真説・弥勒浄土      

道すなわち真理の奇蹟

天のデザイン

2021-02-20 22:22:05 | 道すなわち真理
人類の秘法(道=真理)その鍵がどのように伝えられてきたのでしょうか、正しい宗教の経典にはその極意が伝承されてきましたが、時代が下るほどに異端が跋扈しその解釈は有名無実となってしまいました。

老子には元始(ゲンシ)、孔子には項屣(コウモ)、釈迦には燃燈佛(ネントウブツ)が秘伝の法灯を伝授しました。

老子は、道徳経、第一章の中で「道可道、非常道、名可名、非常名、無名、天地之始、有名、万物之母、故常無欲、以観其妙、常有欲、以観其竅、此両者、同出而異名、同謂之玄、玄之又玄、衆妙之門、」

【解釈】:道というは、常にいうその道ではない。その名でもない、名が無いが、「天地の始め」であって、その名をあえて、「万物の母」という。つねに無欲である故にその妙を観る。「天地の始め」であり「万物の母」この両者は、同じ根源から出ているが、名を異にしている。これを玄(玄関)という。玄の中の玄を、あらゆるものを生み出す神秘の中の神秘、それを衆妙の門という。(衆妙の門:多くの人々に付与された命の微妙な出入り口)、玄妙不可思議なメスの陰門(ほと)は、これぞ天地を産み出す生命の根源、と解釈してます。

※  「玄関」と言う日本語の漢字は、中国では使われていません。仏教の経典の中にしか使わない聖なる言葉を日本語では人の出入りする「戸」のある場所、聖なる「玄関」と言う言葉を日常に使っています。

清静経では、「大道は無形にして天地を成育し、大道は無情にして、日月を運行し、大道は無名にして万物を長養す。吾その名を知らず。強いて名付けて道という。」

 ※老子は道徳経・清静経・黄庭経の三経を遺しています。

【解釈】:大道は本来形象はないが、よく天を生じ、地を育てることができる。本来感情はないが日月を運行することができる。本来名称をもって表現できないが、天地間の万物を養育することができる。私自身、その名前を知らない。それで強いて道と名付けた、と伝えています。

釈迦は、弟子スプーティに「解脱に至る道(真理)は、どのような道でしょうか。」と問われ、「解脱に至る道によって解脱を得るのではない。また道でないものによって解脱を得るのではない。スプーティよ、解脱がそのまま道であり、道がそのまま解脱である。一(真理)を得ることが、その一切である。」と答えました。

また、摩訶迦葉に法灯を伝える時「吾に正法眼蔵あり、涅槃の妙心、実相無相にして微妙の法門、不立文字、教外別伝、これを摩訶迦葉に附嘱す。」「粘華微笑、玄嚢鼻直」と説き、正しい法が眼の蔵(老子:谷神)にある。それは涅槃(天国)へ通じる道で、あるといえば無い、無いようである、微妙な法門である。文字を立てず(文字に表すことはない)、教えの外に別に伝える(誰にでも教えるものではないし、教えるというものでもない)、一人から一人に単伝独授するもので、これを摩訶迦葉に附嘱(一指相伝)し、その機微を顕しました。そして鼻を捻って微笑し(粘華微笑)それは鼻の玄嚢の直すぐ上である、と記しました。

達磨大師は釈迦以来の四諦句として「教外別伝・不立文字・直指人心・見性成仏」とその奥義を禅宗に遺されました。一つ一つの四字成語をよくよく観察してみて下さい。どの経典でも、これは名のつけようもなく、経典の文字をいくらあさっても解るものではないと伝えられています。

一指相伝:一を指して相伝える、直指人心:直かに人の心を指す、など似たような表現ですが、ではそれが具体的に何を意味するのかと考えると曖昧になります。つまり求めなければ得られないものの特徴です。

 

また、面目と言う言葉は、顔面の目と言う意味であり、すなわち「大元である」という意味ですが、熟語には「面目一如」一の如く、「面目一新」一に新(親)しむ、「面目躍如」躍するが如く、「一」に関することでそれによって改まること飛躍(脱皮)するとは…、このように日常の様々な言葉の中に「道:真理」は隠されています。

この「道」は、無形無相、無声無臭で、見ることも聞くことも嗅ぐことも触れることもできません。これが道の実体です。

イエスは、「わたしは道であり、真理であり、命である。だれも私(道)によらないでは、父のみもとにゆくことはできない。」 (ヨハネ伝第14章)と言いました。

※    イエスの墓が青森県三戸郡新郷村大字戸来にありますが、地名の「三戸」「戸来」あるいは「戸来人」などの「戸」の由来について論語の中で次のように解釈しています。

雍也第六:子曰誰能出不由戸何莫由斯道也

解釈:子曰く、誰か能く出づるに戸に由らざる。何ぞ斯の道に由ること莫からむ

真理を得ていない場合は次のように教訓的な解釈になります。

「誰か外に出るに戸によらないものはない、どうして、(生きるに)この道によらないことがなかろうか。普通戸の無いところから出入りすることはなく、人は、無意識的に戸を用いる。道路も、無意識的にそこを通るが、もとからあったものでなく、人々が往来するから道路となったものである。道路には通る人々により、悪しき所に通じるものも、善き所に通じるものもある。道とは、ここでは、人が生きる道のことであるが、さまざまな道がある。無意識的に生きているのかもしれないが、先人の道を辿っているものである。(周公のごとく)生きた人の道(斯道)によるべき、・・・」

孔子が伝えているのは「人間の魂はどこから来てどこへ往くのか、この戸による・・・」つまり、元きたところに帰る道のことでした。

神は、イエスによって「道であり、真理であり、命(性命=霊)」ものを証するために、十字架で磔の機会を与えました。この時の場所は「ゴルゴダの丘(しゃれこうべの丘)」でした。つまり人の頭の部分です。そしてイエスと共に2人の盗人が処刑されました。三人が同時に磔になりました。

汝姦淫するなかれ”と言いますが、姦淫の源は目にあります。目で色を見ることで心が動じ罪を犯します。つまり左右両目は磔になった2人の罪人で比喩し、イエスは真中の十字架で〝私は真理である“ことを比喩しました。

また仏教の「如來」は、済いとは「菩薩が來るが如し」と言う意味に使います。この「來」と言う文字は「十」の字に「人」と言う文字を3人を書いた字です。つまり十字架に3人が磔になったことと同じになります。

如=女の口=玄牝之門(老子道徳経で“玄なる牝の門”と表現)

來=十(十字架)に从(罪人が2人従う)もうひとり、「人=キリスト」が真ん中にいて十字架に人が3人、3っの目を意味していました。

 

そして「戸」と言う文字について、聖書の中で「戸をたたく」と言う真理に関する機密の表現がありますが、「戸」の「一」の字を取ると「尸」(しかばね)と言う字になります。「一」は「点」の伸びた形で、「一なるもの」の意味です。つまり真理の表現です。「尸」が「一」を得て「戸」になる、つまりこの「戸」が「真理」を表現しています。京都の大文字焼きの「大」の字も「人」が「一」を得て「大」になる、やはり「一」が真理であることを継承しています。

キリストの墓がある「三戸」「戸來」の地名については、東北方面の方はご存知のように青森県には「一戸」「二戸」と言う地名があり、キリストの足跡が秘められていると思われます。

「戸來」は「如來」と同じ意味で、そのときがくれば十字の秘密が公開され、真理が得られることを印しています。キリストが日本に、しかも東北に来た(さらに南米に向かったと言う説もあります)ことの意義はやがて歴史の真実として明かされ、世界がひとつになり、宇宙とつながる史実となってきます。聖人はそのために足跡を残すべく天命を担っていました。

昨今、次第に歴史の真実が明らかになってきていますが、「真理」に基づいて歴史が明らかになるのはこれからです。エジプトも中国もどの古代文明もすべて十字などの形象で顕した「真理」を探求する歴史そのものでした。天のデザインは細微に渉っています。

               


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世界の経済はどうなるでしょう~心の混乱を回避するため 

2021-02-20 22:16:04 | 新しい時代の統治・金融システム・BPPF(個人年金基金)
世界平和や世界の経済を心配している方に、AIIBもBRICSがどのように展開するか、あるいはNESARAの実現性は? もし「世界の経済はどうなるでしょう」と尋ねられたら、現状に水をかけるようですが、ひとつの原則に照らさなければなりません。その原則は「経済つまり貨幣制度はなくなる」という原則です。したがって、現在の世界の経済体制が無くなる方向にしか変化して行かないという見方をしなければなりません。

経済を生業にしている政治や企業は「経済システムつまり貨幣制度はなくなる」という正しい展望をたてることはあり得ません。

勿論一般社会も、経済によって営まれていますから教育者・科学者・経営者・サラリーマン・主婦、誰もが「経済つまり貨幣制度はなくなる」という思考をすることはなく、考えるヒントすらありません。ただ、中には「こんな社会で生活するためにどうしても仕事をしなければならない。もしお金の心配がなく生活できたらどんなにいいだろうか。」とふと思う人はいるかもしれません。

現実を見直してみると、戦争を仕掛けて大量殺戮を繰り返してきた人類の歴史から、戦争が無くなる見通しが立ってきました。アメリカやロシア、近くは中国も大きく変わろうとしています。世界の軍隊は共同して新しい事態に対応し始めています。

このような世界の本質的な動きは、マスコミではまったく報道されませんが、世界の地域紛争や経済の混乱で、むしろ重箱の中の争いごとに特化しています。なぜ歴史の本質が報道されないのか、テロなどをいかに防ぐかという、生命の安全を最優先しなければならない時代にようやく入ったからです。マスコミも内部的に監視の眼を持つように変わりながら、旧権力に纏わりついている利権勢力の画策や暴力が次第に萎えるまで、時代の推進者達はあらゆる手を尽くして辛抱強く耐え忍んでゆかなければならないのです。

しかし、その推進者たちが今大きな曲がり角に差し掛かっています。今までは金融システムや統治の適正化・適法化が行われ、これから証券・債権市場の崩壊も始まります。そのように適法でない構造にメスを入れてきた結果、当然のことながら解明されて気づくのは、経済システム全体に問題があり、支配階級の存続問題、つまり国家など固有の文明や歴史観にも混乱を及ぼす結果にならざるを得ないからです。

膨大な課題が山積し、今の国家機能では処理する能力がないと言えます。わかりやすく言えば、国民のための国家というのは偽装で、実態は階級制における支配者のための国家システムだったからです。

昔ながらの皇国・王国が近代化に伴い鉱工業生産や覇権を競い、歴史的に略奪してきた財宝を元手に大企業を育成し国民を働かせ上がった利益を搾取することが堂々と行われきたのです。

この搾取活動を「経済」と言ってきました。どんなに学識経験者が詭弁を講じてもこの歴史の現実は変わることはありません。

世界経済は新しいシステムで再生するかのような気配が報じられています。BRICSについで、中国では共産党の崩壊が現実のものとなっています。国家の分断など、果たしてAIIBはその国際的な機能を果たすまでの基盤を維持し続けることができるでしょうか。世界の華僑はすでにこの状況を見限って、まったく新しい経済を展望しています。それぞれどの大国もそれぞれの生き方を必死に捜し求めてゆきます。

みなさんには、地球市民のための方策は見えてきていますか?

仮に世界共通の金の裏づけがある基軸通貨を発行するとしても、結局は経済の再生という同じガソリン(有害)エンジンの付け替えにしか過ぎません。そして経済改革は内部改革という改革の序章が繰り返し続きます。

地球市民が無関心ではいられないほどたくさんの矛盾が噴出して、年金・医療保険・消費税などで身につまされることになるかもしれません。つまり、私達の生活に纏わる重要な生活の問題、そして市民が信頼していた世界的な企業、支配者側に育成されてきたそれらの大企業(今は支配者の使い捨てが始まっている)などが行き着くところまでゆくしかない状況を見守ってゆかなければならない狭間になってきます。

今、ネット情報ではある種の「イベント」が大望されていますが、それすらも支配者側の体制内改革のプロパガンダの一端でしかないことを見抜かなければなりません。もし、それが過渡的な貨幣経済でも、確かに市民の管理下のもとで、世界的な合意形成が行なわれるのであれば、はじめてイベントと言えないことも無いかも知れません。

支配階級が世界の経済を運営するのではなく、市民が経済を運営するルールを生み出した時に「経済つまり貨幣制度はなくなる」段階に入ることができるようになります。権力や支配の影は消滅し、実質的に豊かな生活の展望の共有が可能になります。これからしばらく続く、経済の大きな変化は、世界経済の混乱を避ける一時的な穴埋めに過ぎません。

市民が真に主権を得る大前提が準備される時です。それまで経済政策は常に期待はずれになりますが、人々の暖かい心は地球を包み込むほどに膨れ上がってゆきます。欲望の目先にとらわれ自分を追い込まないで、進化の槌音を聴きながら自分がどう変わるかを楽しむことで、あなた自身が偉大なエネルギー源になってゆきます。その時人類の生活はドミノ現象が起き、瞬く間にパーソナルの時代に入ります。

13000年の節目の最終段階に入りました。

みなさんの3次元~5次元世界は、3次元の星の物語の元が5次元にあるように、そして、5次元の物語が3次元の明暗が醸し出すように、もともと一体の世界です。5次元はさらに高次元の援助を得て、聖なるイベントの機会が定まります。そして高次元の世界が根源創造主にお願いして、よりよい機会を創る鍵は3次元の我々一人一人の霊にその秘密があります。あなた自身がすべてです。


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“性の率うこれ道と謂い”~清静な観察と理解のはじまり

2021-02-20 22:10:59 | 道すなわち真理

 

5次元も陰陽界であり時・空間です。人類・宇宙の当面は、3次元~5次元が一体となる変化に対応できるよう、自らのエネルギー・フィールドをマスターした意識状態を維持する方法を思い出し始めます。あらかじめプログラミングされた計画であり、天の恩恵による必然的変化です。キリスト意識でいう神の幕屋が降りる1000年王国の顕現です。

より高次元への進化のために、今は内外とも一つの出発点となるステージが構成される段階です。行き着く先は、地球と人類の一人一人に天命として隠されてきた永遠の進化の軌道を明らかにし、すべての神の子が霊の根源(ふるさと)に帰還することです。その目的のため、創造主の天命を承け、この聖なる戦いのために人類ひとりひとりに賦与された至宝があり、それを「道」といいます。その鍵となる秘法は聖人から聖人に以心伝心で伝承されてきました。

参考(孔子、中庸)   

天の命ずるこれ性と謂い、性の率いるこれ道と謂い、道を修めるこれを教えと謂う。道は須臾も離れるべからざるなり。離れるべきは道にあらざるなり。

天の命ずる:天とは唯一絶対の創造主のことです。創造主の命(人の存在の意義)、つまり創造主の分霊(性)を具えた存在、この存在が人類です。魂の核、絶対愛と表現している「純粋な霊」がもともと具わっているのは創造主より付与された、と表現されています。

性の率うこれ道と謂い:性に伴って率いてきたのを「道」といいます。つまり創造主は今日のため、私たちが使命を果たすために「道」を伴わせたのです。

道を修めるこれ教えと謂う:「道を修める」という表現は、今日の時期までは一般公開されない時期だったので「修める」と文章上で表現されています。実際は「道は得て」「修める」もので、道(真理)を伝えてきたものを教といいます。

なぜ性に率いられているのに、あらためて得る必要があるのか、一人一人には役割や縁があって、ブループリントを実行に移すための絶妙な計画に沿って、外側から個々の縁に応じて扉をあける鍵(神聖な法)があります。

5次元世界でも、さらに感性を高めこの道を求めるための殿堂が設けられています。(参照「シリウスの超叡智」パトリシア・コーリ著) この超次元の学びの関門を超えることができたマスターは、更に高次元へと進化します。

今、3~4次元で「道」を得る機会が与えられているのは、天地創造主の限りない恩恵です。それによって地底のアガルタやレムリヤ、そして宇宙の同胞がこの「道」を求めるため人類と同行するときが訪れ、人類の目覚めを急速に促すことができます。この地上に最後まで残り、すべての性命を救済する志を持った勇者達によって、宇宙人類すべての生命が5次元を超える永遠の旅立ちの機会を得ることになります。宇宙の平和も同時に進行し、霊のふるさとに回帰するため、黄金の羅線循環が構成されます。

自由意思によって5次元に上がったものは、さらなる殿堂で高度な学びを得る機会があります。現実の世界に居て、肉体を持ったまま次元上昇することができるのは、3~5次元を自由に移動するためだけではなく、最も重要なことはこの肉体をかりて創造主のこの至福の恩恵を受けることができるからです。肉体を得ていることは魂のシェルターのみならず、その「時」や「土地」とともにこの世で最も尊い宝の一つなのです。人類の意識が高まれば高まるほどこの「道」の降臨という恩恵の価値を理解できるようになり、進化が早まり神殿文明が発展してゆきます。

古代から綿々と続いている、古くて新しいタイムライン(温古知新:古きをたずね新たなることを知る)

静かな湖面に小石を投げ入れると波紋が起ちますが、小石が湖水に吸い込まれる時には一旦表面の水を中に引き込み、もどる力が波紋をたてます。人類は長い間戦争に明け暮れ、自然災害を引き起こしてきました。それがちょうど表面の水を中に引き込んだ状態だとすると、今は元にもどる力が波紋をたてている時期です。この波紋はすべてが一体となるため、光の波動が繰り返し押し寄せ人類を軸に大宇宙の聖なる調和を発進している様子です。

下図に表したように「気天界・象天界・地獄界」という輪廻によって運ばれてきた大宇宙の仕組みが、地獄界が消滅し、気天界と象天界が融合する過程で、進化に必要な「人間の尊厳を回復する」段階に入ってゆきます。それは湖面が静かに月を映しているように、古代からもともとあった営みで、人びとの生活に根ざした真の心の表れです。

※   グレオ暦のその時(紀元前18世紀)、湖底から盤銘(湯の盤銘:湯王が「日に新たなり・・・つねに進歩している。」という戒めを刻んだ石盤)が浮上し、水面を大きく揺らしました。

人間の尊厳を回復し、霊のふるさとに還る、ためのプログラムは、「縁」という微妙な心に通じる機会として訪れます。その鍵は名付ければ「道」という印象で感じることができます。清静な「道」です。しかし、くれぐれも、その訪れには仮もあり偽もあります。謙虚であり誠であるものです。

《図の解説》

 

A:  2013年4月29日にウーテが「過去の伝統的な道における個別のイニシエーションの状況で起きていたことは、いずれ遅かれ早かれ世界規模で起きるでしょうし、人類を高次元に先導する宇宙的なイベントとしても起きるでしょう・・・人類がそれを望むならば」

弟子状態にある人類~ウーテからのメッセージ :

http://blog.goo.ne.jp/oppt777/e/22811d9e6338fb5a942d441b9fe63b2d

というメッセージの意味も含まれます。

この「道」は、1920年代に一般に公開され、縁ある人に人から人へと伝えられています。5次元を経過せずに即7次元に至ります。古来「解脱」や「超生了死の法」と言われてきました。

B: 功徳を積んで5次元に上昇したものが、修道の機会を許されて新世界の殿堂で道を求めることができる。これは中国古代の「状元」のように極めて厳正な試験がある。

C: まだ地獄に残っているものが、象天界の子孫の功徳によって道を求めることができる。

以上の印象では、物質経済中心の時代にあって、政者によって改ざんされた「道」の本質を知ることは甚だ難しく思いますが、一方で科学技術の発展はめざましく、さらに宇宙から高度な技術がディスクローズされると、過去の解釈を遥かに超越した世界が顕現します。双方について人類はまだ白紙の状態ですが、ライトワーカーやウエイシャワーの貢献者・勇者は準備が整ったという布告です。


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宇宙出版会議 〜出版第二弾が決まった優花さんとその仲間たちの会議を中継します!〜

2021-02-20 20:56:31 | ONEメッセージ

宇宙出版会議 〜出版第二弾が決まった優花さんとその仲間たちの会議を中継します!〜


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【Ray:覚醒はその人のその時点で常に熟成している!】第5弾あなたを次元上昇、アセンションさせる方法徹底解説

2021-02-20 17:57:13 | ONEメッセージ

イエスキリスト曰く「吾は道であり、真理であり、命である。誰もわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない」と言われました。覚醒の目的は根源創造主のもとに還ることです。派手な覚醒意識ではなく、すべての人に機会が与えられる天の慈悲(天命)によって公正に達成されます。赤子であっても存在意義によって成就できるのです。

参照:聖書:吾は道なり真理なり、性命(いのち)なり - Mutual Aid Japan (goo.ne.jp)

第5弾あなたを次元上昇、アセンションさせる方法徹底解説


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