サビだらけのすごーくボロい自転車に乗っている。
ボロいだけでなくて、ガチャガチャうるさい。というのも、半年くらい前に、後ろタイヤのチューブを自分で交換した際、なにかおかしなやり方をしたらしく、チェーンが緩んでしまったのだ。
ガチャガチャするだけではなく、少しスピードを出そうとすると、ガクンとペダルが空回りしてしまう。
だから、老人のようにゆっくりしか走れない。
私が自転車を乗っていると、歩行者は必ず振り返る。なんの音だって感じで。そして、私が目を合わせると、わるそーに目をそらす。
最初は、人並みに恥ずかしかったが、最近は慣れっこになってしまって、逆に、歩行者がこっちに振り返らないと、なんで?と思ってしまう。慣れというのは不思議なものだ。
昨日、風が強くて自転車がバタンと倒れていた。その拍子に、チェーンが外れてしまった。仕方なく家まで手で引いてきた。
選択肢は二つ。捨てるか直すか。
直すことにした。
そもそも最初からチェーンが緩んでいるので、それを付け直すこと自体はそれほど難しくない。どうせだから、この際、ガチャガチャうるさい音も直すことにした。
原因は後ろタイヤが少しだけ前の方にずれて付けられていることにあった。
だから、チェーンがピンと張るようにして後ろタイヤを付けた。
一応、どんな感じか確かめるために、コンビニまで買い物に行ってみた。
半年間、悩まされたガチャガチャが嘘のように無くなった。そして、飛ばしてもペダルが空回りしなくなり、すごく快適になった。
すごく晴れ晴れしい気持ちになったと同時に、なんとなく寂しい気分だった。
なぜなら、ガチャガチャと音がするのが体にしみついていたからである。自転車といえばガチャガチャという感じ。あの芥川の小説の「鼻」みたいなものだ。
だけど、「鼻」の主人公のように、もう一度ガチャガチャに戻すのはゴメンだけどね。
この話の中から教訓めいたことを、取り出すとすれば(無理やり)、物事が悪い方向に向かったからといって、必ずしもそれは悪いことではない、ということだ。
もし、自転車が倒れてチェーンが外れなかったら、直すこともなかった。
物事が悪い方向に向かったときに、何かが動き出す。
ある突発的な出来事によって現状維持が破られる。それにより物事が好転することが多い。
「人間万事塞翁が馬」だ。