読書と追憶

主に読んだ本の備忘録です。

映画「蛇イチゴ」

2008-02-03 16:22:20 | 映画
 芸術性は高いが一般人向きじゃなさそうなマニアックな映画ばかりを上映していたミニシアターが先月終りに引っ越してシネコンの地下に入った。受付をボランティアがやったりと頑張っていたのに営業的には苦しかったようだ。私は駅から近くなったのでうれしい。ここで後払い劇場なる映画を見た。「満足度」に応じて料金を払うというおもしろい企画で、上映されたのは「ゆれる」の西川美和 監督・脚本作品の「蛇イチゴ」。ブラック・コメディーということだが、笑うに笑えないなんとも言えない滑稽でもの悲しい映画だった。私は「すごい!こんな日本映画があったのか!」と思った。
上映責任者のイワモト氏によれば「まごうことなき傑作」。

 前回の後払い劇場で「なぜこの作品を選んだのか説明を聞きたい」という要望があったそうで、上映後にイワモト氏が少しお話をされた。
 それによれば、「ゆれる」を見たとき、ところどころユーモラスなシーンがあって、「この監督さんはコメディーを撮ればいいんじゃないだろうか」と思っていたところ、「ゆれる」の前にこの作品があったことがわかって「すばらしい」と感嘆したとのこと。「ゆれる」の一つのテーマは「事件と事故との間にはとても大きな幅があって、真実はその間のどこかでゆれ動いている」ということだったのだが、この「蛇イチゴ」でも同様に、「兄が嘘つきか嘘つきでないかということは単純に一言で断言できないほどいろんな可能性の幅がある」ってことを言っていた。おそらく、本当に家族を助けたかった。しかし、うまくいかなくなったら多少のものは頂いて雲隠れをしようとも思っていた。その気持ちの中でいろいろに揺れ動いていたに違いない。ただ、一つだけ真実があって、それは「妹には迷惑をかけたくない」という妹を思いやる心なのだ。だけど、今まで散々裏切られてきた妹はその気持ちさえ信じることができないので兄を試す。・・・

 なるほど、たいへんわかりやすい。この監督さんはすごい。最近、善悪二元論で割り切るアメリカ製娯楽映画にうんざりしていたせいか、こういう「解釈の幅」とか「真実は藪の中」みたいなのにすごく共感を覚える。だって現実はすごく複雑で、すっぱりと二者択一できることなんてめったにないし、正義の味方なんてのもいないじゃないか。

 私が妹だったらどうするだろうかと考えたが、多分、全部ぶちまけて詰め寄って台無しにするとか、あるいは安全のための担保をとっておいて兄を利用するとか、やっぱり状況によって気持ちも態度もコロコロ変わるだろうなあという気がする。だってさ、「破産→家屋敷と貯金全部手放す」と、「破産→借金取りを騙したが兄に全部取られる」って同じことじゃないの。だけど、兄を信用して全部兄名義にしておく場合には「兄が本当に助けてくれて借金チャラ。今までの生活」という可能性が残されている。「兄○」と「兄×」の確率が5分5分だとしたら兄に賭けた方が得だ。確率論的に言えばね。

 ただ、「蛇イチゴ」の話に嘘が混じっていることは確かだ。だって蛇イチゴは木になってるわけじゃないし、おいしくもなんともない、ありふれた雑草だ。ものごとを大げさに言って人を丸めこむのがうまい兄らしいが、きっと子どもの頃、山に迷いこんで、「ああ、なんてきれいな宝石のような実だろう。これが食べられたらなあ」と思ったに違いないよ。私だって昔そう思ったもの。だけど、そのような嘘が人を傷つけ、危険に晒すってことに、この兄は思い至らなかったのだ。そして、今も大して罪悪感なく日々嘘をつき続けていて、それが犯罪的な行為にまで及んでいるってことを何とも思っていない。

 「この家族はみんな嘘つきですが、一人の大嘘つきがいることで、その嘘が大したことじゃないように見える」(イワモト氏)

 父も母も嘘つきだけど、多少は同情できるところがある。私が一番許せないと思ったのは妹の婚約者。なんだあいつ!彼は嘘は全然ついていないのに一番卑劣な男だ。「うちの家はお金持ちだけど、お金じゃない幸せってあるんだなあって言って、両親とも『うーん』なんて考えこんじゃって、あれが全部嘘だったなんて、バカみたいじゃないか」。あの団欒が全部嘘だったと本当に思うのか!彼女のことを「嘘つきの仲間」と決めつけて捨てるのか。そういう奴だったのか・・・・。そんな男と結婚しなくてよかったよ倫子!
 妹役のつみきみほが、たいへん美しく凛としていてすばらしかった。お父さんもお母さんも(おじいちゃんも)存在感があった。「ゆれる」もぜひTSUTAYAで借りて見ようと思った。


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