こんにちは!おかやんです。
お待たせしました。再び、『おとやん乱入~昨年の見学旅行記Part2』です。
前回同様、長いです。
前回同様、時間のない方はここから先に進むのはお勧めしません。
当然!歯ミガキをしながら読める長さではないかと思われますが、それも自己責任でお願いします。
「この人たち本当に旭川へ帰って来られるのだろうか・・・?」と思ってしまうのは、私だけ?
○
《9月4日 木曜日 第二日目》
朝早く、散歩に出た。
ホテル近くの小高い土手に登り、東京湾と向き合う。
晴れ渡るでもなく、曇るでもなく、暑くもなく、涼しくもなく…。
のの子には、絶好の気象条件が揃ったようだ。
部屋に戻ってテレビの電源を入れると、ちょうど『めざましテレビ』の放送が始まるタイミングだった。
ポップなオブジェでカラフルにデザインされたスタジオが、画面に映し出される。
昨日見学してきたばかりの場所から笑顔で語りかける出演者の方々に、私は気のおけない仲間と再会したような親密さを覚えた。
めざましファミリーの一員になったような気分で、ニュースを見る。
今日のニュース(1)
内閣改造。女性閣僚の登用が注目を集めている(これでまた支持率が上がるのか?)。
今日のニュース(2)
全米オープンで、上位ランカーを次々撃破する日本人テニスプレイヤーの活躍。
躍動する彼の映像を見ながら、決戦の日を迎えた私の心にも闘志の火が灯る(共に頑張ろう!)。
今日のニュース(3)
蚊を媒体として広がりをみせる伝染病。発源地は都心の公園だとか(蚊に刺されないよう気をつけなくちゃね)。
○
7時、大部屋にて朝食(パラソルのレストランではないのが、残念)。
ディズニーランドまで参加者全員の入園パスポートを貰い受けに行くため、早めに食事を終えた佐伯添乗員と大部屋の入口ですれ違う。
行ってらっしゃ~い、佐伯さん。
朝食後、部屋に戻って出発の準備を整えた。
佐伯添乗員からパスポートを受け取り次第、フットワークの軽い私とニコの二人だけ、他の生徒たちよりひと足早くランドへ先発する手筈になっている。
しかし。
混み合っているのか、トラブル発生か、道に迷ったか(まさか、それはないよね)、待てど暮らせど、佐伯添乗員がホテルに帰って来ない。
焦れる…。
佐伯はまだか。 佐伯はまだか。 佐伯はまだか。
部屋の中を行ったり来たり、ただ手をこまねいているしかない私に妻が言う。
「やっぱり佐伯さんと一緒に行って、その場でささっと入園してきたほうが良かったんじゃないの?」
仰る通りです。 確かに、その手はあったのだ。
でも、いい年をした大人が出走前の競走馬みたいに入れ込んでいるところを、周りの人に見透かされるのは嫌だった。
「そこまでするのは恥ずかしいだろう…」
「何言ってるのよ。この旅行でいちばん舞い上がっているのはお父やんだってこと、みーんな知ってますから」
えっ、そうだったの? バレてましたか?
そうと知っていれば、ニコと一緒に佐伯添乗員について行けば良かったなあ。
今さら悔やんでも、あとの祭り。 過ぎた時間は巻き戻せない。
「ニコ」 私は、ベッドの上の次女に呼びかけた。「こっちへおいで」
「なに?」 読みかけの本を置いて、次女がベッドから降りる。
私はひざを折って、目線を次女に合わせた。
「これから私たちはディズニーランドへ遊びに行きます。それは、誰のお陰か分かるかい?」
「お父やんかなあ? お母やんかなあ?」ニコが首をかしげる。
「違います。それは、うちの家族でいちばん頑張っている人のお陰です」
「ああ、姉えたんだ!」
「正解。姉えたんが頑張って高校生になって、風邪も引かないで元気でいてくれるから、今日みんなで修学旅行に参加することが出来たんだよ。お父やんも、お母やんも、あなたも、姉えたんにここまで連れて来てもらったんだ」
「うん」
「だから、出発前にもう一度、きちんとお礼を言っておこう」
ニコは姉のバギーに歩み寄り、「姉えたん、ありがとう」と言いながら、のの子の手を包み込むように握った。
バギーの上でのの子は、シンデレラの継母みたいに勝ち誇ったような微笑みを浮かべ、傲然と妹を見降ろしていた。
そのとき、部屋のドアがノックされる音がした。
「帰って来ましたよ、お父さん」 藤野先生が言う。
よほど急いだのか、顔を真っ赤にした佐伯添乗員が、肩で息をつきながら入口に立っていた。
○
ホテル玄関で、シャトルバスに乗車。
ミッキーマウスの声で車内アナウンスが流れる。「お早うっ、みんな! 今日は楽しんで来てね!」
顔だけクールさを装いつつ、周囲の乗客に気取られないよう、私は心の中で華やかに弾ける。 (「イエ~イッ!」)。
ベイサイド・ステーションで、バスをモノレールに乗り継いだ。
待つほどもなく、モノレールがプラットフォームにやって来る。
車両の窓が、車内の吊り革が、ミッキーの顔形にデザインされている。
モノレールは私たち父娘を乗せ、左に大きくディズニーシーを旋回しながら、高度数十メートルの宙空をゆっくり進んで行く。
隣の席を見ると、ニコの表情がえらく硬い。
九年に満たない人生、経験値の乏しい彼女は、目の前に待ち受ける幸福の大きさを上手く推し量れず、どのレベルまで喜んでよいものか戸惑い緊張しているらしい。
○
夏休みは終わった。 ハロウィンのイベントが始まるのは、来週からである。
端境期に当たる九月一週目の平日、ディズニーランドの来園者数は一時的にぐっと落ち込む。
かと思いきや、アミューズメントパークの王様に、私の甘い憶測など全く通用しなかった。
モノレールの改札を通過した私たちを待ち受けていたのは、入園ゲート前に居並ぶ人、人、人、人、人の海。
もちろん、その中には子供たちの姿が目立つ。
「おいおい、平日だぞ。小学生は学校へ行ってろよ」
ついつい自分たちのことは棚に上げて、そう毒づきたくなる。
「中ほどの列は混雑します。右か左の列に分かれてお並びくださ~い」
キャストが拡声器で呼びかけている。
案内に従って、ニコの手をつなぎ右列最後尾に着いた。
じわりじわりと前進する。
ようやく私たち父娘が夢の国に足を踏み入れたとき、時刻は9時になろうとしていた。
○
東京ディズニーランドのシンボル、シンデレラ城が彼方にそびえている。
そのシンデレラ城を真正面に見ながら、賑やかで祝祭的な雰囲気にあふれたアーケード街を歩いて抜ける。
近衛兵姿のマーチングバンドが楽し気な音色を響かせ、左右にグッズを売る店がひしめく幅広なこのストリートは「ワールドバザール」と呼ばれるらしい。
シンデレラ城の尖塔の背後に、うすい靄がかかったような、青色とも灰色ともつかないぼんやりした感じの空が広がっている。
今日は熱中症の心配も、雨に打たれる心配もなく、平穏に一日を送れそうだ。
一家の主として、最初に私が果たさなければならない使命は、ファンタジーランドの超人気アトラクション『プーさんのハニーハント』のファストパス(とりあえず二人分)を入手すること。
指定を受けた時間に施設を訪れ、このファストパスを提示すれば、どんな人気アトラクションも優先的に入場が許されるという訳だ。
いざ発券所を目指し、ショップやアトラクションにはわき目もふれず、(懐中時計を気にしながらアリスのそばを通り抜けた白ウサギのように)急ぎ足でずんずん歩く。
「ねえ、どこにも入らないの?」 私の横で小走りのニコが訊ねる。
「もう一度行列に並ぶけれど、我慢してね」 そう言って、不満顔の娘をなだめる。
ほぼランドの端から端まで歩き終えたあたりで、やっとファストパス発券所にたどり着いた。
自分の体の長さを持て余す不器用なヘビみたいに、うねうねと行列が続いている。
迷っている暇はない、列の最後尾に並ぶ。
やはりここでも、じわりじわり前進。
十数分後…、パス二枚を入手。
ファースト・ミッション無事完了。
いま手に入れた二枚のファストパスは、もうすぐ、のの子や他の生徒たちと一緒に来園する妻への献上品となる。
○
さてと。
ニコにとって記念すべき人生最初のアトラクションは、何に入ろうか…。
特に作戦は練っていない。まずは、手近で待ち時間の少ないものから攻略していこう。
そこで目に着いたのが『ピノキオの冒険旅行』。
目論見通り、わずかな待ち時間でトロッコに案内される。
娘と並んで、イスに腰を落ち着ける。
カタンとひと揺れして、トロッコが発車する。
ゼペット爺さんが寂しさを癒すために作った木の操り人形が、幾多の誘惑に翻弄されながら、青い妖精や良心のコオロギに導かれ、正しい勇気と優しい心を持つ本物の人間の子供に生まれ変わるまで、物語の世界を巡っていく。
そのとき、トロッコに揺られながら、私の胸の奥に秘めた童心は大きなヨロコビに満たされていた。
何といっても、創始者ウオルト・ディズニーの描いた夢は素晴らしい。
彼のエンターテイナーとしての無制限の奉仕精神を、私はひれ伏すほどに尊敬している。
中年のオッサンがこれほど喜悦しているのだ。八歳の少女の興奮は、想像に難くない。
「どお? 楽しかった?」
トロッコを降り、再び園内の人混みを歩きながら、私はニコに聞いた。
当然彼女は、「とっても楽しかった」と笑顔で答えるに違いないと思っていた。
ところが、返ってきたニコの答えは私を愕然とさせるものだった。
複雑な顔で、娘は言ったのである。
「ニコねぇ、おっかなくてずっと目をつぶってたから、よく分からなかった」
なっ、なっ、なぬ~っ! 怖くて目をつぶっていただと、この餓鬼ーっ!
この地にたどり着くまで、うちら家族が積み重ねてきた時間の長さと、払ってきた犠牲の大きさを、君はまるで理解していなかったのか…?
ガックリ肩を落とす私であった。
「あ、今度はあれに乗りたい」
ニコが、気落ちする私の手をぐいと引っ張った。
娘が指さしたのは、回転木馬『キャッスル・カルーセル』。
バンドオルガンが奏でるディズニーの名曲に合わせて、白馬たちがゆっくり回っている。
(カルーセルといえばつい、私たちの世代はカルーセル麻紀を連想してしまうのですが、「回転木馬」という意味だったのですね)。
「お城へ向かう馬車か…」
確かに、このくらいソフトな刺激なら、ニコでもしっかり目を開けていられるだろう。
ほとんど待ち時間なく、父と娘は肩を並べて乗馬態勢に入った。
音楽が流れ、ターンテーブルが静かに回り始める。
木馬に身を任せ、上下に揺られるニコは、すっかりお姫様気取り。
その頬に、今日初めて子供らしい笑顔が浮かぶ。
音楽が終わり、馬が歩みを止めたタイミングで、携帯電話の着信音が鳴った。
発信元は妻である。
「今、ランドの中に入ったところ」 と妻が言う。
「了解です。直ちに合流します」 と私が答える。
○
「大丈夫かなあ? お母やんたち、ちゃんと見つけられるかなあ?」 不安そうな声でニコがつぶやく。
押し寄せる人波に逆らうように、入園口方面へ取って返しながら、私も娘と同じ不安に捕らわれていた。
この人混みの中から、妻と長女を見つけ出すのは至難の業かと思えた。
『ウォーリーを探せ!』のリアルバージョンである。
けれど、案ずるほどのことはなかった。
のの子ら養護学校生徒十人の車椅子と先生方の一団は、ワールドバザールのアーケード下で、特に異彩を放つ存在であった。
入園客は沢山いたが、養護学校チームを発見するのは、北の夜空に北斗七星を見つけ出すのと同じくらい簡単なことだった。
「いたよ。ほらあそこ」
ニコはつないだ手をふりほどいて走り出すや、むしゃぶりつくみたいに母親の腰に抱きついた。
「ファストパスは取れた?」
のの子のバギーを押しながら、妻が訊ねる。
「万事順調。では、君たちのパスポートをください」
私は二枚のファストパスを妻に進呈。代わりに妻から、母娘二人分の入園パスポートを受け取った。
それを手に、私は再びファストパス発券所を目指し、単騎駆け出した。
ファストパスの発行は、一人のパスポートに対し一枚しか認められていない。
最初のパス二枚は、妻と娘のために。
これから取りに行く二枚は、私と娘のために。
オジサンだって、『プーさんのハニーハント』が見たいのだ!
○
新たに二枚のパスを手に入れ、再度、家族と合流するまで30分ほどを要した。
その間、修学旅行一行はワールドバザールの色んな店を冷やかしつつ、買い物を楽しんでいたようだ。
花柄リボンとミニーマウスの耳を縁取ったカチューシャを頭に乗せ、ニコもご満悦。
「ほら、こんなに買ったんだよ」
袋いっぱいのおみやげを、自慢げに披露する。
オリジナルのクランキーチョコレートやキャラクターボールペンは、同級生と先生に配るのだとか。
『モンスターズ・インク』怪物サリーのボディーをデザインしたTシャツは、「あとでホテルに戻ったときに着替える」らしい。
「家族でお写真、撮りましょうか?」
お言葉に甘えて、藤野先生にカメラを手渡す。 よろしくお願いします。
背景にシンデレラ城、斜め後ろにウォルト・ディズニーとミッキーの銅像を同時にとらえたアングルでシャッターを押してもらう。
パシャッ。
○
時刻が11時になったところでランチタイム。
気の早い昼食であるが、養護学校の食事にはたっぷり時間がかかるのだ。
常に余裕ある予定作りが欠かせない。
早めの昼食には、混雑を避けることが出来る利点もある。
例のごとく、一同ぞろぞろと佐伯添乗員にくっついてプラザレストランへ向かう。
テーブル席に座ると、ミッキーやミニー、『トイストーリー』『リロ&スティッチ』のキャラクターたちが、次から次へと歓迎のあいさつにやって来るもんだから、ステーキがメインのコース料理なのに落ち着いて食事してられなかったよ。
というのは、作り話です。 スミマセン。
実際のプラザレストランは、ホール面積がとても広く、銘々がカウンターに赴き好みのメニューを注文するファストフード形式の食堂で(キャラクターの歓迎サービスもありません)、我々家族はグローブシェイプ・チキンパオをセットで三人分オーダー(胃ろうボタンののの子は、経腸栄養剤がご飯です)。
グローブシェイプ・チキンパオとは、名は体を表す典型のような一品で、ミッキーマウスの手袋形をした中華まん生地に、甘辛ソースのかかった鶏から揚げを挟んだ料理である。
「いただきま~す」
出来立てのほくほくに、ニコがめいっぱい大きな口を開けてかぶりつく。
○
お待たせしました。再び、『おとやん乱入~昨年の見学旅行記Part2』です。
前回同様、長いです。
前回同様、時間のない方はここから先に進むのはお勧めしません。
当然!歯ミガキをしながら読める長さではないかと思われますが、それも自己責任でお願いします。
「この人たち本当に旭川へ帰って来られるのだろうか・・・?」と思ってしまうのは、私だけ?
○
《9月4日 木曜日 第二日目》
朝早く、散歩に出た。
ホテル近くの小高い土手に登り、東京湾と向き合う。
晴れ渡るでもなく、曇るでもなく、暑くもなく、涼しくもなく…。
のの子には、絶好の気象条件が揃ったようだ。
部屋に戻ってテレビの電源を入れると、ちょうど『めざましテレビ』の放送が始まるタイミングだった。
ポップなオブジェでカラフルにデザインされたスタジオが、画面に映し出される。
昨日見学してきたばかりの場所から笑顔で語りかける出演者の方々に、私は気のおけない仲間と再会したような親密さを覚えた。
めざましファミリーの一員になったような気分で、ニュースを見る。
今日のニュース(1)
内閣改造。女性閣僚の登用が注目を集めている(これでまた支持率が上がるのか?)。
今日のニュース(2)
全米オープンで、上位ランカーを次々撃破する日本人テニスプレイヤーの活躍。
躍動する彼の映像を見ながら、決戦の日を迎えた私の心にも闘志の火が灯る(共に頑張ろう!)。
今日のニュース(3)
蚊を媒体として広がりをみせる伝染病。発源地は都心の公園だとか(蚊に刺されないよう気をつけなくちゃね)。
○
7時、大部屋にて朝食(パラソルのレストランではないのが、残念)。
ディズニーランドまで参加者全員の入園パスポートを貰い受けに行くため、早めに食事を終えた佐伯添乗員と大部屋の入口ですれ違う。
行ってらっしゃ~い、佐伯さん。
朝食後、部屋に戻って出発の準備を整えた。
佐伯添乗員からパスポートを受け取り次第、フットワークの軽い私とニコの二人だけ、他の生徒たちよりひと足早くランドへ先発する手筈になっている。
しかし。
混み合っているのか、トラブル発生か、道に迷ったか(まさか、それはないよね)、待てど暮らせど、佐伯添乗員がホテルに帰って来ない。
焦れる…。
佐伯はまだか。 佐伯はまだか。 佐伯はまだか。
部屋の中を行ったり来たり、ただ手をこまねいているしかない私に妻が言う。
「やっぱり佐伯さんと一緒に行って、その場でささっと入園してきたほうが良かったんじゃないの?」
仰る通りです。 確かに、その手はあったのだ。
でも、いい年をした大人が出走前の競走馬みたいに入れ込んでいるところを、周りの人に見透かされるのは嫌だった。
「そこまでするのは恥ずかしいだろう…」
「何言ってるのよ。この旅行でいちばん舞い上がっているのはお父やんだってこと、みーんな知ってますから」
えっ、そうだったの? バレてましたか?
そうと知っていれば、ニコと一緒に佐伯添乗員について行けば良かったなあ。
今さら悔やんでも、あとの祭り。 過ぎた時間は巻き戻せない。
「ニコ」 私は、ベッドの上の次女に呼びかけた。「こっちへおいで」
「なに?」 読みかけの本を置いて、次女がベッドから降りる。
私はひざを折って、目線を次女に合わせた。
「これから私たちはディズニーランドへ遊びに行きます。それは、誰のお陰か分かるかい?」
「お父やんかなあ? お母やんかなあ?」ニコが首をかしげる。
「違います。それは、うちの家族でいちばん頑張っている人のお陰です」
「ああ、姉えたんだ!」
「正解。姉えたんが頑張って高校生になって、風邪も引かないで元気でいてくれるから、今日みんなで修学旅行に参加することが出来たんだよ。お父やんも、お母やんも、あなたも、姉えたんにここまで連れて来てもらったんだ」
「うん」
「だから、出発前にもう一度、きちんとお礼を言っておこう」
ニコは姉のバギーに歩み寄り、「姉えたん、ありがとう」と言いながら、のの子の手を包み込むように握った。
バギーの上でのの子は、シンデレラの継母みたいに勝ち誇ったような微笑みを浮かべ、傲然と妹を見降ろしていた。
そのとき、部屋のドアがノックされる音がした。
「帰って来ましたよ、お父さん」 藤野先生が言う。
よほど急いだのか、顔を真っ赤にした佐伯添乗員が、肩で息をつきながら入口に立っていた。
○
ホテル玄関で、シャトルバスに乗車。
ミッキーマウスの声で車内アナウンスが流れる。「お早うっ、みんな! 今日は楽しんで来てね!」
顔だけクールさを装いつつ、周囲の乗客に気取られないよう、私は心の中で華やかに弾ける。 (「イエ~イッ!」)。
ベイサイド・ステーションで、バスをモノレールに乗り継いだ。
待つほどもなく、モノレールがプラットフォームにやって来る。
車両の窓が、車内の吊り革が、ミッキーの顔形にデザインされている。
モノレールは私たち父娘を乗せ、左に大きくディズニーシーを旋回しながら、高度数十メートルの宙空をゆっくり進んで行く。
隣の席を見ると、ニコの表情がえらく硬い。
九年に満たない人生、経験値の乏しい彼女は、目の前に待ち受ける幸福の大きさを上手く推し量れず、どのレベルまで喜んでよいものか戸惑い緊張しているらしい。
○
夏休みは終わった。 ハロウィンのイベントが始まるのは、来週からである。
端境期に当たる九月一週目の平日、ディズニーランドの来園者数は一時的にぐっと落ち込む。
かと思いきや、アミューズメントパークの王様に、私の甘い憶測など全く通用しなかった。
モノレールの改札を通過した私たちを待ち受けていたのは、入園ゲート前に居並ぶ人、人、人、人、人の海。
もちろん、その中には子供たちの姿が目立つ。
「おいおい、平日だぞ。小学生は学校へ行ってろよ」
ついつい自分たちのことは棚に上げて、そう毒づきたくなる。
「中ほどの列は混雑します。右か左の列に分かれてお並びくださ~い」
キャストが拡声器で呼びかけている。
案内に従って、ニコの手をつなぎ右列最後尾に着いた。
じわりじわりと前進する。
ようやく私たち父娘が夢の国に足を踏み入れたとき、時刻は9時になろうとしていた。
○
東京ディズニーランドのシンボル、シンデレラ城が彼方にそびえている。
そのシンデレラ城を真正面に見ながら、賑やかで祝祭的な雰囲気にあふれたアーケード街を歩いて抜ける。
近衛兵姿のマーチングバンドが楽し気な音色を響かせ、左右にグッズを売る店がひしめく幅広なこのストリートは「ワールドバザール」と呼ばれるらしい。
シンデレラ城の尖塔の背後に、うすい靄がかかったような、青色とも灰色ともつかないぼんやりした感じの空が広がっている。
今日は熱中症の心配も、雨に打たれる心配もなく、平穏に一日を送れそうだ。
一家の主として、最初に私が果たさなければならない使命は、ファンタジーランドの超人気アトラクション『プーさんのハニーハント』のファストパス(とりあえず二人分)を入手すること。
指定を受けた時間に施設を訪れ、このファストパスを提示すれば、どんな人気アトラクションも優先的に入場が許されるという訳だ。
いざ発券所を目指し、ショップやアトラクションにはわき目もふれず、(懐中時計を気にしながらアリスのそばを通り抜けた白ウサギのように)急ぎ足でずんずん歩く。
「ねえ、どこにも入らないの?」 私の横で小走りのニコが訊ねる。
「もう一度行列に並ぶけれど、我慢してね」 そう言って、不満顔の娘をなだめる。
ほぼランドの端から端まで歩き終えたあたりで、やっとファストパス発券所にたどり着いた。
自分の体の長さを持て余す不器用なヘビみたいに、うねうねと行列が続いている。
迷っている暇はない、列の最後尾に並ぶ。
やはりここでも、じわりじわり前進。
十数分後…、パス二枚を入手。
ファースト・ミッション無事完了。
いま手に入れた二枚のファストパスは、もうすぐ、のの子や他の生徒たちと一緒に来園する妻への献上品となる。
○
さてと。
ニコにとって記念すべき人生最初のアトラクションは、何に入ろうか…。
特に作戦は練っていない。まずは、手近で待ち時間の少ないものから攻略していこう。
そこで目に着いたのが『ピノキオの冒険旅行』。
目論見通り、わずかな待ち時間でトロッコに案内される。
娘と並んで、イスに腰を落ち着ける。
カタンとひと揺れして、トロッコが発車する。
ゼペット爺さんが寂しさを癒すために作った木の操り人形が、幾多の誘惑に翻弄されながら、青い妖精や良心のコオロギに導かれ、正しい勇気と優しい心を持つ本物の人間の子供に生まれ変わるまで、物語の世界を巡っていく。
そのとき、トロッコに揺られながら、私の胸の奥に秘めた童心は大きなヨロコビに満たされていた。
何といっても、創始者ウオルト・ディズニーの描いた夢は素晴らしい。
彼のエンターテイナーとしての無制限の奉仕精神を、私はひれ伏すほどに尊敬している。
中年のオッサンがこれほど喜悦しているのだ。八歳の少女の興奮は、想像に難くない。
「どお? 楽しかった?」
トロッコを降り、再び園内の人混みを歩きながら、私はニコに聞いた。
当然彼女は、「とっても楽しかった」と笑顔で答えるに違いないと思っていた。
ところが、返ってきたニコの答えは私を愕然とさせるものだった。
複雑な顔で、娘は言ったのである。
「ニコねぇ、おっかなくてずっと目をつぶってたから、よく分からなかった」
なっ、なっ、なぬ~っ! 怖くて目をつぶっていただと、この餓鬼ーっ!
この地にたどり着くまで、うちら家族が積み重ねてきた時間の長さと、払ってきた犠牲の大きさを、君はまるで理解していなかったのか…?
ガックリ肩を落とす私であった。
「あ、今度はあれに乗りたい」
ニコが、気落ちする私の手をぐいと引っ張った。
娘が指さしたのは、回転木馬『キャッスル・カルーセル』。
バンドオルガンが奏でるディズニーの名曲に合わせて、白馬たちがゆっくり回っている。
(カルーセルといえばつい、私たちの世代はカルーセル麻紀を連想してしまうのですが、「回転木馬」という意味だったのですね)。
「お城へ向かう馬車か…」
確かに、このくらいソフトな刺激なら、ニコでもしっかり目を開けていられるだろう。
ほとんど待ち時間なく、父と娘は肩を並べて乗馬態勢に入った。
音楽が流れ、ターンテーブルが静かに回り始める。
木馬に身を任せ、上下に揺られるニコは、すっかりお姫様気取り。
その頬に、今日初めて子供らしい笑顔が浮かぶ。
音楽が終わり、馬が歩みを止めたタイミングで、携帯電話の着信音が鳴った。
発信元は妻である。
「今、ランドの中に入ったところ」 と妻が言う。
「了解です。直ちに合流します」 と私が答える。
○
「大丈夫かなあ? お母やんたち、ちゃんと見つけられるかなあ?」 不安そうな声でニコがつぶやく。
押し寄せる人波に逆らうように、入園口方面へ取って返しながら、私も娘と同じ不安に捕らわれていた。
この人混みの中から、妻と長女を見つけ出すのは至難の業かと思えた。
『ウォーリーを探せ!』のリアルバージョンである。
けれど、案ずるほどのことはなかった。
のの子ら養護学校生徒十人の車椅子と先生方の一団は、ワールドバザールのアーケード下で、特に異彩を放つ存在であった。
入園客は沢山いたが、養護学校チームを発見するのは、北の夜空に北斗七星を見つけ出すのと同じくらい簡単なことだった。
「いたよ。ほらあそこ」
ニコはつないだ手をふりほどいて走り出すや、むしゃぶりつくみたいに母親の腰に抱きついた。
「ファストパスは取れた?」
のの子のバギーを押しながら、妻が訊ねる。
「万事順調。では、君たちのパスポートをください」
私は二枚のファストパスを妻に進呈。代わりに妻から、母娘二人分の入園パスポートを受け取った。
それを手に、私は再びファストパス発券所を目指し、単騎駆け出した。
ファストパスの発行は、一人のパスポートに対し一枚しか認められていない。
最初のパス二枚は、妻と娘のために。
これから取りに行く二枚は、私と娘のために。
オジサンだって、『プーさんのハニーハント』が見たいのだ!
○
新たに二枚のパスを手に入れ、再度、家族と合流するまで30分ほどを要した。
その間、修学旅行一行はワールドバザールの色んな店を冷やかしつつ、買い物を楽しんでいたようだ。
花柄リボンとミニーマウスの耳を縁取ったカチューシャを頭に乗せ、ニコもご満悦。
「ほら、こんなに買ったんだよ」
袋いっぱいのおみやげを、自慢げに披露する。
オリジナルのクランキーチョコレートやキャラクターボールペンは、同級生と先生に配るのだとか。
『モンスターズ・インク』怪物サリーのボディーをデザインしたTシャツは、「あとでホテルに戻ったときに着替える」らしい。
「家族でお写真、撮りましょうか?」
お言葉に甘えて、藤野先生にカメラを手渡す。 よろしくお願いします。
背景にシンデレラ城、斜め後ろにウォルト・ディズニーとミッキーの銅像を同時にとらえたアングルでシャッターを押してもらう。
パシャッ。
○
時刻が11時になったところでランチタイム。
気の早い昼食であるが、養護学校の食事にはたっぷり時間がかかるのだ。
常に余裕ある予定作りが欠かせない。
早めの昼食には、混雑を避けることが出来る利点もある。
例のごとく、一同ぞろぞろと佐伯添乗員にくっついてプラザレストランへ向かう。
テーブル席に座ると、ミッキーやミニー、『トイストーリー』『リロ&スティッチ』のキャラクターたちが、次から次へと歓迎のあいさつにやって来るもんだから、ステーキがメインのコース料理なのに落ち着いて食事してられなかったよ。
というのは、作り話です。 スミマセン。
実際のプラザレストランは、ホール面積がとても広く、銘々がカウンターに赴き好みのメニューを注文するファストフード形式の食堂で(キャラクターの歓迎サービスもありません)、我々家族はグローブシェイプ・チキンパオをセットで三人分オーダー(胃ろうボタンののの子は、経腸栄養剤がご飯です)。
グローブシェイプ・チキンパオとは、名は体を表す典型のような一品で、ミッキーマウスの手袋形をした中華まん生地に、甘辛ソースのかかった鶏から揚げを挟んだ料理である。
「いただきま~す」
出来立てのほくほくに、ニコがめいっぱい大きな口を開けてかぶりつく。
○