら魔道師の力を信じてもらいたいのじゃがの王子。それにカルパコ。」パルガが口を出した。その顔は緊張のために引きつっていた。

 「ここで議論していても始まらぬ、見せかけに騙されてはならぬのだ。行くぞ。」パルマが厳しい口調で言った。一瞬、皆は沈黙した。

 「分かった。パルマに従おう。」間を置いて、王子は皆を見回しながら言った。

 「分かってくれたか。では急ぐのじゃ。時間がない。」パルマはそう言って左の地下道に入って行った。

 地下道は人の背程の高さにくり抜かれたトンネルだった。背の高いバックルパーは頭を下げてようやく通る事が出来た。小さなランプの光が足元だけを照らし出していて、どちらに進んでいるのか見当もつかなかった。何度か大きく左右に曲がり、急に細くなったり、時には広い空間に出ることもあった。

 エミーとエグマは大きな息をし始めた。不思議なのはパルマとパルガだった。特にパルガは腰が曲がって、杖を突きながら歩いていたのに、誰よりも早く、息も切らさずに歩いているのだ。

  「待って、早すぎるわ。」エグマがついに息を切らせて根を上げた。

 「若いのに情けないのう。」パルマが苦笑して歩調を緩めた。

 しばらく行くと先頭のパルガの足が止まった。狭い洞窟の中で十人が一列に押し合いながら止まった。

 「どうした。」バックルパーの声がした。

 「別れ道だ。」ジルが後ろに声をかけた。

 「どうしたものかの。分かるかパルガ。」パルマが言った。

 「皆、静かにするのじゃ。」パルガはそう言って、行く手に口を開いている二つの洞窟に向かって両手をかざした。

 「かすかじゃが、エネルギーの色合いが違う。」

 「そうか、では分かるのだな。」

 「右手の方が鉛のように重い。」

 「分かった、右だな。」パルマがつぶやいた。

 「行くぞ。」パルガが後ろに声をかけ、右の洞窟に足を踏み入れた。

 そこから先の通路は人が手を入れたような痕跡はなかった。石灰岩が解けて固まった奇妙な岩が至るところに垂れ下がり、あるいは柱のように盛り上がっていた。どこまでも深く地底に降りて行くようだった。胸を圧迫するような息苦しさがあって、気圧が上がっていくのが分かった。

 どれぐらい歩いたのか、時間の感覚さえなくなっていた。皆の脳裏に一抹の不安がよぎり始めたころ、再び先頭のパルガが足を止めた。

  「今度は何だ。」後ろから声が飛んだ。

  「大きな岩だ。前をふさいで通れない。」ジルの悲壮な声がした。

 「何だって、だから言ったじゃないか。」ゲッペルが責任を押し付けるような言い方をした。

 「どうするんだ。」王子の声も苛立っていた。

 十人が固まって立っていられる程の空間に出て、その先の穴が、完全に大きな岩に阻まれているのだった。皆はその岩の前でしゃがみ込んでしまった。

 「いまさら引き返したって、その前に夜が明けてしまうだろう。どうするのだ。」王子がパルガに詰め寄った。

 「だから言ったんだ。」カルパコが座ったまま両手を後ろに突いて、背を伸ばすしぐさをしながら言った。

  「他に道はないの。」エミーが辺りを注意深く見回した。

  「ねえ、さっきの別れ道のもう一方の方じゃないかしら。」エグマが不安そうに言った。   「静かにするのじゃ。」パルガが皆を制した。

 「よいか、黄泉の国に行くには、この道しかないのじゃ。」

 「しかしパルガ、これじゃ進めないじゃないか。」バックルパーが岩をこぶしでたたいて言った。

 「心配は要らぬ。パルガに任せるのだ。」パルマが言った。

 パルガは穴を塞いでいる大きな岩の前に立って、口の中で何かを唱えながら目を瞑った。皆はパルガの方に目を奪われていた。しばらくしてパルガの目が開いた。

 「入り口はすでに開いておる。よいか、よく見るのじゃ。」

 そう言ってパルガは持っていた杖を、岩の壁に向かって投げ付けた。その杖が岩に当たって跳ね返ると思った瞬間、杖は何の抵抗も受けずに岩に吸い込まれて消えた。次の瞬間岩壁の向こうから、杖の落ちる乾いた音が聞こえた。

 「あっ」

 皆は息を飲んで杖の消えた岩を見つめた。パルガの杖は完全に岩を通り抜け、見えなくなってしまったのだ。

 「ついてくるのじゃ。」パルガが歩きだした。

 「キャッ」エグマが目を覆った。

 パルガが真っすぐ岩に向かって歩き、まるで何も見えていないように、ゴツゴツした岩が目前に迫っても止まろうとしなかった。誰もが岩に思い切りぶつかってしまうと思った。そしてエグマが悲鳴を上げた瞬間、パルガの体は岩の中にめり込んでいた。そしてそのまま岩の中に姿を消した。

 「さあ、進んでくるのじゃ。」岩の向こうからパルガの声がした。

 「では行こうかの。」パルマが腰を上げた。

  「えっ、どうするの。」エグマがびっくりして訊いた。

 「そのまま進むのじゃ。岩があると思ってはならぬ。」

 「よし、俺が行こう。」

 ダルカンがそう言って岩に向かって進んだ。しかしぶつかりそうになる手前で体を止めてしまった。そして恐る恐る岩に手を差し出した。するとその手は堅い岩の表面に遮られてしまうのだった。

 「だめですよ、岩を通り抜けるなんて。」

 「岩があるという思いが、そうさせておるのじゃ。目を瞑って進んでみよ。簡単に通れるはずじゃ。」

 ダルカンは岩の前で戸惑うばかりだった。エグマもエミーも試してみたが結果は同じだった。大きな岩が目の前にある以上、それがないと思うのは難しい事だった。岩が目の前に迫ってくると、ぶつかってしまう怖さが足をすくませるのだ。

 「ええい情けない連中だわい。仕方がない、まずわしの後ろに一列に並ぶがよい。よいか、それぞれ前の者の肩に手をかけるのじゃ。そして目をつぶれ。」

 パルマは自分の後ろに皆を一列に並ばせた。エミー、エグマ、ダルカン、カルパコ、バックルパー、ウイズビー王子、ゲッペル、ジル。それぞれが前の者の肩に両手をかけて、まるでジェンカを踊るような格好になった。そしてゆっくりパルマを先頭にして岩に向かっていった。パルマの体が岩の中に入って行った、そして次々と岩の中に吸い込まれて、にわか作りの奇妙な行列は無事岩を通り抜けた。

 「信じられないよ。」ダルカンが言った。

 「人間の心は恐ろしいものよ。よく覚えておくがよい。そうと思い込めば、無いものまでこの世に作り出してしまうのだ。」パルマが笑いながら言った。

 「この岩は自分の思い込みなのか。」バックルパーは入り口を塞いでいる岩を見ながら唸った。目を開けるといつの間にか岩を通り抜けていたのだ。今はその岩を裏側から見ている、それは信じがたい経験だった。だれの心にも、同じ思いが浮かんでいた。ただ、カルパコ一人が、心の中に、骸骨の将軍、ゲッペルの低い声を聞いていた。

 『愚か者め、』

 『愚か者め、』

 『愚か者め、』

 『ギギギギ。』

 「今度こそ。」カルパコは口の中でつぶやいた。

 「さあ、行くぞ。」パルガが皆に向かって言った。

 岩を通り抜けると、洞窟はさらに地下に向かって降りて行った。足場が悪くなっていた。大きな岩がごろごろ転がっていて、注意して進まないと足を取られて倒れてしまうのだ。そんな悪路をパルマとパルガは平地を歩くような足取りで歩いていた。一方ジルはよたよたと危なっかしい腰付きで進んでいた。

 次第に洞窟の幅が狭まって来ているようだった。二人並んで歩いていたものが、一人通るのがやっとの広さになり、突き出た岩を半身になって避けながら進んで行かねばならなくなった。しばらく行くと再び洞窟は分厚い岩盤で進路を塞がれていた。行く手に二枚の大きな岩が折り重なるように立ちはだかっているのだ。絶望的な思いで近づくと、二枚の岩と思ったのは大きな岩盤が地核変動のために鋭く斜めに割れた亀裂の隙間だった。パルガが調べるとその亀裂には、人間が腹ばいになってようやく通れる隙間のあるのが分かった。

 「ここを潜るの?」

 エミーが不安そうに訊いた。洞くつの空気が押し詰められ、その圧迫感と息苦しさも加わって、細長い岩の割れ目は皆の恐怖心を一層あおり立てていた。通り抜けている最中に岩が動いて穴が塞がったら、そう思うと誰もが逃げ出したくなるような隙間だった。

  「結局通れやしないんだ。」カルパコが投げ出すような言い方をした。

 『パルマを信じたのが間違いだったか。』

 誰もが一瞬そんな疑いを頭に浮かべた。すると地下道で迷い二度と外に出られないで死んでいく自分の哀れな姿が、心の中に描き出されるのだ。、皆の背筋に冷たいものが走った。

 「本当にここを?」うろたえながらエミーが訊いた。

 「そうじゃ。」パルガははっきりした口調で答えた。その口調がエミーにいくらかの勇気を与えた。

  『母さんに会わねばならない。』エミーは心の中で呪文のように唱えながら、真っ先に岩の隙間を通り抜けようとした。岩の割れ目に身体を沿わして、エミーの小さな身体は岩の割れ目に苦もなく滑り込んだ。その隙間を腹這いになったまま、二メートルほど横に移動すると、エミーの身体は簡単に向こう側に出た。

 「大丈夫よ。」エミーは岩の透き間から覗いて言った。

 エミーのことばに皆は勇気付けられた。そして一人ずつエミーに続いた。大変だったのはジルだった。でっぷりと太った体格のジルにはその細長い岩の隙間は通れないのではないかと皆が心配した。

 「とにかくやってみるのじゃ。」しりごみするジルにパルマが命令した。

 渋々ジルが岩の間に身を入れた。すると案の定、ちょうど中ほどでおなかがつかえてしまった。

  「助けて。」ジルは哀れな声を上げた。

  向こう側でゲッペルがジルの手を引っ張り、こちらからバックルパーがジルの体を押した。ズルッと音がして、ジルの体が通り抜けた。ジルは地べたにへたり込んだ。

 それから全員が通り抜けると、再び行進が始まった。するといくらも行かないうちに、突然、目の前の視界が広がった。

 「すげー」ダルカンが声を上げた。

 「何これ!」エグマも呆然となった。

 誰もが目の前に現れた光景に目を奪われた。突然広い空間に出た。そこに幻想的な光景が現れたのだ。空がホタルのような色に輝いていた。周辺もまた黄緑色に光っていた。洞窟の壁を取り巻くように光るキノコが群生しているのだ。そして中央に黒い広々とした平面が広がっていた。

 「湖だ、こんな所に。」バックルパーが声を上げた。

 「ねえ、バック、この湖、見覚えがない。」エミーが興奮して言った。

 「そういえばこの雰囲気、夢で見たあの湖とそっくりだ。」

 「でしょう。どこだったか分からないけど、波止場があって、小舟であの湖を渡ったのよ。」

 「このにじみ出てくるホタルのような光、けだるいような静けさ、これが黄泉の国の雰囲気なのかしら。」エグマが言った。

 闇の湖の上を、そのホタルのような光がゆっくりと動いていた。黄泉の国にわたる船かもしれなかった。

 「あの光は魂の光じゃ。」パルガが湖に浮かぶ光を指さして言った。

 「俺達も船に乗るのか。」バックルパーがパルガに訊いた。

 「船で行けば、審判の淵を通らねばならぬ。そうすれば我らはその淵に飲み込まれてしまうじゃろう。あそこを通れるのは子供だけじゃ。」

 「では、」

 「今宵開く、入り口を通るのだ。」パルマがゆっくりした口調で言った。

 「行きましょうぞ、姉様。」

 「そうじゃな。」

 パルマとパルガに先導されて、一行は闇の湖を右手に見ながら歩きだした。所々に地から盛り上がった岩が視界を遮って、その度に湖が見え隠れした。やがて完全に湖が視界から消えたころ、一行の前に真っ黒な口を開けたトンネルが現れた。

 「いよいよじゃ。」トンネルの前に立ち止まって、パルマが言った。

 「よいか、このトンネルの中はランプの光さえ見えない闇と無音の世界じゃ。たとえ灯りを持っていても、自分の足元さえ照らせない漆黒の闇、それに一切の音は聞こえない。たとえどんな大声を上げても、その自分の声さえ聞こえぬ。はぐれてはなるまいぞ。ここを抜ければ黄泉の国じゃ。」

 「どうすればいいのだ。」王子が問うた。

 「岩を抜けた時と同じじゃ。皆がつながって行く。決して手を離してはならぬぞ。我らが必ず出口に導く。パルガのことばを信じるのじゃ。よいか、不安を持てば地獄に堕ちる。自分以外に何ものもない。妄想を持てばそれが現実になる。しかしそれは自分がつくり出していると思え。手を離して迷えば、永遠に迷いの中でさまようことになる。生きては帰れぬぞ。」パルガが厳しい表情で言った。それは今まで見たことのないパルガの姿だった。

 「分かった。」皆は生唾を飲み込んでうなずいた。パルマを先頭に一行は再びジェンカの体勢をとった。

 「お待ちくだされ、姉様」パルガが最後列から声をかけた。

「どうしたパルガ?」

「念のため皆をつなぎましょうぞ。」言いながらパルガは己の衣を裂いて手早く紐を編み始めた。

「そうじゃな」パルマも同調して紐をつくり、ジェンカの行列の肩と手を結んで行った。奇妙な光景だったが、誰も無言で、冗談を言うものさえなかった。

「行くぞ」パルマの一言で行列が動き出した。

洞窟に入るとすべてのものが闇に包まれた。自分の手さえ見えない漆黒の闇、相手の体から手を放せば二度と巡り会えないという、極限の恐怖心が生まれて来た。漆黒の闇の中では、自分の体そのものがなくなってしまって、魂だけが歩いているような不気味な感覚が皆の心に生まれていた。エミーは怖くなって声を上げたが、その自分の声さえ聞こえなかった。パルガの言った意味が初めて分かった。エミーだけではなかった。カルパコもダルカンも、エグマもバックルパーも、あるいはゲッペルも王子も、すべて等しく自分の心の中に閉じこめられてしまったのだ。自分の心以外は、自分の身体さえ闇の中に消えたのだ。生きている証しは、相手の肩に置いた手に伝わってくる温もりだけだった。完全な孤独と恐怖だけが存在しているようだった。

一瞬、自分だけ闇に取り残されてしまったという思いが浮かんだ。自分の位置を探ろうと無意識に手を己の胸に持っていこうとした。手が離れ恐怖が極限に達した。必死で何かをつかもうとしたが、真空には何もなかった。不意に手が引き戻された。紐が手を相手の肩に導いた。

 一体どれだけ歩いたのか、どこに向かって歩いているのか、自分は本当に歩いているのかさえ分からなかった。自分は死んでしまったのではないのか、闇にとけて自分というものがなくなったしまったのではないのか。すべては闇と無音の中だった。不安が渦巻いていた。

 『パルガのことばを信じるのじゃ。』皆の心の中にパルガのそんなことばが響い来た。

 すべては失われ、今や信じるということの他には何もなかった。信じることだけが支えだった。

 やがて一条の光が見えた。誰もがそれを神と思った。救われたのだ。一行はトンネルの外に出ていた。光と音が再びやって来た。

 

 

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